悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです   作:日差丸

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なえミーツ円堂

 長々と続く階段を上っていく。

 とはいえ疲れて息が切れることはない。その程度で疲れるなら帝国学園でトップを張れないしね。

 それに裏山は思ったよりも小さかったようで、五分ぐらい足を動かしてたらすぐに開けた場所に出た。

 稲妻町のシンボルマークである鉄塔がすぐ目に入る。

 特徴的なイナズマの飾りに、ライトは灯っていなかった。

 

 その鉄塔を目指して進む。

 かなり近づいたところで、中々大きなタイヤが吊るされた奇妙な木があった。その近くにはえぐれた地面や乾いた血の跡が見える。

 どうやらここで間違いないようだ。

 

 しかし目的の円堂君は不在のようだ。

 近くにあったベンチに腰掛け、稲妻町を見下ろす。

 しかし至って平凡な町で、面白味がなんもない。

 結局すぐに飽きて私は立ち上がり、タイヤに触れた。

 

 ここの周りもそうだけど、タイヤ自体の傷もかなりある。

 それだけこれが使われてた証拠だ。

 今日彼が新必殺技を土壇場で出せたのも、これを使った特訓で土台がしっかりしていたからだろう。

 

 ……少し、使ってもいいよね? 

 辺りを見渡して誰もいないのを確認すると、タイヤを力いっぱい押し出した。縄がギシギシと音を立てながらタイヤを引っ張り、それを加速させる。

 間近で見るとかなりの迫力だ。

 でも、それで怯むような私ではない。

 回し蹴りを叩き込み、タイヤをたやすく弾き飛ばした。

 

「ふぅ……気持ちいいねこりゃ。ストレス発散にはもってこいかも」

 

 帝国学園にも一個設置しておこうかな。

 もっとも総帥がうるさくなりそうだから、置き場所には気をつけなきゃいけないけど。

 

 そんな風に考えていると、階段から誰かが勢いよく上がってくる音が聞こえた。

 ひょっこりとオレンジ色のバンダナと、特徴的な髪型が姿を現わす。

 

「あれ? お前はたしか……」

 

 円堂君は私の顔を見て、目を丸くした。

 ああ、よかった。どうやら忘れられてはいないらしい。

 選手として出てないからちょっと心配だったんだよね。

 

「そうだ! たしか帝国の副監督だ!」

「覚えてくれて嬉しいよ円堂君。だけど、できれば名前で呼んでほしかったなぁ」

「あ、ゴメンな……君が副監督なのは覚えてるんだけど、名前まではその……」

「しょうがないか。じゃあ改めて自己紹介してあげる。白兎屋なえ。よろしくね?」

 

 そう言って手を差し出す。

 

「じゃあ俺もだな。円堂守だ。こちらこそよろしくな」

 

 彼は私のところまで歩いてきて、握手した。

 

「円堂君はここに何を?」

「特訓だよ。ほら、ここにタイヤがあるだろ? こいつを使っていつもキーパーの練習をしてるんだ」

 

 彼はジャージ姿ではあるものの、露わになっている部分だけでも肌がボロボロになっているのが目でわかった。

 それなのにも関わらず、彼は腕にサッカーボールを挟んでいる。

 あれだけの試合の後でも特訓する気満々のようだ。

 

「そういうお前はなんでここにいるんだ?」

「あー、私のことは下の名前で呼んでいいよ。お前だと分かりづらいし、苗字で呼ばれるのは嫌いだから」

「そっか。じゃあなえだな!」

 

 円堂君は思った通り接しやすいタイプの人間のようだ。たまにいくら頼んでも苗字で呼んでくる人がいるからちょっと安心した。

 

 私が自分の苗字を嫌う理由は、ただ単に借金まみれになって逃げ出した父と同じ名で呼ばれたくないからだ。

 本当は苗字を変えたいんだけど、影山を名乗るのは流石に嫌だし、かといって私には引き取ってくれて家もないので結局そのままにしている。

 

「それで、なえはこんなところで何してるんだ? 帝国学園の生徒なんだろ?」

「今日の試合を見にきたついでだよ。おめでとう。前よりずいぶん成長したじゃん」

「ヘヘッ、そうだろ? この調子で帝国もズババーンと倒してやるから覚悟しとけよ!」

「おー怖い怖い。でも望むところだよ」

 

 私たちの会話はそこそこ長く続いた。

 というのも、円堂君がペラペラと色々なことを喋ってくれるので話が途切れることがないのだ。

 その話によるとここは彼のおじいちゃんの思い出の場所らしい。

 彼自身もこの場所を気に入っており、嫌なことや嬉しいことがあるとすぐここに来て特訓するのだとか。

 

 最初はわりとどうでもいいと思ってたけど、その名前を聞いてから一気に興味が湧いた。

 

 円堂大介。それが彼のおじいちゃんの名前らしい。

 

