悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです   作:キメラテックパチスロ屋

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16分の1の休止符

 試合は大海原のコーナーキックで始まる。

 蹴り上げられたボールは弧を描き、ゴール前に落ちていく。

 誰もが取ろうと競り合う中、一つの人影がみんなを跳び越えて大空へ躍り出た。

 私だ。

 ツナミがやってみせたようなアクロバティックな動きでボールを捉え、パスをカットする。

 そしてツナミへウィンク。

 ちょこっとした意趣返しである。

 

『イェェェェイ!!』

「その余裕もそこまでだ……よっ!」

 

 クラウチングスタートの体勢から地面を砕く勢いで蹴る。

 とたんに衝撃波が発生し、私は一瞬で大海原のフォワードとミッドの連中ほぼ全員を抜いてみせた。

 

 ノリに任せすぎて、上がりすぎたのが間違いだったね。

 両腕を後ろに伸ばし、空気抵抗を小さくしながらひたすら走っていく。

 

「っ……32ビート……いや、ここは僕が!」

「——ジグザグストライク!!」

「っ!?」

 

 黄金のオーラを纏い、分身が見えるほどの勢いで加速して音村を抜き去る。

 これでミッドは全滅。

 あとはディフェンスを残すのみ。

 しかし黄金のオーラを使ったことで頭痛が来たので、大人しく後ろから追従してきている塔子へパスを出す。

 

「まだだよっ。——8ビート!」

「ここで……タイミングを……!」

 

 相手ディフェンスのスライディングが音村の指示に後押しされ、迫る。

 しかしあわや当たるかと思った瞬間、塔子は一瞬走る速度を遅くしてみせた。

 タイミングが合わなくなり、相手ディフェンスは彼女に当たることなくその後ろへすり抜けていく。

 

「すごい……鬼道の言った通りだ!」

 

 鬼道君の言葉が思い出される。

 

 

『リズムを測っている?』

『ああ。相手は俺たちが抜いたりチャージしたりしようとするたびに、その都度プレイのリズムを割り出し、そこから逆算することで動きを読んでいるんだ』

『それで、いくらやってもボールが取れなかったのか』

 

 円堂君はうなずいてみせたけど、正直半信半疑だ。

 だってプレイの都度って言っても、その間はわずかに数秒ほどしかない。それだけの短時間で相手のリズムを読むなんてことができるのかと耳を疑った。

 しかし鬼道君が言うには、彼——音村にはそれができるらしい。

 恐ろしいほどのリズム感だ。

 

『だが対抗策はある。相手がリズムを測って行動してくるなら、それを変えてやればいいんだ』

『なるほど、つまりわざと速く走ったり、逆に遅くしたりすればいいんだな!』

『ああ。それと音村の視線でわかったことだが、相手はなえの動きだけは読めていないらしい。それを利用して、今後はなえを中心にパスを回していくぞ』

 

 

 その策はうまくいった。

 今ディフェンスはスッカラカンで、絶好のシュートチャンスだ。

 塔子と同時に上がってきていたリカが、彼女の横に並ぶ。

 

『バタフライドリーム!!』

 

 二人は空中で手を繋ぎ、同時にボールを蹴った。

 舞い踊る蝶のように変則的な軌道を描きながら、それは飛んでいき——キーパーのキャッチをすり抜けて、ゴールに入った。

 

「よっしゃ、決まったな!」

「ああ! 練習した甲斐があったね!」

『イェェェェイ!!』

「……やっぱり入れられてもイェイなんだ……」

 

 深く考えない方がいい。

 と、ここで前半終了のホイッスルが鳴った。

 一点リードか。でも欲を言えばもうちょっと欲しかったね。

 それだけ、相手の実力が高いということだ。

 

 ベンチに戻る途中、音村とすれ違う。

 その時の彼の顔に浮かんでいたのは、含み笑いだった。

 

 

「大海原もやるよな。でもタイミングをずらせば攻略できることがわかった! こっからはガンガンいくぞ!」

「残念だけど、そう簡単には終わりそうにないよ」

 

 私が到着した時にはみんながそのようなことを言っていたので、水を差すようで悪いけど忠告する。

 全員の視線がいっせいに集中した。

 

