悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです   作:日差丸

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昨日の敵は今日の友

 草木も眠る丑三つ時……とまでは行かないが、夜はすでに更けてしまっていた。

 東京といってもここら辺の町は建物も少ないので、星がよく見える。

 少し手を伸ばした。やっぱり届かない。

 そうなるわけがないのに、北海道の空があまりにも高いもんだから、これくらいは手に取れるかと思ってしまった。

 まるで私の世界への道のりのようだ。

 

 しばらく歩いていくと、それは見えた。

 染岡が入院しているであろう病院が。

 私は今日のお昼ごろ、彼に呼び出しをくらったのだ。それもこんな真夜中に。

 よっぽど人に見られたくないのだろうか。

 ……もしかして愛の告白? 

 いや、さすがにそれはないか。

 

 待ち合わせ場所はここの屋上。

 普通に正面から病院に入っていくのは少し面倒だ。

 というわけで私は病院の裏に回り込み、壁キックを連続ですることによって軽やかに上まで登っていく。

 よし、手すりが見えた。

 一気に跳躍し、空中で一回転したあと、かっこつけて手すりの上に着地した。

 

 ——そのとき、ヤクザみたいな顔つきの人と目があった。

 

「うおわぁっ!?」

「きゃっ!? ……って、危なっ!」

 

 急にそいつが吠えたせいで、驚いてバランスを崩しかけてしまったよ。

 ちょっと冷や汗かいた。

 

「ちょっと、驚かせないで! 非常識だよ!」

「こっちが言いたいわボケ!」

 

 うむ? 

 よくよく見たら、ヤクザもどきの正体は染岡だった。

 まったく……人騒がせなんだから。

 

「くそっ、鬼道のやつはどうやってこれをコントロールしてたんだ」

「女の子をコントロールだなんて、卑猥だね。やっぱオッカナイ顔してるだけあって、さっきみたいに脅迫してるんでしょ?」

「してねぇよ!」

 

 ケラケラと私は笑う。

 やっぱりこういう感じの単細胞は弄りがいがある。

 不動がいなくなってちょっぴりストレス発散できなくなっていたけど、ちょうどよかった。

 ぴょんと手すりから床へ着地する。

 

「はぁ、ふざけるのは今はなしにしてくれ。大切な話がある」

 

 染岡は真剣な顔をしていた。

 さっきまでとはまるで違う。

 

「……なるほど、たしかに大切そうだ」

 

 今日の昼に見た彼と一緒だ。

 覚悟を決めたような顔をしている。

 私はベンチに背中からどっしりと座り込み、彼を見上げる。

 

「お前に頼みがある」

「ふーん、敵である私にねぇ。まあ言ってみなよ」

 

 彼はうなずいたあと、ゆっくりと目を瞑り——私に勢いよく、頭を下げた。

 

「お前に……っ、お前に……っ! 雷門に、入って欲しいんだ!」

 

 絞り出すように、苦々しくも強く、そう言ってきた。

 思考が少し止まった。

 

 彼の体は震えていた。拳も強く握り締められている。

 まるで、今の言葉が本心ではないかのようだ。

 だけどその頭だけは、椅子に座っている私からも顔が見えないほどに下げられていた。

 

「情けない話なのはわかってる! 影山の仲間のお前を誘うことが、みんなへの裏切りになることも! だけど、お前しか雷門のフォワードを任せられるやつがいないんだ! 俺は、俺のせいでみんなに負けて欲しくないんだよ!」

 

 本当は嫌に決まっている。

 染岡にとって、私はさんざんサッカーを穢してきた大罪人。

 仲間を何人も怪我させてたし、憎んでいるのは当たり前だ。

 

 だけど、彼はそのプライドをへし折ってまで、私に頭を下げてきた。

 それがどんなに辛いことだろうか。悔しいことだろうか。

 彼はそれでも、仲間たちのために『自分のサッカー』を捨てたのだ。

 

 私は夜空を仰いで考え込む。

 果たして、自分に同じことができるだろうか。

 いいや、できないに決まってる。私なら意地でも敵に頭を下げたりはしない。

 

「……あなたの円堂君たちを思う気持ち、伝わったよ。染岡……いや、染岡君」

 

 だけど。

 一人のためよりもチームのために。なによりも勝利のために。

 自分を犠牲にした彼は、紛れもなく立派なサッカー選手だ。

 なら、そんな人が頭を下げているのに、私が断るのは許されない。

 

「染岡君。あなたの思い、私が背負ってみせる」

「……そうか。ありがとうよ」

 

 染岡君はそれを聞いて安心したのか、崩れ落ちるようにベンチに座り込んでしまった。

 そしてそれっきり、目を閉じたまま動かなくなってしまう。

 

