悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
「負けた、か……」
倒れ伏したまま、眼前にあるボールにデザームは手を伸ばした。
もはや立ち上がる気力すらない。
これから先の未来が彼にはわかっているのだろう。顔を俯かせたまま、凍りついたかのように静止している。
そんな彼に、私は手を差し出した。
「……なんのつもりだ?」
「なにって、起こしてあげようとしてるんじゃん。ついでに握手」
「私はエイリアだ。お前たちの敵だぞ?」
「ま、単刀直入に言っちゃえばそうなのかもね。でもさ、サッカーするのに人種は関係ないじゃん? たとえ地球人だろうが宇宙人だろうが、蹴るのが下手なやつは下手で、上手なやつは上手。そして楽しいボールを蹴るやつは楽しいって決まってる」
本心で、そう言ってやった。
たしかにイプシロンだってたくさんの学校を壊してきた。世間一般で見れば彼らは紛れもなく悪なのだろう。
彼らが蹴るボールには、熱があった。魂があった。
それだけで十分なんだよ。私がサッカー選手って認めるには。
デザームは目を丸くして私を凝視している。と、決壊したかのように笑い出した。
「フッ……フハハハハッ! 負けた、完敗だ。貴様には敵わん」
デザームは私の手を握った。
腕の力に任せて彼を引っ張り上げる。
手は握られたままだ。
「またいつか、やろうよ」
「……我々は」
「知ってるよ。組織の下っ端の最後がどうなるのかを」
帝国学園にいた時もそうだった。
私たちは呑気に命令を出す立場一方で、それを失敗した部下の処分は厳しく行った。
暗部の組織なんてそんなものだ。
私の一声で死んだり、人生を壊された人は数十人はいるだろう。
「ではなぜ……?」
「知ったうえで言ってるんだよ。あなたが強いことは身をもって知ってる。だから、いつか会えるのを信じてるんだよ」
「……そうか。そうだな。また、サッカーをしよう」
「うん、必ず」
デザームが愉快そうに笑う。
もー、至って私は真剣なんだけどなぁ。
怒った顔をしてみるけど、それは彼の笑いを増幅させるだけの結果で終わる。
そして次の瞬間、フィールド外で青い光が放たれた。
目を凝らしてその場を見ると、白髪の男が腕を組んで立っている。
「あーあ、お迎えかぁ」
「フッ、最後に貴様と話せてよかった」
名残惜しそうに、こちらに目を向けながらデザームは彼の仲間の元へ下がっていく。
そこでようやく、謎の男が口を開く。
『私はエイリア学園マスターランクチーム『ダイヤモンドダスト』のキャプテン、ガゼル』
その声は勝利を分かち合っている円堂君たちのもとにも届いた。
冷たく、機械を思わせるような口調。それなのに、まるでスピーカーを使っているかのように響き渡ってくる。
よく見れば、足元に置いてある黒と青のエイリアボールがピカピカと光っている。たぶんあれが声を拡散させているのだろう。
マスターランクチーム。聞き覚えのある名前だ。少なくとも、同じ階級に位置するであろう二つのチームを知っている。
『これが俺のチーム。『ザ・ジェネシス』っていうんだ』
『ああ。エイリア学園マスターランク『プロミネンス』のキャプテン、バーンだ』
ジェネシスとプロミネンス。
グランとバーン。
彼らと同じ階級ということは、あのレベルのチームがエイリア学園には最低三つあることが確定してる。
……いや、過剰戦力じゃね?