「なにか気になることがあるのか?」

「音村のやつ、前半終了時でも笑ってたよ。まだまだ策があるって感じ」

「ただ単純に楽しんでただけじゃないんスか?」

「それで終わればいいんだけどね」

 

 とはいえ、具体的な根拠があるわけじゃないので、その話はここまでとなった。

 ドリンクを飲んでると、ずいぶん荒い呼吸が聞こえてくる。

 なんだろうと思ってそちらを向くと、立向居が酷く消耗した様子で汗を拭っている。

 しかし拭いた所からまた噴き出してくるみたいで、一向にキリがない。

 思った以上に立向居の疲労が激しいようだ。

 キーパーをやってたんだから体力が多少落ちるのは予想してたけど、ここまでとは。

 左サイドに注意を向けた方がいいかもしれない。

 

 やがて後半開始を告げるホイッスルが鳴り、コートチェンジをして試合が再び始まる。

 

「後半もバンバン点取ったるわ! いくでダーリン!」

「ああ!」

 

 開始早々、リカと一之瀬が勢いに乗って攻め込んでいく。

 大海原の選手がやってくるも、タイミングをずらすコツを掴んだようで、二人とも見事に避けてみせた。

 

 ちらりと音村の方を見る。

 彼は肩を揺らしてリズムを刻むばかりで、まだ動く気配がない。

 

「立向居!」

 

 一之瀬がほどよく敵を引きつけたところで、逆サイドにボールを上げる。

 教科書のお手本にできそうな切り返しだ。

 意表を突かれて、左サイドはガラ空きになっている。

 そこで立向居がパスを受け取り、敵陣へ深く切り込んでいく——はずだった。

 

「あぐっ!? し、しまった……!」

 

 ボールが落ちたのは彼の足元ではなく、顔面だった。

 トラップミスだ。

 歪んだ部位が多い顔に当たったことでボールは見当違いのところへ弾かれ、地面を転がっていく。

 

「——見つけたよ。16分の1の休止符を」

 

 その時、指示を出すばかりだった音村がついに動き出した。

 素早く駆け出してボールを拾い、一直線に走り出す。

 その先には体勢を立て直し、先ほどの失態を取り戻そうとする立向居の姿が。

 

「ここは俺が……!」

「よせ立向居! アタシが行く!」

 

 しかし彼では明らかに力不足だ。

 そう判断したのか、近くにいた塔子が彼を庇うような位置に立つ。

 ——それが音村の狙いだとは気づかずに。

 

 彼は口にボールを乗せると、それに勢いよく息を吹き込み始める。

 だんだんとボールは大きくなっていき、それが破裂した瞬間、辺りに衝撃波を引き起こした。

 

「フーセンガム!」

「きゃっ……!?」

「あがっ……!?」

 

 なすすべなく、二人は吹き飛ばされ、突破されてしまう。

 当たり前の話だけど、誰かが他の人のポジションに成り代わろうとすれば、その分その人のポジションはガラ空きになってしまう。

 例で言うなら今の塔子たちだ。

 立向居の位置に塔子が向かったことで、彼女が本来いた場所はフリーになってしまっていた。

 おまけに塔子のポジションはミッドのセンター。

 パスを出すには絶好の場所だ。

 そこを音村に奪われてしまった。

 

「宜保!」

「おうっ!」

 

 ゴール前まで高くボールが打ち上げられる。

 いつのまにか上がってきていた宜保に投げ飛ばされた池宮と古謝が、天に上り——。

 

『イーグルバスター!!』

 

 シュートを撃った。

 獲物めがけて鷲は翼を広げ、急降下していく。

 

「真マジン・ザ・ハンド!」

 

 ボールは勢いを徐々に失っていき、円堂君の手のひらに収まる。

 なんとか止まったか。

 シュートの威力がそこまで高くないのが救いだ。

 だけど、前半を含むと今日だけで結構な数のシュートを円堂君はキャッチしている。

 いくら彼といえども、このままバカスカ撃たれたら、手が痺れてボールを止められなくなってしまうだろう。

 

 それよりも——。

 音村の方を見る。

 彼の目は立向居に向けられている。

 間違いない。雷門の弱点がバレた。

 今後は左サイドに集中して相手は攻めてくるだろう。

 かといって戦力を傾ければ、それこそ逆サイドに隙ができてしまう。

 

 私が行くしかないかな……? 

