悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
「となりいいか?」
「……ん、やあ鬼道君。君とは僕も話してみたかったんだ」
バーベキュー中でも一人音楽を聞いていた音村の横に腰かける。
参加しないのかと聞いたら、『僕はそういうの苦手だから』と答えられた。チーム1ノリがいいとは言っても、みんなでワイワイはしゃぐタイプではないらしい。
「それで? 僕に何か用かい?」
「お前の戦術に興味を持ってな。話を聞きにきたんだ」
「それは嬉しいな。うちのメンバーはみんなああだから、こういう話には微塵も興味なかったんだよね。もちろん存分に語らせてもらうよ」
それからせき止められていた水が流れ出すかのように、音村は自身の戦術を語り始めた。
たしかに難解な話だ。理解どころか興味を持てない理由もうなずける。
しかしそれは一般人に限ってのこと。帝国学園で首席を務めるほどの頭脳を持つ鬼道なら理解することは容易い。
そしてその戦術の予想以上の奥深さに感嘆の吐息を漏らす。
音村も自分の話を理解できる人がいて楽しくなっていき、気がつけば数十分も二人で議論を重ねていた。
「なるほど、そこに2ビートが加われば8ビートになる。面白い考え方だ」
「でしょ? でもそこに16ビートが加われば?」
「……右の守りが甘くなる」
「ビンゴ」
一瞬目が合ったなえに『は?』という顔をされたが、忘れておくとしよう。
音村はこの戦術を簡単なことだと言った。
「世の中は全てリズムでできている。寄せては返す波も、渡りを謳う鳥も、一見うるさいだけのみんなの声だって」
「……ああそうだな。そうかもしれん」
聞こえてくる音に耳を澄ませ、心の中でリズムを刻んでみせる。
……なるほど。たしかに不協和音に聞こえるはずのそれらが、リズムに乗って聞こえてくるように感じられる。
彼の目にはどのような世界が映っているのだろうか。
その耳にはどのようなリズムが聞こえているのだろうか。
ただ確実にわかったのは、この男がある種の天才であるということだ。
「だけどこの戦術は世界の法則を読み解くというだけ。万能ではないことを今日思い知ったよ」
「……なえか」
思い当たることはあった。
彼女は鬼道が音村の戦術に気づく前から、敵のディフェンスをやすやすと突破していた。
しかしその理由は二人にはすでにわかっていた。
「地力が違いすぎるんだよ、彼女は。僕の計算結果じゃ、完璧に彼女を抑えるためには今の僕たちじゃ124ビートは必要だね」
そう、相手のリズムが読めるからといって、自分たちの能力が上がったわけではない。要するに自分たちが追いつけないほどの速度で走られたら意味がないのだ。
4ビートを本来の速度とすると、彼女を抑えるための124ビートがいかに無理難題であるかがわかるだろう。
ふとその話題の少女に目をやる。
何かやらかしたのか、妹の春奈に叱られながら正座している姿からはとても裏社会で養われた凶暴さを感じられない。
だが彼女の在り方が変わったかといえば、そうではない。
彼女は彼女だ。
ひたすら純粋で、善にも悪にも染まりやすい少女。
きっと雷門中を離れたらこれまで通りの姿に戻ってしまうのだろう。
影山零治が完成させた、最高最悪のサッカープレイヤーに。
(しかし、それでもきっとあのバカなら変えられるかもしれんな)
空を見上げる。
眩しすぎる太陽がそこにあった。
願わくは、鬼道の太陽が彼女の闇をいつの日か打ち消すことを。
思考の海に溺れながら、そんなことを思った。
♦︎
翌日。あっさでーすよー!
沖縄の太陽は強烈だ。窓から差し込んできただけで一瞬で目を覚ませられてしまった。
おのれ光の使者め……! 我が
目覚まし時計を見ると、短針は6の数字を指している。
しょうがない。朝練もあるしなぁ。
みんなはまだ寝てるだろうけど、自分に課したノルマを破るわけにはいかない。
ふぁ〜、とあくびをすると、外から盛大な水しぶきの音が聞こえてきた。
はて? こんな時間に誰か海で遊んでるのか?
そう思い、窓を覗き込む。
「もっとだ! もっと体を安定させろ! 腰の力が緩んでるぞ!」
「おう! もう一回だ!」
円堂君とツナミがサーフィンの練習をしてるようだった。
ちなみに沖縄滞在中の雷門イレブンの下宿先に決まったのはここ大海原中学校の校舎だ。部屋がけっこう余ってたらしく、気前よく貸してくれた。
そして大海原中といえば海の上に建っている学校。だから窓から見ただけで彼らの姿が確認できるのだ。
雷門ユニフォームに着替えると、帝国版エイリアボールを脇に挟んで猛ダッシュで校舎から出る。
そして円堂君たちに声をかける。
「ヤッホー! 精が出るねー!」
「おっ、なえか! お前も練習か?
