天界の僕、冥界の犬   作:きまぐれ投稿の人

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沈まぬ太陽

光を知らぬ地の底の女神となって、どれほどの時が流れただろう。

天空神アヌの娘の1人として生を受けたわたしは、本来であれば天界の高位の女神として名を連ねる筈だった。でも、結局冥界に落ちたわたしを迎えに来てくれるものはおらず、ずっとずっとひとりぼっちで、この暗い世界を治めていく他に術はなかった。

 

冥界に送り出された死者は、死霊として生き続けるか、深い眠りに就くかのどちらかである。

わたしは彼らに選択肢を与えるけれど、どちらを選んだとしても冥界の住人として迎え入れることに変わりはない。

彼らは冥界で過ごすうちに、“生”と結びつく行動を忌避するようになっていく。彼らが“食物を知らず、飲み物を知らず、穀物の奉納を受けず、御酒を飲まない”のは、きっとわたしがそれらを知らないから、冥界に影響された彼らもまた同じになっていくのだろう。

 

こうして、わたしの世界は完成していった。

ほんの一部を除いて神ですら出入りの叶わない、生あるまま下ることを絶対に許さない一方通行の閉鎖都市は、わたしの心そのものであったのかもしれない。

 

「エレさまー、エレさま、お散歩の時間です」

 

冥界の女主人としての仕事を除けば、わたしはずっと部屋に閉じ籠って膝を抱えて、生まれた頃にほんの僅かだけ見た光の世界に思いを馳せていた。冥界が嫌いなわけじゃない。冥界に落とされたことを恨んでいるわけじゃない。でも。

 

 

―――わたしだって、わたしだってまだ死んでいない!

 

―――わたしだって、一度くらいは陽の光に触れたい!

 

 

そう叫ぶ心をいくら押し殺そうとしても、死なない光がまたわたしを苦しめる。

こんなことならいっそ、この冥界で生を受けたかった。

光を知らなければ、わたしはこんなにも苦しい思いをしないでいられたのに。

 

「エレさま、みつけましたー!」

 

「っ!?」

 

すぐ近くで聞こえた声に顔を上げると、視界いっぱいを白が埋め尽くす。

この世界にはない純白の色を目にした途端、胸からこみ上げて溢れ出した熱が体全体へと流れていき、わたしの冥界色の思考を押し流して、あっという間に忘却の彼方へと連れ去っていく。本当に不思議だ。そうすると、埃っぽいベッドの上で膝を抱くわたしの頭上から、一筋の光が差したように、ぱっと目の前が明るくなる。

 

「しゃ、」

 

―――シャマシュキガル。

冥界の最深部で見つけたこの不思議な存在は、まるで陽の光のようにわたしの心に入って来た。はじめ見た時は、いいえ、今でも、わたしなんかが触れて良いのだろうかと、わたしなんかが言葉を交わしても許されるのだろうかと思うほどの異端な存在。

 

黒い瞳に見つめられて、ふと思った。

“これはわたしが求めていた存在”であると。

 

同時に、冥界の女神の勘がこう告げた。

“もしかしたらこの異端は、冥界の主として消し去らねばならない存在であるかもしれない”

“今のうちに排除しておかねば、後々後悔することになるだろう”

 

「シャマっ!!」

 

「えっ、エレさまっ、と、突然なにをっ!?

ちょ、ぎ、ぎぶぎぶっ、」

 

あの日を、わたしは決して忘れることはないでしょう。

心を殺し続けて来たわたしが、はじめて冥界の女主人(わたし)を殺した日なのだから。

だって仕方ないじゃない。欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて、堪らなかった陽の光が、目の前に差し込んだんだもの。だから、これは、これだけはわたしのもの。誰にも奪わせはしない。わたしだけのお日さま。

 

「ぐえええっ、よ、ようじょのちから、つ、つよい……。

なるほど、こ、これが……ほんとうの、ちょく、そう、か……」

 

大きなその体に顔を埋めると、頬を擽るふわふわとした毛と、ふわりと香る、甘いにおいと知らないにおい。甘いにおいは足元に咲くお花の香りで、知らないにおいはわからないけれどなんかぽかぽかとする香り。

ぎゅっと抱き締めれば、胸がぽかぽかとして指先までそのぬくもりが伝わっていく。

 

この子は、冥界(わたし)の―――冥界の太陽(シャマシュキガル)

生まれた頃に見た、あの太陽よりも優しくて、あたたかな、わたしだけの太陽。

 

「ちょ、……ほんと、はなし……てえええええっ!」

 

絶対に、絶対に離さないのだわ!

