悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
「とりゃぁぁぁっ!!」
木の枝が軋み、ロープで吊り下げられたタイヤが風を叩きながら迫りくる。
円堂は腰をどっしりと深く落とし、それを受け止める。
重たい音がタイヤから響いた。
「わぁ……!」
立向居はその光景を見て、無邪気な子どものように目を輝かせる。
「タイヤから目を離しちゃダメなんだ。俺はこうやって、じいちゃんが考えた必殺技をマスターしてきたんだ」
「すごいです! こんなにすごい特訓を積んでたなんて!」
「さあやってみろ! 全ての基礎は足腰からだ!」
一つ間を置いて、今度は二つの音が響く。
その光景を秋と夏未は微笑ましげに眺めていた。
「円堂君、いい後輩ができたわね」
「ええ。今までキーパーの後輩はいなかったから、円堂君もなんだか楽しそう。ただ……」
そこまで言うと夏未は笑みを消して、グラウンドの方に目をやる。
直後、タイヤから出たものとは比べもにならないほどの轟音が響く。
「……彼女、大丈夫かしら?」
グラウンドには、全身ぼろぼろになって地面に倒れ伏しているなえの姿があった。
「まだ……まだぁっ!」
今日だけで100回は失敗しているだろう。
おまけに失敗するたびに全身を強打しているものだから、見ている側としては気が気でない。
「鬼道君は放っておけって言ってたけど……」
「さすがに心配だわ。あれじゃいつ壊れてもおかしくない。今すぐ止めましょう」
返事を言うまでもなかった。
秋は無言でうなずくと、タオルを持って彼女のもとへ駆け寄る。
なえはちょうど次のシュートを撃とうとしていたので、その前に夏未が立ち塞がることでそれを中止させた。
「なえさん、さすがにやりすぎよ! 今日はもう休んだほうがいいわ!」
「大丈夫だって。大げさだなぁ」
切羽詰まる勢いの彼女らとは正反対で、ヘラヘラとなえは笑う。
彼女にとってはこれが普通なのだ。
過去の地獄とも言える過酷な特訓の日々は、彼女に『普通の練習』というものを忘れさせていた。
だから、秋たちの忠告もオーバーなものにしか聞こえていなかった。
その異常性に、2人は寒気のようなものを感じる。
このままでは、彼女はずっとこの練習を続けることだろう。
秋はどうしたら彼女を説得できるかと悩む。
しかしいっこうにアイデアは浮かばない。
そうこうしているうちに、彼女がボールを蹴ろうとして——夕方の終わりを告げるチャイムの音が響いてくる。
「あ、もうこんな時間か。立向居、練習は終わりだ。メシ食いにいくぞ!」
「はいっ!」
円堂たちが校舎内へと引き上げていく。
同時に、なえの腹から可愛らしい音が鳴る。
「……夏未ちゃん、お腹が空いたなら食堂に行きなよ」
「なに自分の生理現象を人に押し付けてるのよ!? 今のは完全にあなただったでしょ!」
「おー怖い怖い。これは逃げたほうがよさそうだ」
そう言った次の瞬間には、彼女の姿ははるか遠くにあった。
とんだとばっちりを受けた夏未は我に返ると、ほおを赤らめながら秋に弁解しようとしてくる。
「ち、違うのよ? 今のは本当になえさんのなの。決して私のでは……」
「あはは……でも結果オーライね。なえさん、無事練習をやめたじゃない」
「あっ、たしかに……」
当初の目標通り、なえを止めることはできた。
しかし夏未は浮かない顔をしながら、
「はぁ……今後もこういうことが続いていくのかしら」
今後のことを思い、ため息をついた。
♦︎
夜空に浮かぶ、漆黒の月。
それめがけて何度も繰り返したように、かかとを振り下ろす。
とたん、爆発。
「かはっ……!」
バランスを崩し、地面へ体を叩きつけられる。
そのときの衝撃で肺が圧迫され、体内の空気が赤黒いものと一緒に吐き出される。
深夜、みんなが寝静まったころ。
私は1人ムーンライトスコールの特訓を続けていた。
だけど完成する未来が見えない。
何回やっても、漆黒の月は蹴りに耐え切れずに爆発してしまう。
やっぱり黄金の月じゃなきゃダメなのか?
