悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
「うーし、んじゃ行ってくるわ」
目元に指を当てるキザったいポーズを取ってツナミは軽く言った。
うん、修学旅行に行くみたいな軽さだね。かつてこれほどペラッペラな別れの言葉があっただろうか。
しかしそれがツナミという男とわかっているので、大海原のみんなは特に気にすることはなかった。
青空を泳ぐカモメが数羽、私たちを祝福してくれてるように鳴いている。
そう、今日この日、私たちはいよいよ沖縄を発つのだ。見送りのメンバーには、他には土方とその兄妹たちがいる。
あー、とうとうこの海ともお別れか。
暑かったりいろいろ苦しいところもあったけど、なんだかんだで嫌じゃなかった。全てがひと段落したら別荘を買いたいよ。
大海原のみんながツナミと同じポーズを取る。
それを見て、私たちは船に乗り込んだ。
♦︎
船を降りたらイナズマキャラバンに乗り換え、ガタガタ揺られること数時間。
稲妻町のシンボルである鉄塔が見えてくる。
「ようやく帰ってきたんだな」
窓際の席に座ってる豪炎寺君が感慨深そうに呟く。
メンバーも一気に増えたので、席の位置にも多少変化があった。
前までは横一列に私とシロウが座ってたけど、そこに豪炎寺君が追加されてる。ツナミは今まで最後尾を占拠してた壁山のとなりだ。
壁山の寝相の悪さとうるささは折り紙付きだ。ご冥福をお祈りする。
「どうだ? これから河川敷にみんなで向かわないか? 俺今サッカーがやりたくてウズウズしてるんだ」
それはみんな同じだ。なんせ早朝出て十数時間身動きが取れなかったんだもん。体を動かしたくてたまらないのだろう。
「いいねいいね、やろうよサッカー。私も豪炎寺君とまだ殺れてないからさ」
「なえさんはダメです!」
「えー!?」
秋ちゃんそりゃないよ……。
こうなったら最終兵器だ!
見えないように目薬をさして、目をウルウルさせながら彼女を見つめる。
「うっ……だ、ダメです! 昨日の今日で怪我が治るわけないでしょ!次の試合の時に満足に動けなかったら困るのはなえさんなのよ?」
ぐっ……それを言われちゃおしまいだ。
まあ本調子じゃないのもホントだし、仕方がないか。
なんて渋々納得してたら、いつのまにか河川敷についていた。
飛び出すように私たちはキャラバンを降りる。
「よし、サッカーやるぞ!」
「お待ちなさい。まずは親御さんたちへの連絡と、この町に家がない人たちの宿泊先を決めるのが先よ」
「あー、母ちゃんに会っとかないとうるさいからなぁ」
仕方がないかと円堂君はうなずく。
「そういえばさ。前回私は簀巻き状態で雷門中に拘束されてたから知らないけど、塔子とかはどこに泊まってたの?」
「いや簀巻きってアンタ何してんねん……」
夏場なのにトランクというクーラーなし荷物ありの密室空間で干からびかけてました。自分でもあれはバカだったと今は思うね。弱体化しすぎて全く抵抗もできずにふん縛られたほどだもん。
まあすぐに脱出したからいいけど。
ちなみにその日の宿泊先はイナズマキャラバンの上である。
夏の大三角形が綺麗だったとでも感想を言っておこう。
「あたしたちは円堂んちに泊まったよ」
「あらやだ奥さん。いつのまにかそんな関係に?」
「なってるわけないだろこのスカポンタンっ!」
「もんぶらんっ!?」
スカポンタンって、きょうび聞かないなぁ……。
塔子に拳骨を落とされて、うずくまる私。
ぐっ……平和主義の日本の総理大臣の娘がこんなんでいいのか?