そう呟いて、ぎゅっとわたしの太陽を抱き締めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

―――時は、神と人間が混在する時代。

神は人間に力や知恵を授け、時に栄華を、時に滅びを与えた。

人間は、神を崇め、神を崇拝し、神と戦った。

 

ウルク第1王朝のルガルバンダ王と、女神リマト・ニンスンの間に生まれし子ギルガメッシュ様が、主神エンリルに王権を授けられ、このウルクの地に栄華という大輪の花が咲く。

 

王の役目は、国の統治の他に“人と神とを繋ぐ”ことであり、天と地、神と人の間に立ち、神の声を人に伝え、人の声を神に伝える。即ち国民にとって、王の言葉は神の言葉なのであった。

 

しかし、今、王は“自らの言葉で神に怒っている”。

王のご乱心はすぐに国中を巡り、表面上は平静を装ってはいるが、人々は皆何かよからぬことが起きているのではないかと戦々恐々としていた。

 

「王はどうなされたというのか」

 

「わからん。あの側近の者の姿も見えぬし、先の戦いで何かあったのかもしれんな」

 

ウルクの兵たちの間でも様々な憶測は飛び交っていたが、王に忠実な彼らは決して多くを口にすることはない。それは私も同じで、例えどのようなことがあろうともこの身を王に、そして国に捧げる覚悟はできている。だから余計な詮索は不要というわけだ。

 

しかし今日の城はやけに静かだ。いつもの賑やかさが一切ない。

そういえばあの賑やかさは何が原因だったか……―――。

 

城内の見回りでもしながら、少し前の日のことを思い出してみることにしよう。

言っておくが暇だからではない。いつもとは様子の違う静かな城に、調子が狂っているだけだ。断じて、手持ち無沙汰だからではない。

 

『―――ちょっと! アンタ、命令される相手を間違えてんじゃないわよっ!!』

 

『う、うわあ!? い、イシュタル様、ど、どちらにいらっしゃったのですか……心臓に、わ、悪いです』

 

『は? アンタの目は節穴なのかしら?

この金星と美の女神の輝きが、アンタの目に映らないっていうの!?』

 

『う、映ってます映ってますから、は、はなれてください、眩し過ぎてしんでしまいます……!!』

 

ああそうだ、そうだった。

年齢層の広い兵士の中で、青年といえる年の男が1人いた。

年若い男など数多くいるが、その中でも目立つというか、異質であったのですぐに思い出せた。

 

何が異質であったかというと、まず第一にその顔を誰も知らないことがあげられるだろう。

“顔を晒してはならぬ”という王からの命を受けているらしく、何時如何なる時でも顔を隠していた。他のものたちは、“顔にひどい傷がある”だの“見せられぬほど醜い顔をしている”だのと、散々ああでもないこうでもないと言い合っていたが、私はどうも違うのではないかと思っている。

 

王もそしてかの女神も、造形の醜いものを態々近くに置くだろうか?

うつくしく価値のあるものを好まれる王と、うつくしく面白いものを好まれる女神が、たかが1人の兵士に執着する理由として考えられるのは、真逆のことなのかもしれない。

 

いつぞやからこの城に頻繁に訪れるようになった女神は、何がどうしてか知らぬがずっとあの兵士に張り付いている。あんなにも直接女神の神気をあてられたら、人の体などすぐに弱ってしまうだろうに……。そもそも、本人は気付いているのだろうか。

 

 

 

『ほお……。下僕風情が随分偉くなったものだ』

 

 

 

