悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
試合はコーナーキックから再開される。
ゴール前の競り合いにデザームは参加していない。彼はこちらの様子を伺うようにペナルティエリアのギリギリ内側に立っている。
常に監視されているようで、なんだか落ち着かないよ。
でもこれは見ようによっちゃチャンスかもしれない。
なにせ今のイプシロンのキーパーはゼルなのだ。彼自身もイプシロンのトップクラスの実力者であることは間違いないのだけど、さすがにデザームほど化け物であるとは考えにくい。
つまりシュートを撃てれば入るかもしれないのだ。私の信条には反するけど。
コーナーからボールが打ち上げられる。
私のところには、警戒してか三人ものマークがついていた。
これじゃあ身動きが取れない。
しかしその分空きができる。鬼道君はその隙をうまく突いて、胸でボールを受け取ってみせる。
「いくぞ一之……っ!?」
連携しようと鬼道君は振り返る。
そこには口を三日月に歪めた悪魔のようなデザームの顔があった。
瞬間、すさまじいタックルをもらい、きりもりに転がって鬼道君は倒れ伏すこととなる。
「止めようとする勇者はこい! 臆病者は去るがいい! どちらにせよ、貴様らには等しい末路をくれてやろう!」
デザームが地を踏み締めたと思ったら、次には風を切り裂いて走り出していた。
尋常じゃない速度。
それと恵まれた体格を活かして、立ちはだかったディフェンス全てをことごとくなぎ倒していく。
もはやフェイントや駆け引きなんてものは存在しない。
あれは圧倒的な暴力だ。高速で進む新幹線を誰が生身で止められるというのか。
「っ、だけど、フィールドでも負けるわけにはいかないんだよっ!」
「ほう、この速度についてくるか。いいだろう、かかってこい」
デザームのスピードが相当なもので、追いつくのに時間がかかった。
前に回り込み、Uターンするようにあいつのもとへ走っていく。
そして。
殺人的な二つの蹴りが、ぶつかり合った。
「がぁぁァァ……ッ!!」
「いい蹴りだ。だが! 私にはまだ及ばない!」
旋風が吹き荒れる。
気がつけば私は大きく吹っ飛ばされて、地面に落ちた。
右足からは燃えるような痛みが感じられる。
押し負けた。
あのキック力。間違いない、あいつは……!
「こい! どんなシュートでも、弾いてみせる!」
「気をつけて円堂君! デザームはキーパーじゃない! そいつの本当のポジションは——」
「——グングニル!!」
デザームの足元が亜空間に繋がり、彼はそこへ吸い込まれるように落ちていく。そしてどこからともなく声が聞こえたあと、空中に開かれた亜空間の隙間から紫色の槍が飛び出した。
「——フォワードだよっ!!」
「正義の鉄拳! っ、なんだこのパワーは……!?」
信じられない光景を見た。
あの正義の鉄拳が押し負けている。それに連動して円堂君は両足を地面につけたまま、ズルズルと後方へ下がらされていく。
そして紫の槍を抑えていた拳が耐え切れなくなり、砕け散った。
私たちの目が見開かれる。
「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」
神槍はそのまま円堂君の腹部に突き刺さり、彼をゴールネットに押し込んだ。しかし勢いは収まらず、ボールはなお回転し続ける。それがようやく終わった時、円堂君はネットへの張り付けから解放されて地面に倒れる。
同時に甲高いホイッスルの音が二回なった。
前半終了だ。
「白兎屋なえの言う通りだ。私の本来のポジションはキーパーではない。フォワードだ」
デザームは倒れ伏す円堂君を満足げに眺めながら、ベンチへ去っていった。
♦︎
ハーフタイム中、誰も口を開こうとしなかった。
俯いて落ち込むばかり。
……無理もない。点が取れないばかりか、正義の鉄拳まで破られたのだ。今の状況はほとんど詰みに近い。
こういう時にみんなを励ましてくれるのは円堂君なんだけど……。
ちらりと横を見る。
彼は彼で、みんなから少し離れた場所で大介さんのノートと向かい合っていた。
結局、一番落ち込んでいるのは無敵と自負していたキーパー技が破られた彼なのだ。今みんなを励ませと言うのは酷だろう。
「……とりあえず、できる限りの作戦でいこう。今の相手のキーパーはゼルだ。俺にはあいつがデザームほどの実力を持っているとは思えない」
