天界の僕、冥界の犬   作:きまぐれ投稿の人

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前回までの一切の記憶を無くすと、シリアス風な話が読めます。
シリアス風な話がお好きな方は、一時的な記憶喪失となることををお勧めします。


追憶より来る

とある日から、俺は絶望に打ちひしがれる日々を送っていた。

朝起きて挨拶を交わしていた友の姿は無く、抜け殻のベッドだけが残されている。

朝目覚める度にそれを見て、“ああ、本当に、いなくなってしまった”と実感する。

ウルクの誇り高き兵士として、共に笑い、共に泣き、共に苦しみを分かち合った、掛け替えのない友よ、何故、何故……裏切った。

 

肩を落としながら1人で歩く廊下は、すごく広く感じられる。

窓から差し込む爽やかな朝日だけが、唯一俺に差し込む光であった。

そうして長い長い廊下を歩いていると、何やら楽しそうな声が近付いて来る。

 

―――聞き覚えのある男の声と、年若い女の声であった。

 

声が近付いて来るにつれて、俺の心臓は嫌な音を立て始める。

まさか、そんな……。嘘だろう。やめろ、やめてくれ。これ以上は耐えきれない……!

 

気が付けば、俺は駆け出していた。

何処に行くかなんて考えられなくて、衝動の儘にひたすら走る。

走って、走って、走って、そうして……。

 

「うわあっ!?」

 

落ちた。すとん、と。それはもう綺麗に。

どうやら俺は、見張り台の上まで来ていたらしい。

あまりのことに真っ白になった頭では、何も見えていなかった。

どん! と体が地面とぶつかる衝撃と、痛みで俺の意識は遠退いていったのである。

 

 

 

「―――、てしまえ―――」

 

「いや―――、王に知られたら―――」

 

「だがこのままでは―――女神が―――」

 

「―――仕方あるまい―――」

 

 

 

がちゃん、と大きな金属音がして、手首と足首にひんやりとした感覚がした。

ゆっくりと目を開けると、つるりとした大理石の床が見えた。

どうやら自分は、床に倒れ込んでいるらしいと体を上げようとすると、がしりと頭を押さえ付けられ固い床に頭をぶつける羽目になる。

がん!と走った痛みに、意識が完全に覚醒を迎える。

 

「な、んだ……? んんっ!!」

 

声を上げようとすると、布のようなものを突っ込まれて強制的に黙らされる。

くぐもった声で抗議をしても、決意を宿したような固い目は揺らぐことは無い。

一体なんだっていうのか。もしかして、俺は誘拐でもされるのか?

だが何故、いやもしかしてこれは……。あぶれものである俺を隔離しようとしているのか。

そうか、それなら仕方がない。もう足掻くことは辞めよう。

 

「目が覚めたか。すまない、……これもウルクの為なんだ……!」

 

「女神のお望みだ。……悪く思うなよ」

 

「だ、だけどよ、ほ、本当にやるのか?

王は一切の手出し無用と仰せだ」

 

「何を今更。……覚悟の上だ。

どちらにせよ俺たちは切り捨てられる側だからな。

女神に抗えば問答無用で国ごと消える。

王に抗えばせめて家族は助かるかもしれん。

……国を守るのが我が使命。だが最後くらいは家族を守って死にたい」

 

「そ、そりゃあ、そうだが」

 

「良いから手伝え。見つかる前に出るぞ」

 

「お、おう……」

 

頭上で繰り広げられるワケのわからない話をぼんやりと聞き流す。

この時の俺はもう何もかもがどうでも良かった。ただ絶望感だけが胸を満たしていた。

連れられるがままに、女神イシュタルの神殿に辿り着くと何となく察しは付く。

 

俺はこれから生贄となり女神へと捧げられるのだろう。

 

今までに何人もの人間が動物が、生贄としてこの神殿に運び込まれ、誰一人として帰らなかった。

ついに俺の番が来たのだ。ある意味この綺麗な体は女神への供物としては相応しいのかもしれない。

ああ、そう思うと、これもまた神の思し召しであるのだ。

俺はこの日の為に、今までずっと苦しんで来たのかもしれない。

 

ならば俺は、救われるのだろうか。

女神イシュタルによって―――。

 

神殿までの道のりの中、俺は少しの希望を胸に宿していた。

 

 

 

 

 

「なにぼけーっとしてんのよ!

