悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
「吹雪とさっきすれ違ったぜ。何を話してたんだ?」
「くふっ、ヒ・ミ・ツ」
「えぇ……そりゃないだろ」
片目を閉じて人差し指を口に当て、あざといしぐさをしながら言った。
だけどまあ、恋愛のれの字すら知らなそうな円堂君にはもちろん通じず、彼は不満そうな表情を浮かべる。
「まあいいや。俺たちも座らせてもらうぜ」
「お邪魔します」
円堂君と立向居がキャラバンの上に座り込んだ。
円堂君はほこりのような汚れがこびりついたノートを持っている。
「それが新しいノートってやつ?」
「ああ。裏ノートって言うらしくて、じいちゃんが考えた究極奥義がたくさん書かれてるんだ」
「究極奥義……なんか凄そうな名前だね」
「俺も見ていいですか?」
「ああ、もちろんだ!」
円堂君がノートを開いた瞬間、立向居は顔を突っ込む勢いでそれに食い入る。
しかし程なくしてその頭に疑問符が浮かび上がったのが幻視できる。
私もノートに顔を近づけてみる。
やっぱりね。さっぱり読めないや。
中身は円堂君が前から持ってたノート同様に、落書きのようになっていた。
「ええと……これは暗号ですか? なんて書いてあるんでしょう」
「円堂君、大介さんの文字はあなたにしか読めないんだから見せても意味ないでしょ」
「あ、そうだった。普通に読めるからすっかり忘れてたぜ」
たはは……っと、円堂君は頭をかいて笑った。
ノートの内容を理解するには、円堂君に解読してもらう他なさそうだ。
「ねぇ、とりあえずそこに書かれてる技をなんでもいいから一つ教えてよ」
「そうだな。じゃあ俺が一番気になってるこの技だ! 名付けて『正義の鉄拳』!」
「正義の……鉄拳……」
これは意外なネーミングだ。
大介さんのことだし、てっきり今度もハンドって単語がついてると思ってたんだけど。
それも英語が一切ついていないなんて。
……いや、よくよく考えたら『炎の風見鶏』も日本語名だし、そんなに珍しいことでもないか。
「どんな必殺技なんですか?」
「最強のパンチング技らしいぜ。今からその極意を読み上げるから、よーく聞いておけよ?」
スゥーっと深く深呼吸したあと、円堂君はノートに書かれてあることを唱える。
「『パッと開かず、グッと握って、ダン! ギュン! ドカーン!』」
「はい通訳お願いしまーす」
わかるか!?
わかるわけないでしょこんな駄文!
となりの立向居なんて考え込むあまり頭から煙を出してしまっているし。
いい歳してたんだし、もうちょっと文章力改善しとおこうよほんと。
「俺が思うに、パッていうのはゴッドハンド、グッは熱血パンチとかに似てると思うんだよ」
「つまりは、グーのゴッドハンドってことだね」
「そしてたぶんダンッが踏み込みでドカーンがパンチ。ここまではわかるんだけど……」
「あれ、じゃあギュンがいらないんじゃないですか?」
「そこなんだよなぁ。じいちゃんが意味のないことを書くはずないし、何かが必ずあるはずなんだ。でもさっぱりでさ」
ギューン、ギューンと円堂君は手を握ったり開いたりをしながら何度も呟く。その目は開かれたノートを凝視していた。
それを見て立向居も真似をし始める。
この様子じゃノートを見せてもらうのは別の時にしたほうがよさそうだ。
私はパラパラと流し読みするように禁断の書を開いた。
「なんだそれ?」
「禁断の書。総帥が考案した様々な封印された技が書かれてるノートだよ」
「お前……まさかまた禁断の技を使うつもりなんじゃ……」
「くふっ、それはないよ。ただ、総帥だったらこんな時、どんなアドバイスをくれるのか考えてただけ」
「そっか。影山は悪いやつだけど、なえの師匠なんだもんな」
総帥は性格は最悪だけど、指導者としては超一流だった。
いつもつまづいた時はぶっきらぼうな言葉でヒントを送ってくれてたなあ。
もしかしたら総帥は私に自立できる力を身につけさせるために私を残していったのではないか。
そう思いながら最後のページまでめくる。
するとある文字が私の興味を引く。
「……私の知らない技がある」
「見逃してたんじゃないのか?」
「いいや、ありえないよ。私はこのノートを数百回は読んでるんだから!」
声を荒げてそのページにかじりつく。
そこには『ムーンライトスコール』と書かれていた。
