悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
「イプシロン・改だって!?」
「ああそうだ。我々は地獄のような特訓を乗り越え、パワーアップして帰ってきたのだ! 我々はこの力を思う存分振るいたい! だからこそ、戦え雷門!」
デザームの瞳が比喩でもなんでもなく煌々と赤く輝く。
人間にはとても真似できないような目は、彼がまさに宇宙人であることを再認識させる。
いやだって……あれ充血ってレベルじゃないでしょ? ブラック企業で三日間寝ずのデスクワークをこなしたことがある私が言うのだ。間違いない。
「そんなお前らの身勝手な理由で——!」
「いいねいいね! 是非やろう! 今やろう! すぐやろう! さあ、さあ、さあっ!?」
土門がなんか文句言いたそうだったけど、サッカー選手が挑戦を受けないなんて失格だよ。
それに前回のイプシロンとの戦いは魂が燃え上がるほど楽しかった。
あれより強くなったのなら、果たして今日はどんなに素晴らしい試合になるのだろうか。そう考えるだけで笑みが止まらない。
「おい、勝手に決めるな!」
「でも土門、エイリア学園のことだし、どうせ断ったらこの学校は間違いなく破壊されちゃうよ? 傘美野や漫遊寺の例を忘れたの?」
「白兎屋なえの言う通りだ。もし貴様らがこの決闘を断った場合、不戦勝とみなしてこの校舎を破壊する」
「くっ……!」
傘美野は校舎全体を、漫遊寺は校舎の一部分をぶっ壊されている。
傘美野に関しては雷門が代打で戦って敗北したから壊されたのだろうけど、仮に円堂君が出なくてもジェミニのやつらは壊す気満々だったとのことだ。ちなみに情報源は部下たちからである。
つまり彼らにとって校舎破壊というのは脅しでもなんでもなく、必要とあればやれてしまうことなのだ。
「そんなこたぁ俺が許さねぇ! 円堂、俺も一緒に戦うぜ!」
「ツナミ!」
おー、ツナミが来てくれるなら心強いかも。
なんせ今の雷門は人材不足だ。彼一人が来るだけでも、雷門の弱点が一つ消えるのでありがたい。
瞳子監督もあとで誘う気満々だったようで、すぐに許可が下りた。
「ここで負けるようじゃジェネシスには勝てない。みんな、覚悟を決めなさい」
「どうやら決まったようだな。試合開始は今より一時間後。異論はないな。では決まりだ」
「勝手に決めたよこの時間に正確な変態……」
一時間、というのは私たちの朝練の疲れや試合の準備を考慮してのものだろう。
やるなら正々堂々という彼の思いが伝わってくる。
中々に紳士的だ。ますます気に入っちゃうよ。
私たちは準備をしながら、余った時間をたっぷり使って作戦を立てることにした。
♦︎
エイリア学園が大海原中に襲来したという情報は、瞬く間に広まった。
それによって試合を観戦しようと人が集まり、学校は運動会でも開くのかというぐらいパンパンになっていた。
物好きな観客たちは観客席に座り、試合開始の時をまだかまだかと待っている。
「これだけ人が集まりゃ、観戦してても目立たねえだろ」
その情報を広めたのが、隣にいる友人の土方だ。
そう、これはカモフラージュだ。自分がここにいることに気づかれないための。
フードを深くかぶり直し、ベンチに集まっている雷門メンバーを見下ろす。
……知り合いの数は減っていた。
仕方ないことだ。自分もあらかじめそれを知ってはいたが、実際に見てみると言葉では言い表せない何かが腹の中で渦巻いているのを感じる。
「じゃあ俺は行ってくるぜ」
「……どこにだ?」
「円堂たちのところだよ。ここは俺の地元だ。戦わないわけにはいかねえだろ」
友人は返事も聞かずに行ってしまった。
引き止めようと伸ばした手を、途中で引っ込める。
……あまりに無力だ。自分を匿ってくれていた友人と同じフィールドに立つこともできないなんて。
血が滲みそうになるほど拳を強く握りしめる。
悔しさという炎が、彼の中で激しく燃え立った。
♦︎
「よお円堂、それにみんな!」
「土方! 応援しにきてくれたのか!?」
「ガッハッハ! 惜しい惜しい、戦いにきたんだ。言っただろ? 地元荒らす奴は許さねぇって」
