悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
新たな仲間、小暮を連れて、イナズマキャラバンは京都から東京へ続く高速道路を進んでいた。
窓の外には青空が延々と流れるのみ。
街並みなんてものは大きな柵に囲われていて見えない。
なので雷門中の面々はそれぞれ近くの席の仲間たちと話し合っていた。
その中には、FF決勝では見なかった選手もいた。
一人は財前塔子。
日本の総理大臣、財前宗助の実子であり、SPフィクサーズというサッカーチームのキャプテンを務めていた少女。
今はエイリア打倒を志してイナズマキャラバンに乗っている。
もう一人は先ほども紹介した小暮夕弥。
漫遊寺の補欠であったが、先のイプシロン戦でその才能を見せつけ、さらにはイナズマキャラバンに忍び込むという形で加入した少年。
彼が見つかったのは数時間前のことであった。
そして、最後の一人は……。
「へぇ、この饅頭、なかなかいけるな」
「そうでしょ。『しろうさぎまんじゅう』っていって、北海道じゃ昔から有名なお菓子なんだ。僕のお気に入りだよ」
染岡のとなりに座る少年、吹雪士郎だった。
彼は饅頭を手に取りながら、ふと上を見ている。
染岡はそれを、イプシロン戦のことを思い出しているのだと思った。
漫遊寺での一戦は雷門イレブンに衝撃を与えた。
圧倒的なまでの敗北。その実力に、手も足も出なかった。
だが、そこで諦めているようなら今ここにはいない。
(絶対に勝ってやる……!)
そう、次の戦いに向けて、拳を握りしめていると……。
「あー! 誰ッスかこんなイタズラしたの!」
別の席から、悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
二人は気になり、席を立つ。そして目線の先にあるものを見て、噴き出した。
「あはははっ! なんだ壁山、その腹は!?」
「は、腹に顔が描かれてるでやんす……ぷふふっ!」
「わ、笑いごとじゃないッスよ! 小暮君もひどいッス!」
円堂と栗松が笑い出す。
壁山の腹には、マジックペンで人の顔のようなものが描かれていた。
犯人である小暮は「うししっ」とひねくれた笑みを浮かべている。
怒った壁山は地団駄を鳴らすが、その衝撃によって腹が揺れてしまうため、逆効果になった。
「や、やめろ壁山……っ、これ以上俺たちを笑わすな……っ!」
「俺のせいじゃないッスよ!?」
「コラ、小暮君! イタズラばっかりするんだったら、漫遊寺に帰ってもらいますからね!」
「ちぇっ」
最終的に、マネージャーである音無が小暮を叱ったことで、この騒動は沈静化していった。
まるで保護者のようだ、と何人かが言い、それでまた違う騒ぎになるのは別の話。
そんな風に、彼らは日本の未来を決める戦いに身を置いているとは思えない日常を過ごしていた。
だがそれは、キャラバン内に設置されているモニターが突如映像を映し出したことで、終わりを迎える。
『……あー、あー、テステス。本日は晴天なり。ただ今マイクのテスト中……っと』
「古株さん、これはっ」
「どうやら誰かがハッキングしてきたようじゃ!」
雷門の新監督、瞳子と運転手である古株が電波を解析しようとするが、その間にも映像は進んでいく。
次に映った人物を見て、ほぼ全員が漏らすような声を上げる。
なぜならそれは、彼らが知っている人物だったからだ。
『ハァーイ、雷門イレブンの皆さん。お元気してましたー? 私だよー、わ、た、し。白兎屋なえだよー!』
「なえちゃん!?」
中でもひときわ動揺したのは吹雪だった。
予想外の人物から彼女の名が出たことに彼らは訝しむが、誰かが尋ねようとする前に映像からの声が彼らの言葉を遮断した。
『え、うざい? もうちょっと真面目に喋れ? やだなぁ総帥、友達にはフレンドリーに話しかけるものだよ? まあ友達いない総帥にはわからないだろうけど……って謝るから給料減額だけはやめて!』
映像の外にも誰かがいるのだろう。
総帥、という言葉に鬼道の眉がピクリと動く。
『えーまあ単刀直入に言っちゃうと、このたび私ことなえと総帥は新チームを設立しました! その名も『真・帝国学園』!』
「真・帝国学園だぁ……? なめやがって!」
染岡が怒りを露わにする。
『そんなわけで、私は雷門にリベンジを申し込むよ! あ、ちゃんと君たちが食いつくようにエサを用意してあるから安心してね!』
なえは一旦しゃがみこみ、画面から消える。次に彼女が現れたときに、その手には見覚えのあるボールが収まっていた。
「あれは……エイリア学園のボール!?」
それは、エイリア学園が学校を破壊する際に使用していたものとよく酷似していた。
だが、その色は黒と緑というように、彼らが見たことあるものと同じではない。
『さて、これを見て君たちがどう想像するかはお任せするよ。ただ、私たちの挑戦を受けるんだったら愛媛へおいで。迎えにバナナみたいな男を出しとくから、目印にでもしといてよ。再びフィールドで出会えることを祈っています。それじゃあね』
映像はプツリと消え、何も映さなくなってしまった。
キャラバン内がしばらく静寂に包まれる。
それを破ったのは、人でも殺しそうな形相でモニターを先ほどまで見つめていた染岡だった。
「なあ、お前さっきあいつの名前呼んでたけど、もしかして知り合いか?」