「そーそー。早いとこ新必殺技を覚えたいからね」
『禁断の書』に記されていた『ムーンライトスコール』という技は、未だに完成していない。
黄金の狂気とやらを身に纏うことができるようになったから進歩はしてるんだけど、持続時間の関係でシュートが撃てないのだ。
私の意識が曖昧だったジェネシス戦じゃ、そこらへんの制限はまったくなかったみたいだけど。
いっそ一度死ぬぐらいまで体を追い込んでみようかな?
……いや、やったらみんなに怒られて常に監視されるようになるかも。それはキツいのでやめておこう。
円堂君たちと別れ、一人グラウンドに立つ。
エイリアボールを使ってグラウンド中を走り回ったり、リフティングしたりとでウォーミングアップをしていく。
最近じゃこのエイリアボールでも負荷を感じられなくなってきている。
もっと重くしてみようかな? でも生憎と、総帥が消えちゃったせいで無闇に暗部の技術開発部を動かせなくなっちゃったんだよなぁ。
というかいっそどこぞのドラゴンなボールの漫画であるような重力装置が欲しいな。そんでもって重力100倍とかやってみたい。それに耐えられるボールがあるのかはわからないけど。
というか総帥も、施設の外観に無駄にこだわるのならこういうのに経費を使って欲しかった。ゼウススタジアムしかり、真・帝国学園の潜水艦しかり。装飾とか無駄な機能だけで数十億ぐらいかかるんだぜ、あれ。
とまあどうでもいいことを考えてしまった。練習に集中しなくては。
目を閉じて、内なる自分を覗き込むような感覚で精神を統一する。
とたんに私の意識は、墨汁の海とでも表現すべき場所へ落ちていった。
呼び起こすのは狂気。本能の自分。
黒く染まった視界でようやく黄金の光を見つけ出し、それを引きずり上げようとする。
とたんに体がだんだん熱くなっていき、目を覚ました時には——黄金のオーラを身に纏っていた。
……いくよ!
オーラが真上に吹き上げるかのように噴射され、それを利用して遥かな空に飛び出す。ボールは蹴り上げるまでもなく、自然に追従してきている。
やがて私に纏われていた分のオーラがどんどんボールに集中していき、巨大化。眩い黄金の月が天空に浮かび上がる。
それに向かってかかとを振り下ろし——接触の瞬間、とてつもない頭痛が走った。
まずい……! コントロールが……!
制御不能でエネルギーのやり場を失った月は輝きを増していき——空を金一色に塗り替えるように爆発した。
「あ……ガァ……ッ!」
まともに爆風を受けた私は体中を黒焦げにしながら落下。
背中を激しく地面に打ち付ける。
吐いた酸素のせいで回らなくなった頭で最初に思ったことは、
(……もう少しだったのに……!)
だった。
そう、この技は完成間近。だけど最近はずっとこの状態で停滞してしまっている。
あと一つ。本当にあとちょっとなのだ。
何か一つでもキッカケがあれば……。
でもそんなものは全然掴めなくて、今に至るってわけ。
ジェネシスに加えてプロミネンスなんてチームも出てきて時間がないってのに。
豪炎寺君もシロウもいない今、雷門のストライカーは私なんだ。
そう、私の憧れのあの雷門の。
私がチームを守らなくちゃ。少なくとも、豪炎寺君が帰ってくるまでは絶対に負けてなるものか。
そう決心を新たにし、何度も何度も必殺技に挑戦する。
しかし現実は非常で、何も変化がないまま朝練の時間が終わってしまった。
♦︎
空が赤く燃えている。
それは木陰に身を潜めながら、じっと海を見つめていた。
……いや正確には、海に浮かぶ二つの人影を。
「くっそー! あともうちょっとな気がしたんだけどなぁ!」
「焦るな! 初日でできるほどサーフィンは甘かねぇ! 少しずつ上達していけ!」
日に焼けた肌の男が叱咤し、それを一身に受け止めてオレンジのバンダナの男が食らいつくようにサーフボードに乗る。そしてすぐに落ちる。
それでも男は諦めるなんて言葉を知らないように、何度も挑戦し続ける。
その目の輝きは、
少し、ため息を吐く。
これ以上は見なくて大丈夫だ。やつがバカのままであることが確認できたのだから。
彼はフードを深くかぶり直し、海へと背を向けて歩き出す。
「——やっぱり近くにいると思ったよ」
しかし突如聞こえてきた声に、思わず足を止めてしまった。
ゆっくりと声の方向へ振り向く。
木があるだけだ。
その後ろから白と黒の可愛らしい服を着た、桃色の髪の少女がぬるりと姿を現した。
♦︎
「……っ」
「あー、喋んなくていいよ。こっちも長居するつもりはないからね」
目の前のフード男は私に背を向ける。しかし歩き出さない限り、無視するつもりはないのだろう。
「一応私は私であなたの事情については調べてあるから、円堂君たちに言いふらすような真似はしないさ」
顔が見えないので彼が今の言葉にどう思ってるのかはわからない。
しかし彼の心情は行動が表している。
隠れなければならないのに、わざわざここに来たのもそのためだろう。私は彼ならここにくると予測しただけ。
普段仏頂面なくせに、本当わかりやすい性格してるよ。
「……」
「何の用かって? うーん……どういえばいいのかな……伝えたいことがあったというか……」
本来ならこんなお節介はしないんだけどね。
彼は特別だからいいのだ。
頭をガシガシとかいたあと、いつものニヤケ面を消してまっすぐに彼を見る。
「あなたが戦いから逃げた裏切り者だなんて考えてる人は誰もいないよ。むしろ、みんなはあなたの帰りを心待ちにしてる」
「……っ!」
フード越しでも動揺してることがわかる。
普通に考えたらわかることだ。円堂君たちが何で沖縄に来たのか。その意味を理解できないほど、彼はバカではない。
しかしそういう問題ではないのだ。
たとえ頭で理解していても、直接言われなきゃ分からないこともある。
私は彼との直接的な関わりはあまりないけど、第三者として監視していたからこそ、彼が心理的な鎖に縛られやすいのを知っている。妹さんや親父さんの件のように。
「だからその……だーもう、なんて言ったらいいかなぁ! とりあえず、あなたが不在の間は私がなんとかしてあげるから、やるべきことが終わったら必ず帰ってくること! これは約束! いいね!?」
「……フッ」
あ、こいつ今笑ったな!? 私のこと笑ったよね!?
