悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
その電話は唐突だった。
電話は秋ちゃんから。なんの理由も話されず、とにかく雷門中に向かってほしいとのこと。
それで駆けつけたところ、校舎前では瞳子監督とみんなが対立するように左右に分かれて口論していた。
いや、どっちかというとみんながあれこれ言って、それを監督が黙って聞いている感じだ。ありたいに言っちゃえばよく見る光景だね。
「みんなどったのー? まーた監督がなんか空気読めない発言したー?」
「おうなえ聞いてや! こいつスパイやったんや!」
「スパイス? たしかにそれは酸っぱいねぇ」
「誰も香辛料の話しとらんやろがっ!」
「もんぶらんっ!?」
あたた……。本気で叩くなんて……さすが関西、いいツッコミだ……。
その後見かねた秋ちゃんが状況を説明してくれた。
「えーと、要するに? グランがやってきて、瞳子監督のことを『姉さん』って呼んでたってこと?」
「せやせや。敵と繋がってるなんて、どー見たって裏切り者やないかい!」
「ふーむ……ツッコミ担当の彼女はこう言ってるけど、土門はどう思うの?」
「……なんで俺?」
「だって貴方本職じゃん」
「ぐふっ!?」
『どもーーーんっ!!』
ああ、土門が死んだ! この人でなし!
どうやらこの話は彼にとって最も封印していたい記憶であるらしい。つまりは黒歴史。それをほじくり返してしまったわけだ。
ちなみにそのスパイをさせてたゴーグルの元上司は非常に申し訳なさそうな顔をしてた。
「——とまあ冗談はさておき、なんか言うことあるんじゃないの監督?」
「……たしかに私は貴方たちに話していない秘密が多い。だけど今は待ってほしいの」
それはなんの説明になっていない。そういうのは野暮だろう。それがわかっていない監督ではない。
みんなの疑問の視線を押し退けて、彼女は淡々と言葉を紡いでいく。
「明日みんなには私と一緒に富士山についてきてほしい。そこで全てを話すわ」
「なんで富士山なんだ?」
「そこにエイリア学園がいるからだろう」
『……っ!?』
ツナミの質問に鬼道君が答える。
みんなの息を呑む音が聞こえた。
なるほど、つまりは最初からアジトがどこなのかは知ってたってわけか。それを政府に流していたら爆撃かなんかして一気に片がついたかもしれないのに。
「出発は明日の朝8時よ。それまでに準備を整えておいてちょうだい」
それだけ言って、瞳子監督は去っていった。
その背中が見えなくなったところで、溜まっていたみんなの不満が爆発し出す。
「準備しろって言われても……」
「そんなの、信用できるわけないやん……!」
「結局、監督は俺たちに何も教えてくれなかった……」
まあみんな文句も言いたくなるよ。特に一之瀬の怒りは顕著で、拳を握りしめて誰よりも多く言葉を発した。
「俺だって今回の戦いは疑問がいっぱいあった。それでもついてきたのは、エイリア学園にやられたみんなの思いに応えたかったからだ。なのに……なのに、監督には俺たちの思いなんてちっとも届いていないんだ……!」
「ダーリン……」
「俺は……俺は、こんな気持ちじゃ富士山になんていけない!」
吐き捨てるように一之瀬はそう言った。それに同調し、土門をはじめとする一部からも同じような意見が湧いてくる。
もちろんそれを良しとしない人たちもいて、その筆頭である円堂君は必死にみんなを呼び戻そうとしている。
「迷う必要なんかない。富士山に行けばエイリア学園の全てがわかるんだぜ? だったら行くしかないだろ!」
「待て円堂。これは非常にデリケートな問題だ。勢いだけで決めるのはよくない」
「だけどよ……」
「幸い時間はある。一日待とう。そして覚悟を決めることができたやつだけがここに来ればいい」
「……そうだな」
他のみんなからも異論はなかったので、鬼道君の提案を採用することとなった。
まあ一之瀬なんかは『いくら時間をもらったって考えを変えるつもりはないよ』とか毒吐いてるけど。まあなんだかんだでいい性格してるから来るでしょうきっと。
それを聞いて若干心配そうな顔をしている円堂君の両手をギュッと握る。
「安心してね円堂君! 私はどれだけ人数が少なくても、必ずついていくから!」
「そうか! 頼りになるぜ!」
「……その心は?」
「ぶっちゃけ真実とかどうでもいいから、早く楽しいサッカーがしたいなぁ……」
『……』
鬼道君に乗せられて本音が出てしまった途端、みんなの目線が残念なものを見るようになった。
えぇ……なんでぇ……? 一之瀬よりも酷い反応じゃないこれ?