手が止まっているわ、やる気あるの!?」

 

「わっ!? す、すみません……イシュタル、様!」

 

ばしゃと、顔に掛けられた水は、程良くあたたかい。

金でつくられた桶に張ったお湯を、イシュタル様が足で蹴り上げて俺に引っ掛けたのだ。

顔に掛った水を拭い、『何故俺は、今女神イシュタルの部屋で彼女の足を洗っているのだろう』と遠い目をする。しかしまた意識を飛ばすと第2波を喰らう羽目になりそうなので、懸命に手を動かすことにした。

 

金の桶のお湯に、輝かんばかりに白いおみ足をつけてもらう。

そしてシルクの布で拭うと、つるっつるの肌に丁寧にオイルを塗って、爪を立てないように揉み解す。

広い広いベッドに広がる白いシーツの上に座った女神様は、満足げに俺を見下ろした。

 

それにしても、足1本、いや指1本とっても、半端ではない造形美である。

当然と言えば当然なのかもしれない。イシュタル様は女神で、さらに美を司る存在なのだから。

 

「あーあ、アタシもう疲れちゃったわ。

そろそろ天界に帰ろうかしら」

 

「ほんとですか!?」

 

「なに嬉しそうな顔してんのよ。

アンタも来るのよ」

 

「へ?」

 

「馬鹿ねえ。アンタはアタシの下僕なんだから。

ご主人様の世話をするのは当然です」

 

「あ、あの……い、イシュタル様?

ぎ、ギルガメッシュ王のことは……」

 

「もうどうでも良いわ。

そうねえ、いくら綺麗でもアレは観賞用よ。

それに―――」

 

「……だ、だめですよっ!

諦めちゃダメです、イシュタル様!」

 

「はあ? なんでアンタにそんなこと」

 

「だ、だって、ずっと想って待っていたじゃないですか!

ずっとこの神殿で、外にも出ずに! 大人しく!」

 

「そ、それはその……って、アンタ、アタシのことなんだと思ってんのよ」

 

ぐーっと体を伸ばしたイシュタル様は、とんでもないことを言い出した。

通常運転と言えばそうなのだが、突拍子のないことに付き合わされては困る。

それに俺はウルクの兵士を辞めたわけでもないし、このままでは王よりも女神様を選んだことにされてしまう。そうなったら、どんな罰が待っているか……。想像しただけで手が震える。

必死の思いで、この飽きっぽい女神様をどうにか言い包めようと必死に言葉を探す。

 

もしギルガメッシュ王と、この女神様がくっ付いてしまったらそれはそれで、俺の胃は地獄のような苦しみを味わうことになるだろうけれど、このままずっと此処に缶詰というわけにはいかない。

 

 

 

―――ばしゃっ、

 

 

 

「ぶっ!?」

 

「ぷ、あっはははははっ!! 間抜けねえ」

 

再び引っ掛けられたお湯に、またもや俺は顔を拭うことになった。

イシュタル様のシルクのそれではなく、普通の布で顔を拭いていると小馬鹿にするような笑い声が飛んで来た。

 

「ひ、ひどいです……イシュタル様」

 

「アンタの魂胆なんかお見通しよ。残念だったわね。

アンタはもう逃げられないの」

 

「へ?」

 

「ふふん、ま、精々覚悟しておくことね」

 

「な、何かまた良からぬことを」

 

「何か言ったかしら?

ああ、もう足は良いわ。次は体をやって頂戴」

 

「い、イシュタル様……。

毎度言っていますが、ちょ、ちょっとそれは……」

 

「アタシの言うことが聞けないとでも?」

 

「ぐうっ」

 

己の体に絶対の自信を持つイシュタル様には、恥じらいというものはない。

ただ単に(げぼく)相手だからなのか、それとも通常なのかはわからないけれど、非常に困るのだ。何が困るって、そうナニがである。イシュタル様は気にせずとも、俺が気にする。

髪と足までは良いが、体となると流石にマズい。何がマズいって、そうナニがである。

 

とはいえ、ここまで綺麗過ぎると、高級なんてものじゃないレベルの“調度品”だ。

完成しすぎていて、俺のような人間ではとてもとてもそんな気持ちになれるわけがない。

かといって、『はい、じゃあお体の方やりまーす』なんて気軽に触れるわけがない。

もし出来る人間がいるのならば、触れているのは気だと突っ込みたくなる。

 

たらたらと冷や汗を流しながら、俺は必死に頭を下げて許しを請うた。

はああ、と深いため息を吐いたイシュタル様は、腕を組むと俺を見下げる。

 

「アンタにとっても、良い話だと思うけど?」

 

「な、なんの話でしょう……?」

 

「アタシのお供として、天界にあがる話よ。

もうアンタのお友達は誰もいないんでしょ?

今更何の未練があるっていうの? あの王様かしら?」

 

「そ、そりゃギルガメッシュ王のことは放っておけませんし」

 

「あら。奴ならアンタのことを綺麗さっぱり忘れて、楽しくやっているわよ?

