悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
気がつくと、私はグラウンドではなく、見覚えのある場所にいた。
帝国学園総帥室。
目の前には椅子に腰かけ、背を向けている男がいる。
「貴様は人間が本来引き出せるはずの力は、その潜在能力のなん%だと思う?」
「そんな言い方をするってことは、100なんて陳腐な数字じゃないってことだよね」
無意識のうちに私の口は動いていた。
そうだ、これは私が中学生になった時に、総帥に言った言葉と同じだ。
そしてその質問も。
「正解は120だ」
「いや私まだ答え言ってないんだけど」
「火事場の馬鹿力を常に出せてこそ一流。だが超一流はその領域のさらに先をゆく」
「あ、無視っすかそっすか」
今度は口だけでなく、体まで自動で動いた。
顔を背け、いかにも拗ねてますと言うように口をとんがらせる。
「要するに、私に120%の力を出せるようにしろって言いたいんだね」
だけど、総帥はその言葉に対して大笑いをした。
心底バカにするように。
あのサングラスを叩き割ってやりたくなったけど、グッと堪える。
だけど次に総帥の言葉を聞いた時、そんな感情は見当たらなくなった。
「フハハハハッ! 貴様が120%? そんなことは、己の100%を出せるようにしてから言うのだな」
「……それって私が一流じゃないってこと?」
「貴様は無意識のうちに、自分にリミッターをかけている」
「……どういうこと?」
私は常に全力だ。
手を抜いたなんて記憶もない。
私の頭に疑問が浮かび上がる。
「貴様は幼少期、皇帝ペンギン1号を使うことで体の再生を繰り返し、強靭な肉体を手に入れた。しかしその体はこれ以上壊されてなるものかと、常に貴様の力を抑えるためにリミッターを加えたのだ」
「今までそんなの感じたことなんてなかったんだけど」
「当然だ。この小さな島国には比べられる超一流の選手なんてものは存在しないのだからな」
総帥は立ち上がる。
だけど決してこちらを向かなかった。
「じゃあ、どうやってそのリミッターを外せばいいの?」
「それは貴様が考えることだ。しかし、仮にリミッターを外せたなら、貴様はその力をすぐに実感できるだろう」
最後に総帥はそう告げると、どこかへ歩いていく。
いつの間にか場所は部屋から、果てが見えない真っ暗な空間に移っていた。
そして完全に総帥の姿が消えてなくなった時、私の意識も薄れていった。
♦︎
水面から浮かび上がっていくような感覚。
意識を取り戻した私はゆっくりと目を開ける。
「うっ……ん……?」
「あ、気がつきましたか!」
飛び込んできたのは、敬語混じりの声。
ぼやけていた視界がだんだん鮮明になっていき、見えたのは——メガネだった。
「……メガネ君、殺されたいの?」
「開口一番で言うのがそれですか!?」
「ちっ、敬語だったから春奈ちゃんだと思ってたんだよ。可愛い子に世話される私の期待を返せ」
「理不尽すぎるぅ!?」
「ま、まあまあ。メガネ先輩も私と一緒に看病してくれてましたし、そんなに冷たくしなくても……」
よかった。本物の春奈ちゃんもいるようだ。
まあ、さすがに寝てる女子の中に男一人だけを入れるわけないか。
よっぽど殺されたくないのか、メガネ君は私のベッドから壁に背がつくほど離れてしまった。
……っと、ベッド?
改めて周りを確認する。
白い部屋に白いベッド。
それに服もいつの間にかユニフォームから病衣に着替えさせられている。
なんかすっごくいやーな予感がするよ。
「えーと、ここって……」
「ここは近くの病院です。なえさん、あのあと救急車で運ばれたんですよ?」
「そうだ。あのあと、試合はどうなったの?」
「……25対1。雷門の、完敗です」
「そっか……」
春奈ちゃんからもたらされた報告は残酷だった。
予想していなかったわけじゃない。
むしろ、負ける可能性の方が圧倒的に高かった。
だけど、あの円堂君ならと思ってたけど……現実はそこまで甘くはないか。
試合を振り返っていく中で、もう一人倒れてしまった選手がいることを思い出す。
「そういえば……シロウもここにいるの?」
「いいえ。吹雪さんは見かけよりずっと軽傷でしたので、学校の保健室で寝ています」
「そっか……じゃあお見舞いに行ってあげないと」
ぴょんとベッドから降りて外へ出ようとする。
それを春奈ちゃんたちが必死に引き留めようとしてくる。
「ま、待ってください! なえさんは一番重傷なんです! 今日は寝ていたほうが……」
「そうですよ! 悪化でもしたら、せっかく看病した僕たちの顔が立ちません!」
「大丈夫だよ。私は他の人よりずっと頑丈だから」
服は……机の上か。
しっかりと畳まれたそれを掴んでトイレに入る。
そして数秒後に再び開いた時には、私はもういつもの白黒ミニスカート姿に戻っていた。
「それ、どうやってるんですか?」
「教えてあげよっか? 失敗したら公衆の面前で素っ裸になっちゃうけど」
「……遠慮しておきます」
痴態を晒す姿を想像してしまったのか、メガネ君の顔は青ざめたものになる。