あー、そういえば初対面の時そんなこと言ってたような気が。
観客席側から突如現れたこの筋肉モリモリマッチョマンの変態は、やる気十分とでも言うように力こぶを作ってみせる。
うん、これが中学生って信じられない。
プロレスラーって言われても違和感ないよ。
「土方君だったかしら? いいわ、あなたの実力は練習で見させてもらってるし、十分に戦力になるでしょう。許可します」
「おう、よろしく頼むぜ!」
「こちらこそな!」
腕と腕を絡絡みつかせて、ニヤリと笑う円堂君と土方。
彼は時々、彼に暇ができた際に私たちと練習をしていたのだ。
おかげで瞳子監督もその実力を知ってるらしく、すんなり土方がチームに加わった。一時的にだけど。
彼はたくさんの兄弟がいるため、沖縄を離れることはできない。
しかしイプシロン戦で頼りになることは間違いなしだ。
その後鬼道君と話し合って、今日のフォーメーションとポジションが決まった。
前半は守り主体で戦っていき、相手の情報を集める。まあ瞳子監督のいつもの作戦だよね。
土方は攻めも守りもできるオールラウンダーなタイプなので、立向居が埋め切れなかったミッドの穴を塞ぐにはもってこいだ。
視線の先にいるデザームを睨みつける。
前回は私とシロウの必殺技でなんとか点をもぎ取れた。でもあの不敵な顔、そしてパワーアップ。この前と同じようにはいかないだろう。
ホイッスルがようやく鳴り、イプシロン側からのキックオフ。
扇風機みたいな髪型をした少女、マキュアが赤い目を爛々と光らせながらこちらに向かってくる。
「お久しぶり。元気にしてた?」
「復讐の時きた! マキュア、お前を潰す!」
「アハハッ! ——上等だよ」
蹴りとタックルを瞬きの間に何回も繰り出す。
しかしそれは相手も同じ。
遅れて爆発でも起きたかのような轟音が連鎖する。
直接手を合わせて感じたことは、強い。ただその一言。
パワーアップしたというのは虚言でもなんでもなく、本当に相手の身体能力や技術が上がっている。それこそ私と純粋な一対一を繰り広げられるくらいに。
まあ、負けるつもりはないけどね。
「スピニングカットV3!」
「懲りないやつ!」
青い衝撃波の壁が私たちの間を遮断する。
前回の戦い、私のスピニングカットは彼女によって破られた。
彼女は今回も同じだと思って、必殺技の体勢に入ることだろう。
しかし、
「メテオ——っ!?」
「そうくるのはわかってた」
マキュアの必殺技、メテオシャワー。その発動には天高くジャンプする必要がある。
だから私は必殺技を放ったあと、あらかじめ彼女の真上に跳んでおいた。あとは予想通り、壁を乗り越えると同時に技を放とうとジャンプした彼女へ向かって、かかと落とし。ボールをはたき落とそうとする。
しかし最後の意地と言うべきか、彼女がボールを動かしたことで足が当たる角度が変わり、ボールは予想外の方向へ飛んでいってしまった。
こぼれたボールを、同じくイプシロンフォワードのゼルが拾う。
リカがボールを奪いに向かうけど、ゼルの後ろから走ってきたメトロンとのパス回しに翻弄されて、あっけなく抜かれてしまう。
「そこまでだ! フレイム——」
「メテオシャワー!」
二人には二人で。
塔子と一之瀬がボールを奪取しに行く。
しかしメトロンはフレイムダンスの炎が届かないような位置まで跳躍すると、なんとメテオシャワーを撃ってきたのだ。
予想外の事態に二人は唖然。そして隕石群の落下に巻き込まれ、吹き飛ばされる。
「まさか、必殺技も進化してるってのか!?」
前回の試合でメトロンはあの技を使っていなかったはずだ。
十中八九マキュアに伝授されたものだろう。
強い。個人だけでなくチームとしても。ジェミニやジェネシスとは別種のものを感じられる。
アイコンタクトすら必要もないとばかりに、イプシロンの選手たちはシュートにも思えるようなパスを連続で繋げていく。
そして一瞬の隙を突かれてセンタリングを上げられてしまう。
落下予測地点にはゼル、マキュア、メトロンの三人が。
彼らは横に一列に並んでいる。
あの陣形は……前回円堂君からゴールを奪った……!