 そうっとしておいてあげたほうがよさそうだ。

 彼も一人で考えたいのだろう。

 

 私は何も言わずに手すりを飛び越え、夜の底へ消えていった。

 

 

 ♦︎

 

 

 一夜が明けて、その早朝。

 イナズマキャラバンは高速道路への入り口に差し掛かっていた。

 

 次に目指すは、天下の台所、大阪。

 そこのある場所に、エイリア学園の基地があることが発覚したのだ。

 

「よっしゃぁ! 染岡の分まで張り切っていくぞ!」

「もう、円堂君ったら。まだ出発したばかりじゃない。着く前からそんなに大きな声を出してたら、持たないわよ?」

「へーきへーきだって。あいつのエールを聞いたら俺、いてもたってもいられなくてさ」

 

 夏未がなだめるも、円堂は止まらない。

 いや、声に出していないだけで、メンバー全員がやる気に満ちているようだった。

 

 彼らは出発する前、残る染岡から餞別の言葉を受け取っていたのだ。

 昨日の練習で小暮が未完成だった必殺技『旋風陣』を完成させたこともあり、彼らは今絶好調であった。

 

 やがて、稲妻町がどんどん遠ざかっていくのが見える。

 

「そうだ。鉄塔にもさよならを言っておかなくちゃな」

 

 そう思い、円堂は顔を窓に近づける。

 そして見えたのは、長い髪を風にたなびかせている目が覚めるような美少女の顔だった。

 ……しかも逆さになっている。

 

「うおわぁぁぁぁぁ!?」

 

 当然、目の前の異常事態に、円堂は大声で叫んだのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

「——本日からイナズマキャラバンに白兎屋なえさんが加わることになりました」

「どーもどーも。みんな、よろしくね?」

 

『えぇぇぇっ!?』

 

 某国民サザエアニメのエンディングのときのように、キャラバンが激しく揺れ動いたと錯覚するほどの声が響きわたった。

 おおう……耳痛い。私は耳も超いいので、こういうのは逆に辛い。

 そして今兎みたいとか言ったやつは表に出るんだ。

 

「あんたなあ! わかってんのか!? そいつは影山の手下なんだぞ!? それとも、勝つためには手段を選ばないとでも言うつもりか!?」

 

 真っ先に噛み付いてきたのは土門だった。

 それにしても酷い言いようである。

 暗部所属じゃなかったとはいえ、あいつ元々スパイなんだぞ? 私の部下でもあったんだぞ? 

 どうやら質の悪い上司と一緒にいたせいで、私のカリスマにも影響が出てしまったらしい。

 

「一応言っておくけど、彼女を推薦したのは染岡君よ。私はそれを承認しただけ。文句があるなら彼に言うことね」

「染岡が?」

「そーゆーこと。彼、私に頭下げてまで頼んできたの。染岡君の気持ちもわかってあげてね?」

「……ちっ!」

 

 それを聞くと、土門は舌打ちしながらも大人しく引き下がってくれた。

 みんなを見渡すけど、しぶしぶながらも、他に異論のある人はいないようだ。

 それだけ染岡君が慕われていたということだろう。

 気分は印籠を見せつける水戸黄門である。

 

「なえ、雷門に入る前に約束してくれないか? 二度と皇帝ペンギン1号を使わないって」

「……いいよ。私もできる限りあんなシュートを撃ちたくないしね」

「わかった。歓迎するぜなえ!」

 

 最後の円堂君の言葉が決めとなり、私の雷門入りが決定した。

 よかったよかった。正直なところ、けっこう不安だったんだよね。

 

「ところで、お前なんでバスの上になんていたんだ?」

「いやあ、みんなと会うのが楽しみすぎて夜からずっとここにいたんだよ。でも朝近くになって、ようやく睡魔が来てね。気がついたらぐっすり寝てたってわけ」

 

 あまりにくだらない理由に、円堂君はずっこけてしまった。

 うん、いいリアクションだ。

 

「というか、私が加わるの知ってたんだし、起こしてくれてもよかったんじゃなかったんですかね?」

「……」

 

 何気なく尋ねてみたものの、瞳子監督は答えることはなかった。

 というか目を合わせようとすらしていない。

 いや、どっちかというと、あれは目を合わさないように頑張っているのか? 

 

「もしかして、なえさんが来ることを忘れていたんじゃないですか?」

「まあまあ音無さん。監督に限ってそんなこと……」

「……っ!」

「……そんなこと、ありそうね……」

 

 マネージャーちゃんたちは見た。

 ミラー越しに映った監督の顔が、突然変わったところを。

 

 マジすか。

 いやただのど忘れかよ。

 あの人、真面目そうな顔して意外とポンコツなのかもしれない。

 それでもうちの上司よりかはマシだけど。

 

「それよりも、なえさん。あなたは理事長への情報提供を断ったと聞くわ。もし仲間になるのなら、それを解放してもいいんじゃないかしら?」

「えー、どうしよっかなぁ?」

「頼むなえ! お前の情報が必要なんだ!」

「任せて! なんでも教えてあげる!」

 

 円堂の頼みだったら断れないね。

 そこ! 特にマネージャー陣! チョロいとか言わない! 