 聞いたことがある名前だ。いや、一昔のサッカーを知っている者なら誰でも知っている名だろう。

 なにせ円堂大介といえば、かつて日本代表を率いた名ゴールキーパーの名だからだ。

 そして伝説のイナズマイレブンを率いて優秀な監督でもあったとか。

 

 イナズマイレブン。

 私にとっても決して無関係な名前ではない。

 というのも、うちのボスもかつてはそのイナズマイレブンの一員だったからだ。

 なるほど、総帥が気にするのはそういうことか……。

 

 少し俯いて考え事をする。

 そしてニヤリと笑い、勢いよくその場を立ち上がる。

 

「……ねえ円堂君。ちょっとサッカーしない?」

「おっ、PKか? 望むところだぜ」

 

 元気よく彼も立ち上がり、ボールをこちらに転がしてくる。

 彼は木に吊るされているタイヤとは別のものを二つ、どこからか引っ張ってきて、ゴールを作った。

 私がボールをセットすると、円堂君の戸惑う声が聞こえる。

 

「えっ……?」

 

 彼がああなるのも無理はないだろう。

 私がボールを置いた位置は、ここがサッカーグラウンドだったら明らかにペナルティエリア内から出ているからだ。

 やるのはPKなんかじゃない。ディフェンスなしのフリーキック、つまりはロングシュートだ。

 

「心配しなくていいよ。私はこう見えても帝国学園に属している。この意味がわかるね?」

「へっ、そうかよ……なら遠慮はなしだ! 俺の全力、見せてやるぜ!」

 

 彼は帝国との試合でボコボコにされたのを思い出したのだろう 。

 深く腰を落とし、ドッシリと構えてくる。

 その顔に油断は見当たらなかった。

 

「それじゃあいくよ、円堂君っ!」

 

 空中に浮かしたボールを両足でサマーソルトキック。

 ボールが青い雷を纏う。

 

「ディバイン、アロー!」

 

 そこに次々と同じ色の電気を纏った足を蹴りつけ、最後は回し蹴りを当ててシュートを繰り出した。

 

「ゴッドッ……!?」

 

 円堂君は右手を頭上に掲げ、気力を込め始めた。

 だが、遅い。

 気の右手が完成する前に私のシュートは矢のように飛んでいき、彼の胸に当たったあと、そのまま二つのタイヤの間を通り過ぎていった。

 

 尻もちをついて自分の右手を呆然と円堂君は見つめていた。

 しかし握り拳を作ると、興奮したかのように私に詰め寄ってくる。

 

「す、スッゲェ! スゲェなお前のシュート! 超ビリビリきたぜ!」

「び、ビリビリ? たしかに私のシュートは電気を纏ってるけど……」

 

 そんな風に私のシュートを表現されたのは初めてだよ。

 

「もう一回、もう一回だけやらせてくれ! 次は止めてみせる!」

「くふっ、いいよ。もっとも、一度や二度じゃ止められないと思うけど」

 

 円堂君が回収してきてくれたボールを、さっきと同じ位置に置く。

 今のでゴッドハンドは間に合わないと理解しただろう。

 なら次に来るのは例の新必殺技か。

 

「ディバインアロー!」

 

 先ほどのように浮いたボールを連続で蹴り、雷を纏った目にも留まらぬシュートを放つ。

 

 今度は円堂君もちゃんと反応してきている。気力を纏った拳を握りしめ、ボールにそれを叩きつけてきた。

 

「熱血パンチ! ……うおっ!?」

 

 だけど、それじゃあディバインアローを止めるには力不足だ。

 彼の拳を弾き飛ばして、再びボールがゴールに入った。

 

「くぅぅ……! やっぱスゲェぜ帝国は!」

「シュートを決められて嬉しそうにするなんて、変わってるね」

「だってさ! こんなに強い帝国とまた戦えると思うと、楽しみで仕方がないんだ!」

「ん、もう一度戦える? どういうこと?」

「俺たちも今年はフットボールフロンティアに出るんだよ。だから首を洗って待ってろよな」

 

 そう宣言して円堂君は私をビシッと指差してきた。

 そうか、彼らもいよいよ出てくるのか。

 今回の大会は、なかなか荒れそうだ。

 

「そっか。じゃあ私からワンポイントアドバイス。円堂君は必殺技を使うときよく右手しか使わないけど、たまには左手を使ってみたら?」

「左手を?」

「そうそう。両手に力を集中させると分散しちゃうのもわかるけど、それを成し遂げてこその一流だよ」

「両手か……よしっ! さっそく特訓だぁ!」

 

 彼はすぐに吊るされたタイヤに向き合うと、特訓をし始めた。

 鈍い音が何回も何回も響いてくる。

 熱血パンチを両手で打つイメージで両方の拳を突き出しているけど、やっぱり気が分散してしまっている。

 完成にはまだまだ遠そうだ。

 

 放ったらかしにされているタイヤを片付けていると、ぐぎゅるる、という恥ずかしい音が鳴った。

 幸い円堂君は特訓に夢中で聞こえていなかったようだ。

 

