天界の僕、冥界の犬 作:きまぐれ投稿の人
天界の別れ
「ちょっと!! どういうことなのよ!!」
「も、……もうしわけ、」
「ふざけないでよ……っ、なんで!!」
「か、からだが、かってに……うごいて、って……アイタタタタっ!!
い、イシュタルさ、ま……そ、そこ傷口、」
「ばかっ!! アタシは許してないっ!」
「イタタタっ!!し、しぬ……!」
何かと戦が絶えない世界で、俺のようなヘタレが此処まで生きて来れたのは僥倖という他あるまい。思い返すと、平々凡々に生まれた筈なのだが、中々に激動と波乱に満ちた人生であった。ひょんなことから“とある王様”に仕えることになり、またひょんなことから“とある女神様”に気に入られ、結局彼らに振り回された人生であった。
だがそれも、こうして綴ると二行で終わってしまう程度のものである。後の世に分厚い英雄譚を残せる人間というのはすごいものだと改めて思う。
そんな俺のしたことなど、所詮神と王の機嫌取りに過ぎないが、生きていく為にそれはもう必死であった。少しでも粗相をすれば、気性の荒い彼らは躊躇なくこの首を飛ばすであろうことは明々白々であったので、死ぬもの狂いで胡麻を擦ったものである。
当然ながら、ひたすら主人に尻尾を振る男が結婚などできる筈もなく、生涯独身を貫く羽目になってしまった。ちなみに童貞ではない。断じて、ない。
心臓という名の人体の核を貫かれた俺が、何故即死せずにこうして悠長に喋っているかというと、たった今俺の上に跨り止めを刺そうとしている女神様の加護のおかげである。
それでも完全ではない。だらだらと流れ続ける血は、砂漠の乾いた大地に染みこんでいく。
「アンタはこの私、女神イシュタルの
なんで主人の許可なく死のうとしてるのよ!
「……い、いや、俺は……、人王ギルガ、」
「黙りなさい! 首を刎ねるわよ!」
「ぐええっ……ぎぶ、ぎぶ」
致命傷を受けて倒れた人間の胸倉を掴むという暴挙に出た女は、その艶やかな髪を振り乱しながら濡れた瞳で見上げて来た。眉を下げて縋るようなその表情は、男であればイチコロというヤツだ。しかも、上に跨られたままの体勢で、だ。
ナニかが即効元気になってしまいそうな光景だが、違う意味で逝きそうな俺にとっては冥途の土産ぐらいにしかならない。
いや待てよ、これはある意味で(逆)腹上死と考えられないだろうか。
ふむ、最期が(逆)腹上死と考えれば俺の人生も悪くは……。違う。だから俺はし、新品じゃねえよ。使用経験はある。記憶がないだけだ。
それにいくら際どい恰好をしてようとも、この女神様にそういう欲は持てない。
そういう目で見た瞬間に首を刎ねられそうだし、なんか連帯責任とか言って周りを巻き込みそうだ。大量虐殺ダメ絶対。
確かにこの女神はうつくしい。当然か、美を具現化した存在とかだったもんな。
美という武器を以て数多の人間だけではなく神々を虜にしたこの女神様は、何を血迷ったか普通の人間に他ならない俺を気に入ったという。そこから俺の人生は狂い始めた。
俺が今こうして死にかけているのも、何をトチ狂ったか女神を庇って受けた傷が原因なのだから。
「お、れがしんでも、ギルガメッシュ王が……」
「あんなのどーでもいいわよ! アタシは、……アタ、シは」
「ちょ、ちょっと、い、……イシュタル、さま……?」
「っ、うわああああん―――!!
なんで、死ぬのよ、だって、……なんで!」
民が生きれば国は生き、国が生きれば王は生きる。俺のような兵士はそこには入らない。民を守り王に傅く、そうして国の礎の1つとなり散っていくことが、兵士として在る理由であろう。そう思っていた筈なのだが、気が付けば傅く相手が増えていた。これは未だに摩訶不思議なことである。
「う……うう、だって、……言ったじゃない、アタシのことは、アンタが守ってくれるって」
「……いって、なっ……い」
すごく良い場面で申し訳ないのだが、全く記憶にない。
そう言っても聞く耳など持っていないだろうが、一応主張はしておこうと口を開くも、掠れた声しか出なかった。
ぼろぼろなんて可愛いものじゃない、ぼたぼたと落ちる大粒の涙が胸を濡らす。
気分で人を贄にしたり、惨殺したり、拷問したりと話題に事欠かない、気紛れで残酷な女神様が、まるで人間の少女の如く泣き叫びはじめたのだ。
静かに死を迎えたかったのだが、こうも喧しくされてはそうもいかない。しかしこれはこれで、良いものだ。一人寂しく死ぬものだと覚悟をしていた身にとっては、これ以上ない幸運である。これを言うとまた調子に乗って、何かをやらかすので心の中で呟くだけにしておこう。
「……」
「ね、ねえ? やだ、ちょっと! ねえってば!
アタシが、この女神イシュタルが、呼んでいるのよ!!
いつものように、名前を呼んで、ねえ……イシュタル様って、それで、傅いて、頭を垂れて、それで、それで―――!!」
その慟哭に、答える声はもう出なかった。
元々口は堅い人間であったが、物理的に硬くなっていく時が来たらしい。
どうやら人間の聴覚は最後の最期まで機能するようだと、どうでもいいことが頭を過る。
一刻一刻と薄らいでいく意識に、死が迎えに来たことを悟った。
恐れ多くもこれが最後だと思って、その白い頬を撫でる。最期ぐらいちょっと欲を出しても怒られないかな、と思ったのは内緒である。陶器のようにつるりとしていながらも、しっとりと柔らかな肌であった。女神に触れるのは、それが最初で最後のこと。
大きな瞳をさらに大きく見開いた女神は、くしゃりとその顔を歪めると、ぎろりと睨み付けて来たのだ。それが俺へと向けられたものか、それとも―――。
「さない、」
「さない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない、ゆるさないっ!」
「ぜえええったいにっ、許すものですか!
あんな根暗のもとに下りるっていうのなら、こうしてやるんだからっ!!
―――この馬鹿あああああ!!」