「デザームはいろいろな意味で化け物だからね。他のメンツと比べても頭一つ、いや二つは抜きん出ているように思えるよ」
キーパーにフォワード。
防御と攻撃。
相反する二つのポジションをどちらも完璧にこなせるということは、すなわち全ての環境で活躍できるということだ。たぶんあいつはディフェンスやミッドでも同じくらいの戦果をあげることだろう。
オールラウンダーとか大概にしろ。私が言えたことじゃないけど。
「そうだ。もしゼルの実力がデザームより劣っているのだとしたら、こちらにも勝機がある。後半戦はなんとしてでもボールをかき集めて、なえに渡すんだ」
「任せて。絶対にぶち抜いてみせる」
鬼道君の作戦に光明を見たのか、みんなの顔が少しだけ明るくなる。
本当はデザームと決着をつけたかった。
だけど仕方のないことだ。弱者が取れる選択肢は限られている。
とはいえ、相手も私にボールが集められることは承知の上だろう。みんなには悪いけどこの作戦、そう上手くいくとは思えない。
鬼道君もそれを知ってるのか、これ以上を特に話すことはなかった。
状況は絶望的。私でも突破できるかはわからない。
だけど、
彼が沖縄にいるのは確認できている。
彼が試合に出ないのは、まだその時じゃないからだろう。
だから待つ。
彼が来るまで持ち堪えてみせる。
それが約束だから。
来ない可能性は頭の中にはなかった。
私があの日見たイナズマイレブンが本物なら、彼は必ずこのフィールドに来てくれるはずだ。
信じよう、私の憧れを。
♦︎
主審に促されて、両チームがコートを入れ替えてそれぞれのポジションに着く。
「聞けぇい! 雷門中よ! もはや私の貴様らへの興味は失せた。よってこれからは貴様らを殲滅することに決めた! せいぜい恐怖で震え上がるがいい!」
「まーた勝手に決めちゃって。あなたの暑苦しいところはなえちゃん的にポイント高いけど、勝手にあれこれ言われるのはしゃくに触るんだよね」
ホイッスルが鳴る。
とたんに私たちの足がグラウンド中央でボールを境に衝突した。
衝撃波が吹き荒れ、砂煙が巻き上がる。
気がつけば私は空中に浮かんでいた。砂煙の奥に細長いシルエットが見える。
力じゃ私はデザームには勝てない。いや、総合的に見てもデザームは私より上だろう。
そんなことわかっていた話だ。今の私にできること。それは全力で足止めすることだ!
空中でひらりと一回転。体勢を立て直し、着地するとともに再び突っ込む。
対してデザームが選択したのは、前進。
今度は肩と肩がぶつかり合う。しかし均衡したのは一瞬で、スーパーボールのように弾き飛ばされた。
「ぐぅ……待てっ!」
必死にデザームに追いついて、今度は横から執拗にタックルをしかける。
だけども、ビクともしない。
こう見えて私ってかなり鍛えられてるから、パワーも相当あるはずなんだけどなぁ。ちょっとショック。
「諦めが悪いな」
「ありがとうっ、最高の褒め言葉だよっ」
なにせイナズマイレブンの代名詞みたいな言葉だからね。
デザームは短くため息をつく。そして体を少し私の方へ動かす。
それだけで、私はきりもみに吹き飛ばされて、地面に叩きつけられた。
「ゴハッ……!」
体の中の酸素が一気に吐き出される。
こうやって倒れている間にも、デザームはどんどんみんなを倒していく。
この状況で次の失点は絶対に許されない。
だから、このまま寝てるわけにはいかないんだよ……!
飛び起きて、すぐさまデザームの後を追う。
「いくぞ、二発目だ! グングニル!」
発動を止めることはできなかった。
邪悪な紫色の槍が、亜空間から発射される。
「やらせないよ! ザ・タワー!」
「ザ・ウォール!」
しかしみんなもただ黙ってやられるわけがない。
塔子と壁山はゴール前に立ちはだかり、それぞれの必殺技を発動する。
しかしそれですら無意味。
グングニルはまるでそこに障害物なんてなかったかのように、一切減速することなくその二枚の壁を貫いた。
「今度こそ……! 正義の、鉄拳!!」
再度衝突。しかし結果は変わらず、正義の鉄拳は砕かれて、ボールが円堂君の横を通り過ぎる。
「——やらせるかァァァッ!!」
なんとかゴール前に来た私は、ありったけの力を込めてジャンプし、ボールに体から飛びついた。
とたんに吐き出したくなるような衝撃。
腹部をえぐるような凄まじい痛みが走った。
だけど、これでもシュートの勢いは止まらず、私の体ごと押し込んでこようとしてくる。
だったら……これだ!