だけど、気の色はその人の特色を表すものだ。
私の黒だって意識してなったものじゃないし、金色に変える方法なんて見当もつかない。
苛立ちがつのり、気がつけば倒れたままの状態で拳を地面に振り下ろしていた。
痛い。だけどこの胸に巣食うものほどじゃない。
早く、一刻でも早くこの技を完成させなきゃいけないのに……!
夏未ちゃんたちには心配かけないようにしてたけど、私はそうとう焦っている。
イプシロンとの戦いもそうだけど、近日にヒロト率いる別のエイリアのチームが来ることがわかっている。
今のままでは絶対に通じないだろう。
それに加えてシロウだ。
彼はアツヤの力を借りることを恐れて、もはやフォワードとしては機能しなくなってしまっている。
断言しよう。
このままじゃ、雷門が負けてしまう。
私がやるしかないのだ。
私が点を決めるしか、勝つ道は残されてはいない。
負けるのは嫌だ。
勝者こそが絶対。敗者の末路はいつだって惨いものだ。
これ以上は負けたくない。
負けてなるものか。
そう決意し、ボールを打ち上げる。
しかしこの時の特訓で、必殺技が完成に近づくことはなかった。
♦︎
後日、グラウンドにて、私たちは集合していた。
もうすぐ12時近くだ。
だけど、誰もお昼ご飯を食べた人はいない。
今朝、円堂君が友達のチームと試合することになったと、急に言い出したのだ。
サッカー選手ならば売られた試合は買うのが当然。
ということで、満場一致で試合することに決まった。
だけど、なぜだか嫌な予感がするよ。
根拠はないけど、私の本能がそう叫んでる。
「時間は?」
「……12時になりました!」
春奈ちゃんが腕時計を見てそう告げる。
その時、なんの前触れもなく黒い霧が、グラウンドに漂ってきた。
これは……エイリア学園の!?
私よりもエイリア戦に慣れているメンバーは、すでに同じ考えに至っていて、身構えている。
だけど私は、その黒い霧の中に一粒の白があることに気づく。
直後、フラッシュ。
白き閃光が黒煙をかき消す。
神々しさを醸し出し、光を突き破って現れたのは、見たこともない選手たち。
「やあ円堂君。そしてなえちゃん」
いや、1人だけ見覚えのある人がいる。
病的なまでに白い肌。
髪型は変わっているけど、炎のように赤い髪。
「まさか……ヒロトなのか……?」
謎のチームの先陣を切って現れたのは、あの基山ヒロトだった。
うろたえる円堂君。
あの様子じゃ、みんなの目をかい潜って何度も彼に接近していたのだろう。
裏切られたというショックはその絆の分だけ重くなる。
……裏切り者の私が言えたことじゃないけど。
「これが俺のチーム。『ザ・ジェネシス』っていうんだ」
両腕を広げて、彼は背後に控えるチームを紹介してくる。
体つきや外見はバラバラ。
人間っぽいのもいれば明らかに人外みたいなやつもいる。
だけど、そのどれもが強者の匂いを漂わせている。
「な、なんなんやこいつら……こないだのやつらとはちゃうやんか」
「エイリア学園には、まだ他のチームがいたのか……!」
悲鳴にも似た声で風丸が言う。
もうすぐ戦いが終わるという希望が打ち砕かれ、彼の顔は失意に満ちていた。
鬼道君が冷や汗を垂らしながら聞いてくる。
「なえ、お前はこのことを知っていたのか?」
「まあね。あそこにいるヒロトとは前に会ったことがあるの。だけど戦意を落とさないために、イプシロンを倒すまでは秘密にしとくつもりだったんだけど……全部無駄になっちゃった」
新たな敵の出現に、みんなの戦意はガタ落ちしている。
円堂君でさえも、友人の正体がエイリアだとわかって動揺している。
