悪堕ちなえちゃんは諸悪の根源の補佐をするようです 作:日差丸
イタリア。中世や近世では商業都市として繁栄した場所である。その時の景観を重視しており、観光都市とされる場所では石造りの建物ばかりが見られる。
「まあ、私はあんまり興味がないけどさ」
旅行用のガイドブックを閉じてそう呟く。観光都市なんてサッカーあんまり関係ないからね。
それにしても、なんで私はこんなところにいるのだか。
イタリアに着いたあと、私は総帥から命令を一つされていた。内容は、とある病院に行ってそこにいる人物の世話をしてこいとのこと。
この時点で萎えたね。だってどうせ総帥絡みなんだから権力者の爺さん婆さんとかに決まってる。そんなやつらと話してるよりも練習してたいよ。
そう言ったけど、総帥曰く私の体はRHプログラムで私の想像以上にボロボロになっているらしく、しばらく練習は控えなければならないらしいのだ。普段はともかく、この人はサッカーに関することなら信じられるので泣く泣くそうすることにした。
はぁ、早くチーム作ってくれないかなぁ。
FFIヨーロッパ予選はここイタリアで行われている。その肝心のイタリア代表オルフェウスは連戦連勝で快調だ。もはやここに敵はいないだろう。
新イタリア代表こと『チームK』が完成すれば彼らと間違いなく戦うことになるだろう。その日がちょっと楽しみだ。
なんて考えていたら目的地についた。部屋のナンバーは……二階か。寄り道する理由もないのでそのまま向かうことにする。さっさと終わらせてFFIの試合を見ることにしよう。
「入りますよー」
「……誰?」
「へっ?」
奥の方から聞こえてきた高い声に戸惑った。
えーと、ずいぶん可愛らしい声だね。明らかに老人が出せるものではない。気になって部屋に入ると、そこにいたのはいたいけな小学低学年ぐらいの少女だった。
部屋、間違えた? いや、この子に聞けばいいだけか。
「あのー、ミスターKって人に心当たりある?」
「もしかして、Kのおじさんの知り合い?」
「ヘイヘイカモンポリスマーン!」
はい罪状確定しました。本当にありがとうございます。というかいくら犯罪者でも幼女はダメでしょ幼女は……。
ちなみにミスターKは総帥の偽名である。この人ホントセンスないな。が、育ててもらった恩はある。ここはこの私が最後の砦となってあの人を正しい道に導いてあげるしかないだろう。
差出人:ゴッドプリンセスなえちゃん
宛先:ミスターK
幼女はマズイですよ!
差出人:ミスターK
宛先:ゴッドプリンセスなえちゃん
潰す。
ひえぇぇぇっ! おっかねぇぇ! 急いで謝罪のメールを送っておいた。あの人怒らすと鉄骨降ってくるからね。やっぱりおちょくるのはよくない。
「えーと……」
「ああ、ごめんごめん。今総帥……ミスターKと連絡を取ってたの」
「じゃあやっぱりおじさんの知り合いなんだね!」
少女は総帥の名前を聞くと嬉しそうに立ち上がった。しかし次の瞬間にはバランスを崩してよろけてしまう。それを見て反射的に手を差し伸ばした。
……足に包帯が巻かれている。この子、怪我しているのか。
「あ、ありがと……」
「いいよいいよ。私はなえ。総帥の秘書みたいなことをやってるの。今日はあなたの様子を見に行ってこいって言われちゃってね。あなたの名前は?」
「ルシェ。ルシェっていうの」
「そう、いい名前だね。はい、おみやげ」
バッグからブラジルで買ったおみやげを取り出す。ちなみに私が夜に買ったやつだけど、勝手に総帥にぶんどられてこの子用のものになった。解せぬ。
しかし少女は首を傾げるばかりで、おみやげに目も暮れなかった。
……いや、違う。目の焦点が合ってない。まさかこの子……。
試しにクッキーを少女の手に握らせる。すると彼女は嬉しそうに包装を開けて、クッキーを食べ始めた。
やっぱりこの子、
しかしそれを口にすることはやめた。さすがの私にも常識はある。こんな小さな子に病気のことを思い出せて悲しい思いをさせる趣味はない。
あのクソ総帥、最初から教えろっての。あと少しで無神経なこと言っちゃうとこだったじゃん。選ばれたおみやげが全部食品類だったのにも合点がいった。
「ねえねえ、お姉ちゃんはおじさんの秘書さんなんでしょ? おじさんは普段どんなことしてるの?」
どんなことって……鉄骨降らしたり危ないお薬作ったりしてるね。しかしこんな事実を馬鹿正直に伝えるわけにはいかないので、サッカーに関することを言うことにする。
「総帥はサッカーに関係してる仕事をしてるね。選手を育てたり、指示を出したり。日本っていう総帥の国じゃ四十年間もチームを全国優勝に導いてきたんよ」
「サッカー! おじさんもよく話してた!」
「総帥が……?」
あの人がサッカーのことを他人に話すなんて……。
この子は総帥のなんなのか。それがちょっと気になった。
「いいなぁ、私もサッカー見てみたいよ……」
「ルシェ……」
さっきまでとは違った暗い声をルシェは出す。
……ああ! 本当はさっさと帰るつもりだったんだけどなぁ!