セカンドとファーストが一つずつしかないのに、なんでラスボスが三人いるんだよ。シナリオ考え直せエイリア皇帝陛下。
「ガゼル様……っ」
『今回の件でイプシロンは完全に用無しだ』
ガゼルは手のひらをまっすぐにイプシロンの人たちに向ける。
足元にあったボールが浮かび上がり、淡く輝き出す。
……ああ、やっぱりそうなっちゃうか。
一瞬足が動きそうになった。でもデザームがキザったらしい笑みを浮かべているのを見て、やめた。
あれは覚悟を決めた人の目だ。
私たちはサッカー選手だ。勝った者には日射しが差し込む一方で、負けた方は影に身を潜めることとなる。それを承知で戦ったのだ。勝者が敗者を助けることは、彼のその覚悟をも踏みにじることとなる。
だからせめて、私も笑ってやることにした。
こんなので喜ぶのかはわからない。だけどデザームは満足といった表情で目を閉じた。
それが最後に見た表情だった。ガゼルのエイリアボールが光を発してイプシロンを包み込み——収まった時には、全てが夢だったかのように跡形もなく消えていた。
『雷門中か。いい練習相手が見つかった』
いつの間にかガゼルの姿もなくなっている。しかしどこからともなく声だけは聞こえてきた。
それっきり、彼の声を耳にすることはなく、一連の騒動は幕を閉じた。
♦︎
豪炎寺君がチームを離れていた理由は、簡潔に言えば妹さんを人質に取られていたからだ。彼はずいぶん前からそのことで揺さぶりをかけられていたらしい。
そんで、それを察知したのがあの私たちを牢屋にぶち込もうとした鬼瓦刑事。
彼は理事長やらと連携を取り、妹さんを保護する日まで匿うことにしたらしい。土方はどうやら鬼瓦刑事と接点があったらしく、国の外れに位置するということも相まって宿泊先に彼の家が選ばれたというわけだ。
以上のことを私たちは豪炎寺君から聞かされた。
まあ、もちろん私は知ってたけど。
前に理事長が怪しいと思って部下たちに調べさせたら、見事にビンゴだったようで、あっさりそこら辺の情報を得ることが出来た。
腕のいい部下に感謝である。
んで、その豪炎寺君が現在なにをしてるかっていうと……。
「いったぞー!」
「真ファイアトルネード!」
「マジン・ザ・ハンド改!」
みんなとグラウンドでサッカーしてた。
イプシロン戦後なのに、元気いっぱいである。
なんか納得いかん。それくらい動けるなら私の盾代わりにでもなってくれたらよかったのに。
なんて愚痴が出てしまうのも仕方ないでしょ。なんせ私だけがベンチで横たわってるんだし。
「ねぇ。そろそろ私もみんなと……」
「いけません!」
「いやだって、私だって豪炎寺君とやりあいたい……」
「ダメです!」
「じゃあ、せめてこのガムテープを……」
「お断りします!」
見事な拒否三段活用である。
私の表現の自由どこいった?
なんか言おうとするたびに秋ちゃんからどす黒いオーラが出てくるので、とうとう最後まで言い切ることができないのだ。
怖いよこの人。普段優しい人が怒るとこんな般若みたいになるんだ。って思ってたら睨まれたのでサッと視線を逸らした。
目線で他のマネージャー組に訴えるも、夏未ちゃんからは自業自得とでもいうような冷たい目を、春奈ちゃんからは申し訳なさそうな目が返ってきた。
どうやら救いはないようである。
おう、ジーザス。
「ぶーぶー。豪炎寺君ほどじゃないけど、私だってこの試合の功績者なのに」
「約束破って禁断の技を使ったお仕置きです。これはチームみんなで決めたことです」
「だからって、ガムテープで簀巻きにしてベンチに転がすのはどうなの?」
「鬼道君がそうでもしないと乱入してきそうだからって」
「よしあのゴーグルぶっ殺すわ」
疑いがあるだけで女子をこんなんにするやつがどこにいるってのさ! 鬼かあいつ! ……いや『鬼』道だったわ。
とまあ秋ちゃんの言う通り、私は怪我の治療とペナルティという理由でサッカーを禁止されている。
まったく大袈裟なんだから。たかが一発でどうにかなるわけないのに。
とはいえこれ以上言うこと聞かないものなら後の関係に影響が出そうだったので、今回は大人しく従うことにした。
……それにしても暇である。
某どっかの黒の剣士が『他人がやってるゲームを側から眺めることほどつまらないものはない』と言ってたけど、まさにそんな感じ。
