悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
北海道の朝は寒い。
布団から出てきたときに感じた寒気によって、私の眠気はすっかり消えてしまっていた。
いつもの服の上に愛用のダッフルコートを着て、部屋を出る。
総帥たちと合流して、ホテルでの軽い朝食を済ませれば、あとは自由時間となった。
今日、私たちはこの北海道を離れる。
例の修練場はどうやら大阪にあるらしい。
だけど移動手段は確保してあると総帥は言っていた。
出発は昼食を終えたあとだ。
それまでは各自で観光でもなんでも、好きなことをしてろってさ。
犯罪者が観光っておかしいと思うけど、幸い私たちはまだ指名手配されていないらしく、自由に動き回ることができる。
せっかくなので、街を探索することに決めた。
……ここら辺も、何も変わっていないな。
街を歩いていて思う。
白い雪がたっぷりと積もった屋根の群れ。
流れる冷たい川。
恋が叶うと言われる巨大クリスマスツリー。
何もかもが昔のままだ。
偶然か、辿り着いたここは以前私がよく遊びに行っていた街だった。
ここで
私は金持ちだったからいつも馬鹿みたいに物を買って、そのたびに二人には引かれていたっけ。
中でも、彼らに最初に選んでもらったサッカーボールのことは今でもはっきりと覚えている。
あれ、どうなってるんだろうな。
ゼウススタジアムの自室に飾ってたけど、荷造りする間もなく捕まっちゃったからね。
押収されてなきゃいいけど。
気づけばボールを買ったスポーツショップの前に立っていた。
ここも、変わらない。それに少し安心感を覚える。
でもすぐに立ち去ったほうがいい気がして、身体の向きを反転させた。しかし急だったので、近くにいた誰かとぶつかってしまったようだ。
「あ、ごめんね。ちょっとよそ見しちゃってた」
「ううん、いいさ。大したことないよ」
少年はさわやかな笑みをこちらに向けてくる。
年ごろの女の子なら一発で落ちちゃいそうな魅力があるね。
もちろん私には効かないけど。
そこまで見たところで、気づく。
若干青みがかった銀髪。優しげなタレ目。
……うーん、気のせいか、な?
そんな風に思っていると、あっちも何かに気づいたようで、恐る恐る問いかけてきた。
「……もしかして、なえちゃん?」
「あ、やっぱシロウか。お久しぶり」
「うん、久しぶり! また会えたね!」
目の前の少年は、なんと私の幼馴染の吹雪士郎だった。
その後私たちは、街を散策するついでに、あれからのお互いの状況を話し合っていた。
もちろん私の方は暗部活動のことをはぐらかしてだけど。
シロウは私がいなくなったあともサッカーを続けていて、今では二年なのに白恋中という学校のサッカー部のキャプテンを務めているそうだ。
まあシロウほどの実力があればね。キャプテンなのも納得だ。
私と一緒にいたときのシロウはすでに凄腕のディフェンダーとして有名だった。
あれからずっとサッカーを続けているのなら、その足にはさらに磨きがかかっているはずだ。
そういえば、もう一人の方が見当たらないな。
記憶の中じゃいつも二人一緒ってイメージだったけど。
それに、シロウの話のほとんどにもあいつは出てこなかった。
「そういえばアツヤは? 今日でここを離れちゃうし、せっかくだから会っておきたいんだけど」
それを言った瞬間、見るまでのなく明らかにシロウの顔が落ち込んだ。
「……ああ、うん、アツヤだね。……今は北ヶ峰にいるよ」
「……? そっか。じゃあせっかくだから一緒に行こうよ」
「うん、いいよ……」
シロウは一人でに歩いていく。そのときの彼はまるで幽鬼のように不気味で、弱々しかった。
その理由を、私はすぐに理解することとなる。
♦︎
北ヶ峰は傾斜が多い場所だ。故に、昔からここでは雪崩事故が多発していた。
しかしそんなものは他人事だ。いつも死亡者の話を聞いても、特になにかを感じることはなかった。
でも、今日それを見て、私は雪崩が憎くてたまらなくなった。
「……久しぶりに顔を見に来たら、こんなに形が変わっちゃって。それじゃあサッカーできないでしょうが」