せっかくこっちが慣れないことしてるのになんて野郎だ!
……って、私を無視してどっかへ行こうとするんじゃなーい!
「……円堂たちのことを、頼んだ」
彼はそれだけ言うと、どっかへ行ってしまった。
追いかける気はなかった。
羞恥心で悶えそうになる心を抑えつけながら、ため息を吐く。
「うん、任されたよ」
若干頬を赤く染めながらも、決意するように呟いた。
♦︎
それから一週間の時が経った。
真っ昼間の今日このごろ。サンサンと照りつける太陽にも慣れてきていて、それほど不快感を覚えなくなっている。
私たちは円堂君に声をかけられてグラウンドに集合していた。
彼はゴール前にはキーパーグローブを装着し、深く腰を落としている。
そして私は、そんな彼と対峙するようにペナルティマークに側に立っていた。
「俺は準備万端だ! いつでも来い!」
円堂君が両手を広げながらそう言う。
彼はなんの理由も告げてなかったけど、私たちは薄々気づいていた。
このタイミングでチーム1のシュートを持つ私に挑む理由。そんなの一つしか思い浮かばない。
言わなかったのはサプライズのためか。
「じゃあ遠慮なく……いくよ」
黄金のオーラを纏う。それだけで身体能力が跳ね上がる。
ボールを踏んづけることでバウンドさせ、空中に浮かび上がったそれに蹴りをたたき込んだ。
まるで光線のように、ボールは超高速でゴールへと飛んでいく。
常人じゃ目で追うのも難しい速度だろう。
円堂君はその時、左足をこれでもかと言うぐらい高く上げ、振動がこちらに伝わってくるほど強く踏み込んだ。
まるで大砲の土台のような重圧感。
そして大量のエネルギーが集中した右手から、その弾が発射される。
「正義の鉄拳っ!!」
彼が右手を突き出すと同時に、握り拳を作ったゴッドハンドのようなものがシュートと激突した。
その風圧で私の長い髪が激しく揺れる。
そしてそれが収まった時、ボールは私の後方に落ちた。
「これが……正義の鉄拳……」
近くにいたみんなが円堂君のもとへ駆け出した。
彼は称賛の雨を浴び、照れ臭そうに笑っている。
しかし、私はその中でただ一人立ち尽くしていた。
何か、違和感がある。
たしかにあの正義の鉄拳は強力だ。私のシュートを吹っ飛ばすくらいなのだし、それは事実と言えよう。
しかし私はあの技を見て、マジン・ザ・ハンドを見た時の痺れるような感覚を感じなかったのだ。
……あの技は、何かが足りない。
しかしそれを悠長に考える時間はなかった。
突如赤と黒のボールが隕石のようにグラウンドに落ちて、黒い霧を吐き出したからだ。
「これは……イプシロンか!?」
鬼道君が警戒して叫ぶ。
見れば霧の奥には十数の人影が。
「フハハハハッ! 時は来た! 貴様らに会えるのを楽しみにいてたぞ、雷門イレブゥゥゥゥンッ!!」
聞き覚えのある妙にハイテンションな声。
霧を突き抜けて、デザームが姿を現す。しかしその目は、まるで狂気に堕ちた獣のように赤い光を発していた。
見れば他のメンバーも同じように目から光が溢れている。
「我々はイプシロン・改! 我々は雷門イレブンに勝負を申し込む!」
デザームはそう告げ、私に向けてその眼光を強めるのだった。
原作じゃどうなのかは知りませんが、豪炎寺君は世界編に入る前から父ににサッカー辞めろと言われています。なえちゃんが言ってた親父さんの件とはこのことです。
プライバシー? んなもん知ったこっちゃねぇ!
逮捕された時の罪に加算されないか心配です……。