悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです   作:日差丸

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革命の風

「円堂君、あなたにはゴールキーパーをやめてもらいます」

 

 何言ってんだこの人?

 もう一度言おう。何言ってんだこの人?

 

 突然の発言に円堂君はあんぐりとしてる。聞いてた私たちの思考も一瞬停止した。

 稲妻町に帰るイナズマキャラバンに乗る前。瞳子監督から発せられた言葉は私たちを困惑させた。

 

「え、えーと、もう一回プリーズ。念のため」

「円堂君にはキーパーをやめてもらいます」

「ふぁっ!?」

 

 将棋か!? いや正気か!?

 円堂君キーパーやめるって、桐島が部活やめるノリじゃないんだぞ? そもそもそれになんの意味が……。

 しかし意外にもその突拍子もない意見に賛同したのは鬼道君だった。

 

「俺はありだと思う」

「どういうこと?」

「円堂が前に上がることで雷門の攻撃力はさらに増す。しかしそれは同時に防御を失ってしまう諸刃の剣だ。今後はこれが雷門の弱点になるだろう」

 

 なるほど……今日の試合みたいなことか。たしかにあれは肝が冷えた。勝負は時の運とはいえ、毎回毎回あんなハイリスクな博打やってたんじゃ身が持たないのも確かだ。

 

「つまり、円堂君をフィールドプレイヤーにするってことかい?」

「そうだ。弱点は克服せねばならない」

 

 アフロディの声に鬼道君はうなずく。

 でも、円堂君ってフィールドプレイヤーの経験はなかったはず。それくらい私の中では円堂君=キーパーというイメージがある。

 身体能力は十分だけど、どこに置くつもりなんだろ。

 肝心の円堂君もそれは疑問に思ったようで、鬼道君に聞いた。

 

「円堂、お前はリベロになれ」

「リベロ……?」

 

 おおっ、これはまた意外な名前が出たものだ。

 ツナミが首を傾げてるが、サッカーを始めて日の浅いから仕方ないだろう。なにせ滅多に聞ける言葉じゃない。

 ……って。

 

「反対反対反対! ぜーったいにはんたーい!」

 

 さっきからなに頷いちゃってるんだ私は! 円堂君はキーパーしてるのが素敵に決まってるじゃんか! キーパーじゃない円堂君なんて円堂君じゃない!

 たしかに理屈はわかる。でも嫌なものは嫌なのだ。

 それに……。

 

「なえ……お前の気持ちもわかるが、雷門は生まれ変わらなくては——」

「円堂君がキーパーやめちゃったら、誰にボール撃ち込めばいいのさ!?」

「いや、エイリアに撃てよ」

「……お前の心配をした俺がバカだった」

 

 なんか理由言ったら一気に冷めた目で見られた。

 いやだってさ、私レベルになると練習付き合ってくれる人なんてそうそういないんだぞ? 嫌な顔一つしない円堂君はそういう意味じゃ絶好のパートナーだったのに……。

 

「こいつは無視するぞ。円堂、お前はどうする?」

「……決めたぜ。俺、リベロやるよ。そして生まれ変わってみせる!」

「いーやーだー!!」

「はいなえ、君はこっちに行ってようね」

「もがっ!」

 

 後ろから忍び寄ってきたアフロディに口にハンカチを詰め込まれる。

 むぐっ、これは……また睡眠薬……!?

 いかん、頭がぐわんぐわんしてきた……。

 

「うっ、力が……!」

「意識を失わない程度の薬だから安心して。もっとも、さっきみたいに騒ぐことはできないだろうけど」

 

 くそ、あれ絶対総帥印のやつでしょ。裏社会の一員でもないアフロディがこんな薬持ってるなんて、絶対そっちのルートでしかありえない。

 神のアクアは拒否するくせにそっちだけはサラッと持っておくなんて……。

 

 そうして薬に苦しんでる間に、円堂君がキーパーをやめることは確定してしまったようだ。

 おのれアフロディ許すまじ。

 

「なぁ、リベロってなんだ?」

「リベロとはイタリア語で自由を意味する言葉です。サッカーでは主にディフェンスをしながらも攻撃に加わる選手のことを指します。似たような例でなえさんがいますが、彼女はフォワードでありながら守備にもまわるという世界的に見ても非常に珍しいタイプです」

「うーん、違いがわかんねーぞ?」

 

 解説どーもメガネ君。

 まあぶっちゃけ言うと、私と普通のリベロはそこまで違いはない。あるとすれば初期位置がフォワードかディフェンスかぐらいだろう。

 円堂君はバランスのいい筋肉をしてるため、たしかに合ってるかも。問題はキーパーを長年やってきたせいでの体力の不足だけど、そこは死ぬほど走り込めばどうにかなるだろうし。

