悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:キメラテックパチスロ屋
凶報は朝すぐに来た。
車も使わず、病院から陽花戸まで全力で走っていく。
嫌な予感が当たってしまった。
まさか……風丸がチームを離れるだなんて……。
「みんな、遅れてごめん!」
イナズマキャラバン前にはみんなが集合していた。
その顔は一様にして暗い。
当然だ。仲間が去っていってしまったのだから。
「どうして止めなかったんですか!?」
「サッカーへの意欲をなくした人を引き止めるつもりはないわ。私の目的はエイリア学園に勝つこと。戦力にならないのなら出ていってもらってけっこう」
「ああそうだったな!? あんたはエイリア学園に勝つためだったらなんでもする人だったな! 吹雪が二重人格で悩んでいるのを知ってて、試合に使い続けたりとかよ!」
相変わらずの淡白な監督の言葉にとうとう土門がキレた。
真正面から彼女を非難してみせる。
だけど監督はそれになんの表情も動かさず、冷静に告げる。
「みんな、練習を始めなさい。空いたポジションをどうするのか考えるのよ」
「くそったれが!」
「こんなんじゃ、練習になんてならないッスよ……」
みんなのヘイトが監督に集中していく。
そんな中、私はただ一人沈黙しながら今回の件の犯人に苛立ちをつのらせる。
すなわち、風丸へと。
雷門のサッカーは諦めないことじゃなかったの?
私に教えてくれたことはなんだったの?
ふざけるな。
後を託してチームを去った染岡君や、他のチームメイトの気持ちをなんだと思ってるんだ。
敵に怯えて、逃げ出すようなやつなんかもはやサッカー選手でもなんでもない。
私は、彼を軽蔑するよ。
だけど、そんなことは絶対に表に出すわけにはいかない。
私にヘイトが向くのはわかり切ってるから。
だから、私はこうして誰の味方もしない。
今の私たちにできるのは、ただボールを蹴ることだけだ。
「練習に行くよ、みんな」
「なえさん……でもッスよ……」
「私がサッカーするのは監督や風丸なんかのためじゃない。サッカーが好きだからだよ。だから、それは練習しない理由にならない」
「なえの言う通りだ。俺たちはサッカーを守るために戦っているんだ。なら、少しでも力をつけておかなければならない」
鬼道君が同意してくれたおかげで、みんなもやる気になったみたい。
次々にグラウンドへ向かっていく。
「練習、できない。今の俺には、サッカーと向き合う資格がないんだ……」
だけど。
後ろから聞こえてきた声に、私を含め全員が振り向く。
その聞いたこともないような言葉の発信源は、円堂君だった。
♦︎
練習は雨が降ったことで、数時間で中止となった。
みんなはもう道具を片付けてどっかへ行ってしまっている。
たぶん、円堂君のところだろう。
しかし、私は雨の中でも構わずボールを蹴っていた。
ジェネシス戦で見せたあの力、あれは間違いなく禁断の書でいう『黄金の狂気』だろう。
あの時の感覚を引き出せれば、必ずムーンライトスコール習得の手がかりになるはずだ。
目を閉じ、エネルギーを集中させる。
体が心なしか熱くなり、とたんに力が湧き上がってくる。
だけどその代償としてなのか、若干思考が遠のいていく。
目を開くと、たしかに私は金色のオーラを纏っていた。
よし、このまま……!
前方に目をやる。
敵に見立てたコーンが一直線に複数置かれている。
それを、素早く切り込むように左右へ躱しながら、前へ進んでいく。
側からだと、光の軌跡が高速でコーンを避けていくようにしか見えないだろう。
それほど私のスピードは上がっていた。
しかし4つ目のコーンを抜けたあたりで突如頭に激痛が走り、ドリブルを中止する。
「っ……! なかなかタイムが延びてくれないね……!」
そう、この黄金のオーラはたしかに私の能力を飛躍的に上昇させるけど、長時間纏うことができないのだ。
頭痛を超えてやろうとすると、意識を失ってしまう。
しかし、持続時間を延ばすことができるのはタイムを図った時に立証できている。
要は練習あるのみ、ってところだね。
「……ふぇ、ふぇぇっ、ぷふぇっくしょんっ!」
うう……寒っ。
このオーラを試したくて練習を続けてたけど、さすがに辛くなってきたな。
このままでは風邪を引いてしまいそうだ。
一応退院したばっかなんだし、病気になって明日の練習に参加できなかったら元も子もない。
今日はもうやめとくか。
ボールとコーンを回収し、グラウンドを去ろうとする。
その途中で、ふと校舎の屋上を見上げる。
金網のフェンスに、円堂君が寄りかかっているのが見えた。
延々と雨に打たれる姿は、まるで自身を責めているかのようだ。
……彼は必ず帰ってくる。
そうはわかってるけど、あの姿を見てるとさすがに辛いよ。
私になにかできることはないのかな。
そう思い、考えを張り巡らせる。
円堂君が喜びそうなこと……。
うーん……。
そうだ、これなら確実に元気づけられる!