「はぁ……とりあえずこの馬鹿は放っておいて、今日は解散するとしよう。各自、悔いのない選択をしてくれ」
「あ、馬鹿って言った! 帝国学園で首席取ったこともあるこの私に馬鹿って言った!」
「世界の危機を決める戦いに、楽しいかどうかで参戦を決めるやつが馬鹿じゃないわけないだろ!」
こ、このドレッド……!
私たちはその後数分にわたって口論をし続けた。その間に大半の人たちは帰ってしまったらしい。マネージャーちゃんたちも苦笑いだ。
結局私は最終的に論破されて、逃げるように雷門を飛び出した。
明日は誰が来るだろうか……。円堂君にはどれだけ人数が少なくてもなんて言っちゃったけど、最低十人は来てくれなきゃ困るな。
こんな感じで軽く現状を見てるのは、きっと私が心の中で誰が来なくても関係ないと思ってるからだろう。
実際その通りだ。誰が来なくてもいい。ただ、覚悟すら自分で決められない人は、どんなに実力があったって今回の戦いではなんの役にも立たないだろう。そういう意味では明日の集合は選別するのにちょうどよかった。
私? 私はいつも通り楽しくやるだけさ。
ああ……楽しみだなぁ、ジェネシス戦。
私は笑みを浮かべながら、帰路につくのだった。
♦︎
暗闇で閉ざされた道を、電灯の灯りを頼りに進んでいく。もうすっかり夜になってしまった。月と星々がはっきり見える。
私は現在河川敷を歩いていた。現在寝泊まりしているアジトの途中の道がここだからだ。私以外に人はいなくて、足音が一つ木霊している。
——そんな状況だから、ボールが何か硬い物にでも当たったような音ははっきりと聞こえた。
下に目をやる。電灯でグラウンドはまばらに照らされていて、その中にシロウと豪炎寺君がいた。
豪炎寺君はともかく……シロウまで? 一瞬疑問に思ったけど、最近彼のことを気にかけていた人物のことを思い出して納得する。どうやらアフロディがいい影響になったようだ。
坂を勢いよく下りながら声をかける。
「おーい!」
「なえちゃん? こんな夜遅くにどうしたの?」
「それはこっちのセリフだよ。最近ほとんどボール蹴ってなかったのに」
「ああ……うん。アフロディ君を見てね、僕もこのままじゃダメだって思ったんだ」
「俺はそれに付き合ってたんだ」
なるほどねー。だったらこの状況で私がするべきことは一つしかないだろう。
「私も手伝うよ」
「いいの?」
「私もシロウにはフィールドに戻ってきてほしいからね」
そんなわけで私たちは一時間ほど、ひたすらボールを蹴り合った。
シロウは最近休んでいたとはいえ、そこまで時間は経っていないのでブランクと呼べるものはないと見ていいだろう。ただやっぱり攻撃のことになるとアツヤを呼び出せず、キレの悪い動きになってしまっていた。
現に今もシロウの状態でエターナルブリザードを撃とうとして……ああ、またポストに当たった。
項垂れてるシロウを慰めようとして、ポチャンとほおについた雫に気づく。
「……雨か」
「しかもドンドン勢い増してないこれ?」
「これじゃあ練習にならないね」
まるでスコールのように雨の勢いはドンドン強くなっていく。おまけに雷まで鳴り出してる。
一旦橋の下で雨宿りをしようと言おうとすると、シロウが突然地面に座り込んで頭を抱えていた。
「っ、どうした吹雪!?」
「ぅ……ぁあ……っ、音が……っ!」
「まずい。雷の音を雪崩と勘違いしちゃってる。すぐに橋の下に運ぶよ!」
震えて動こうとしないシロウを二人がかりで持ち上げて、なんとか橋の下まで運んだ。
雨は伊然として止む様子がない。シロウは雷の音が鳴るたびに身をすくませ、青くなる。
「み、みんな消えちゃうっ!」
「落ち着け吹雪。誰もいなくならない」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」
こ、これは……前よりも酷くなってる。かれこれ数ヶ月行動を共にしている以上、雷の日だって何度かあった。でもここまで取り乱すことは今までなかった。まさかここまで精神が弱っていたなんて。
