天界の僕、冥界の犬   作:きまぐれ投稿の人

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第2章 神と人との狭間
影との出会い


―――ケルト神話

アイルランドやウェールズで伝承されてきた神話であり、「アイルランド神話」と「ウェールズ神話」に分けられており、それぞれ4つの物語群で構成されている。

 

その中の1つ。アイルランド神話のアルスター物語には、語られざる物語が存在した。

裏の物語として研究が進められたが、話の筋が他のものとは大きく異なるが為に、贋作かもしくはオマージュ作品か、それとも気紛れに書いた短編か、あるいは何者かが書き足したものか、結局その真相に辿り着いたものはおらず、日陰ものとなった。

 

さて、突然ではあるがアルスター物語をもとにした“二次創作”とまで言われた、この物語に目を通してもらいたい。

 

そうして、ぜひ知ってもらいたいのだ。とある神の、試練を―――。

 

 

ケルト・アルスター伝説の戦士にして女王として描かれる、スカサハは、いつ生まれいつ死んだのか不明のままである。影の国の女王でありながら、門番としても絶対的な力を以て君臨する予言者であり武芸者という、存在そのものがチート級どころではない彼女の傍には、

白い犬が在ったという。しかし、犬は“その書物のみに登場する”ため、その存在を知る者は限られている。

 

そして、白き犬が、彼女の配下であったのか、眷属であったのか、それとも飼い犬であったのか、それを知るのは、女王と、犬のみであったのだ―――。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

年中体が湿っているようなじめじめが無くなり、何処となくすっきりした気分である。

相変わらずどんよりとした暗い空のもとだが、湿気がなくなっただけでも大分楽だ。

冥界にいた頃はすっかり慣れていたので、苦とは思っていなかったが。

いつか青空の下で、爽やかな風と共に草原を走ってみたいものである。

 

「……」

 

「……」

 

さて、この状況はどうすれば良いのだろうか。

突然現れた―――もしかしたら突然現れたのは俺の方であったのかもしれないが―――幼女は、相変わらず俺の全身を弄っている。と表現すると、なんとも夢溢れる感じになるが、残念なことに罪悪感を伴うのでやめておく。美幼女に弄られて悪い気はしないが、流石に年齢対象外である。なので、ひたすら戸惑うばかりだ。

 

紫色のドレスを地に広がらせ、しゃがみ込んだ幼女の声をまだ一言も聞いてはいない。

エレさまもはじめはこのような背丈であったが、良くお喋りをしてくれた。

というか今まで自己主張の激しい方々と一緒にいたので、何を話して良いかわからない。というか話せない。正直気まずい。いや俺は今人間ではないのだから、気まずさを感じる必要はないのかもしれないけれど……。

 

うんうんと考えていると、不意に幼女は立ち上がった。

 

「……?」

 

そうしてさっと踵を返すと、すぐ近くにある暗い森へと走って行ってしまった。

何だったんだと首を傾げながら、俺も立ち上がる。

此処に来た時から感じていたが、なんか良からぬ気配が渦巻く場所だ。

殺気立っているというか、落ち着かないというか。

冥界のあの静けさが恋しくなってくる。

 

目の前の門は、開く気配はない。

巨大な門の向こう側は見えないが、行く必要はないだろう。

とはいえ、この場所でじっと寝ているのもなんか落ち着かない。

 

「わん!」

 

よし、と呟いた声は、犬のそれに変換されるのがなんともムナシイ。

そうして俺は、幼女が向かって行った方へと行ってみることにした。

鬱蒼と茂る森は死者や生者区別なく拒むような、不気味さが見えない壁を作り出している。

幽霊とか亡霊とか死者とかが普通に出そうだ。どれも同じか。

 

足元に咲く花々だけが、唯一俺の心を和ませてくれる。

もしここで『わっ!!』と驚かせられたなら、俺は呆気なく死ぬ自信しかない。

何時何が襲ってくるかもわからない中を、びくびくとしながらも歩く。

生い茂る暗い色の草を掻き分けて、真直ぐに進んでいくと―――。

 

森の奥深くに、その姿を見つけた。

 

何をしているのかは背を向けているのでわからないけれど、太ももに掛かる程に長い髪がふわりふわりと揺れている。来る道中に見かけた木々のどれよりも太く高い大木の前で、幼女は大きく手を広げる。ぶわりと広がったのは、魔力か、それとも俺の体毛か。

大木が彼女に応えるように、その枝を伸ばした。

 

「……!」

 

くるりと、身を反した幼女は俺の存在に気付いてたのか、じいと此方を見つめる。

先ほどは光の加減で赤紫に見えた瞳は、艶やかな赤に光っていた。

空から注ぐ暗澹とした光……と言って良いのかわらからないが、木々の間を掻き分けて差し込む。陰影のみで構成されているかのような、そんな世界に凛と佇むその姿は……まるで、影の女王様のようだと思った。

 

ぽかんと口を開けながらその光景を目にしていた俺は、つかつかと此方へと歩いて来た幼女に気付くのが遅れてしまった。

俺の目の前に立った彼女は、その手を差し出す。

差し出された手の上には、……何か、黒くて丸いものが乗っていた。

それは、イシュタル様が気紛れで料理を作った時に生み出された、とてもセンスに溢れた逸品にそっくりである。破壊を司る女神様は、料理も破壊するのかと戦慄したものだが……。舌に蘇って来た“苦い思い出”と、ずいっと差し出されたそれに、冷や汗が止まらない。

 

「……」

 