「ルシェ、他にもっと聞きたいことはない?」
「えっ?」
「総帥はどうせ無口だしね。私が何か面白い話を聞かせてあげるよ」
「ほんと!?」
「ほんとほんと。お姉ちゃん暇人だから」
ルシェは嬉しそうに笑う。あまりの興奮具合だったので頭を撫でて落ち着かせる。そうして私は夕方になるまでこの子と話し合ったり、本を聞かせたりして遊んだ。
……この子のこと、ちょっと調べておこ。
♦︎
ルシェとの出会いから二週間ほどが過ぎた。私はすることもないので、あれから毎日彼女の見舞いに行っている。たぶん仕事が入ってこないのはそうしろという総帥の指示でもあるのだろう。
ルシェ。金髪に緑目の盲目の少女。彼女を調べていくうちにあの盲目は生まれつきであること、そして総帥がなぜ気にかけるのかもわかった。
それは一ヶ月ほど前の交通事故のことである。記録を見ると、彼女はそこで足を怪我して今入院している。しかし今は彼女ではなく、この交通事故の主な被害者に注目する。この事故でなんとイタリアサッカー協会の会長が意識不明の重傷に陥っているのだ。
サッカー関連者が事故で消える。日本で散々見てきた手口だ。ここからは推測なのだけど、ルシェはたぶん総帥が引き起こした事故に巻き込まれてしまった被害者なのだろう。さらに盲目の件もあり、総帥はこの子に同情しているのだ。
まああの人も人の子ということだ。欲を言えばそのわずかに残った優しさの一割くらいを私にも頂戴して欲しいけど。
「ほーい、今日もきたよー」
「お姉ちゃんいらっしゃい!」
入って真正面に立つや否や、抱きつかれて顔を擦り付けられる。ずいぶん懐かれてしまったものだ。って、ああもう、人の髪を弄って遊ぶな。
「やっぱりお姉ちゃんいい匂い。甘くてあったかくて……安心する」
「そう? たぶん汗臭いだけだと思うけどなー」
この子は何故か私の匂いを気に入っているようで、こんなふうによく抱きついてきては匂いをかがれる。正直恥ずかしいので離れて欲しいのだけど、この和んだ顔を見てると言い出せなくなっちゃう。
そのせいで自分の体臭とか気になっちゃって、ボディソープとかシャンプーに気を使うようになった。まさかこんなことで私の女子力が高まるとは……。
もちろん最初はなんもわかんなかったので、美の女神(男)ことアフロディ先生にメールで相談した。男に相談する女子ってどうよと思ったけど、女子の知り合いなんて同じく女子力ゼロの塔子かギャルのリカぐらいしかいないので致し方ない。
まあそれは正しかったようで、シャンプーとかの種類だけじゃなく、髪の乾かし方とか整え方とかを動画付きでみっちり叩き込まれたよ。もうなんでアフロディが女じゃないのか不思議になったくらいだ。
「さて、今日はどうする?」
「お散歩行きたいな」
盲目の人が散歩というと変に聞こえるかもしれないが、別におかしくはない。ルシェは目が見えないだけで、杖なんかを使えば外を歩くこともできる。実際ここに来る前は普通に出歩いてたらしいしね。ただ今は足の怪我で入院しているので、誰かの付き添いなしじゃ許可をもらえないのだ。
私は二つ返事で頷いて、彼女を車椅子に乗せて外に出ることにした。
しばらく歩いていくと、公園にたどり着く。ここはいつもの散歩コースだ。緑が豊かで、サッカー少年たちが楽しそうにボールを蹴っている。
ちょっと休憩ということで、私たちはベンチに座る。
「ボールの音。サッカーしてるのかな?」
「ごめん、気になっちゃった?」
「ううん。私、サッカーの音大好きだから、こうして聞いてるだけでも楽しいよ」
強い子だ。本当は自分だってやりたいだろうに。少なくとも私じゃ耐えられない。
「……ルシェ? もしかしてルシェか?」
何気なく頭を撫でてあげていると、そんな声がかかってきた。
茶色髪のジャージを着た、私と同年代くらいの少年。しかしどっかで見たような気が……。
「この声、フィディオお兄ちゃん!?」
っ、そうか、この人はフィディオ。フィディオ・アルデナだ。イタリア代表の副キャプテン。その鋭いドリブルとシュートによって『白い流星』っていう異名もある有名選手。
そんな人と知り合いだったのかルシェ……。ちょっとお姉ちゃんびっくり。
「足の具合はどうだい?」
「うーん、もう少しかかるみたい。でもだいぶ良くなってきたよ」
「そっか。それで隣の子は……?」
フィディオは私に目を向けたあと、しばらく固まっていた。
なんだ? まさかサッカー選手としての勘が私の実力を感じ取ったとか。読めないので、じっと見続けていると、なんか顔を真っ赤にして今度は目を逸らしてきた。
……いやなんなんだいったい。