しばらくして雷は鳴り止んでいき、落ち着いてきたのか、シロウの呼吸がだんだん穏やかになっていく。
私たちは無言だった。水が地面に無数に打ちつける音だけが聞こえる。その音にも負けてしまいそうなか細い声で、シロウはゆっくりと語り出す。
「……僕にはアツヤが必要だった」
「必要だった?」
「一人が寂しかったんだ。雪崩は一瞬で僕を一人ぼっちにした。僕は寂しくて寂しくて……どうにかなりそうで……強くならなきゃって思った」
ズキンと胸が痛む。覚えのある考えだった。
総帥と出会う前、私は孤児だった。父に捨てられ、寂しくて悲しくて……強くなることを誓ったんだ。一人でも生きていけるように。
「『二人が揃えば完璧になる』。お父さんはあの日そう言っていた。だから僕が強くなるにはアツヤが必要だった」
「完璧……」
前から事あるごとに『完璧』、『完璧』って言うのはそう言う理由があったからか。
シロウは涙を流し続ける空を仰ぎつつ、また口を開く。
「そんな時声が聞こえた。そうして僕の中に『アツヤ』が生まれて、僕にできないことをやってくれた。『アツヤ』に任せていると全身が力で満たされるようで心地よかったんだ。でもだんだん怖くなってしまった。『アツヤ』になるたびに、本当の『吹雪士郎』がどっかへ行ってしまいそうな気がして……」
自己の喪失。それは恐ろしいことだろう。それは、言ってしまえば死に等しい。今まで築き上げてきた自分がいなくなるのだから。
『アツヤ』を使えば『シロウ』が死ぬ。しかし使わなくては必要とされない。これがシロウの悩みの正体か。
「僕にはアツヤが……でもアツヤを使えば僕は……! 僕は、完璧にならなくちゃいけないのに……!」
「……なあ。お前にとって『完璧』ってなんだ?」
「へっ……?」
ここでずっと無言だった豪炎寺君が口を開いた。彼の目は睨んでいるようで、それを見たシロウはその迫力に目を背けてしまう。
「それは……僕にとっての完璧っていうのは、アツヤが一緒にいることで……」
「それがお前の『完璧』なんだな?」
「だってお父さんはそう言って——」
「俺は別に完璧でなくても、サッカー楽しいぜ?」
豪炎寺君はそれだけ言うと、雨の中を歩いていく。
シロウが必死に手を伸ばして呼び止めようとしても、彼は止まらない。
「お前の『完璧』はそうなんだろう。しかしサッカーではお前のそれは間違っている。本当に完璧になりたいのなら、その間違いに気づくことだな」
「ま、待って!」
「悪いが俺は帰る。これ以上は付き合えない」
自分の中の『完璧』を否定されさらには見捨てられてシロウは真っ青になって崩れ落ちた。
……ここまで酷いことになるなんて。
記憶の中の彼の父を思い出すが、いい父親だったとは思う。だからこの言葉は本人にとっては何気ないものだったのだろう。しかしそれが最後の言葉であったがために、シロウは今でもそれに囚われてしまっている。
豪炎寺君の言いたいことも私は察している。しかしそれは私が言っても意味のないこと。自分で気づかなくては知っても理解できないのだ。
「シロウ、帰るよ」
「僕、は……」
こりゃ自力で帰るのは無理そうだ。放っておいたらずっとここにいるかもしれない。まったく、豪炎寺君め。男のくせに面倒ごとを押しつけてくれちゃって。
とりあえず、このままシロウが復活するのを待ってては埒があかないので、強引に立たせて、その腕を引っ張っていく。
宿泊先は……たしか円堂君ちだったはずだ。
生気を抜かれたかのようにボーっとしてるシロウに語りかける。
「うずくまって目を閉じてるだけじゃ何も見えないよ。もっと周りを見渡してみなよ。そしたら本当に必要なこと、わかるかもね」
「……」
返事はない。しかし私にできるのはせいぜいこんな言葉をかけるぐらいだ。あとは彼が見つけるほかない。
シロウを送り届けたあと、私は冷たい雨に打たれながら、帰路についた。
なんか最近シリアス多い……多くない……?
まあエイリア編の最後が近づいてきてるから、仕方がないと言えばないけど。