私の目の前には、雪が積もった岩が一つ、置かれていた。
粗雑な作りだ。素人が作ったのだろう。
表面には汚い文字で『吹雪
ちらりとシロウを見る。彼は俯いたままだ。
「なえちゃんがいなくなって、その数ヶ月後。試合帰りに雪崩に遭ったんだ。僕は奇跡的に車から放り出されたから助かったけど、父さんと母さんと……アツヤはいなくなっちゃった」
……そういうことだったのか。
ここ北ヶ峰は傾斜が多く、昔から雪崩事故が多いことで知られている。
北海道にいたときも、テレビではよく報道されていた。
でも、まさか身内が死ぬだなんて思ってもいなかった。
……いや、なにを今さら言ってるんだろうね、私は。
昨日の警官が初めてじゃない。
散々人を殺してきた。
時には交通事故を装って、またある時には直接この手で。
自分が今までやってきたことが、身内にも起きてしまっただけなのだ。
悲しむ資格なんて、私にはない。
「アツヤはここに?」
「ううん。お墓は別の場所にあるよ。ただ、ここにはアツヤの魂が残ってそうだから、一人で作ったんだ」
「……そう」
両手を合わせて瞳を閉じ、冥福を祈る。
ほんと、私よりも先に逝きやがって。
……必殺技、見れなくなっちゃったじゃんか。
ああ、なんか胸がムカムカする。
気持ちが落ち着かない。
ったく、なんで私がこんなに心動かされなきゃいけないんだ。
こういうときには……。
「サッカーしない?」
「へっ?」
「だから、サッカーだよサッカー。なんか走りたくて仕方がないの」
「でも、僕もなえちゃんもボールなんて持って……」
「ああ、それなら大丈夫」
ポケットから取り出した、くしゃくしゃの布を地面に投げる。
すると地面に当たった瞬間に周囲の空気を吸い込んで膨れ上がり、見事なサッカーボールとなった。
ホイポイカプセルとか言わない。
「わあ、すごいね。こんなの見たこともないや」
「科学の進歩ってやつだよ。まあインスタントな分、耐久力は普通のより落ちるんだけど」
それでも、短時間サッカーをするのには十分だ。
「それでやるの? やらないの?」
「……わかった。やるよ」
♦︎
私たちはアツヤの墓がある場所から少し離れたところまで移動していた。
いくら北ヶ峰が傾斜が多いといっても、平らな場所はもちろん存在する。今いる場所もその一つだ。
今回の勝負のルールは簡単、二人それぞれがオフェンスとディフェンスを交代でやって、得点数を競うというものだ。
私が最初にオフェンスで点を入れて、次のディフェンスでシロウを止めたら私の勝ち。逆はシロウの勝ち。同点で引き分けだ。
ゴールはちょうど立っていた二つの木の間ということにした。
先行は私からだ。
邪魔になるダッフルコートを脱ぎ捨て、準備を整える。
「ふぅ、やっぱ半袖だと寒いね。体あっためておかないと」
「こっちはもういいよー」
それじゃあお言葉に甘えて。
地面を蹴り飛ばす。
瞬間、背後の雪が吹き飛び、私は前へ加速した。
ボールが雪で滑るけど、雪国育ちにとってそんなのは慣れっこだ。
ハンデにはなりはしない。
まずは小手調べだ。身体で電気を纏い、ジグザグにドリブルする。
「ジグザグスパークV2!」
「アイスグランド」
電気を纏ってのタックルに対して、シロウが出した答えは、同じく必殺技だった。
一瞬で辺りの地面が凍りついた。
シロウはその上をまるでスケートのように移動し、空中に跳び上がる。
そしてかかと落としを地面に落とすと、氷の柱がそこから私に向かって次々と地面から伸びてきた。
とっさにその場から退くことでそれを回避。
しかしボールは弾かれ、宙に舞ってしまった。
「っ、まだだよ!」
こぼれ球を拾おうとシロウはジャンプするけど、あいにくと空中戦は得意なんだ。
自慢の脚力で彼よりも速く、高く跳び上がり、ボールを回収する。
「やるね。僕のアイスグランドでボールが取れなかったのは久しぶりだよ」
「予想通り……いやそれ以上に強いね」
世宇子の連中のディフェンス以上だ。まさかこれほど強くなっているとは。
だけど、私も負けてはいられない。
身体から黒いオーラを噴き出し、次の必殺技を発動させる。
「ライトニング……アクセル!」
「アイスグランド!」
その技はもう見切ったよ!