『ガイアブレイク改!!』
岩石によって封じ込められたエネルギーが、一つの方向性を持って解き放たれる。
凄まじい威力だ。余波だけで通過した地面が抉れている。前回のものよりも強力になってるのは確かだ。
しかし円堂君の目に絶望はなかった。
むしろ新しく買い与えられた玩具を持った子供のように、目を輝かせている。
「いくぜじいちゃん……究極奥義だ!」
右手にエネルギーが集中していき、彼の背後に巨大な拳が形成される。
そして地響きを錯覚させるような踏み込みとともに、それを振り切った。
「正義の鉄拳!」
一瞬。あっけないものだった。
それまで止まる気配すら見せなかったガイアブレイクは、正義の鉄拳とぶつかった瞬間、均衡することなく逆方向へ吹っ飛んでいった。
これにはイプシロンのメンバーも唖然。
私たちに笑顔が蘇る。
(だけど……やっぱり何か物足りない)
違和感がある。
威力は間違いなく正義の鉄拳の方があるはずなのに、あれよりもマジン・ザ・ハンドの方が恐ろしく感じられるのだ。
……いや、現実を見よう。正義の鉄拳が劣っているはずがない。
そう振り切ろうとしても、その違和感は消えることはなかった。
「円堂が止めた! 次は俺たちだ!」
『おうっ!!』
鬼道君の声に続いて、チーム全体の雰囲気が盛り上がったように感じられる。実際、その後の彼らの動きは格段に良くなっていた。
「俺たちも負けちゃいられないぜ! ——ボルケイノカット!」
土門がボールを奪い、
「イリュージョンボール! ——なえ!」
一之瀬が鮮やかに敵を抜き去る。そしてボールは私に渡った。
負けちゃいられないよね。
前回の試合の経験から警戒されているのか、私の元に三人もの選手が殺到してくる。
「——ジグザグストライク」
まあ、何人いようが関係ないけど。
金色の風が吹き荒れる。
彼らの目には私が消えたように映ったことだろう。そして次には、彼らは全員が宙に浮いて、自然に体を叩きつけることとなる。
やったのは簡単なことだ。素早く動いて、そのソニックブームで吹っ飛ばした。
「ハハハッ! 前座の余興でも楽しませてくれるではないか!」
「もっと楽しませてあげるよ!」
邪魔な壁は消えた。あとはデザーム一人のみ。
一瞬だけ、ちらりとシロウを見る。
必要ないさ。今度こそ、デザームに勝ってみせる。
「ハァァァァァァッ!!」
黄金のオーラを足に集中させ、ボレー気味にボールを蹴る。
一瞬のタイムラグのあと、ボールは光線と化してゴールへ飛んでいった。
私たちだってあれから強くなった。
現に、この黄金のオーラでのシュートは前回デザームから点を奪った『ホワイトダブルインパクト』と同等か、それ以上もの威力があるだろう。
しかしそんなものを前にしても、デザームは笑っていた。
その右手は天に掲げられている。
「この殺気……この威力……! やはり貴様は最高だァ!」
デザームの手のひらの上にエネルギーが集中していき、鋼鉄のドリルを形作っていく。
……デカイ。
そのサイズは明らかに前みたものよりも一回りは大きくなっていた。
「さあ、受けてみよ我が一撃を! ——ドリルスマッシャーV2ッ!!」
高速回転しながら突き出されたそれに、シュートが激突。
そしてほどなくして、ドリルの先端がボールを貫通した。
ドリルが消えたあとに残ったのは、鷲掴みにされて完全に勢いが殺されたボール。
「ぐっ……!」
「この右手が痺れる感覚……たまらんな! お前一人でそれなのだ。二人で撃てばどれほどのものか……」
「っ、シロウの出番はないよ。私が絶対に打ち破ってみせる!」
「それは私が、決めることだっ!」
空中に放り捨てるように投げられたボールに蹴りが命中する。
瞬間、弾丸のような何かが私の長い髪に穴を空けた。
「えっ……?」
そんなボヤけた声が耳に聞こえた。
急いで振り返ると、ボールは誰にも止められずに真っ直ぐ飛んでいっていることがわかった。
そう、ディフェンスにいるシロウの元へ。
「っ、ぐぅぅ!」
「シロウ!」
もはやシュートじみたそれを、シロウは足の裏を盾にしてなんとか止めてみせる。
「今度は貴様の番だ! もっと私を楽しませろ!」
デザームのやつ、シロウを引っ張り出すつもりか!