「暴力反対! 力じゃ何も解決しないよ!」
「思いっきり悪人のあんたに言われたかないよ!」
そういえば私犯罪者だったね。あっはっは。こりゃ一本取られた。
なんて褒めてあげたら、また拳骨落とされた。
解せぬ。もしかしてこれがうわさのツンデレってやつなのかもしれない。
「とにかく、ツナミたちもうちへこいよ。母ちゃんの肉じゃが、最高にうまいんだぜ?」
「俺、肉じゃが大好きです!」
「残念やけどうちはダーリンちに泊まるわ。なぁ、ええやろダーリン〜」
「え、えぇ……」
か、かわいそうに。
おまけに彼、アメリカからこっちに来てる関係上一人暮らしなので、必然的にあの悪魔と二人っきりで寝ることになる。
私だったら絶対に耐えられない。
一之瀬は頼みの綱とでもいうように土門に目線を向けるけど、彼は悲しい顔でサムズアップするだけだった。
裏切り者ぉ! という叫びが聞こえたけどみんな無視する。
だってアレに関わると面倒なんだもん。
「じゃあ、さっそく行こうぜ」
「おー! レッツ肉じゃが!」
「……なえ、お前は東京中に宿泊場所複数持ってるだろう?」
「鬼道君、それは言わないお約束だよ」
たしかに私はこの東京にいくつかのアジトを持っている。
しかーしだ!
合法的に円堂君んちに泊まれるのだよ? ホコリ臭いアジトなんかより数百倍いいに決まってるじゃんか!
そうやってワイワイ揉めてると。
——河川敷のグラウンドに、突如重たい何かが落ちてきた。
いきなりのことで私たちは動揺する。
グラウンドにはクレーターができており、その中心部には黒と青のつい先日見たエイリアボールがめり込んでいる。
ボールは急に光ると、くぐもった声を発する。
『雷門イレブンよ、我々は『ダイヤモンドダスト』。我々は君たちにフロンティアスタジアムにて試合を申し込む。来なければ、黒いボールを無作為に落とす』
「エイリア学園……もう来るなんて……!」
「無作為ってなんなんスか?」
「デタラメにってことだよ」
「デタラメ……えぇぇぇっ!? そんなことになったら東京は……!」
「間違いなく崩壊する」
普段扱ってるから、エイリアボールの破壊力は誰よりも知ってる。
エイリア学園の中でも最高クラスの選手が撃てば、ビルすらも崩壊させることが可能だろう。そんなものが雨みたいに建物の多い東京に撃たれたら、死人も出るし何もかもがおしまいだ。
戸惑っているみんなに対して、瞳子監督の決断は早かった。
すぐに私たちに指示を出してくる。
「みんな、聞いての通りよ。残念だけど、今すぐフロンティアスタジアムに向かいます」
『はいっ!!』
私たちは急いでキャラバンに乗り込み、スタジアムへ向かった。
♦︎
『フロンティアスタジアム』。
それは本来ならFFの決勝戦の舞台となる場所であった。
しかし今年度は違う。総帥がゼウススタジアムとかいう空中要塞を決勝の地に変更したからだ。しかも喧嘩を売るように、わざわざフロンティアスタジアムをヘリポートにしてまで。
スタジアムを設立した者はハンカチを噛みしめて泣いたことだろう。
とまあどうでもいいことを考えながら、人工芝生に足を踏み入れる。
無事に到着したのはいいけど、肝心のダイヤモンドダストなるチームの姿はどこにも見当たらない。
呼び出しておいて遅刻とか、どんな高等技術だよ。総帥以外にそんなクズみたいな嫌がらせをする人がいたとは。
なんて思ってたら、相手側のベンチが青い光に包まれて、それが消えたころには十数の人影がそこにあった。
「来たね、雷門イレブン。君たちに凍てつく闇の冷たさを教えてあげるよ」
ドヤ顔で手のひらを突き出してポーズを取るガゼル。
冷たい風が吹いて、静寂がしばし訪れる。
いや……もう今のでお腹いっぱいです。寒すぎてお腹壊しちゃいそう。
そのあまりに痛々しい……いや思春期らしいセリフに、私たちはどう返してあげたらいいのか困惑する。
そんな中先陣を切ったのは、我らがキャプテンである円堂君。
「冷たいだとか熱いだとかそんなのは関係ない! サッカーで町をムチャクチャにしようなんてやつらを俺は許さない!」
素晴らしい回答だ。
相手を傷つけずに、なおかつ単刀直入に宣戦布告してる。
さすがは円堂君! 私たちにできないことを平然とやってのける! そこに痺れる憧れるゥ!