 スマホで時間を確認すると、もう六時半になっていた。

 冬海を待ってたせいでお昼ご飯を抜いてたからなぁ。そりゃ腹の虫が鳴るわけだ。

 しょーがない。この町のどっかで食べに行くとしよう。

 

「おーい円堂くーん! ここら辺で美味しい店って知らないー!?」

「うん、美味しい店? そうだなぁ……商店街にある雷雷軒とかはどうだ? あそこのラーメン、超美味いんだぜ」

「ラーメンか……よし、そこに行ってみるとするよ。じゃあね、円堂君」

「今度会ったらまたサッカーしようぜ!」

 

 円堂君と別れ、階段を降りていく。

 上からは相変わらずタイヤを殴りつける音が聞こえてきている。

 

 久々に尊敬できそうなサッカープレイヤーに会えたかもしれない。

 実力はまだまだだけど、あの熱い魂は他人を惹きつける何かがあった。

 

 残念ながら、それは我らが帝国学園には足りないものだ。

 うちのチームはみんなどこかで現状に満足してしまっているところがある。

 私にも彼のように熱くなれるほどの好敵手がいれば……。

 

 少しだけ湧き上がった嫉妬を胸に押さえ込む。

 空はまだ赤い。しかし山に遮られていて、赤い日の丸は私の目に届かないところで燃え盛っていた。

 

 

 ♦︎

 

 

 商店街に着く頃には日はもうとっくに暮れていた。

 夜の帳が下りてきて、店の光がポツポツと灯っている。

 

 しばらく歩いたところで看板にデカデカと『雷雷軒』と書かれている店を見つけた。油と熱気が鼻をかすめていく。

 円堂君が言っていたのはここだろう。

 ガラガラと戸をスライドさせ、入店した。

 

「へい、いらっしゃい」

 

 グラサンを被った白い髭のオッチャンが声をかけてくる。厨房に立っているところを見るにこの人は店員さんか。

 中は思っていたよりもがらんどうだった。客は戸のすぐ近くの席で新聞を読んでいるおじさんのみ。

 おじさんとは少し離れたカウンター席に座った。

 

 置いてあったメニュー表を開く。

 一般的なものばかりだ。

 特にめぼしいものはなかったので、無難に大盛りチャーシュー麺と白飯、そして餃子を注文した。

 

 しばらくしてラーメンが目の前に置かれた。

 腹もくぅくぅ鳴っていたため、すぐさま麺をすする。

 味は円堂君がおススメするのも納得で、そんじょそこらのラーメンよりかはずっと美味しかった。

 

「嬢ちゃん、体細いのによく食うな」

 

 客がいなくて暇だったのか、店員さんが話しかけてくる。

 

「こう見えてもスポーツしてるからね。エネルギー消費が激しいんだよ」

「ほう、スポーツか。何をしてるんだ?」

「サッカーだよ」

 

 サッカーと聞いて店員さんの眉が少し動いたような気がした。

 しかし気のせいと思い、ラーメンをすする。

 

「ズズッ、ここも今日知り合ったサッカー友達に教えてもらったんだ。ちょっと中学生にとっては高い気もするけど」

「へっ、言われてるぞ響木? こんな下手くそなラーメン一杯に七百円は高すぎだってよ」

「うるさいですよ……食い終わったんなら帰った帰った」

「おいおいそりゃないぜ。せっかくこんな寂れた店で話し相手になってやってるのによ」

 

 私たちの会話に先ほどまで新聞を読んでいたおじさんが首を突っ込んでくる。

 店員さんとの会話を聞くにどうやらこの人は結構な常連さんらしい。かなり親しげな様子だ。

 

「それにしても、この店を紹介する物好きがいるなんてな。なんて名前なんだそいつは?」

「円堂君だよ。さっき鉄塔で会ったの」

「……っ!?」

 

 ん、店員さんの眉が今度ははっきりわかるほど歪んだぞ?

 新聞おじさんはそれを見てニヤリとしてるし、なんかよくわからないなぁ。

 

 その後は何事もなく、ラーメンを食い終わった。

 中々餃子が美味しかったので、総帥へのお土産として数個頼んで席を立ち、「ご馳走さまでした」と一言言って戸に手をかける。

 

「そうだ嬢ちゃん、一つ忠告だ。おたくの監督には気をつけな」

 

 新聞おじさんのその言葉が背中にかけられたとき、顔を見られなくてよかった。

 たぶん今の私はゾッとするような冷たい表情をしていただろう。

 それを必死に取り繕い、急いで店から出る。

 

 ……あの気配、警察とかそういうのと同じやつだ。

 おそらくあの新聞おじさんは総帥の裏の顔を知っている。だからこそ、帝国学園の選手である私に忠告してきたのだろう。

 でも、あの様子じゃ私が裏でも総帥とつながっていることはまだバレてなさそうだ。

 そこだけは安心だ。

 

 その後、私は尾行されていないとは知っていながら、念のため、タクシーに乗って帝国学園に帰った。




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