無表情でそれを差し出す幼女は、何を思ったか俺の口元にそれをくっ付けた。

特別変な匂いはしないものの、丸くて黒い塊に齧り付く勇気はない。

たじろいで身を引いたのが、悪かった。幼女はもう片方の手で俺の顎を掴むと、その姿に不釣り合い過ぎる力で口を抉じ開けて来たのだ。そして、あろうことかその黒い塊を丸ごと突っ込もうとしたので、慌てて口を閉じようと顎に力を込めた。

これにより、勢い余って黒い塊にがぶりと齧り付いてしまったのだ。

 

……シャク、という感覚と、じゅわりと流れ込んで来た液体に、思わず目を瞬かせた。

 

「……!?」

 

林檎である。炭の塊のようなそれは、紛うことなき林檎の味がした。

外見詐欺にも程があるが、これはもしかしたらこの世界の林檎なのかもしれない。

そうであるなら、目を瞑れば全てが解決する。

ずっと冥界にいた俺は“食べる”という行為自体が久しぶりであった。

その為に、一度口にし出すと止めることは出来ない。

噛み砕くことにも、舌を動かして飲み込むことにも、染み込むような甘味も酸味にも、人間であった頃には感じなかった『幸福』を感じて、思わず頬が緩む。

 

がぶがぶと食べることに夢中になっている俺は、それが幼女の掌の上に乗ったものであることをすっかり忘れていたのである。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

あっという間に姿を消していく“影の実”たちを、ただその子どもは見ていた。

次々と胃に収まっていく実を、望むがままに与える。

 

子どもにとって、それは意味のない行為であった。

何故ならば、子ども―――スカサハは、“知らなかった”のだ。

影の国に生まれ落ちた彼女は、生まれながらにして支配者であった。

女王として君臨する彼女の周りにあったものは、無機質な配下と、つめたい城それだけだ。

 

門の前に“落ちていた”“白い塊”に触れたのも、ただの気紛れであった。

それが己の命を狙うものであるのならば、即座に切り捨てれば良いだけ。

ふんわりとしたそれに、自分の手を沈める。さらさらとした毛が束となって生えており、ボリュームたっぷりな純白が、すっぽりとスカサハの小さな手を包み込んだ。

 

白い塊の耳がぴくりと動き、黒いつぶらな瞳がじいと彼女を見つめる。

スカサハよりも小さなそれの“白い体”に、“薄ら”と赤い模様が浮かんでいるのがわかる。

血でも出ているのかと彼女は、頭や首、背中や腹、そして尻尾に触れたが、特に怪我をしているわけでもなさそうだ。

 

ならば、何故しょぼくれた顔をしているのだろうと、スカサハは考える。

そして思い付いた。精気に溢れた生き物が弱る理由は“空腹”であろう。

影の国は、豊かな実りとは無縁である。だから、食料に出来るものは限られている。

 

女王たるスカサハが望めば、影の国は彼女に従う。

彼女が、その手に取った“影の実”は白い塊に与えられた。

 

「……」

 

自分の手から、その実を食べる“白い塊”を見下げて、彼女は……。

はじめて表情を崩して、“微笑んだ”。

 

「……名は、」

 

ぽつりとスカサハの形の良い唇が動いた。

ぴたりと白い塊が動きを止めて、彼女を凝視する。

 

「……たかが獣に、語る術は持たぬか」

 

えらく高圧的なもの言いであったが、幼いながらもスカサハの持つ王たる風格に良く似合っていた。

 

「私の配下となるには、些か間抜け面だが……。

ふむ。ちょっとした余興にはなろう」

 

スカサハは片手をその額へと翳す。

目を閉じて何かを唱えると、彼女の周りに“不思議な文字”が現れた。

光り輝くその文字は、くるりとスカサハの周りを回ると、その白い体に吸い込まれるように入って行った。

 

 

 

「―――お前に“ルグ”の名を与えよう」

 

 

 

ルグと名付けられた、それはぽかりと口を開けた。

それは、あまりにもデジャヴを感じさせる彼女に、衝撃と絶望の淵に叩き落されたからであったのだが……。もちろん、それをスカサハが知る由もない。

 

 

 

これが、影の国の女王スカサハとの出会いであった。

 

 

 

 

 




以下、私情込みの言い訳(それなりにながい)





前回で中途半端ではありますが一応区切りですので、終了させて頂くことにしておりました。
しかしちょっと事情が変わりまして、可能な限り続編を投稿していこうと思います。
場違いかもしれませんが、一言残させてください。


さっくりと説明しますと、長期的に入院予定でしたのが不思議と回復しまして、様子見となりました(最近流行りのやつではない)。

この話を投稿したのも、自由なうちに何か残しておきたいと思ったことがきっかけです。大体一週間を目安に投稿を開始しました。
期間が決まっているのにも関わらず、曖昧な終わり方をしてしまったのは、私の力不足と、この話を書くこと自体もそうですが、読んで下さった方に反応を頂けたことがすごくすごく嬉しくて、綺麗に終わらせたくないと思ってしまったからです。

いつ更新が止まるかわからない状況ですので、続編を投稿するのは止めておいた方が良いかなとも考えたのですが……。どうしても書きたい話もありますので、こうして投稿した次第であります。
読んで頂けている方々には申し訳ない話でありますが、もしよろしければこれからもお付き合い頂けると幸いです。

後書きが私情ばかりとなってしまい、申し訳ありません。
次からまたいつものテンションで投稿予定です。


コメントにてご指摘やご意見頂けたことに関しまして、順次修正を行っていきます。もっと罵ってくれて良いんだからねっ!

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