「ムーンライトスコール。黄金の狂気を見に纏い、月光を降らす究極の蹴り」
その文字列の下には必殺技の詳細が図付きでこと細かく書かれていた。
私の両端から二人が覗き込んでくる。
「うわぁ……すごいですね。読むだけで必殺技のイメージが頭に浮かび上がってきそうです」
「な、なんか負けた気分だ……」
彼らの言葉を聞き流し、脇目も振らず文章に目を通していく。
間違いない。これは総帥があとから付け足したものなんだ。
その証拠に、インクが他のと比べて鮮明になっている。
このノートは数十年前に書かれたものなので、その違いがはっきりわかった。
総帥は私が壁にぶつかるのを見越してたってわけか。
ほんと、あの人には頭が上がらないな。
「それで、結局どんな必殺技なんだ?」
我慢できないといった様子で円堂君が尋ねてくる。
「基本部分はダークサイドムーンと似てるね。天高く上げたボールをかかと落としで撃ち落とすみたいだよ」
「かかと落とし……違いはそこだけなのか?」
「いいや。ここに注目して」
ノートの冒頭に書かれた、ある部分を順番に指差す。
「『黄金の狂気』……ですか?」
「これが謎めいてるんだよ。黄金も、狂気を身に纏うことも何もかもがわからないの」
ダークサイドムーンの色は名前の通り黒だ。
断じて黄金なんかじゃない。
それはつまり、漆黒の月にかかとを落とすだけでは成功しないことを意味するのではないか?
実際やってみなくちゃわからないけど、たぶん失敗するとは思う。
総帥は何を思ってこんな言葉を書いたのか。
どうせなら解説ぐらいちゃんと書いておいてほしかった。
「うーん……狂気……黄金……」
「ギュン、ギュン……」
いくら思考を叩かせても答えはでない。
そのうち私は独り言を呟くようになっていった。円堂君も同様だ。
立向居は眠気に耐えきれず、途中で寝てしまったらしい。
私たちが思考の海から帰ってこれたのは、日が上りかけているぐらいの時だった。
♦︎
「ふぁぁ〜……。ね、眠い……」
「夜更かしなんてするからよ」
「でもなえだって俺と同じ時間まで起きてたくせに、あんなに元気なのはおかしいだろ……」
「えっ、なえさんと夜更かししてたのっ?」
破廉恥だとか不純だとかで夏未ちゃんがかわいらしく顔を真っ赤に染め上げているのを眺める。
うんうん、癒されるねぇ。
心を和やかにしたままフィールドに向かう。
今日は陽花戸中との練習試合だ。
昨日は睡眠時間がだいぶ削れちゃったけど、そんなもの帝国時代は日常茶飯事だった。
私が元気なのもそれが理由だ。
瞳子監督の指示のもと、私たちはそれぞれの配置に着いていく。
今日のフォーメーションは『スリートップ』だ。
名前の通りフォワードが3人いて、これらを軸に相手を切り崩していく攻撃的なスタイル。
彼女にしては珍しい采配だ。
いつもなら前半は守りを固めて様子を見て、後半になって勝負をかけるのに。
まあ今日は絶対勝たなくてはならないエイリア戦じゃないし、そう慎重になる必要はないとでも考えたのかもね。
「イプシロンの時みたいに頼むで二人とも!」
「くふっ、リカこそシュートチャンスを私に奪われないようにね」
「う、うん……頑張るよ」
……少しシロウの様子がおかしい。
いつもならフォワードの位置についた時点でアツヤに切り替わってるのに、今日は今でもシロウのままだ。
脳裏にとある可能性が浮かんだが、まさかと一蹴する。
どちらにせよ、試合が始まればわかることだ。
ちょうどなタイミングでホイッスルがなった。
リカからのキックオフで、シロウがドルブルしていく。
しかしその動きにいつものキレはなかった。
「もらった!」
「あっ」
陽花戸のキャプテンである戸田が楽々とボールを奪った。
やっぱりか。
シロウは今日、アツヤを封印するつもりなんだ。
それが彼の選択というならば私は責めるつもりはない。
どちらにせよ、昨日の時点で私が関わっても変わることはないのはわかり切っているので、どうすることもできないけど。
「黒田!」
「させないッス! ——ザ・ウォール!」
相手フォワードの黒田にボールが渡る前に、壁山が前へ出た。
巨大な壁が地面から出現し、黒田ごとボールを弾き返す。
それを鬼道君が拾う。
「風丸!」
「任せろ!」
風丸は自慢のスピードで相手コートへぐんぐん切り込んでいった。
そして敵を十分に引き付けたところで、リカへパスを出す。