 

 というか、円堂君じゃなくても雷門の誰かだったら答えるつもりだった。

 私は私を打ち破った人にしか協力したくはないんだよ。

 高速道路を走行中で悪いけど、みんなからよく聞こえるようにバスの中央あたりに立つ。

 

「さてと、何から話せばいいかな。ちょっと選びづらいから、質問よろしく」

「……では俺から聞こう。エイリア学園。やつらは本当に宇宙人なのか?」

 

 挙手したのは鬼道君だった。

 まあ、みんなやっぱりそれが気になるよね。

 

「残念だけど、それはわからないな。ただ、私が捕まる前にはすでに強大な組織だったみたいだよ。そうだ、みんなに面白いものみせてあげる」

 

 私はポケットを漁り、()()を取り出した。

 紫色に妖しく輝くエイリア石のネックレスを。

 

 実はつけるのを断りはしたものの、研究材料として総帥から譲ってもらっていたのだ。

 それを見た瞳子監督の目が真っ先に見開かれたのは気のせいではないだろう。まるでこれの存在を知っていたかのようだ。

 ……やっぱり、彼女も怪しいね。調べるべきか。

 

 一方のみんなは、不思議そうにこれを見ていた。

 特にマネージャーちゃんたちは目を輝かせている。

 

「わあ、綺麗ですね」

「ええそうね。だけど……なぜかわからないけど、ちょっと怖いわ」

「で、それがどうしたんだ?」

「これがエイリア学園の選手たちの力の源、エイリア石だよ」

「へー、そっか。これがエイリアの……って、えぇ!?」

 

 円堂君はあっさりと伝えられた情報に大声をあげた。

 他の人たちも同じ反応だ。

 私はしきりに驚いている彼らを無視して説明を進める。

 

「このエイリア石には、身につけた人の身体能力を大幅に高める力があるの」

「えーと、つまりは神のアクアみたいなやつってことか?」

「神のアクアなんてレベルじゃないよ。あっちは体への負担が激しいけど、これはそれがゼロ。生命としての格をそのまま上げちゃうんだ」

「だが、そんな都合のいいものが本当にあるのか?」

 

 お、鬼道君いい質問。

 私も最初にそれを聞かされたときに同じ疑問を抱いたから、そこんところはちゃんとチェック済みだ。

 

「もちろん実験結果から、これにも副作用があることが確認されてるよ。これをつけた人は自分の欲望なんかの感情が抑えられなくなっちゃんだ」

「なるほど、つまりは源田や佐久間の様子がおかしかったのも……」

「全部エイリア石のせいだよ」

 

 特に佐久間のは酷かったからね。

 総帥もあまりの豹変っぷりに引いていたっけ。

 もう二度とあのゾンビ佐久間が復活しないことを祈るばかりである。

 

 円堂君は私の話に最初はぽかーんとしていたけど、となりの風丸がわかりやすく説明してくれたようで、怒りに震えていた。

 

「許せない! サッカーってのは、自分で磨き上げた力で戦うからこそ面白いんだ! あいつらに本当のサッカーってやつを教えてやる!」

 

 そう改めて気合を入れている円堂君にも悪いけど、私はちょこっとそのとなりが気になるな。

 というか風丸さんが心なしか、私のエイリア石をじっと見つめているような。それもすんごく濁った目で。

 ちょっとまずいかも。

 私は手を緩めて、エイリア石を足元に落とした。

 

「そうそう、最近の研究でエイリア石には恐ろしいまでの増毛効果があるらしいんだよね。それこそ、フッサフサのノッビノビになるらしいよ?」

「なんじゃと!?」

「まあ、壊すからどうでもいいんだけど」

 

 鍛え上げられた足でエイリア石を思いっきり踏みつぶした。

 石はバラバラに砕けたあと、鮮やかな紫の色を失い、その輝きは消え失せた。

 

 というか、誰ださっき増毛効果で反応したやつ。

 ちらりとバックミラーを覗く。

 しょっぱそうな汗を目から流している、汚いおっさんが映っていた。

 

 ……ロクな大人がいねぇ。

 大丈夫かこれ? なんか後先が不安になってきたぞ。

 もしかして私は泥舟に乗ってしまったのでは? 

 なんで総帥から解放されても、結局大人に悩まされているのだか。

 私は盛大なため息を吐いた。

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