アイスグランドは氷のフィールドの上をスケートのように走ることで、相手よりも速く動くディフェンス技だ。氷柱はおまけに過ぎない。
でも、私のライトニングアクセルはその速度のさらに上をいく。
地面が氷に変化したときには、すでに私はジグザグにドリブルして彼を追い抜いていた。
「もらった!」
誰もいないゴールめがけて、宙に浮かんだボールをボレーシュート。
それは雪を吹き飛ばしながら突き進み、二本の木々の間を見事通過した。
「よしっ、一点! この勝負、もらったね!」
「まだ僕のオフェンスが残ってるんだけどなぁ……」
それは知っている。知った上で勝利宣言をしているのだ。
たしかにシロウは優れたディフェンダーだ。
でも、優れたフォワードではない。
ディフェンス能力と比べて、彼のオフェンス能力は劣るものがあるだろう。
対して私は
シロウがボールをセットする。
私の方は準備オーケーだ。
ゴール前に立ちながら、彼に合図を送る。
それを見て、シロウは突然自分のマフラーに触れた。
次の瞬間、シロウの雰囲気がガラリと変わった。
「……へっ、久しぶりだぜお前とやるのはよぉ。ディフェンスのときの借り、今返してやるぜぇ!」
「っ!?」
なんだこれ。
獣を思わせる黄色の鋭い目、つり上がった口角、そしてなによりもあの喋り方。
あれは間違いなくアツヤそのものだ。
そしてそのプレイもアツヤそっくりだった。
フェイントもかけずに、まっすぐこちらに突っ込んでくる。
上等だ。
私とシロウは同時に足を振るい、ボールを間に衝突した。
「ぐっ、その細い足で中々っ、やるじゃねぇっ、かよっ……!」
「こう見えてもっ、けっこう鍛えてるんだよ……っ!」
行き場を失った衝撃波が撒き散らされ、私たちは弾かれるように後ろに下がる。
キック力はほぼ互角。
でもボールはまだシロウがキープしている。
だったら、必殺技で上回るしかない。
幸いアツヤは単細胞と言っても過言ではないような性格だった。
今のシロウがそれと似た性格になっているのなら、次もまた猪突猛進で来るはず。
その予想は当たった。
青い光を纏った足を、弧を描くように振り切る。
「スピニングカットV2!」
「ぐっ……!」
勢いのまま加速していたシロウは、突如地面から噴き出した衝撃波の壁にぶち当たった。
下手な必殺技なら跳ね返せるレベルのディフェンス技。しかし……。
「う……お……おぉ、ぉぁぁぁあああああっ!!」
「嘘でしょっ!?」
シロウは雄叫びをあげながら、徐々に、徐々に衝撃波を乗り越えていく。そして力技で、スピニングカットを突き抜けた。
その勢いを利用したタックルを食らわされ、私は背中から地面に倒れてしまう。
それが隙となった。
「吹き荒れろ……」
シロウは両足でボールを掴むと、回転をかける。
すると吸い込まれるように辺りの冷気が集中していき、ボールが氷の塊となった。
「エターナル……ブリザードッ!」
何回転かして遠心力を利用しながら、ボールを蹴りつける。
吹雪が発生して、氷塊とともにゴールへ。
その威力は凄まじいとしか言いようがなかった。
ボールが通り過ぎた後は、ガラスで作られた道のように凍りついていた。ボールはゴールを超え、奥にあった木にぶつかる。
瞬間、轟音とともに木が氷に包まれ、地面に落ちてバラバラに砕け散った。
『エターナルブリザード』。
アツヤの必殺シュート。その威力は、私の記憶の中にあるものよりもはるかに高い。
シロウは完全にこのシュートをマスターしていた。
「……ふぅ。これで一対一。引き分けだね」
しばらくして、シロウの雰囲気が元に戻る。
「もしかしてシロウ……あなた、二重人格になったの?」
「……。はは、すごいねなえちゃんは。一回で気づけた人はいなかったよ」
「同じような人を見たことあるだけだよ」
私が所属していた帝国学園暗部では『殺し』も受け持つため、頭のネジがどこか飛んでいってしまっている連中と会うことが多かった。
その中に『通常の自分』と『殺し屋の自分』の人格を持ち、使い分けることで心の安定を保っているやつが何人かいたのだ。
シロウもたぶん同じなのだろう。
アツヤがいなくなって、耐えきれなくなって……弱った心がアツヤという人格を生み出した。
シロウを支えるために。
「アツヤがいなくなってから初めての試合で、気づいたら僕の心にはアツヤが生まれていた。だから僕は一人じゃない。僕たち二人なら……完璧になれる」
「そっか。なら私からは何も言わないよ。それに、少しだけアツヤに会えた気がして嬉しかったからね」
二重人格は不安定な心を保つ役割を持っている。
私があれこれ言うのはお門違いだろう。
それに、小言を言う時間もなさそうだ。
スマホを見れば、11:45と画面に表示されていた。
「げっ、もう帰る時間だ! じゃあねシロウ! 決着はまた今度つけよう!」
「うん、いつの日か! 待ってるからね!」
彼に背を向けて、全速力で走り出す。
やばい、いくら私でもここから街まで十五分で着くのはけっこうつらいぞ。
でも遅れたらあのブラック上司とトサカ頭になんて言われるか。
というわけで、脇目も振らずにひたすら足を動かす。
……それにしても、いつの日か、か……。
「……いや、決着の日は案外遠くないかもね」
私の頭に、全国で仲間集めをしている雷門中の選手たちの姿が浮かび上がった。
イナイレ公式でアツヤの漢字は発表されていません。ですが兄の士郎の方はちゃんと漢字があるので、違和感を消すため『淳也』にしました。
とはいえ、もうこの漢字が出ることはないでしょうが。