さて、レッツゴー……と思った矢先に、春奈ちゃんたちがドアの前に立ち塞がる。
「今日は安静に! いいですね!?」
「ぶーぶー、どうしてもダメ?」
「ダ、メ、で、す!」
可愛らしく小首を傾げてみるも、同性には効果が薄く、春奈ちゃんは惑わされてはくれなかった。
うーん、でもシロウの様子は見ておきたいしなあ。
仕方がない。
私はベッドがある方へ歩いていき——
「ふぅ、よかった。なえさんも納得してくれ——」
——その横を通り過ぎる。
そして窓を全開にし、枠の上へピョンと飛び乗る。
「アディオース!」
「ちょちょちょ!? ここ3階ですよ!?」
メガネ君の制止も聞かず、手を振りながら落下。
とたんにブワァッ! と風が体を叩いていく。
私は体をくるくると回転させながら地面に落ち、完璧な受け身をとった。
芸術点があったら満点な出来だ。
上で春奈ちゃんたちが唖然としてるのが見える。
今のうちだ。
スマホのナビを起動させ、この足で陽花戸中へ駆けていった。
♦︎
病院と学校へは十数分程度で着いた。
夕焼けの下のグラウンドはあちこちが荒れていて、人は誰も見当たらない。
それを見てるとなんだかやるせなくなってきたので、すぐに校内へ入った。
中の構造は把握している。
保健室は一階にあったはずだ。
そしてなんの問題もなくたどり着き、ドアへ手をかけたその時。
「だったら、どうして吹雪君をチームに入れたんですか!?」
秋ちゃんの怒鳴り声が廊下にまで響いてきた。
扉に耳を当て、中の様子を探る。
「だって、監督は知ってたんですよね? 吹雪君の過去を。だったら、こんなことが起こるかもしれないのもわかってたはずじゃないですか!?」
「っ!」
「なのになんで? エイリア学園に勝つためですか? エイリア学園に勝てれば吹雪君がどうなってもいいんですか!?」
「それは言いすぎだよ、秋ちゃん」
みんなの視線が扉の方に向けられる。
なんとなくいたたまれなくて、飛び出しちゃったよ。
私らしくもない。
まあ、それだけ今回のことを私が重く思っているのかも。
部屋の中へ視線を向ける。
ベッドにはシロウが横たわっている。
その正面に立ってる監督は、どこか心ここにあらずといった表情をしている。
「だ、だって……!」
「その言葉は、シロウのことを話さなかった私にも向けられるべきだからね」
「……やはり知っていたのか」
鬼道君の言葉に無言でうなずく。
他のみんなから戸惑いの声が上がった。
そんな中で、円堂君や他のいく人かが納得がいったかのようなリアクションを見せる。
「そ、そういえば吹雪となえは幼馴染なんだっけ」
「そーだよ。まあ、私がアツヤの死を知ったのは、シロウと再会した時だけど」
「じゃ、じゃあなんで言ってくれなかったんだよ!?」
「これはシロウのプライバシーに関わる問題だよ。無闇に無断で聞かせられるようなものじゃない」
そう、これは私が決められるものじゃない。
そう途中まで思い込み、首を横に振る。
「……いや、これはもしかしたら逃げなのかもね。だって、その結果シロウは苦しむことになったんだから」
「なえ……」
「……もしかして私、円堂君みたいになりたかったのかもね」
「……俺に?」
円堂君が自身を指しながら首を傾げる。
本当はわかっていたんだ。シロウのことは全て円堂君に任せるべきだっていうことに。
彼なら確実にシロウを立ち直らせることができたはず。
それを無意識のうちに知っていながら、私はあえてそれを実行することはなかった。
なぜなのか?
それは私にもわからなかった。ただ、なんとなくとしか答える他なかった。
だけど今、自分のことを見つめ直して、私がしたかったことをようやく理解することができた。
「力強い声でみんなを励まし、後押しする。FF決勝で負けた時から、私は君の太陽みたいな姿に憧れた。だから、私もやってみようって思ったんだ。だけど私は結局、自分のことしか考えられない身勝手なやつで、私の言葉なんて全然シロウには響かなかった……」
笑っちゃうよ。
チームで誰よりも彼を理解してたはずの私が何もできなかったなんて。
「そんな……俺はそんなすごいやつじゃ……」
「どちらにせよ、私はもうなにもやってあげられない。唯一できることと言えば……強くなることだけ」
出口へと歩みを進めていく。
「じゃあね、みんな。愚痴を聞いてくれてありがとう。ちょっとは気が楽になったよ」
一方的に話を切り上げ、病院に戻ることにする。
悪いけど、今日はこれ以上起きてたくない気分なんだ。
その途中、みんなから少し離れて出口近くで俯いている風丸とすれ違う。
そしてゾッとする。
彼の目には一寸の光も見えなくなっていた。
まるで希望が途絶えたかのように。
死人のようだった。
……胸騒ぎがする。
戸を閉めた後も、その目が脳裏にこびりついて、寝る時まで離れることはなかった。
……ボケを入れられない。
いつからこの作品はこんなシリアスものになってしまったんだ……。
せめて総帥かバナナ頭の人のどちらかがいればコメディに持ち込めるのに。