悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです   作:日差丸

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最後のワイバーンブリザード

 円堂と秋は、鉄塔近くにある特訓場から河川敷に向かっていた。

 秋が他の仲間たちもそこに集まっていると教えたからだ。

 

 時刻はまだまだお昼ごろ。

 サンサンと輝く太陽が眩しい。

 サッカーをするにはちょうどいい天気だ。

 

「それにしても、まさかなえさんがついてきてたなんてね」

「ああ、あれには驚いたなぁ」

 

 二人はキャラバンのトランクから出てきた少女の顔を思い浮かべる。

 

「私、あの人が少し怖いわ」

「え、どうしてだ?」

 

 呑気な顔で歩いている円堂とは対照的に、秋の顔は少し悩ましげだった。

 まるで言い出すのをためらっているような……。

 彼女は少し周りを見渡したあと、声を小さくして話し出す。

 

「どっちかっていうと、よくわからないの。サッカーが大好きなのに、あの影山に従うなんて……」

 

 まさに矛盾。

 サッカーを汚す者と、サッカーを愛する者が協力しあっている。

 それだけでも理解はできない。

 だが、一番わからなかったのは、真帝国戦でのあの言葉だ。

 

 

『選手生命? 関係ないね! 私たちはサッカープレイヤーだ! サッカーが目の前にある限り、どんな手を使おうが、命果てるまで全力で! 最後まで! プレイしてやる!』

 

 サッカーとは楽しいものなのだ。

 選手生命をかけてまで戦う必要がどこにあるのか。

 たとえ負けても、怪我を治してまた戦えばいいのではないか。

 秋の考えはこうだった。

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかし、秋は決して、それが間違った考えではないと思っている。

 

 互いに相入れない考え。

 いくら思考を巡らせても、やはりわからない。

 だから、彼女はおそらく、自分と近い考えの持ち主であろう円堂に尋ねた。

 

「ねえ、円堂君。円堂君はなえさんのこと、どう思う?」

「俺か? うーん、どういえばいいんだろうな……」

 

 急に聞かれて、円堂は悩んだ。

 彼にとってのなえというイメージはできている。しかし、祖父の遺伝子を引き継いだ円堂は語彙力が皆無なのだ。

 数少ない言葉のレパートリーの中から、あれこれ引き出しては捨てて、結局円堂が選び出した答えは、

 

「面白いやつ、かな?」

「面白い……?」

 

 予想外の答えに、秋は目を瞬かせた。

 

「なんていうかさ。あいつのシュート、スゲー気持ちいいんだよ。想いといか魂みたいなのがズバババーンって乗っててさ。受け止めただけで、体の奥底が燃え上がってくるんだ。負けてたまるか! ってさ」

 

 彼女について語る円堂の目は、ライバルを見る熱い目になっていた。

 しかしすぐに秋がなえを怖がっていることを思い出し、その熱を冷ます。

 

「……もちろん、あいつが悪いことをいっぱいしてるってのはわかってるんだ。だけど、あいつのサッカーへの想い。それだけは、本物なんだって俺は思う」

「……うん、そうだね。なえさんも、サッカーが大好きなのは変わらないよね」

 

 秋は少し微笑んだ。

 いまだに彼女のことはわからない。

 だが、そんなのは他人なのだから当たり前だ。本当に全部わかる必要などどこにもない。

 大事なのは、これから歩み寄っていけるかどうかだ。

 

 ……なんだ、簡単なことだったじゃん。

 少し、深く考えていたのがバカバカしくなった。

 

 

 そうやって話しながら歩いていると、川が見えてきた。

 その近くにあるサッカーコートでは、よく知っている人物たちがボールを追いかけている。

 

「ワイバーン——」

「——ブリザード!」

 

 氷を纏った飛竜のブレスが、キーパーの杉森を吹き飛ばしてゴールに入った。

 

「お、やってるな! 俺もやるぜ!」

「来たか円堂! へっ、見たかよ俺たちのワイバーンブリザード! もう完璧だぜ! なあ染岡?」

「ハァッ……ハァッ……! あ、ああ……」

 

 荒い口調で問いかけてきた吹雪に、染岡は歯切れの悪い返事を返した。

 よく見れば呼吸が乱れてしまっている。

 

 疲れだろうか? 