まずいまずい! 最悪の事態だ。シロウはまだ精神が安定し切っていない。そんな状態で挑発されたら……!
必死に彼を静止しようと叫ぶ。
「シロウ、惑わされないで! 自分のサッカーをすればいいの!」
「……ああ、わかってるよ……」
それを聞いて一安心。
しかし次の瞬間目を疑った。
シロウは体勢を低くすると、全力で走り出したのだ。
「いつも通り、オレが点を奪ってやるぜ!」
「アツヤ……!」
シロウは口を三日月に歪めて笑う。その目はオレンジ色に変わっていた。
あれはアツヤの目だ。
次々に迫り来るディフェンスたち。
「邪魔だァ!」
しかしシロウはそれを力任せに突破する。
見ていて危なっかしいプレイ。まるで尖ったガラス細工だ。触れるものを傷つけるが、少しでも衝撃を受ければ崩壊してしまう。
だけど私は、彼を止めることは出来なかった。
みんなも同様で、全力で彼をサポートしようとしている。
『お前が二重人格で苦しんでいるのはわかってる……でも、自分を決められるのは自分だけなんだ』
『お前がそう決めたのなら、俺たちはそれを支えてみせる。二度とお前を一人で戦わせたりはしない。そうだろう、なえ?』
円堂君と鬼道君の目からはそんな思いが感じ取れた。
そうだ。止めちゃいけない。これはシロウの決断だ。それを否定するということは、彼を信用していないということになる。
私は身勝手だ。現に私は彼を救うことができなかった上で、あの病室でも一人強くなることを誓った。
だけど、今本当にするべきことがわかったよ。
最後の最後まで全力で付き合う。それが私たちの、幼馴染としての絆だ!
足をひたすら動かし続け、彼の横に並び立つ。
「シロウ、もう一度私と力を合わせてみない?」
「ハッ、あれか! いいじゃねえか! ただし足を引っ張んじゃねぇぞ!」
「こっちのセリフだよ!」
パスされたボールを両足で挟み、宙返りをする要領で上へ投げつける。
それをシロウがかかと落としで地面に叩きつけると、とたんにボールを中心に荒れ狂う吹雪が吹き荒れた。
私とシロウは同時に回転。吹雪を足に纏い——左右からそれぞれの足を叩きつける。
『ホワイトダブルインパクトッ!!』
巨大な氷の水晶が、吹雪に後押しされて発射された。
あれ以来撃ったこともなかった、私たちの連携技。
それが再びデザームへ向けて牙を剥く。
「ドリルスマッシャーV2! ——ぐぉぉぉぉおおおおおっ!!」
鋼鉄のドリルと氷の水晶が衝突した。
デザームの野太い雄叫びがグラウンド中に響き渡る。
見たところ、威力は互角だ。互いに押しつ押されつで均衡が傾くことはない。
デザームの気迫に感化されたのか、気がついた時には私たちも叫んでいた。
「いっけぇぇぇぇぇっ!!」
「決まりやがれぇぇぇっ!!」
直後、私たちの手前で爆発が起こった。
衝撃波で私たちは吹っ飛ばされる。
倒れた矢先に、体に何か硬いものが落ちてきたようで、痛みがした。
その原因のものを拾い上げる。
鉄の破片だ。てことは……!
期待して煙の奥の方へ目を凝らす。
しかし現実は非常で、
「ハ……フハハハハッ……! 勝ったのは……この私だ!」
煙の晴れた先。
そこには優勝トロフィーのようにボールを掲げる、デザームの姿があった。