悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
練習が終わり、夜も更けたころ。
私はまだナニワ地下修練場にいた。
目の前を超高速でボールが通過していく。そして秒を待たずに轟音がフロア中に響き渡る。
「ねぇ、もう寝なくていいの?」
そうボールを蹴り出した本人に聞いた。
彼は普段は見せないような鋭い眼差しをこちらに向けてくる。
「まだだ……まだ足りねぇよ! あの野郎を、デザームをぶっ飛ばすにはまだまだだ!」
「初日でレベル6までたどり着いたのは褒めてあげるけどさ。あと二週間とちょっとも猶予がある。少しは休んでもいいんじゃない?」
「うるせえ! 俺のことは放っておけ!」
彼——シロウはずいぶん気が立っているようだった。
今の会話からすると、彼もデザームにボコボコにされたんでしょうね。それで酷くショックを受けたと。
シロウはともかく、
とはいえ、少し頭に血が上りすぎてるね。
ちょっとお灸をすえてやるか。
近くにあったボールを足で挟み込み、回転させる。すると冷気が徐々に注入されていった。
氷に包まれたボールに回し蹴りを叩き込む。
「エターナル……ブリザードォォォォ!!」
「エターナルブリザード」
それはシロウが蹴ったボールへ向かっていき、衝突。
とたんに彼のボールはまるでビデオを巻き戻したかのように元きた軌跡を辿っていき、彼の真横を通り過ぎた。
「……テメェ、いつの間に……」
「本物には敵わないんだけどね。だけどそのレプリカにすら、今のシロウのシュートは打ち勝てていない。威力が弱まっている証拠」
「なんだと?」
「無茶をするのはいいよ。それで強くなるなら大いにけっこう。だけど、試合で全力を出せないやつを私は許さない」
「……」
シロウだってわかってるはずだ。このままのペースで特訓を続けていたら、試合まで絶対にもたないことに。
それじゃあ意味がない。
なんのための練習だ。
試合のためでしょうが。
練習をいくらやったって、試合で活用できなきゃそんなものはゴミに等しい。
シロウはうつむいたままだんまりしてしまった。
「まったく、いくらプライドを傷つけられたからって、ヤケになる必要はないでしょ。次に勝てばいいんだから」
「違ぇ! プライドなんかどうでもいいんだよ!」
「えっ?」
私が投げかけた言葉を、シロウは食いつくように否定してきた。
プライドじゃない? どういうことだ。
「俺は……俺は……『完璧』にならなくちゃならねえんだ……!」
シロウは誰に言うでもなく、ぶつぶつとそう呟く。
私には彼が何に悩んでいるのかわからなかった。こんなことは初めてだ。
そう戸惑い、ふと思い出す。
あれから何年経ってると思ってるのか。シロウが変わっていくのは当たり前なことで、昔のことしか知らない私が今の彼を理解できるはずがないのだ。
ちょうど彼が今の私のことを理解していないように。
「……ごめん、言いすぎた。なえちゃんの言う通りだ。今日はもう休むよ」
いつの間にか、シロウは元の人格に戻ったようだ。
弱々しく私に頭を下げ、自動扉の奥へと消えていく。
少しセンチメンタルになっちゃった私は、特にやることがないのにしばらくここに残ることにした。
理由はよくわからないや。
♦︎
地上に上り、キャラバンが止められてある駐車場へとたどり着くと、ちょうどみんなが乗り込んでいるところだった。
雷門のみんなは旅の途中、ホテルなんかに泊まっているわけではない。キャラバンの座席を倒してベッド代わりにし、そこで寝泊まりしているのだ。
正直地球を救うために戦っているのだし、総理大臣の娘もいるので援助金ぐらい出せよとは思うんだけど、そこは上が腐った日本。
世も世知辛いものである。
私なら全員分のホテル代くらい払えるけど、彼らは彼らでこのキャラバン生活を楽しんでるようなのでやめておいた。
それに、私もこうやって大勢の友達と寝泊まりするのを密かに楽しみにしてたし。