 少し疑問に思ったが、そういうこともあると、このときの円堂は流してしまった。

 

「おいおい染岡。もうバテたのか?」

「……バカ野郎。そんなわけねえだろ!」

「いや、そんなことあるよ」

 

 後ろから突如聞こえた声に、円堂は振り返る。

 坂を上がったその先。

 

 そこには、なえがいた。

 

 

 ♦︎

 

 

 私の登場に騒ぐ雷門メンバーたちを放っておいて、私は坂を飛び越えて染岡の下に着地する。

 

「お前、今度は何しにきやがった!?」

「はいはい、その話はあとにしてっと」

「っ! ぐぅぁ……!」

 

 染岡の掴みかかりをひょいと避けてしゃがみ込む。

 そして勢いよく、彼の右足のソックスを引きずり下ろす。

 

「あ、あれは……!」

 

 そこに見えたのは、風船のように大きく膨れ上がった腫れだった。

 色は青を通り越して黒い。重傷なのは明らかだった。

 

「やっぱり。みんなにも見せてないから、ロクな応急手当すらしてないでしょこれ」

「ちっ、余計なお世話だ! このくらいの腫れで大げさなんだよ!」

「なめないで。私は皇帝ペンギン1号の恐ろしさを誰よりも知っている。その足の深刻さだって、手に取るようにわかるよ」

 

 彼は不動によって怪我をした足で、さらに皇帝ペンギン1号を防いだのだ。間違いなく、骨が折れてしまっているでしょうね。

 その足であそこまでボールを蹴れた根性は称賛するけど、それは今発揮するものではない。試合で出すものだ。

 こんな練習で潰れてしまっては、元も子もない。

 

「染岡、お前……」

「大丈夫だって。心配しすぎだぜ……!」

 

 そうシロウへ染岡は笑いかけるが、どう見ても空元気だ。

 重苦しい空気が周囲に充満する。

 

 ……あーもー! 仕方ないなぁ! 

 

「とりあえず、木野ちゃんは救急箱を取り出して! 円堂君とシロウは運ぶのを手伝って!」

「あ、ああ!」

 

 本当は忠告だけして、あとは関係ないから放っておくつもりだったんだけど、こうなったら乗りかかった船だ。

 私にできる限りのことはしてやろう。

 

 染岡をベンチに座らせたら、ソックスを脱がせて足に触れる。

 それだけで、染岡は苦悶の表情を浮かべた。

 

 木野ちゃんには電話で瞳子監督を呼んでもらっている。

 私は私にできることをしなくちゃ。

 救急箱の中身を取り出し、テキパキと応急手当をほどこしていく。

 それを見た円堂君が、感心したように呟いた。

 

「へぇ、ずいぶん手慣れてるんだな」

「私も怪我する機会は多いからね。自然に覚えたのさ」

 

 よし、これで終わりっと! 

 ガーゼを巻いて、終了だ。これ以上の治療は病院へ行かなくちゃならない。

 

 と思ってたら、いきなり染岡は立ち上がろうとして、バランスを崩してしまった。

 

「染岡、無理すんなよ!」

「無理じゃねえって! なっ? ほら、大丈夫だろ?」

 

 染岡はそう言って、今度は立つことに成功するけど……。

 明らかに痛がっている。足が生まれたての小鹿のように震えていて、今にも倒れてしまいそうだ。

 

「バカモン! 大丈夫なわけあるか!」

 

 ぴしゃりという怒鳴り声が突如響いた。

 横を見れば、そこにはツナギを着た小太りのおじさんが。

 ……誰だっけ? 

 

「古株さん!」

 

 やっぱり知らない人だ。たぶん格好から見て、雷門中の用務員とかそんなところだろう。

 

「古株さん、イプシロンとの試合は三週間後なんです。染岡は間に合うのでしょうか……?」

「……この足の腫れ具合、間違いなく骨折しておる。三週間どころか、一ヶ月やそこらで治るもんかい」

 

 はっきりと、古株さんは断言してみせた。

 みんなの表情が曇る。

 ただ一人、染岡だけは必死に叫んだ。

 

「治す! こんな怪我、すぐに治してみせる! いや、たとえ治んなくても、前半だけでもいいからやらせてくれよ!」

 

 それはもはや懇願だった。

 本人もわかってはいるのだろう。自分はもうプレイできないと。

 だけど、認めるわけにはいかないのだ。

 仲間たちが戦っている中で、自分だけベッドで寝ているわけにはいかないのだ。

 怪我を背負ってでも戦おうとするその気持ち、私には痛いほどわかった。

 

「頼む……! 頼むよ……!」

 

 祈るように染岡は頭を下げ続ける。

 だけど、現実は非常だ。

 

「染岡君。あなたにはチームを抜けてもらいます」

 

 りんと響いた、透き通るような声。

 だけどその内容は、震えるほど冷たい。

 それを発したのは、瞳子監督だった。

 