ひっどいわよねえ、こーんなにも尽してくれる下僕を見捨てるなんて」

 

「……王は、生まれながらにして王ですから」

 

「ふうん? なら、アンタを裏切ったヤツらのことかしら?」

 

「……未練は、ありません。アイツらが、選んだことなら……。

俺は、……うう」

 

「はあ、そーいうトコよ。そ・う・い・う・と・こ。

いつまでもめそめそしてんじゃないわよ。

捨てられたなら、アンタも捨ててやれば良いじゃない」

 

「っそんな……。そんな、

―――そんな簡単に捨てられるものなんかじゃない!!」

 

そう叫んで、はっと我に返る。

ああやってしまった。とさっと血の気が引いたのを感じた。

深く抉れた傷口を何度も突かれたことにより、つい叫んでしまった。

女神様に向かってなんて恐れ多いことをしてしまったのだろう。

ああ俺の運命は決まってしまったと震えながらイシュタル様を見て、そして、固まった。

 

「え、ええ……!! い、イシュタル、さ、さ、さま……?」

 

「うえ、……」

 

「な、な、な、なんで!? な、なんで泣いて……?」

 

「なっ、ないて、なんか……ない!」

 

「え、だって」

 

「うるさい! うるさい、うるさい、うるさいっ!!

そもそも、アンタが……っ、うわあああん!!」

 

「お、おち、おちつ」

 

「だって、アンタが……怒るから……」

 

「お、怒ってません!! 怒ってませんって!」

 

ぽろり、ぽろりとそれが落ちていく度に、頭がどんどん真っ白になる。

泣き喚くイシュタル様に俺の頭も混乱しているようだ。許可も得ていないのに思わず立ち上がってしまったのがその証拠であろう。

 

形の良い眉が下がり、いつもは優雅に人を見下げている瞳からは次々に宝石のような涙が落ちていく。慌ててシルクの布で目元を拭うけれど、どんどんと激しさを増して零れてくるそれを受け止めるには足りない。

どうしたものかと、何度も布を折って涙を受け止め続けていると、その瞳が俺を見上げた。

濡れた瞳で見上げられるというのは、なんと扇情的なのだろう。

思考すら奪われる魅力を持ったそれが、突然キッとつり上がったかと思うと……。

俺の腰に、その華奢な白い腕が巻き付いたのだ。

 

「!?」

 

「ばああああか!! こういう時ぐらい男気見せなさいよ!」

 

「え? え、ええ……い、イシュタル様、ちょ、ちょっとこれはまず」

 

「うっさい馬鹿! アンタなんか、ただの布よ……!

光栄に思いなさいっ、このアタシの涙を拭えるなんて……!」

 

「あ、はい。私は布です」

 

感情の起伏というか、この女神様が求める行動がいまいちわからない。

下手なことをしたら首を刎ねられるという恐怖もあるが、その前に俺はその女性経験が……おっと、此処から先は誰にもバレてはいけないことになっているんだ。すまない。気にしないでくれ。

 

イシュタル様は、ぐりぐりと顔を押し付けてくる。

俺は布なのでそれは良いのだが、内臓が痛むくらいの強さでごりごりと来るものだから辛い。いや、俺は布なのでそれは良いのだが。

 

「ぐす……。アタシが相手してあげても良いわよ」

 

「え」

 

「アンタを、拾ってあげても良いって言ってんの!!」

 

「は、……はあ……?」

 

「なによ! その間抜け面!!

折角アタシが天へスカウトしてあげてんのに!!

もっと感極まって喜び噎び泣きなさい!」

 

「あ、ちょっと、さっきから全然話が噛み合ってな……って、あーっ!!イシュタル様おやめください……!桶の中で足バタバタされるとちょ、ちょっと、こま、困ります―――!!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「どうか、お許し下さい……どうか、どうか……!

―――はっ!?」

 

延々とひどい悪夢を見ていた気がする。

飛び起きた体には汗が滲んでおり、何よりも心臓がはち切れんばかりに脈打っている。。

視界に広がる真っ白い毛に、再び悲鳴を上げそうになるが、そういえばもう人間ではないことを……。いやいや、まだだ、まだ諦めていない。そう体だけは、狼と犬を足して2で割ったような獣へと変化していたことを思い出す。

 

―――そう。俺は幼い頃から王に仕えていた。

その頃幾万人もいた召使いの中で、唯一の生き残りともいえる。

病や寿命で亡くなったものもいたし、戦いに巻き込まれた亡くなったものもいたが、王の怒りに触れて死んだものが多かったことは、暗黙の事実である。

そんな横暴で残酷な面もある王であったが、いつだってその存在に間違えはなかった。

例えどんな仕打ちを受けようとも、その苛烈なカリスマ性に国民をはじめ多くの者が跪いたのである。もちろん、俺もその中の1人であり、王からすれば多くの中の1人に過ぎない存在であろう。