そんなわけでキャラバンに乗り込むと、なぜかみんなが目を点にして私を見てきた。
はて? 別に今はイタズラも何もしてないはずだけど。
私はその原因を探ろうと、じっくりキャラバン内を見渡す。
「もしかして、ジャージじゃなきゃ寝ちゃいけない決まりとかある?」
「違う違う! なんでお前がここにいるんだ!?」
「女子の寝どころはこっちよ」
「ぐえっ」
いつの間にか背後にいた夏未ちゃんに首根っこを掴まれて、私は強制的にキャラバンを下ろされてしまった。
「ええっ!? 私はキャラバンじゃないの!?」
「年ごろの女子が男子と一緒に寝るなんて不純よ」
うぅ、痛い……。
というかそのままずるずる引きずらないで。駐車場なので地面がアスファルトでできていて、ゴツゴツしてるから痛いんだよ。
「ああ、やっぱり入っちゃってたんだ……」
「わかるわかる。普通はみんな一緒に寝るもんだと思うよな」
私の様子を見て、秋ちゃんは苦笑いを、塔子はうんうんとしきりにうなずいていた。
いや見てないで助けて。
しばらく進んだところで、夏未ちゃんはポケットから手のひらに収まるサイズのボールみたいなものを取り出すと、適当に地面に投げつけた。
するとボールは空気を吸い込んで肥大化し、あっという間に巨大テントへと早変わりした。
「ほ、ホイポイカプセル……!」
「バカなこと言ってないでさっさと入るわよ」
科学の力ってスゲー!
なんて思ってると、マネージャー陣+塔子はさっさと中へ入っていってしまった。
さすがの私も誰もいないところで一人ふざける趣味はないので、後に続いて入室する。
中は思ったよりも広く、女性陣六人が寝ても問題ないぐらいだ。
ちなみに瞳子監督を合わせての六人である。だけどこの場に彼女の姿はなかった。
「監督は?」
私の質問に春奈ちゃんが答える。
「瞳子監督はいつも私たちが寝たころテントに入ってくるんですよ」
「ふーん。あんなに死んだ目してるんだから、ちょっとは休んだほうがいいと思うのにな」
「それ、本人の前では言わないでくださいよ」
注意されたものの、彼女も半笑いしているので内心は同じことを思っているのだろう。
私は彼女の言葉を軽く受け流して、寝袋を広げる。
みんなが寝袋に入ると明かりが消され、テント内が真っ暗に塗り潰される。
ゆっくりと目を閉じる。
……うーん、やっぱこんな時間じゃ眠れないや。
私は仕事のせいで寝るのはだいたい朝の1時くらいだった。
だから、円堂君たちが寝る時間に合わせては眠気がぜんぜんやってきてくれない。
こういうのにも早く順応しないと。でも、したらしたで元の生活に戻ったときに地獄を見ることになりそうだなぁ。
こんな感じで睡魔が訪ねてくるまでひたすら考えごとをしていると、となりから声がかかってきた。
夏未ちゃんだ。
「ねえなえさん。あなたって円堂君のこと好きなの?」
「好きだよ」
「っ、げほっ!」
「夏未さん!」
ありゃま。お嬢様な夏未ちゃんにはストレートすぎたかな。
咳き込んでしまった彼女を秋ちゃんが心配した。
そういう彼女も声の張りようからテンパり具合が伺える。
「円堂君を見てるとね、こう胸の奥が暖かくなってくるの」
「へー、恋の魔法みたいな感じで素敵ですね」
「そうそう、心臓の血という血が逆流してきて体中がメラメラ燃えてきちゃうんだよ。我ながらロマンチックだねぇ」
「それ絶対ライバルとしてですよね!?」
「くふっ。誰も『異性として好き』なんて言ってないしね」
暗闇でも目が慣れてきたおかげで、夏未ちゃんと秋ちゃんが顔を真っ赤にしているのが見えた。
ほんとわかりやすい反応だ。
この好意に気づかないとは、円堂君は予想以上に鈍感らしい。
「ま、安心していいよ。私は円堂君をライバルとして見てるから、夏未ちゃんたちが心配してるようなことにはならないと思うよ」
「べ、別に心配なんて……」
「でも、あまりにももたついてて隙があったら、私が奪っちゃうかもね」
『それはダメ!』
二人は声をそろえて叫んだ。
私はイタズラでもしたかのように笑みを浮かべる。