いいアイデアが浮かんだけど、さすがに今日はやめておくか。
私は帰路に着くのだった。
♦︎
翌日。雨も止み、日が輝く朝と昼の中間ぐらいのころ。
私はサッカーボール片手に階段を駆け上がっていく。
昨日思いついた、円堂君を元気づける方法。
さっそく試さなきゃ損ってやつだよ。
屋上に続くドアを空ける。
っと、先客がいたようだ。
「立ちなさい! 立って、私のシュートを受け止めなさい!」
夏未ちゃんはそう言うと、両手に抱えたサッカーボールを落として、彼めがけて蹴る。
だけど慣れてないせいか膝に当たってしまい、シュートにすらならなかった。
弱々しく飛んでいくボールは——反応すら見せない円堂君の顔面に弾かれ、床を転がる。
「っ……!」
あーあ、かわいそう。
夏未ちゃん、涙目になっちゃってるよ。
いつも気丈に振る舞ってる分、彼女の心の痛みがよりわかった。
というかそれより、どうしよ?
思いっきりアイデアが被ってしまった。
私も彼に向けてシュートを撃つつもりだったのだ。
そうすれば円堂君は必ず飛びつくと。
悩んでいると、夏未ちゃんと目があってしまった。
「っ、見てたの……?」
「あちゃー、バレちゃったか。覗くつもりはなかったんだけどね」
テヘペロと言いながら舌を出してみる。
先ほどまでの気弱な姿はどこへやら、彼女は女王様のように冷めた目線を送ってきた。
「はぁ……なえさんも円堂君の様子を?」
「まあね」
「そう……でもダメだわ。まさかボールにも反応しないなんて……」
「じゃあ、今度は私がやってみるよ」
「へっ?」
言うが否や、落としたボールに蹴りを思いっきり叩き込む。
それは鈍い音を出したあと、彼の顔面にめり込んだ。
「ぶごはっ!?」
「……あっ」
「『あっ』じゃないでしょ!? 何やってるのよ!?」
「痛い痛い痛い! わ、わざとじゃなかったんだよ! ただもっとスッゴイのぶち込めば、嫌でも危険を回避しようとすると思って……!」
首を締められたまま頭をシェイクされた。
ごほっ……どこからこんな力が……!?
で、でも円堂君だってこれには反応したじゃん!
悲鳴だけど、声はちゃんと出したし……?
俯いたままの彼をよーく見てみる。
その目は閉じられてしまっていた。
頭上にはヒヨコが数匹鳴いているのが幻視できる。
うん、完全にノックアウトしてるねこりゃ。
「円堂くーん!?」
「……三十六計逃げるに如かず」
「あ、こら、待ちなさい!」
この後、練習が始まるまで私は彼女に追いかけ回されることとなるのだった。
すまん円堂君。悪気はなかったんだ。
鬼のような顔した夏未ちゃんから逃げながら、私は心の中で十字架を切った。
♦︎
みんなと合流し、練習を始めて数時間。
鬼道君が屋上に目をやり、私に問いかけてくる。
「どうだ? 円堂の様子に変化は?」
「ダメだね。風丸が失せたのが相当ショックだったみたい」
「風丸は円堂と付き合いが長いからな。とはいえ、どうにか立ち直らせる方法がないものか……」
「そんな都合のいい方法、そうそう見つかるわけ……」
その時、グラウンドの外れからドーン! というような轟音が響いてきた。
聴きなれた音だ。
音源の方向を注目する。
そこには、迫るタイヤに向かって右手を突き出す立向居の姿があった。
「これだ!」
「どういうことだ?」
「今度こそ思いついたよ! すんごく都合がよくて、円堂君を立ち直らせる方法!」
思ったが吉日だ。
私はすぐに彼のもとへ向かう。
立向居はすでにマジン・ザ・ハンドの体勢に入ってたけど、そんなの知ったこっちゃないよ。
彼に向かっていくタイヤを真上に蹴り上げることで特訓を中止させた。
「な、なえさん!?」
「ヤッホー立向居。調子はどう?」
「ダメですね。あと一歩というところで、どうしてもエネルギーが散っちゃうんです。それで円堂さんにコツを聞こうと思ったんですが……」
「まあ、今の円堂君じゃあね」
円堂君からは何も聞き出せなかったのだろう。
それで、仕方なく一人で練習してたと。
だけど彼には円堂君なしでマジン・ザ・ハンドを完成させてもらわないといけない。
今は彼の技が必要なのだ。
「マジン・ザ・ハンドの特訓メニュー、私が組んであげるよ」
「へっ?」