 

全てが狂ったのは、あの悪夢の日からである。

いつも通り王に起床を告げようと、廊下を歩いていた。

そうして例の如く誘拐され、女神イシュタルへと捧げられたのだ。

 

どんな酷い仕打ちをされるかと思いきや、それほどの差異はなく今まで通りのことをしていれば良かったのでこれについては拍子抜けといったところか。

 

「あー……もう、」

 

運命が狂わされた最悪の日を、夢とはいえもう一度見させられたことにげんなりと気を落としながら不貞寝を決め込もうとした。この体なら何度でも寝れそうだと、くわあと欠伸を落とす。

 

 

 

「わっ、……じ、地震……?」

 

ぐらり、と視界がブレた。

 

それを感じた直後どん!という音と共に冥界が脈打った。

ベッドの上でも感じる微震と地鳴。壁がメリメリと悲鳴を上げている。

 

―――エレさまに何かあったのだ。

眷属という立場であるからだろうか、すぐに直感した。

 

急いで立ち上がり、駆け出す。

人の体とは比べ物にならないほど、この体は身体能力が高い。

まるで風になったような気持ちになりながら、部屋を一歩踏み出「ぐえっ!?」そうとして、押し戻された。

 

「ぐうう、わ、わすれてた……」

 

正確には、何故この部屋で寝ていたかの経緯をすっかり忘れた俺が、勢いよく飛び出した結果、見えざる首輪に首を絞められ、反動で部屋の中に放り戻されたというわけである。

 

「げほっげほ……。し、しぬかとおもった」

 

びたんと床に投げ出されたまま、はあと息を吐く。

もしこの場にイシュタル様がいたらそれはもう、愉快そうに高笑いをするだろう。

自分の阿保さを嘆くと同時に、その笑い声が脳に響いた気がして慌てて首を振る。

 

とにかく、此処を突破する為には首の鎖のようなものを何とかしなければならないらしい。

だがこれはエレさまの力によるものなので、眷属である俺に断ち切ることは出来ないであろう。

 

びりびりと響く、冥界の脈動はエレさまの“怒り”だ。

ごろごろと鳴る、冥界の地鳴はエレさまの“嘆き”だ。

どんどんと強さを増していくそれらに、俺の中の焦燥感も掻き乱される。

いかなくてはならない。そんな気持ちに急き立てられていた。

でも一体、俺はどうすれば―――。

 

 

 

『―――様、……様、』

 

 

 

焦りはしても、どうすれば良いのか考えが浮かばない。

べったりと床に体を付けながら、ぐるぐると頭を空回りさせていると近くで声がした。

目を動かして周囲を見回しても誰もいない。

ついに幻聴まで聞こえるように、と思った刹那、鼻先に何かが落ちて来た。

 

とんっ、と突き立ったそれを見る。―――剣である。

目の前に生えたそれを再び見る。―――やはり剣である。

 

「ひえっ!?」

 

俺の鼻先から小指の爪ぐらいの距離に落ちたそれが何かを、脳が理解するまで暫く時間を要した。

情けない悲鳴を上げながら、ぴゃっと後ろに飛び退く。

 

 

 

『おお…汝が』

 

『我らが慈母アマテラス大神の寵児(みこ)様……』

 

 

 

また、声が聞こえた。しかしその姿は見えない。

きょろきょろと周りを見渡すと、突き立った剣の上に白い何かが3つ現れた。

もふもふとした白い毛に、不思議な赤い模様は、俺と同じようなものだ。

だが種別が違う。細長い尻尾に、細い鼻、それは“ねずみ”の姿をしていた。

 

小さな3匹のねずみたちは、真直ぐに俺を見て交互に口を開いたのであった。

 

 

 

 

 




以下、最大のネタバレです。





あと2話で終わる予定です。
さ、最後まで付き合ってくれたって良いんだからね!

評価など下さった方、コメント誤字報告をして頂いた方々、本当にありがとうございます!
終わりが近いことに先立ちまして、これまでのお話の良かった点、悪かった点、もっと見たかった点、はっきりして欲しい点などをコメントにて募集させてください。これからの参考にさせて頂きます。
踏まれて伸びるタイプなので辛口でも良いよ!! むしろ踏んで!!
ただし間違っても物語の確信に触れる部分、たとえば、卒業式のシーズンですが主人公はいつ卒業するんですか?とか聞いてはいけない。いいね?

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