悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです   作:日差丸

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基山ヒロト

 見覚えのある景色を遡っていく。

 暗く、眩しい、よくわからない空間。

 そこを抜けると、これまた懐かしい場所に私は立っていた。

 

 帝国学園の総帥室。

 中にはもちろん、総帥がいた。

 しかしその足元には、ここには絶対にないはずのものがあった。

 

 サッカーボールだ。

 総帥はそれで無表情ながら、リフティングをしていた。

 

 滅多に見ない光景に目をパチクリさせたあと、声をかけようとする。

 しかし私はまるで存在していないかのように、無視されてしまった。

 いや、あるいは()()()()()()()()()()()()

 

 ドアの方に目をやる。

 

 ここのドアは自動だが、調子でも悪いのか、わずかに締まりきっていなかった。

 その奥に、緑色の小さな宝石のような目が二つ見える。

 

 思い出した。

 これは私の過去の記憶だ。

 私はこのとき、偶然サッカーを憎んでいるはずの総帥がボールを蹴っているところを覗いてしまったのだ。

 

 浮かび上がってきたのは疑問。

 なぜ憎んでるはずのサッカーをしているのか? 

 知りたいと思った。

 私の恩人のことを、サッカーのことを理解したいと思った。

 

 そして私はサッカーをし続け——気がつけば大好きになっていた。

 

 

 ♦︎

 

 

 ピッタリとユニフォームが肌にひっつく嫌な感触と、口内を漂う塩っ辛い味に目が覚める。

 

 えーと、なにが起きたんだっけか。

 たしか潜水艦が爆発……そうだ、爆発だ。

 私はそれに巻き込まれたのだ。

 

 運がよかったらしい。

 私はこうして生きている。目立った怪我もない。

 

 ということは、ここは海上か。

 辺りを見渡す。

 茶色と灰色が混ざったような汚い水の上に、潜水艦の残骸らしきものがいくつも浮かんでいた。少し遠くには黒煙も見える。

 私はどうやら、無意識のうちにその一つにしがみ付いていたらしい。

 おかげで沈まずにすんだ。

 

 円堂君たちは無事だろうか。

 まあ自爆システムの猶予はけっこうあったし、誰一人爆発には巻き込まれていないだろう。

 今は他人よりも自分のことだ。

 

 幸い港からはそう離れていないようだ。

 疲れ切った体に鞭打って、港まで泳いでいく。

 そして海からなんとか脱出した。

 

 うぅ……ちょっと寒いや。着替えも欲しい。

 でも今はとにかく、部下に連絡を取らなきゃ。

 あー、高い金払ってスマホを防水加工しておいてよかったよ。

 そんでもって、重要な荷物をホテルに預けておいてよかった。

 別にこのことを予見していたわけじゃないけど、長年総帥と付き合ってるとあらかじめ大切なものは別の場所に保管するくせがついてしまっただけだ。

 

 それでもいくつかは沈んじゃったんだよね。

 ああ、私の私服……。アフロディからもらったお気に入りだったのに……。

 まあ幸い金は億単位で貯金してある。

 部下に買い直しにでも行かせればいいか。

 

 そんなこんなで部下にメールを送ったあと、港を散策していた。

 するとプレハブで囲まれていて人気のない場所で、人の声が聞こえてきた。

 

「君は間違っている。監督の仕事は、選手を守ることだ。それが相手チームのだとしても」

「選手に起こったことは、全て私が責任をとります。私は……勝たなければならないのです」

 

 建物の影に隠れて様子を伺う。

 この声は……響木監督と瞳子監督か。

 

 それにしても、響木監督はいいことを言うものである。

 その爪の垢をうちの総帥にも飲ませてあげたいよ。

 対する瞳子監督は、さすがにあのゾンビモード全開な佐久間を見たせいで、かなりこたえているようだった。

 だけど、その決意だけは揺らいでいる様子はない。

 

 あの監督、ちょっと心配かな。

 なんというか、不安定。

 自身の使命と選手への気持ちで板挟みされているような感じ。

 どっちか一方を選択できないから、グラグラ揺れている。

 このままだと、いつか取り返しのつかないことでも起きてしまいそうな感じがする。

 

 だけど、これは私には関係ないことだ。

 そう思い、去ろうとしたけど、どこからか視線を感じた。

 ……上か。

 クレーンの足場に飛び乗り、そこに立っていた人物に話しかける。

 

「盗み聞きはよくないと思うよ?」

「……まいったな。まさか、バレちゃうとはね」

 

 頭をかきながら、そいつは振り返った。

 赤髪に、病的なまでに白い肌。

 雪国美人とよく言われる私よりも真っ白である。

 

「風邪でもあるの? 顔色悪いよ?」

「これは生まれつきだよ。君のほうこそ、水浸しで寒そうだ。というか目のやりどころに困るな」

「ん……? ああ、これは失礼」

 

 そういえば、私のユニフォームは濡れているんだった。

 身体のラインがくっきり浮かび上がってしまっている。

 ブラが見えてなければいいんだけど。

 