 いつの間に来ていたなんて疑問は誰も口にはしない。

 それ以上に、彼女の発言の意味が重すぎたのだ。

 

「な、んだと……!?」

「そんな……!」

 

 誰もが愕然としていた。

 それほどのショックだったのだろう。

 

「本人がやると言ってるんです! やらせてやってもいいじゃないですか!」

 

 そんな中、たった一人だけ、風丸は真正面から反抗してみせた。

 

「円堂、お前にもわかるだろ? 染岡は雷門サッカー部ができたときから頑張ってきた、大切な仲間なんだ! こんなところで、外されていいわけがない!」

「風丸……」

 

 円堂君は風丸に何も言えないでいた。

 彼にも風丸の言いたいことも、染岡の気持ちもわかる。

 しかし、彼はキャプテンなのだ。安易な返事はできない。

 ……まあ、私の場合は別だけど。

 

 風丸は誰も味方してくれる人がいないのを悟ったのか、今度は私に目を向けてきた。

 

「なえ、お前だって言ってたじゃないか!? サッカー選手なら最後までフィールドに立つべきだって! お前ならわかるだろ!?」

「うん、わかるよ。そして私なら間違いなく染岡の意志を尊重するでしょうね」

「だったら!」

「だけど、私は雷門じゃない。口を挟むことはできないよ」

 

 そもそも、私が言っても通るわけないんだけど。

 だって自分でいうのもなんだけど、私は総帥の下で嬉々として動いていたんだぜ? いってしまえば悪の手先だ。

 そんなやつの言葉を聞き入れるわけがない。

 

 それに気づけないほど、今の風丸は荒んでいた。

 さっきもいったけど、私は雷門じゃないから彼がどういう性格なのかは知らない。だけど周りの驚きようから、ここまで熱くなるような人じゃないのだけはわかった。

 いったい何が、彼を変えたのだろうか。

 

「彼はきっと、チームのために無理をする。そうなれば、みんなが彼を気遣って、満足なプレーができなくなるかもしれない」

「でもっ!」

 

 ドゴッ! というベンチを殴りつけた音が、彼の言葉を遮断した。

 

「もういい風丸。悔しいが、監督の言うとおりだ……!」

「染岡……」

 

 染岡の握り拳が真っ赤に腫れ上がっている。

 そのいたたまれない姿に、風丸も何も言い出せなくなってしまった。

 

 しばらくの沈黙。

 誰もが顔を俯けている。

 

 その空気を引き裂くように柏手が一つ、打たれた。

 

「みんな、顔を上げろ! たしかに染岡がチームを抜けるのは悲しい。でも残った俺たちはその魂を背負っていかなくちゃならない! 俺たちが今くよくよしてたら、染岡が安心して休めなくなるだろ!?」

「円堂の言うとおりだ。俺たちが今すべきなのは悲しむことじゃない。未来に目を向け、どうやってイプシロンに勝つか考えることだ」

「キャプテン……鬼道さん……!」

 

 さすが円堂君といったところか。

 さっきまでのどんよりとした空気はもうない。

 いつもの雷門イレブンという感じだ。

 

 さてと。いい雰囲気になったところで、お邪魔虫はそろそろ退散しよっかな。

 本当は彼らのサッカーを見るつもりだったけど、さすがにこんなことがあっては見る気にはならない。

 早いとこホテルにでも泊まって、旅の準備を整えるとしよう。

 

「待てなえ。8時の夜、病院の屋上に来てくれ。話がある」

 

 去ろうとしたとき、なんと染岡が私に声をかけてきた。

 円堂君たちはイプシロン戦の会議に夢中で、気づいていないようだ。

 後ろを振り返る。

 彼は真剣な瞳で私を見つめていた。

 

「……うん、いいよ」

 

 その目をした人の頼みを断ることはできなかった。

 覚悟。

 何に対してかは知らないけどが彼からはそれがひしひしと伝わってくる。

 

 私は返事だけをして、その場から去った。

 





 ♦︎原作との変更点
 イプシロンとの試合の猶予を十日間から一ヶ月に引き延ばしました。理由は、あと一週間未満でイプシロンと互角になるまで強くなるのはさすがに非現実的すぎると思ったからです。
 作者の頭の中では、本編は九月の初めごろという認識です。

 ♦︎三人称時のマネージャーの呼び方に少し悩みました。お嬢はもちろん夏未一択として、他のマネージャーはどうしようかなと。
 でも教祖様がそれぞれ『音無』、『秋』と呼んでいるので、こっちの方がわかりやすいかなと思い、こちらにしました。塔子も同じ理由です。
 これから別のキャラで迷ったときも、教祖基準にして書いていきたいと思います。
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