ガゼルは気遣われたことにも気づかずに、自分たちのベンチへ戻っていく。
そこで瞳子監督から今日のフォーメーションが発表される。
豪炎寺君が加わったことで、このチームのフォワードは三人になっている。それを考慮してのフォーメーションだろう。
ちらりとベンチに座っているシロウを見る。
彼はもちろん試合には出ない。ボール自体が怖くなってしまっているのだ。到底エイリアと戦うなんてことはできないだろう。
そのことに若干の寂しさを感じる。
「みんな、相手は未知の敵よ。十分注意しなさい」
『はいっ!』
伝えられたフォーメーション通りに配置につく。
そしてホイッスルが鳴って、試合が始まる。
とたんにダイヤモンドダストの選手たちは、モーセの海の如く左右に分かれてゴールへの道を作った。
「なんだと……?」
「これは……撃ってこいって言ってるのかな?」
これには私たちも困惑。
一見無防備にも見えるこのフォーメーション。だけどうかつに踏み込んだら、左右の選手たちに挟まれておしまいだろう。
しばし迷ったあと、豪炎寺君とアイコンタクトを交わす。
私はボールを横に転がし、それを豪炎寺君が蹴った。
風を突き抜けながら、ボールは左斜め上へ。
だけど相手キーパーは跳び上がると、片手でそれを止めてみせる。
しかし彼はそこで終わらないで、まっすぐに雷門ゴールへ向かってボールを投げつけてきた。
円堂君はそれを危なげなくキャッチ。
この行為になんの意味があったかと問われれば、パフォーマンスとしか言いようがないだろう。
しかしロングとはいえ、豪炎寺君のシュートを片手で止めてみせたことと、ゴールからゴールへまっすぐボールを投げつけられたことだけで相手のキーパーの実力がかなりのものであることがわかる。
おまけに、各選手たちの動きも速い。
円堂君が誰かにパスしようとした時点で、ミッド・ディフェンス陣のほぼ全てにマークがつけられていた。
退屈しなさそうだよ……ほんと!
「円堂君こっち!」
「っ、よし、頼んだぞなえ!」
身近の選手がマークされているのなら、動けばいいだけだ。
ダイヤモンドダストのマークをすり抜けて、ボールをいただく。
とたんに囲まれたけど……それは他のマークが外れたということ。
「土門!」
「塔子!」
「ああ、任せと……」
連続してパスをつなげていく。
しかし塔子が胸でトラップしようとしたその時、仮面を被った少女が塔子の前に現れてインターセプトした。
たしか名前はリオーネだっけか。
彼女はそのまま素早くボールを浮かすと、オーバーヘッドキックでパスを出す。その軌道の先にはガゼルが走り込んでいる。
「お手並み拝見といこうじゃないか!」
ガゼルはそのままダイレクトでボールを撃ち込む。
コースは真ん中。そこにはもちろん円堂君が待ち構えているけど、ボールをキャッチした時、彼の体はラインギリギリまで下がらされた。
「っ、ビリビリくるぜ……!」
円堂君にはまだ余裕がありそうだ。
ダイヤモンドダストの戦力分析はあらかた終わった。
結論として言ってしまえば、彼らは強い。しかしそこに絶望的な差があるわけではない。
もちろん相手がまだ全力を出してないのは一目瞭然だ。しかしそれを考慮しても、最低で七割程度は出していると私は考えている。
チャンスは相手が手を抜いている序盤。
だけどその手を抜いてる状態でこちらと同等以上に渡り合ってきているので、なかなか隙をつくことは難しいだろう。
しかしやらなくては。
再びボールをもらい、走り出す。
ガゼルがその前に立ちはだかった。
「やあ。君にも一応興味があるんだ。楽しませてくれよ」
「宇宙人にモテても嬉しくないんだけど、ねっ!」
高速で動き回り、私たちはせめぎ合う。
フェイントを混ぜ、肩などをぶつけ、ボールを動かし、しかしそれでもガゼルを抜くことは難しい。
別段ガゼルのディフェンス能力が優れているわけではない。いや、ガゼルは他と比べると十分ディフェンスもできているのだけど、フォワードの時ほど突出してはいないのだ。
じゃあなんで苦戦してるかっていうと、体中からギシギシ悲鳴をあげる筋肉のせい。
皇帝ペンギン1号には撃つ回数の目安がある。
それは一試合に最大二回。これが限界だ。
そして普通この技を使うほどの試合というものは、そうポンポンあるわけではない。短くても試合というものは一、二週間に一回ぐらいしかないのが普通だ。
だけどイプシロン戦があったのは昨日の出来事。