「きゃー、変態ー、責任とってー」

「……すごい棒読みで言われてもね」

「まあまあ、この私の体を拝んだお礼に、あなたのお名前は?」

 

 そう尋ねると、彼は少し考え込むようなしぐさをする。

 

「……ヒロト。基山ヒロトだよ」

「ふーん。で、本当の名前は?」

「いや、これがオレの本名だよ」

 

 うーむ、よくわからないなぁ。

 私は嘘を見抜くために心理学もかじってはいるけど、彼はよくわからないや。

 本名ではないのは確定なんだけど、本人はこれを本名だと思っているって感じかな。

 うん、やっぱり言葉で表すのは難しいや。

 面倒くさいから今はこれが本名ということにしよう。

 

「オレも答えたんだし、君の名前も教えてほしいな」

「白兎屋なえだよ。知ってるかもしれないけど」

「……どうして知ってると思ったんだい?」

「逆にどうしてバレないと思ったの? 宇宙人さん」

 

 こんな一般人は寄り付きもしない場所で盗み聞きをしてたら誰だって怪しむさ。

 

「はぁ。君にはごまかしがききそうにないな」

 

 彼は私の言葉を否定することはなかった。

 じゃあやっぱり宇宙人なんだ。

 彼はデザームと同じチームに所属しているのだろうか。

 はたまた別のチームの可能性もある。

 円堂君たちも苦労しそうだよ。

 

「なえ、君はこれからどうするんだ? 上司に見捨てられたんだろ?」

「いつものことだよ。それに総帥が目的を諦めるわけがないしね。しばらくすれば連絡がくると思うよ」

「……そっか。じゃあ提案なんだけどさ。エイリア学園にこないかい?」

「エイリア学園に?」

 

 ヒロトはそう私を誘ってきた。

 たしかに、良さそうではある。

 エイリアにいれば雷門と戦う機会も多くなるだろうしね。

 だけど私は首を横に振った。

 

「ごめんね。せっかくだけど、私はやめておくよ」

「それはどうしてかな?」

「……言っちゃっていいの?」

「ああ。君の正直な答えを聞きたい」

 

 そっかそっか。

 傷つくと思って言わないでおこうとしたけど、それなら遠慮なく。

 私は率直な意見を言った。

 

「……私、あんなピッチピチな服着たくないんだよ」

「……それは我慢してくれ。オレだって着たくて着てるわけじゃないんだ……」

 

 ああ、やっぱり。

 私の言葉が予想以上にショックだったのか、ヒロトはどんよりとした顔をしながらうなだれてしまった。

 宇宙人も苦労してるんだなぁ。

 

「まあそれは冗談として。単純に今は自分を鍛え直したい気分なんだよ。だからしばらくは雷門と戦わなくていいかなって」

「そっか。それは残念だ」

 

 ヒロトが手すりから離れていく。

 

「もう帰るの?」

「ああ。こっちの用事も終わったしね。次に会う日を楽しみにしてるよ」

 

 いつの間にか、彼の足元にはエイリアボールが置かれていた。

 しかも今まで見たのとは違う。サッカーボールの白と黒を反対にしたような配色だ。

 それを叩くと、ボールは光を発して彼の姿を隠し始める。

 

「じゃあ、今度あったらサッカーしようね!」

「……ふふ。やっぱり君は面白い」

 

 それが最後に聞こえた言葉だった。

 

 光が収まっていく。

 ボールがあった場所に、ヒロトの姿はなかった。

 

 うーん、エイリアの技術は進んでいるね。

 機会があればぜひ暗部にも取り入れたいものだ。あのワープ機能は。

 

 見下ろせば、監督たちもいなくなっていた。

 どうやらずいぶん話し込んでしまっていたようだ。

 

 さて、これからどうしようかな。

 修行するにしても、場所も重要だし。

 いっそ海外にでも行っちゃおうかな。

 そこまで考えたところでクレーンの足場の上からイナズマキャラバンが目に入った。

 円堂君たちはどこかへ行ってしまったのか、誰も近くには見当たらない。

 

 ……そうだ。いいことを思いついた。

 パルクールの要領でダイナミックに建物から建物へ飛び移り、イナズマキャラバンの近くに着地する。

 

 よし、やっぱり誰もいない。

 後ろのトランクを静かに開ける。そして山のように積まれた荷物の中に潜りこんで、そのまま閉めた。

 

 ふふっ、円堂君たち驚くだろうな。

 どうせ東京に行くのだ。これぐらいスリルがあったほうがいい。

 それに私の車は潜水艦に積んでたので、もう使いものにならないしね。

 

 それにしても、ちょっと疲れたな。

 狭い空間で温められた空気が肌を撫でると、とたんにまぶたが重くなってきた。

 まあいいか。先は長い。今は眠ることにしよう。

 

 抵抗せずに目を閉じる。

 私の意識は、あっさりと暗転した。




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