私だって豪炎寺君と遊びたいのに。
さっきの試合で黄金のオーラを纏う技術は格段にアップした。今ならジグザグストライクからムーンライトスコールにそのままつなげることもできそうだ。
彼にはその実験台になって欲しかったんだけど……まことに残念である。
「おーい吹雪! いったぞー!」
土門からのセンタリングが上がる。
しかしシロウはそれに反応することはなかった。
「……今のは」
シロウの目が揺れているのが見える。
あの目に私は幾度となく見覚えがあった。
あれは、ボールを恐れている目だ。
瞳子監督もそのことに気がついてしまったのだろう。顔に出すまいとしてるけど、相当困惑しているのがわかる。
サッカーはボールがあってこそ成立する。
そのボールを恐れるってことは……戦力にならなくなることを意味する。
「……解放してやりませんかね?」
「古株さん……」
「あのままいてもどうにもならんことは本人も承知のはずです。ここは北海道に帰して、サッカーから離れさせてやるべきじゃ……」
「ダメだよ。そんなのは絶対に認めない」
体に纏わりついてたガムテープを捨て、監督たちの前に立つ。
さすがに今のは聞き捨てならなかったので、少し本気を出した。すなわち関節を外して無理やり拘束を解いた。
けっこう痛いけど、そんなもん皇帝ペンギン 1号の反動と比べたら問題にもならない。それに、そんな痛みを気にしてる場合でもないしね。
瞳子監督がこちらを向く。
「これは感情論でどうにかなる問題じゃないのよ」
「知ってるよ。たしかにここに置いてたら、シロウはもっと傷つくだろうね。だけどここを去ったら、その苦しみを克服する機会を永遠に失うことになる」
「その根拠は?」
「ここには奇跡的にシロウが苦しみを克服できる要素が全て揃ってる。これ以上の環境はもうないと私は断言できるよ」
頼もしいキャプテン、比べられるライバル、支え合える仲間に優秀な監督。
それだけじゃない。染岡君やその他のみんなの思いが、このチームには詰まっている。そしてそれはたぶん、北海道の田舎町じゃどれも手に入れられないものだろう。
暗部のクソったれな世界で数多のチームを見てきた私だからこそわかる。このチームがどれだけ恵まれてるかを。
「それに、今このまま逃げたらシロウは絶対に後で後悔する。心に釘を打ち込まれたまま、苦しんで生きてくことになる。そんなのは本当にシロウのためにはならないよ」
雷門OBの人たちがいい例だ。
彼らは40年前に総帥との戦いを恐れて逃げ出してから、ずっとサッカーを忘れられずに生きてきた。調査の一環でその時の彼らの顔を見たけど、全然楽しそうには見えなかった。
仮に一時はしのげても、そんな人生で幸せになれるのか?
なれないに決まってる。
監督はずっと目を閉じながら私の話を聞いていた。
やがてゆっくりとそれが開かれ、グラウンドの方に向けられる。
彼女の光を失った瞳がなにを写しているのかはわからない。彼女はシロウを見ているのか、それともシロウとその周りにいるみんなを見ているのか。
「瞳子監督……」
「……認めたくないけど、同意見ね。彼が成長する機会はここにしかない。今しばらく様子を見ましょう」
「……ありがとう」
「礼はいらないわ。私が考えて私が決断しただけ。そこに外的要因はないわ」
ほんと素直じゃない人だ。
だけどこの件は瞳子監督自身にも言えることを、当の本人は気づいていない。
彼女は人間として完成し切っていない。そんな印象がある。
現に最初の頃は作戦内容も、考えも伝えないような監督だったらしい。
そんなんで監督が務まるわけがないが、今こうしてやれているということは彼女も変わってきているということなのだろう。
このチームで足りないものを得てきた。その無意識の自覚が、シロウが変われることを信じさせたのかもしれない。
「はぁ……ほんと、手間がかかるなぁ」
「わしとしては一番手間がかかるのはお前さんのような気がするんじゃが……」
うっさいわい。
第一私のどこが手間がかかるというのか。私は未熟な二人と違って、(大人の)英才教育を受けた立派なれでぃーだぞ。
そう反論してやったけど、この爺さんは微笑むだけで何も言ってこなかった。
だからその生暖かい目をやめてほしい。