兵士の後ろから伸びて来た手が、その頭を鷲掴んだ。

びくりと兵士が飛び跳ねる勢いで驚くが、頭を掴まれてしまっては身動きが取れないようだ。

 

一定の階級以上の兵士のみが通ることの許される渡り廊下に、その玉声が響き渡る。我らが王の声は、天地のみならず地の底にまで届くのではないかと謳われている。単にお声が大きいというわけではなく、それほどよく通る声だということだ。間違っても声がデカいと言ってはいけない。

 

『……っ!? ひっ、ひええ、お、おうさま、何故ここに!?』

 

『なぜ、だと? 此処は(おれ)の城よ。何処にいようとも、我の勝手であろう。

っというか貴様こそ、何故ここにいる』

 

『それは、その……』

 

『ちょっと、触んないで頂戴!』

 

女神は兵士の腕に自らの腕を絡めると、そのまま自分の方へと引き寄せる。

何とも男冥利に尽きる光景だが、当の本人はこの世の終わりだと言わんばかりの悲鳴を上げている。それを情けない男だと、笑うものはいないだろう。

 

凄まじい剣幕をしたかの女神とかの王に挟まれ、その顔色は窺えないものの、察するにこの世の終わりの顔をしているに違いない。あのような顔で睨み合う神と王に挟まれたら、私でも粗相をする自信がある。

 

『ご機嫌よう、ギルガメッシュ王。

気分が変わったわ。アタシへの貢ぎ物、コレで勘弁してあげる』

 

『ふん、そのようなものを欲しがるとはな。

強欲にも程があると思うが? 女神イシュタルよ』

 

『別に良いじゃない。有象無象の1つもらったって困りゃしないでしょ』

 

女神イシュタルが司るのは、主に戦いと破壊そして豊穣である。

この女神がウルクに降臨した時は、それはもう荒れに荒れた。

見目麗しくまさに美の女神といった風貌でありながら、神としての慈悲と残忍性を備えた気分屋の女神様は好き勝手に振舞いはじめたのである。

はじめはあのギルガメッシュ王さえも、相手が女神ということで様子を見ていたが、悪化していく“我儘”に耐え切れず、1日を待たずして堪忍袋の緒がブチ切れたのだ。

 

『ええいっ! 貴様にはもう神殿を与えておろう!

それでも尚、足らぬとほざくか……!』

 

『ふん。神殿くらいで何よ。アタシが欲しいものは、ちゃんと言った筈よ!

それを無視して勝手に寄こしただけでしょう!?』

 

『知らぬな』

 

女神イシュタルが都市神となったウルク市内には、大きな2つの聖域がつくられた。そのうちの1つを“エアンナ”と名付け、その地区一帯が女神イシュタルの神殿となっている。

 

これは女神が豊穣の加護を授けるかわりに、と要求したものであると聞いていたが、女神の話だと違うらしい。

 

『しらばっくれないで! あの日から言っているでしょ!

アタシが本当に欲しいのは―――って、何言わせてんのよっ!』

 

『い、イシュタルさま、あ、あのそろそろ、』

 

『うるさいっ! うるさいっ!

大体アンタが、こんなヤツにいつまでも尻尾振ってんのが悪いんじゃない!』

 

『え、ええ……。いやあの、そもそも私が仕えているのは、』

 

『ふははははっ! 残念だったな、女神よ。

いくら貴様でも手に入らぬものはあるようだ』

 

『そんなの関係ない! アンタを殺しても手に入れてやるんだからっ!』

 

『い、イシュタル様、お顔が、お顔がこわ……』

 

『……っ、!』

 

『え? ええ、い、イシュタル様?』

 

たださえ美人が怒ると迫力があって恐ろしいものだが、美の女神でもあるイシュタル様の怒りはそれはもう怖い。ただ聞いているだけの私にも戦慄が走るくらいだ。

 

だがしかし、女神の様子がおかしい。もしかして今の言葉に傷付いた、なんてあるわけがないか。普段からの振る舞いを見てもそんな繊細には……。

 

『この馬鹿っ!!』

 

『あ、あれイシュタル様―! ど、どちらへ!』

 

女神はふいっと顔を背けると、あっという間に姿を消してしまった。

その名を呼ぶ声は、戸惑いと不安一色だ。気持ちは良くわかる。かの女神の機嫌を損ねれば、瞬き1つのうちに晒し首の出来上がり、だ。

 

『ふふ、ふははははっ!!