私は両腕と両足を伸ばして、それぞれを近くのパストとバーに当てた。これで勢いに押されることはなくなる。
しかしそれは同時に、腹を襲う衝撃が逃げ道をなくしたことも示している。
「ガァァァァァァ!! ……ァ……ぁ……!」
もう何十分こうして張り付けにされているのだろう。いや、もしかして何時間? とにかく、私にとってその数秒間は長く耐えがたいものだった。
ようやく回転が収まった時、私の体は重力に導かれて落下。受け身なんて取る力も残ってなく、そのまま地面に叩きつけられる。
「ほう……我がグングニルを止めてみせるとは。中々に潰しがいがあるな」
パクパクとデザームの口が動いているのが見えるけど、音が大きくなったり小さくなったりを急速に繰り返し続けてるせいで聞き取りづらい。
しばらくすると聴覚も回復してきて、頭がグワングワンする感覚が消えていく。しかし体は電撃でも流されたかのように痺れて動きづらくなっていた。
それでも……寝てるわけにはいかない。
必死に立ち上がり、震える足でボールを高く蹴り上げる。
前線ではカウンターを見越して一部の攻撃陣が走っていたのが見えた。
『ツインブースト!!』
「ワームホール!」
鬼道君と一之瀬の連携シュートは、ゼルから放たれた光の網に捕獲され、異空間を通じて空から地面に落ちる。
そうだよね。デザームがフォワードなのだとしたら、正規のゴールキーパーはあいつってことになる。技の一つや二つ使えても不思議じゃない、か……。
ボールがデザームに渡される。
デザームの当たりに誰も打ち勝てず、やつはあっさりとゴール前にまでたどり着いてしまった。
再三、紫の神槍が唸りを上げる。
「一人がダメなら二人!」
「二人がダメなら……全員でだ!!」
「みんなっ!」
鬼道君の掛け声のもと、動けるメンバー全員がグングニルの前に立ち、文字通り肉壁となった。
しかし神槍は無慈悲にも一人、二人と、次々みんなを吹き飛ばしていく。
「正義の鉄拳! くそぉっ!!」
最後尾にいた鬼道君が倒れたところで、今度は正義の鉄拳が神槍を抑えにかかった。
たしかに威力は落ちている。その証拠に、正義の鉄拳が持ち堪えている時間がさっきよりも長い。
しかし後少しのところで足りなかったのか、とうとうそれすらも砕けてしまう。
これでみんなが倒れた。あとは私一人のみ。
もちろん逃げる気はない。さっきと同じように、地を蹴って飛びかかろうとする。
その時気づいた。足が痺れているせいで、さっきよりも全然跳べなくなっていることに。
ボールはバースレスレの高さを飛んでいる。腹で止めようとしたんじゃ届かない。
だから私は、女性の武器ともいわれる顔を盾にした。
悲鳴を上げる暇さえない。
腹部に来た以上の痛みが襲い掛かった。
しかもボールの勢いは止まらず、私ごと進んでいき——後頭部がバーに激突し、鮮血が散ったところで弾かれた。
ハハ……手で触ってみるとすっごい感触。ネチャネチャした液体がべっとり手についてるよ。
なのに痛みを感じない。不思議だなぁ。
なんか頭が霧がかったみたいにぼんやりするけど、その状態のまま周りを見渡す。
雷門イレブンは一人として立っている者はいなかった。
……じゃあ、私が立たなきゃ。
「……ムッ、今のは重傷だと思ったのだが……尊敬の意を示そう。貴様ほどの選手と戦えて、私は光栄だ」
「まだ……終わってないでしょうが……。蹴る前に決めるのはよくないよ……?」
「なえ……!」
円堂君が心配そうな目でこっちを見てくる。彼も立ち上がろうとしてるけど、さすがにダメージがデカすぎて間に合わなさそうだ。
大丈夫だよ。私は約束を果たすだけだから。
「デザーム……勝負だよっ。私の最高の蹴りで、あなたのグングニルを撃ち返す……!」
「フハハハハッ! 最後の最後まで面白いことを言うではないか! いいだろう、欲しいならくれてやる! これが私の最高の——グングニルだ!!」
紫の神槍がこちらに迫ってくる。
これは通常の手段じゃ止めることはできないだろう。
だからゴメン、鬼道君、円堂君。
約束を破るよ。私のサッカー選手としての契りを守るために。
口笛を吹く。その音色が起動となり、地面から十匹もの赤いペンギン が空へと飛び出した。
足を後ろへ高く振り上げると、そいつらはそのギザギザした歯で次々と噛み付いてくる。とたんに、筋肉が膨れ上がるような感覚と熱が足に感じられた。
これが私の切り札……!
「皇帝ペンギン1号、Gィィィ5ゥゥゥゥッ!!!」
そしてそれを、全力で向かってくるボールにぶつけた。
紫の槍と私の足がせめぎ合う。
気を抜いたら……折れてしまいそうだ……!
まだだ。まだ私はいける……!
この闘志に応えるように、ペンギンたちの噛む力が強くなる。足からは血が噴き出し、本来聞いちゃいけないような音がする。
だけどその代わり、さらなるパワーが右足から溢れた。
「ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」
声と表現するのも躊躇われる雄叫びを上げて。
私の右足が、まっすぐに振り切られた。
そのシュートを、誰も目で追うことはできなかった。
デザームですら、気づいた時にはボールはもう通り過ぎていた。
赤と紫。邪悪な二色を纏って、ボールは空中に浮かびながらも地をえぐって進んでいき——。
「わ、ワームホー……ギィヤァァァァァッ!!」
ゼルを吹き飛ばし、ゴールネットを貫通して海に落ち、巨大な渦潮を発生させた。
皇帝ペンギン1号G5の再登場です。
円堂たちに禁止されてましたが、感想でまた撃ちそうって予想してる人が多かったですね。それぐらいなえちゃんの性格がわかってきたってことなのかな?