「ああそれと、俺のことはグランって呼んでよ。そっちが一応エイリアネームだからさ」
「……お前とはもっと楽しい関係でいられると思ってた。だけどエイリアだとわかった今、容赦はしない! 全力で戦って、お前に勝つ!」
「もちろんだよ」
グランは笑う。
不敵に。
そして楽しげに。
フォーメーションは陽花戸中の時と変わらず『スリートップ』だ。
だけどシロウの調子は依然悪いまま。
リカじゃどこまで通じるかわからないし、キーとなるのは間違いなく私だろう。
ふとスマホが震えたので、開いてみる。
暗部の情報収集班からだ。
目を通してみるけど、相手の名前以外はさっぱりわからない。
彼らじゃここが限界だったと見るべきか。
雷門ボールでキックオフ。
パスをリカが受け取る。
しかし次には巨漢のフォワード、ウィーズによって一瞬で奪われてしまう。
「な、なんやあの速さは!?」
彼女の動揺ももっともだと思う。
ジェネシスは全員が私並みの速度で走っていた。
それにコンビネーションも抜群で、付け入る隙がない。
姿を捉えることすら困難なドリブルと、弾丸のようなパス回しに雷門は抵抗することすらできていない。
そうこうしているうちにボールは青髪の女性選手、ウルビダからグランへ渡る。
「いくよ、円堂君」
「さあこい!」
グランは気力なんてものを一切纏わず、普通にボールをシュートする。
対して円堂君が出したのは、
「真マジン・ザ・ハンド!!」
現時点で最強の技、マジン・ザ・ハンド。
なのに魔神の右手はボールに触れたとたん、ガラス細工のように砕け散った。
風を切り裂き、ネットを突き破る勢いでボールがゴールに入る。
「……貧弱すぎる」
開始1分弱、ジェネシス得点。
目が覚めるような勢いだった。
ただし、覚めても目に映るのは悪夢に限りなく近いものに違いない。
グランはそう言い残し、去っていく。
円堂君は震える手を眺めている。
あまりの威力に、手が痺れてしまっているのだろう。
勝てるのか、こんな敵に?
いや、勝たなくちゃならないんだ。
試合が再開。
今度は私にボールが回る。
「ライトニングアクセルV3!」
黒いオーラを纏いながら、ジグザグに相手のフォワード陣をすり抜ける。
よし、これならなんとかシュートまで……。
『シグマゾーン!』
「がはっ!!」
そう思った時には一瞬で三人に取り囲まれていた。
クィール、ゲイル、ゾーハンが三方向から同時に突っ込んできて、私に肩をぶつけながらボールを奪う。
私の体はなすすべなく宙を舞い、地面に叩きつけられる。
ボールはシュートかと思えるほどの速度で回されていき、再びグランに渡る。
そしてシュート。
円堂君も同じようにマジン・ザ・ハンドを出したけど、やはり敵わずゴールネットが揺れる。
そんな風に何もできないまま、私たちは一方的になぶられていき、気がつけば得点差は10点となっていた。
♦︎『シグマゾーン』
3人で敵を囲み、同時に突撃して仲間とすれ違いながら敵を跳ね飛ばす、ジェネシス最強クラスのディフェンス技。
暗部の方々が選手情報を掴めたのは不思議なことじゃありません。
なにせアニメじゃ角間ですらイプシロンの選手情報を握っていたくらいなのですから。
情報源がどこだとかそういう細かいことを考えちゃいけない。
それと、今後は試合の話の時だけ一気に投稿することに決めました。
ぶつ切りになると細かい試合内容を忘れてしまうのではないかという作者のお節介みたいなものです。
しかしその分、試合を全部書き上げなければいけないので、その時だけ投稿がかなり遅くなってしまうと予想しています。
ご了承ください。