ここまで言えばわかると思うけど、要するにあの時のダメージが完全に抜けていないのだ。
動作をするたびにミシミシ嫌な音がする。たった一回、されど一回。全身が肉離れをしたような痛みが昨日の今日で消えるわけがない。
それでもスタメンに選ばれているのは、この状態でも他のみんなより動けるから。
しかしガゼルを相手取るには、さすがに足りていないのは明白だ。
「まったく、エイリア学園もよっぽど余裕がないように見えるねっ!」
「時間をかけていたら他の二人がどう動くか予想がつかないからな。なら手っ取り早く雷門を潰して、我らダイヤモンドダストの功績の一つにしてやるまで」
ふむ、どうやら同じエイリア学園といっても一枚岩とはいかないようだ。彼の口ぶりからバーンやグランとはさほど親しいわけではないのが伺える。
「もらった!」
ガゼルの足が一閃。槍のように突き出されたそれはボールを私の元から弾く。
彼はその後ペナルティエリア外でのシュートを撃つ。
今度もすごい威力だったけど、円堂君はキャッチしてみせた。
「へぇ、思ってた以上はやるじゃないか」
そんなことを言ってるけど、ガゼルは全然驚いているようには見えない。
その様は本気を出せば得点できると言ってるようであった。
その余裕、絶対引っぺがしてやる。
今度も自分から円堂君の方へ近づこうと思ったけど、二回もパスされてちゃ対策もされるものだ。私の方にガッチリマークがついている。
これじゃあ身動きが取れないので、仕方なく円堂君はちょうどフリーになっている小暮にボールを回す。
その小暮から鬼道君へ。
そこへリオーネとはまた違う、仮面をつけたドロルという男がやってくるが、
「イリュージョンボール改!」
「なにっ……!?」
鬼道君十八番の必殺技が炸裂。
ボールは三つに分裂し、ドロルが戸惑っている隙にパスが出される。
受け取ったのはリカだ。
ミッド陣も突破し、残るはディフェンスだけ。
リカが意気揚々と突っ込んでいく。
しかし遠目から見えたのは、岩のような巨大な体を持った男ゴッカが、見た目に似合わない速度で走っている光景だった。
彼はその勢いを利用し、スライディング。その突き出した足が氷を纏い始める。
「フローズンスティール!」
「きゃぁぁぁっ!!」
「リカっ!」
まずい。あの巨漢のスライディングをまともにもらっちゃったぞ。
リカはまるでボールのように数メートル吹き飛ばされ、足を押さえたまま地面に横たわる。
勢い余ってボールがラインを超えたのを見計らって、私たちは彼女のもとへ駆けつける。
「くっ、うぅぅぅ……!」
「私が運ぶ。ベンチで応急処置の準備をしといて」
うめくリカは自分じゃ立ち上がれないほど重傷だった。
担架を待たなくても、私なら女性一人運ぶことはわけない。慎重にお姫様抱っこをして、ベンチ近くの地面に下ろす。
春奈ちゃんがソックスを脱がす。そこで露わになった肌は青く、大きく腫れていた。
「これは……!」
骨折とまではいってないものの、これじゃあ試合復帰は無理だろう。
とはいえ、そうホイホイと入れ替えられるほどうちのメンバーは充実していない。
ちらりとベンチを見る。残っているのはシロウと立向居とメガネ君。シロウは試合に出れないし、他の二人もダイヤモンドダストを相手にするにはあまりに力不足だ。
瞳子監督もそう思っているのだろう。珍しく、熟考している。
私だったら、フォワードを二人に減らして『ベーシック』のフォーメーションにするかな。それが一番バランスがいい。ただしそれは交代で入ったどちらかが作ってしまうであろう隙を埋めやすい、という意味ではあるけど。
この案を採用すれば攻撃力は減り、さらに防戦一方になってしまう。
そしてそれはいつか破られてしまうだろう。いつまでも手を抜いてもらえるほど、彼らは甘くない。
苦渋の決断というわけか。
瞳子監督は迷いに迷った末、立向居の方へ顔を向ける。
そして選手交代を宣言しようとしたその時——
——天から一つのボールが落ちてきた。
怪訝に思う私たち。その軌跡を追おうと頭を上げ、そして驚愕する。
落ちてきた、というのは不適切だ。
それは紛れもなく降りてきた。
白い翼を生やし、黄金の長い髪を揺らしながら彼は顕現する。
『アフロディ』。
ゼウスの副キャプテンが、ボールの上に舞い降りた。
忘れている人もいるかもしれませんが、この作品においてアフロディはゼウスの副キャプテンです。キャプテンはもちろんなえちゃんです。