 私たちの司令塔に目をやる。

 目が合うと、彼は静かに首を横に振った。

 鬼道君がこの状況に気づいていないわけがない。

 それにも関わらず、彼は動くなと合図してきた。

 ならば信じよう。天才ゲームメイカーのタクトを。

 

 試合はそのまま続いていく。

 押し返されて、雰囲気は再び大海原ペースだ。

 みんな口には出してないけど、明らかに左を意識してしまっている。

 それで自分のポジションに集中できてないんだ。

 

「そいやっと!」

「くそぉ……!」

 

 またもや立向居が抜かれた。

 悠々と敵が駆け上がっていく。

 

「もちもち黄粉餅!」

「ぬわっ!?」

 

 急いで自軍まで戻り、必殺技でボールを奪還する。

 周りを見渡すけど、みんな立向居の穴を埋めようとしてるせいでポジショニングがバラバラだ。マークも厳しく、これじゃあパスが出せない。

 だったら、私が動くしかないだろう。

 サイドラインギリギリの所で風を切り裂き、突き進む。

 ボールが動けば敵も動く。

 マークが外れた一瞬の隙を突いて、左足で逆サイドめがけてボール高くを打ち上げた。

 

「一之瀬!」

「オーケー!」

 

 パスした先は一之瀬。

 ボールが地面に着くと同時に前に蹴り出し、バウンドさせることなくドリブルを開始する。こうすることでトラップのタイムラグをなくし、より早く動くことができるのだ。

 一見普通に見えるけど、高所から徐々に加速していくボールにああも完璧なタイミングで足を合わせるのは至難の技だ。

 彼の技術の高さが改めてわかる。

 

「今度こそいくぜ! オラァァァッ!!」

「甘いよ!」

 

 だから、サッカー初心者のツナミがボールを取れなくても不思議ではない。

 ツナミはその驚異的なジャンプ力を活かして、上から飛びかかろうとしたけど、あっさり躱されて代わりに土を掴むこととなる。

 

「くそっ、なんで取れねぇんだ!?」

 

 おーおー、ずいぶん悔しがってるね。

 思えば、ツナミは試合開始直後からなんも活躍していない。

 動くボールは取れるようになっても、まだ人が操るものには慣れてないということか。

 

 一之瀬の隣を並行していく。

 ペナルティエリアはもう目前だ。

 あとは彼が適当に相手の気を引き付けてくれて、そしてパスを出してくれればシュートを撃つことができる。

 だけど、そんな彼との間を遮断するように、長い土壁が突然地面から伸びてきた。

 

 なにが起きたのかわからず、目をパチクリさせる。

 原因はゴール前に並んでいる3人のディフェンスによるものだった。

 イーグルバスターの起点となっている宜保と、顔に描かれた赤いペイントが特徴的な赤嶺(あかみね)、そしてなぜかシュノーケルを被っている平良(たいら)

 そのうちの赤嶺と平良が壁を発生させているようだ。

 一之瀬は右も左も壁に囲まれて、内外ともに断絶されてしまっている。

 

「ノーエスケイプ!!」

「がぁぁぁっ!?」

 

 壁の中の出来事だったので詳しくはわからないけど、地面を足を伸ばしながら滑っている宜保と、跳ねあげられた一之瀬を見た時になにが起こったのかを察した。

 逃げ道を絶ってからのスライディング。

 中々にえげつない。

 ボールは数回バウンドして、ラインを超える。

 

 その時、ようやく鬼道君が指示を出した。

 

「フォーメーションチェンジだ! 一之瀬を上げて、スリートップでいく!」

 

 彼の口角が少しつり上がっている。

 突破口を見つけたらしい。

 

 リカが歓喜して、一之瀬に抱きつく。

 

「ああっ! こんな日が来ると思ってたんや! 雷門最強フォワードコンビ結成や〜!」

「……いや、スリートップだって」

 

 今のリカの目には一之瀬しか映っていないらしく、まさに馬耳東風だった。

 そんでもって当の本人は窒息するぐらいきつく抱きしめられているそうで、げっそりしてしまっている。

 もっとも、リカがそれに気づくことはないんだけど。

 

 だけど、フォワードを3人にして何になるんだろうか? 