まだまだ夜は長い。この様子じゃ、しばらくは暇しなさそうだ。
それにしても……。
ちらりと、とある寝袋の方に目を向ける。
「ぐぅー……。かぁ……」
塔子はよくこんな騒がしい中熟睡できるね。
半分呆れ、半分羨望の眼差しを送った。
♦︎
深夜に地獄の底から響いてきたかのような音を聞いて、円堂は目を覚ました。
その音は壁山の口から出ていた。
どうやらただのいびきらしい。
しかしあまりにうるさく、さらには一度目を覚ましたことで眠気が消えてしまったのもあり、中々寝つくことができなかった。
とうとう耐えきれなくなり、円堂は外に出て、キャラバンの上へ登ることにした。ここは広さが十分にあり、寝転がるには絶好の場所なのだ。
寝袋を持ってよじ登っていくと、先客がいることに気づいた。
彼はしばらく空を見上げていたが、円堂が来たことに気づくと軽く手をあげる。
「よう」
「なんだ鬼道もか。やっぱり壁山か?」
「いや、少し考えたいことがあってな」
円堂は寝袋を敷くと、その上に寝転がる。そして鬼道の隣となった。
「考えたいことって?」
「……なえのことだ」
「そっか。お前たちはもともと仲間だったんだもんな」
「俺は半分とやつのことを理解できていなかったがな」
自嘲気味に鬼道は笑う。
帝国にいたとき、なえの裏切りの臭いすら彼には嗅ぐことは出来なかった。あまつさえメンバーを病院送りにされる始末。
鬼道はそれに関して本人であるなえ以上に責任を感じていた。
自分がキャプテンとしてしっかりしていたなら、あのような悲劇も防げたのではないかと。
しかし円堂は、鬼道となえがまったくわかり合っていないとは思えなかった。
「でも昼の試合のときはスッゲーコンビネーションしてたじゃん。しばらく一緒にプレイしてないのにあんなにすごいプレイができるのは、心が通じ合ってる証拠だと思うぜ?」
「ふっ、そう言ってもらえると気持ちが軽くなる」
鬼道は再び笑った。今度は自嘲気味ではなかった。
「お前の言葉を聞いていると、太陽に照らされているように悩みが晴れていく気がする。まるで光そのものだ」
「ん、なんだよ急に?」
「対してなえは闇だ。やつのサッカーは時として人を悲しませる。だが、俺はお前たちが似ているように思えて仕方がないんだ」
「俺となえが?」
円堂はわけが分からずに首を傾げた。
似ていると言われてもそう思えない。外見はもちろんポジションも全然違うし、なんなら今の話を聞いたらますます共通点がないように思える。
しかし鬼道は静かにうなずいた。
「ああ。サッカーが大好き。それがお前たちの原点のはずだ」
「そういうことか。ならたしかに似てるかもな」
「スタートは同じ。なのにたどり着いた先は正反対の道。運命というのは残酷だ」
円堂は祖父によって光の道を進んだ。
だが同じ存在であるはずのなえにいたのは、憎悪に取り憑かれた影山だけ。
環境という一つの要因だけでここまで変わってしまう。だからこそ、哀れと思わずにはいられない。
鬼道が憎しみを抱けなかったのはそれが原因だ。
「でもさ、俺はあいつとサッカーやってて悲しいなんて思ったことはないぜ?」
円堂は自らの手を見つめた。
この手は何度も彼女のシュートを受け止めてきた。
しかし、そのたびに高揚感が湧き上がってきたのを彼は覚えている。
「大丈夫さ。あれだけスゲープレイができるんだ。あいつはきっといつか変われるはずだ」
「……そうだな。そうだといいな」
それだけ言うと、鬼道は立ち上がった。
「なんだ、もう降りるのか?」
「ああ。どこぞのお節介なやつのおかげで心配事が消えたからな」
「へっ、言ってくれるぜ」
鬼道はキャラバンの上を降りていく。
その胸にもう悩みは残っていなかった。
薄々察してたかもしれませんがこの作品、女主人公なのに恋愛要素がほとんどありません。まあ後々路線変更するんだったら別ですが。
とりあえずなえちゃんはサッカー選手として円堂君が好きなだけという認識で今のところはOKです。