いやいい、いいぞ、我が下僕よ!!

実に愉快よなあ……』

 

『お、王様、あの私、何か粗相を』

 

『いいや、逆よ逆。

ふむ、我は今実に機嫌が良い。どれ貴様に褒美でもやろうか』

 

『ほ、褒美……? いやだから私は何もして』

 

『供をしろ。出るぞ』

 

『あ、ああ……ま、待ってください……王!

なんで誰も俺の話を最後まで聞いてくれないの……!』

 

心底愉快だと言わんばかりに高らかに笑った王は、女神を追い駆けようとする兵士を引き留めて供をするように命じる。王の命とあっては、従わぬわけにはいかないのが兵士というものだ。仕方なさそうに肩を落としながら、その兵士は王の背中を追って行った―――。

 

 

 

しん、と静まり返った廊下に差し掛かると、そんな賑やかな記憶が蘇って来る。

王様と女神様と、兵士という何とも不思議な組み合わせだが、いつもこの城の何処かでそうやって会話をしていた。正直アレが会話と言って良いかはわからないが。

そういえば、ここ数日女神イシュタルの姿も兵士の姿も見ていない。

 

一体いつから見ていないだろうと、首を捻る。

先日の戦いでは姿を見たので、それ以降からか。

だからやけに静かに感じたのか、漸く納得がいった。

 

「……?」

 

静かになった原因を把握すると、一層辺りが暗く感じられる。

その所為かぞわりと背筋に寒気が走った。

妙に嫌な予感がする。此処にいてはいけないと、本能が警鐘を打ち鳴らし始めたのだ。

しかし、それでもだ。もしこの予感が当たっているのならば、城の警護を任されている身としては放っておくことは出来ない。震える足を懸命に動かして王の間近くまで見回りを終えたが、予想に反して何もなかった。良かったと、胸を撫で下ろして、来た道を戻ろうと踵を返した。その時。

 

「っな!!……があっ!?」

 

振り返ってみたものは、一閃の光のみ。

一瞬の浮遊感の後に視界が高く舞い上がって、地面へと落ちた。

何があったのだろうと思って、周りを見渡しても首が動かない。

そうしているうちに段々と視界が暗くなって、それで―――。

 

 

 

「遅い! 遅い遅いっ!! 下僕の分際で、いつまで我を待たせる気だ!

……はあ。全く、この王である我の手を煩わせようとは大した人間よ」

 

 

「だが仕方あるまい。飼い犬の管理も主である我の責務であろう。

どれ、この我が直々に迎えに行ってやるとするか。

精々己が身の幸運に噎び泣きながら、寛容なる我に平伏するが良いぞ!」

 

 

 

 

 

 




―Q&A―
時間の都合上個別にコメントを返信することが叶いませんでしたので、多かった質問の回答をこちらに記載させて頂きます。ネタバレも含みますので抵抗のある方はスルーをお願いします。


Q:なぜこの時代のエレシュキガルとイシュタルが英霊と同じ容姿をしているのか?

A:これにつきましてはFGO編まで進行することができれば、はっきりと明らかになる予定です。
今現在は、はじめの方に仄めかしてある程度なので、その部分はアマテラスの毛並みに免じてふわふわさせておいてください。お願いしますほんとなんでもしますから……!


Q:なぜエレシュキガルが幼女なの? 趣味なの?

A:趣味です。いや嘘です。実は上記の質問とも少しだけ関係があるのですが、ちょっと時間軸が違っております。イシュタルが掛けた“とある呪い”が影響し、主人公が降りたのは過去の冥界ということです。


最後に言い訳となりますが、こんなに多くの方に読んで頂けるとは思っていなかったもので……。説明不足ですまない……。コメント本当にありがとうございました!
これからもスナック感覚でコメントとかしてくれると大変嬉しい。

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