「え……ああ、うん……。彼女……なえちゃんは僕の幼馴染でね。サッカーを教えたのも僕なんだ。家の事情で東京に行ってからは、この前まで音沙汰がなかったんだけど……みんなは知っているみたいだね」
「そうか、攻守万能なあの動き……たしかに吹雪に似ているな」
納得がいったかのように鬼道が頷く。
一方で、状況が飲み込めていない者も何人かいた。エイリア事件から加入したメンバーたちだ。
「なあ、誰か一から説明してくれないか? あたしには何が起きてるのかさっぱりなんだけど……」
「……そうだな。お前たちにも話しておくべきだろう」
鬼道は一つ間を置いてから、雷門と帝国の長きに渡る因縁、そして影山零治という男について語った。
伝説のイナズマイレブンの破滅。
何十年も行われてきた不正工作。
何よりも、神のアクアを生み出した人間の尊厳をも踏みにじる冒涜。
サッカー協会副会長でもあった人物がそこまで邪悪であったことに、何よりもそれらが引き起こした数々の悲劇を聞いて、塔子たちの顔は青ざめていった。
「まあ結局、神のアクアを作り出したことが決定的になって、影山と白兎屋さんの逮捕につながったんだけどね」
「ああ。だからこそ、あの二人が愛媛にいるのは本来ならありえない」
夏美の言葉に鬼道が首を縦に振る。
円堂たちの頭に疑問符が浮かんだ。
「あの二人は本来なら北海道の刑務所に送られているはずなんだ。だが、現になえたちはそこから脱走している。つまり、何者かが手引きをしたはず……」
「それがエイリア学園だってことか」
「あくまで可能性の話だ。だが、ほぼ確実だとは思っている」
キャラバン内に重たい空気が立ち込める。
無理もない話だ。相手は正真正銘の犯罪者。
中学生が抱え込むにはあまりにも重すぎる難件だ。
本来なら全員をまとめるべきである瞳子はじっと黙ったまま、その成り行きを見つめていた。まるで何かを見定めようとしているかのように。
パンッ! という柏手が一つ。
それは円堂の両手から出されたものだった。
「みんな、愛媛に行こう!」
全員の視線が円堂へ向く。
メガネがギョッとして食いかかる。
「え、円堂君聞いていましたか!? 相手は本物の犯罪者ですよ! 危険すぎます!」
「それはエイリア学園も同じことじゃないか! それに、俺はサッカーがまた汚されるのが許せない!」
ハッと、全員が気づいた。
そうだ。自分たちはサッカーを守るためにエイリア学園と戦っていたのだ。なら、それを汚そうとする人物を見逃してどうする。
雷門イレブンの心に火が灯った。
「円堂の言う通りだ。みんな、やろう!」
「ふっ、言われるまでもないな」
「またぶっ潰してやるぜ!」
それぞれが打倒影山の言葉を口にする。
瞳子はそれを見て、古株に指示を出した。
高速道を乗り換え、イナズマキャラバンは進んでいく。
目指すは四国。愛媛——。
「目印はバナナみたいな男だ! イナズマキャラバン、出発!」
『おうっ!!』
「ところで……バナナみたいな男ってなんだ?」
染岡の小さなツッコミが、彼らに聞こえることはなかった。
♦︎
『おいコラなえテメェ!』
「ありゃりゃ? どったのバナナマン?」
『誰がバナナマンだ!』
電話から不動の怒鳴り声が響く。
もう、うるさいなぁ。こっちはさっきまでイナズマキャラバンの内線のジャミングに真・帝国学園のプレゼンテーションとで忙しくて、今ようやく休みを手に入れたのに。
『テメェあいつらに何吹き込みやがった! 初対面でいきなりバナナみたいな男呼ばわりされたんだが!?』
「ぷふっ、髪とお揃いでお似合いじゃん」
『テメェぶっ殺す! あとで覚え……』
プツンと電話を切った。
バーカ。話が長いんだよ。
誰がせっかくの休憩時間を手放してまでお前と話したがると思うんだよ。
ちなみにバナナというあだ名はもちろん彼のモヒカンからである。
ニワトリと迷ったんだけど、源田からバナナが好物と聞いてこっちを採用することにした。
話によればあいつ、源田たちが入院していた病院に忍び込んだ際に見舞いのバナナに真っ先に食らいついたらしい。
Q.E.D.。証明完了。
彼がバナナマンであることは確定的に明らかだ。
とまあおふざけはこの辺にしといて。もうすぐイナズマキャラバンが潜水艦を止めてある埠頭に到着するらしい。
ようやくだ。あのときのリベンジをようやく果たせる。
別に、私は雷門に恨みなんてこれっぽっちもない。たしかに彼らのせいで私の世界デビューが潰れたり逮捕されたりしたけど、逆に言えば雷門に負ける程度では世界はまだまだ先だったってことだ。
それでも私が彼らにリベンジするのは、あの熱い胸の高鳴りを再び感じるため。
あの血が逆流するような、沸騰するような、激戦をもう一度味わいたいのだ。
今の私は私服ではなく、真帝国のユニフォームとジャージを着ている。
架空の学校なのにジャージまで用意してるところが、無駄に凝り性な総帥らしい。
静寂が包み込む中、装備を黙々と点検している音だけがよく響く。
エイリアボールは持った。
スパイクにレガース、全て身につけている。
準備は完全に整っている。
改めて確認したところで、ポケットの中のスマホが震えた。
「……よし、いくか」
スマホには総帥からのメールが送られてきていた。
内容を確認し、ゆっくりと立ち上がる。
そして、ドアを開けて外へ出撃した。