 

「でも、キーパーは誰がやるんだ?」

「そりゃ……」

 

 ババっとみんなの視線が一方向に向けられる。

 その先にはぽかーんと口を開けている立向居がいた。

 

「え、えっ!?」

「そっか。立向居がいたか!」

「えぇぇぇっ!?」

 

 驚いとる驚いとる。

 立向居の絶叫を無視して、円堂君は彼の肩に手を置く。

 

「でも立向居で大丈夫なのか?」

「心配すんな。それに俺、感じてるんだ。こいつは絶対スゴいやつになるって!」

「え、円堂さん……!」

 

 円堂君、また無意識に惚れさせちゃってるよ。立向居めっちゃ目ウルウルさせてるし。

 でもまあ、たしかに立向居には私も無限の可能性を感じていた。

 いくら見本があったとはいえ、マジン・ザ・ハンドを数日で完成させたそのセンスは相当なものだ。彼ならば円堂君を超えることももしかしたらできるかもしれない。

 

「やってくれるか、立向居?」

「はい! 俺、精いっぱい雷門のゴールを守ってみせます!」

 

 お、おう……。立向居もやる気満々だし、もうこりゃ無理かも。

 はぁ。仕方がないか。私じゃ円堂君がキーパーをやめる以外の解決策を思いつけないからね。代案も提示できないやつにはあれこれ反対する資格はない。

 それに立向居は私の弟子みたいなものでもある。私だって弟子の成長は見たいし。

 渋々。ほーんとうに渋々だけど。私は心の中で納得することにした。

 

「これぞまさしく革命! アフロディ君のフォワードに立向居君のキーパー、そして円堂君のリベロへの転向! 新生(セカンド)雷門の誕生です!」

新生(セカンド)雷門。いいなそれ! よし、俺たちは今日からセカンド雷門だ!」

『おうっ!!』

 

 みんなの声が、気持ちが一つになる。

 円堂君だけじゃない。それはまるでみんなが新しい自分になることを決意したようで、その目には強い意志が宿っている。

 こうしてセカンド雷門が誕生した。

 

 

 ♦︎

 

 

 日も暮れて、空が黄昏色に燃え上がっているころ。

 稲妻総合病院。その屋上に二人の男が向き合っていた。

 

「また一緒に、風になろうぜ」

「……うん!」

 

 その二人とは染岡君とシロウ。二人はここでさっきまでお互いを励まし合っていたのだ。心なしか最近硬くなっていたシロウの表情も柔らかくなっている。

 彼が扉を開け、階段を降りていくのを感じてから、私は一気にフェンスの上に飛び乗る。

 

「バァ!」

「うぐおわぁぁっ!! って、いてぇぇぇっ!!」

「あっ」

 

 爽やか岡さんになってるところで後ろから声をかけたら、思いの外彼は驚いてその場から飛び上がった。

 そんで着地と同時に野太い悲鳴が響く。

 ……やばい。どしよ? なんか染岡さんうずくまりながらもメッチャプルプル震えてるし。しかも背中から負のオーラっぽいものがどんどん溢れてきてるんだよね。

 

「なえテメェゴラァァァッ!!」

「もんぶらんっ!? あ、頭はダメェ! バカになっちゃうぅ!」

 

 ギャァァッ! こめかみが、こめかみがぁぁ!

 染岡君のアイアンクローは、外見だけならフェアリータイプな私にとっては効果抜群だった。

 メッチャメキメキ音立ててるし。少なくともこれは人体が出していい音ではない。

 頭が圧迫されること数十秒。握力が弱まってようやく逃れた時には息も絶え絶えになっていた。

 

「ハァッ、ハァッ……死ぬかと思った……」

「こっちは魂が飛び出そうになったわ! というかどこに隠れてやがった!」

「屋上近くの壁に張り付いてた」

「警備員呼んでいいか?」

「わーそれはご勘弁を!」

 

 人間じゃねぇとか呟かれたけど、失礼な。壁に十数分張り付くなんてちょっと握力鍛えれば誰でもできるわ。まあ突起部分がなかったから、ちょこっと壁に十個ほど小さい穴開ける結果になってしまって苦労したけど。

 

「んで、今日はなんのようだ?」

「近況報告だよ。一応私は染岡君の代理で雷門に入ってるつもりだし」

「けっ、俺よか強ぇのによく言うぜ。試合全部見てるが、俺じゃあそこまでできねぇよ」

「でも、シロウを守れなかった」

 

 たしかに戦力としては貢献できたかもしれない。しかしシロウの精神が不安定なことに気づきながらもなにもしてあげられなかった。

 その時のことを思い出し、彼にバレないように拳を握りしめる。

 