「ローズスプラッシュ! ……なんてな」
リカは必殺技を撃つと見せかけてダイレクトでパスを出す。
そのボールをペナルティエリアに進入した一之瀬が踏みつける。
「スパイラルショット!」
螺旋状に回転するシュート。
風を纏いながら、陽花戸ゴールへ弾丸が飛んでいく。
「ゴッドハンド!」
しかしゴールを守っているのは立向居だ。
彼の青いゴッドハンドはスパイラルショットを包み込むと、完全に威力を殺し切ってみせた。
「昨日とは比較にならないぐらいにパワーが上がってる……?」
「そりゃ私が鍛えたからね。あれぐらいできて当然さ」
「敵に塩送っといてどないすんねん!」
「もんぶらんっ!?」
胸を張って我が子のように自慢してたら、リカに頭をはたかれた。
うぅ……いくら愛しのダーリンのシュートが止められたからって、怒らなくても……。
やっぱこの子嫌いだ……。
「キャプテン!」
「黒田!」
「松林!」
今度は陽花戸による怒涛のパス回し。
そして最後にボールを持った松林は、ペナルティエリア外にも関わらずシュート体勢に入る。
回転しながら上昇すると、彼の右足に虹色の気力が集中していく。
「レインボーループ!」
放たれた虹色のシュートは、まるでアーチ状の橋をかけるように雷門ディフェンスの上を超えていき、円堂君のもとに落ちていく。
ループというよりも、あれはもはやドライブシュートに近いかも。
「いくぜじいちゃん!」
円堂君が右手を天に掲げる。
あの様子……どうやら例の技を試すつもりらしい。
「パッと開かず、グッと握って——」
彼の右手にエネルギーが集中していく。
「——ダン! ギュン! ドカーンッ!!」
そしてそれを振りきる。
瞬間、エネルギーで形成された拳が伸びるように円堂の手から飛び出した。
しかしシュートに当たったとたん、まるで煙のように霧散してしまう。
レインボーループは円堂君自身の拳に当たって、歪な方向に弾かれる。
「ぐっ……!」
「もらった!」
こぼれ球をダイレクトで陽花戸の選手が蹴る。
円堂君は必殺技の失敗で反応できそうにない。
なら、ここは私の出番だね。
「もちもちー! 黄粉餅ー!」
ゴール前まで戻ってきていた私は餅を振り回して、相手のシュートを絡めとった。
陽花戸の選手たちは目を見開いてその光景に驚いている。
「なんて速さだ……! あの距離を一瞬で……」
「驚くのはまだ早いよ」
戸田がそう呟いている間に、私はもう彼の目と鼻の先まで接近していた。
彼の耳にささやいたあと、一気に加速して相手コートへ攻め込んでいく。
誰も私に追いつくことができず、あっという間にペナルティエリア前に来る。
「こっから先は——」
「——抜かせない!」
『ブロックサーカス!!』
ディフェンスの二人が同時に突っ込んできた。
片方はスライディング。
もう片方は空中へ跳躍。
なるほど、スライディングをジャンプして避けられないようにするための工夫なのだろう。
だけど下も上もダメなら、真ん中から行けばいい話だ。
体が地面と水平になるように傾けて飛び込み、二人の間を通り抜ける。
これで残すは立向居のみだ。
「いくよ! 真ディバインアロー!」
「ゴッドハンド! ……ぐあぁっ!!」
青白い電気の矢が、青い手を射抜いた。
これで得点。
ま、ざっとこんなもんかな。
ゴールを決めたけど、さほど喜びは湧かなかった。
こんなのじゃエイリアには通用しないのをわかっているからだ。
円堂君も自分をさらに磨き上げようと、試合なのにも関わらず未完成の技を練習している。
……次にボールが回ってきたら、例の技を試してみよっかな。
そう決意し、自軍のコートへ戻った。
と言うことで新必殺技『ムーンライトスコール』の登場です。(名前だけだけど)
実を言うとこの必殺技、候補がいくつかあって、どれを採用するかでずいぶん悩みました。
その例を少し発表したいと思います。
『フルムーンアックス』
『ムーンクリーパー』
『シューティングスターダスト』
『ブラックノエル』
中でも上の二つは本当に悩みました。
二日前まではムーンクリーパーを使う予定でしたからね。
でも直前になってムーンライトスコールが浮かび上がったので、これが採用されました。
中には『これの方がいいじゃん』と思う方もいるかもしれませんが、すでに決まってしまったことなので、ご了承ください。