「だーかーらー、私が手伝ってあげるって言ってるの。ただし先日やったのとは比べ物にならないほどキツいよ?」
「なえさんが……?」
立向居が怪訝そうに私を見る。
「たしかに私はキーパーじゃないよ。だけど私は円堂君と対抗するためにあの技を徹底敵に研究してたの。原理は知り尽くしている自信がある。んで、結局どうするの?」
「……どうせ俺一人でやっても手詰まりだったんです。だからお願いします! 俺にその特訓をつけてください!」
「オーケー。じゃあ、今から裏山に行こっか」
「はい! ……って、えっ?」
ボケっとしてる立向居の襟首を掴み、校門を通り抜けていく。
さあ始めよう。
楽しい楽しい特訓の時間だ。
♦︎
「うおぉぉぉっ!!」
「アハハハハッ! 遅い遅い、そんなんじゃ亀にも劣るよ!?」
全力疾走している立向居の横を、煽りながら並走していく。
私たちの体にはタイヤと繋がったロープがいくつも巻かれており、背後では凄まじい砂煙と音がしている。
「ハァッ……ハァッ……! 必殺技の練習をするんじゃなかったんですか……!?」
「マジン・ザ・ハンドは鋼鉄のような心臓から送り出されるエネルギーを、大砲の発射台みたいな足腰で放つ技。今のあなたにはそのどっちもない! だからいくらやっても失敗するの!」
その点、この練習ならそのどっちも鍛えることができる。
ただでさえ山道、しかもタイヤが木々に引っかからないように左右へ絶え間なく移動し続けながら進まないといけないため、必然的に足腰に膨大な負担がかかる。
心臓も同じこと。
供給されなくなっていく酸素に肺や心臓などの臓器は悲鳴を上げ、なんとかそれを取り込もうと変化していくのだ。
このトレーニングにはそんな意図があった。
「今日は一日中これを続けるからね」
「そっ……そんなっ……!」
「嫌ならやめていいよ。どうせこの程度で諦めるやつなんかに円堂君を元気づけられるわけがないんだから」
「っ……!」
おっ、僅かだけどスピードアップしたぞ。
根性あるなぁ。
そんなこんなで、練習へ夜まで続いた。
私が終了を告げると、彼は死んだかのようにその場で眠り込んでしまった。
仕方がないので、私は部下に立向居を預け、イナズマキャラバンに戻った。
♦︎
翌日、雷門メンバーは早朝から集合することとなった。
きっかけは栗松の席に置いてあった手紙だ。
円堂君はそれを読み、そして驚愕した。
「そんな……栗松……」
手紙の内容をようやくするとこうだ。
『イナズマキャラバンを出ていく』。
私の額に青筋が走る。
「そんなの……ないッス……」
栗松と一番仲がよかった壁山が呟いた。
……くだらない。
呆然としてるみんなを置いて、一人キャラバンの外へ出ようとする。
すると土門が声をかけてきた。
「お、おい、どこ行くんだよ」
「練習だよ。立向居の相手をしてあげなくちゃ」
「お前……こんな時になぁ……」
「誰が出ていこうが、私には関係ない。私は私のサッカーをやるだけだよ」
「なっ……!」
彼の反応も見ずに、キャラバンを降りる。
私の中に渦巻いているのは苛立ちと失望。
どんな時にも諦めずに立ち向かってきたイナズマイレブン。
私の理想。
それが、脆く崩れていくのがわかる。
……いいさ。
敵から逃げるような仲間なんていらないよ。
あの時見た私の理想が虚像なんだとしたら。
私が本物に変えてみせる。
「なえさーん! おはようございまーす!」
「……立向居。今日と明日でマジン・ザ・ハンドを完成させるよ」
「えっ!?」
彼の返事を待たずに、校門を出ていく。
タイムリミットは昨日決まったことだった。
瞳子監督はあの性格だ。
円堂君のために、わざわざここに長居することはないだろう。
それまでに完成させなければならない。
覚悟を決め、私は裏山へと向かった。
そんなの……ナイス。
とまあ、イナイレ史上トップレベルで鬱な回でした。
途中コメディ入ってた? 知らんな。
さて、ここからお知らせです。
コロナによる休みも消えたことで、リアルで溜まりに溜まった用事が押し寄せてきたのでしばらく投稿を停止します。
といっても一週間以上二週間未満といった期間なので、すぐにまた復活できるとは思います。
次話も8割がたは完成してますし。
そんなわけで、のんびりアニメでも見ながら次回をお待ちしていてください。