「なえお姉ちゃん! 毎日遊びに来てくれるの!」
ルシェちゃんや。それじゃあ私がまるで暇人みたいに聞こえるよ。いや実際そうだけどさ。
フィディオはようやく元に戻ったようで、私にも話しかけてきた。
「初めまして。俺はフィディオ・アルデナだ」
「知ってるよ。イタリア代表の副キャプテン。FFIの予選でよく見てるよ」
「ハハッ、ありがとう。でも君はイタリア人じゃないよね? もしかして日本人?」
「正解。よくわかったね」
「かなり色白だから迷ったけどね。うちはキャプテンが日本人だから」
まあ私は雪国出身だからね。彼のチームのキャプテン、中田英寿通称『ヒデナカタ』と比べるとずいぶん違うものに感じることだろう。
ちなみにイタリア代表なのに日本人がキャプテンってことで戸惑うかもしれないが、FFIは国籍が取れていればその国の選手として出れるので不正はない。
ん? じゃあ私はどうやってイタリア代表に成り代わるのかだって? んなもん裏から手を回して無理やり国籍得たに決まってるじゃん。不正はあった。
そんなふうにフィディオと他愛ない会話をしていると、背後から風切り音が聞こえてくる。
「っ、危ない!」
フィディオが焦った顔をするけど、心配はいらない。その場でほんのちょっと跳躍しながら逆さになって、飛んできたボールを軽く蹴り返す。
ボールはどうやら先ほどのサッカー少年たちのものであるらしかった。危ない危ない、本気で蹴ってたら酷い惨劇になるところだったよ。少年たちも必死になって頭を下げてきたので、許してやることにした。
「何か起きたの?」
「いーや、別に。どうやら近くで何か落ちてきたみたい」
ルシェが訪ねてきたけど、適当にはぐらかした。何も起きなかったんだし、この子を無駄に心配させる必要はない。フィディオは唖然と私を見ていたので、無言で人差し指を口に持ってって『秘密』とジェスチャーした。
「……ん? メール……げっ、ごめんルシェ。今総帥から呼び出しがかかったから、今日はもう帰らなくちゃ」
「そうなの? わかった、お仕事がんばってね」
はぁ、あのクソ総帥。略してク総帥。はいつもいつも急なんだから。私はフィディオに一言別れを告げて、その場を車椅子と共に去っていった。
♦︎
その少女は、見たことないほど美しかった。
出会いは偶然。少し前に知り合った盲目の少女に話しかけた時。隣にいる人物の顔を見て、フィディオの頭の中は一瞬真っ白になった。
雪のような白い肌に、整った顔立ち。目はエメラルドの宝石のようで、太もも辺りまで伸びている桃色の髪は幻想的とも言えた。
イタリア代表となる前からもフィディオは有名選手で、両手じゃ数え切れないほどの女性にかけられてきた。しかしその時のどの女性よりも彼女は美しく見えた。
っと、そこで思考が冷静になる。
試合は数日後なのだ。こんな浮ついた気持ちを抱いていたらプレーに支障が出てしまう。フィディオは己の煩悩を振り払いながら彼女と少し話すことにした。
儚げな容姿とは逆な明るい口調で彼女はなえと名乗った。どうやら自分たちのチームのキャプテンと同じ日本人であるらしい。そのこともフィディオの気を引いたが、なんとか顔に出さずに会話をし続ける。
しかししばらくすると、突然彼女の背後からボールが迫ってきていることに気がつく。慌てて庇おうとしたが、その時見たのは驚きの光景だった。
なんと少女は宙に浮かんだように、ふわりと跳躍して逆さになったのだ。そしてボールを少年たちのど真ん中に、キャッチできる程度の速度で蹴り返す。
反応速度、身体能力、そしてボールコントロール力。この全てが高次元で纏っていなければできないことだ。フィディオにはそれがわかり、しばらく呆然としてしまう。その間に彼女は人差し指を口に当ててフィディオを見て、どこかへ行ってしまった。
……なんだったのだろうか、あの少女は。少し早くなった胸の鼓動を感じる。
彼女は毎日ルシェと遊んでいるらしい。なら、今度また会えるかもしれない。フィディオはそんな期待を抱いた。
ゲーム3のスパークをやってる人じゃないと知らないと思いますけど、ゲームにおいてフィディオとルシェは知り合いです。それも代表に選ばれるちょっと前からの。ジ・オーガやボンバーじゃこの部分のストーリーがロココやカノンのになってるんですよね。
この世界への挑戦編はアニメとゲームのストーリーが融合した感じになります。基本アニメベースですが、とある部分はゲーム版のストーリーの方を基準にしたりするので、ご了承ください。とはいえどっちも基本ストーリーは変わらないので、片方しか知らないという人でもたぶん大丈夫です。