「はぁ、どうすれば円堂君みたいにできたのかなぁ」

「俺に聞くな俺に。俺だってそういうのは得意じゃねえんだ」

「まあ染岡君に期待はしてないけど」

「オイ」

 

 いやこのヤクザみたいな人にそんな器用なことができるとは思えないし。むしろ人を安心させるどころか怖がらせてそう。

 そんな私の心の呟きを感じ取ったのか、彼の額に青筋が浮かぶ。

 しかしそれも少しのことで、何かを考えるような素振りを見せたあと彼は大きく息を吐く。

 

「俺は……無理に円堂にならなくていいと思うぜ」

「ん?」

「うまく言えねぇけどよ。円堂は円堂で、お前はお前だろ? どっちにもいいとことか悪いとことかあって、そういうのって真似できるもんじゃねえだろ」

 

 まあ、たしかに。

 他人の真似ほど難しいことはない。なにせ別人である以上自分とは違う思考や信念を持ってるからだ。そんなことが簡単にできるのならクローンなんてものは考えられたりしない。

 

「もっと自分に自信持てよ。お前は白兎屋なえだ」

「……ちょっと言ってもいい」

「おう、なんでも聞け」

「今のって絶対に円堂君の言葉だよね?」

「……」

 

 さっきまでドヤ顔だったのに、言い当てられたとたん気まずそうに顔を逸らす染岡君。

 やっぱりね。こんなくさいセリフ彼の口から出るとは思えないもの。

 私はニヤニヤしながら沈んでる彼に声をかける。

 

「ふふ、ねえねえどんな気持ち? カッコイイセリフがパクリってあっさりバレたのどんな気持ち?」

「うるせぇ! 人がせっかくアドバイスしてやってるってのに、この!」

「アハハハハッ!!」

 

 染岡君が腕を振り回してくるも、当たらない。見よこの華麗なステップを!

 ……ってうぉっ!? 松葉杖振ってきたぞこの人!?

 

「ちょい待ちちょい待ち! さすがに危ないって!」

「どうせ当たらないんだろうが!」

 

 いやまあその通りなんだけども。

 どうしよっかこれ。さすがに怪我人相手に組みつくのはどうかと思うし。しょうがないからこのままずっと避け続けるか。

 入院暮らしをしている染岡君の体力と筋肉は以前に比べて格段に落ちている。やがて松葉杖を持ち上げる腕が痺れていき、そのころにはもうまともに攻撃することはなくなった。

 それで彼も正気に戻ったようだ。呼吸を整えてからはもう松葉杖を振り回すことはなくなった。

 これならもう殴りかかってくることもないでしょ。ちょうど立ってるのも疲れたので、彼が使ってるのとは別のベンチに座り込む。

 彼はしばらく経ったあと、語り出す。

 

「俺にも今のお前みたいなこと考えてた時があったんだ。豪炎寺みたいになりてえ、あいつみたいになって点を決めてやりてえってな」

「豪炎寺君に嫉妬心満載のころだから……尾狩斗戦ぐらいの時かな?」

「なんでわかんだよ。……まあいい。ちょうどその時円堂と練習して、焦ってた俺にあいつが言ったんだ。『豪炎寺になろうとするな。お前は染岡竜吾だ。お前にはお前のサッカーがある』ってな」

 

 それから彼は豪炎寺君のことを忘れてひたすら自分を磨きあげることにしたらしい。その果てで完成したのがあの『ドラゴンクラッシュ』なんだとか。

 目を閉じると不思議とその光景が浮かんだ。初めての必殺技が完成して笑顔で笑う彼と、まるで本人のようにそばで喜ぶ円堂君の姿。

 そういえば、私も初めて必殺技ができた時はシロウとアツヤの三人で喜んだっけ。

 

 彼と私は少し似てるのかもしれない。

 そう少しだけ思って、噴き出した。

 

「ふふっ」

「な、なんだよ……お前の笑いは正直なにか企んでそうで怖いんだよ」

「なんでもなーい」

 

 どうしてイカツイ顔の彼と私が似てると思ってしまったのか。改めて考えると髪色以外なんの要素もかぶることがないのに気付いて笑ってしまっただけだ。

 ひとしきり笑ったあと、私はまたフェンスの上に飛び乗る。

 

「今日は笑わせてもらったよ。さすがは雷門のボケツッコミ担当」

「一人漫才師みてえに人を言うんじゃねえ!」

「……ま、ありがとね」

 

 それ以上をはずかしいので、ささっと飛び降りた。風を一身に浴びながら壁を蹴ったりして減速していき、無事に着地する。

 私は私か……。そりゃそうだよね。なんでそんな当たり前のこと忘れてたのやら。

 あまりにバカバカしくなって、歩きながらも一人笑う。

 けど、心だけは何故だか軽くなった気がした。

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