 この攻めきれない状況は、パスが繋がらないからだと私は認識している。そんな時にミッドを減らしてどうするのか。

 

「今度の音村は個人じゃなく、チーム全体のリズムを狂わせているんだ。一人が失敗すれば他もその負の波に飲まれて失敗しやすくなる。集団の心理というやつだ」

 

 チームとは精密機械のようなものだと彼が説明する。

 部品一つ一つは小さくても、集まることで大きな働きを生み出す。

 逆に言えば、どれか一つでも欠けたら精密機械は狂ってしまう。

 

「だからこそ、こちらも相手のリズムを崩す」

「崩すって言っても、どうやってさ? 常にヘッドホンつけてるようなノリノリ野郎のリズムを乱すなんて難易度高いと思うんだけど」

「言っただろう。リズムには個人のと全体のがある。たとえ音村でなくても、誰か一人でも崩せれば全体が崩壊する。狙いは右サイドだ」

 

 右サイド……なるほどね。

 リカも一之瀬も理解したようだ。言葉は交わさずとも、目を見てうなずくだけで意思疎通する。

 

 鬼道君のスローイングで試合が再開する。

 

「一之瀬!」

「リカ!」

「任せてな!」

 

 ダイレクトでパスをつなぎ、リカへ。

 彼女が向かっていく先は右サイド——ツナミが待ち構えている方向だ。

 

「やらせるかよ!」

「ほいよっと!」

 

 猪突猛進というようにツナミが突っ込んでくる。

 しかしリカは蝶のように高く、軽やかに跳躍し、これを軽々と避けてみせる。

 

「またかよ……!」

 

 この作戦を卑怯だとか言う人もいるんでしょうね。

 だけどこれはサッカーだ。たとえ初心者だろうがフィールドに立てば同じプレイヤー。

 悪いのは実力不足で戦場に上がったやつだ。

 

「ローズ、スプラッシュ!」

「ちゃぶ台返し!」

 

 相手キーパーは地面に両手を突き刺すと、怪力で巨大な土と岩の塊をひっくり返して、ボールにぶつけてきた。

 ローズスプラッシュは弾かれ、シュートした方向とは逆へ飛んでいく。

 それを私が胸でトラップする。

 

「まずいっ。宜保、赤嶺、平良! 32ビート!」

『おうっ!!』

 

 赤嶺と平良の正面からこちらへ向かって土壁が出現し、私はあっという間に壁と壁の間に囚われてしまう。

 これは……さっきの技か。

 芝生の上を宜保が滑っていく音が聞こえる。

 

「ノーエスケイプ!」

「私の道は、私が決める!」

 

 左右に動くことは不可能。

 だけどスライディングが届かない場所が一つだけある。

 私はあえて走り出し、十分に勢いをつけたところで跳躍。

 そして、その足をほぼ垂直の壁につけて、走り出す。

 

「壁を走るじゃと!?」

 

 ぐぉぉっ……!? 

 案外きついよこれ! 油断したらすぐに滑っちゃいそう! 

 でもおかげで宜保は私に触れることなく、後方へ消えていった。

 ノーエスケイプはディフェンス3人がかりでの大技。

 つまりこれを突破したということは、ゴール前はガラ空きだ。

 

 ボールを天高く蹴り上げ、私自身も壁キックの要領で跳躍する。

 ボールは黒いオーラを纏いながら巨大化していき、やがて漆黒の月と化した。

 オーバヘッドで、それを地上に叩き落とす。

 

「真ダークサイドムーン!!」

「ちゃぶ台返っ、ごぉぉぉぉっ!?」

 

 そんな土塊程度じゃ私の月は止まりはしないよ。

 月はたやすく岩の塊を粉砕し、ゴールを壊す勢いでネットに突き刺さった。

 




 投稿遅れてすみません。
 リアルの都合であまり執筆することができませんでした。
 そして今でも忙しいので、これから二週間は投稿をお休みさせていただきます。
 またかよ! とか思う人もいるかもしれないんですけど、本当に申し訳ないです! 今回の休みが終わったら、9月中旬までは大きな予定も入っていないので、どうかご了承ください!

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