天界の僕、冥界の犬 作:きまぐれ投稿の人
まずはふわりと読んで頂き、あとがきに記してある解説らしきものにお目通しを頂くとわかりやすいかも。
―――王よ、西の豊葦原の瑞穂の国を統べし王よ。
「……う、ううん……。なんですか、こんな夜更けに」
―――私は、日出ずる豊葦原の瑞穂の国の精霊 木精サクヤ姫
遥か遠き地にて国を統めし王に頼みがあり、この度顕現いたしました。
「……西の豊葦原の瑞穂の国というのは、我が国のことでしょう。
でも、日出ずる豊葦原の瑞穂の国というのは……?」
―――この地より、遥か東。
つまりは日の出る方向にある国……。
この地とも無縁ではない、神々が守りし国です。
「へえ……。それは興味深い。
ボクも行ってみたいです。気に入ったらもらっても良いですか?」
―――それは私の口からはどうにも言えないこと。
それよりも、あなたに頼みたいものがあるのです。
「……まあ良いでしょう。
遥か異国の地より来る神を追い返すなどと、無礼なことはできませんからね。」
―――感謝いたします。
かつて、星の海より襲来した魔のものを追い払うが為、我らが慈母、太陽神アマテラス大神は命を賭して戦いました。
その魔のものの封印は一度破られましたが、蘇りしアマテラス大神より再び倒されました。
アマテラス大神はその後、神々の国へと戻っていきましたが……。
“その力を継ぐもの”を残していきました。
「ふうん、それでボクに何をしろと?」
―――薄れゆく信仰、歪んでいく伝承により、アマテラス大神の子の存在は今危ぶまれています。
高貴なる神格はアマテラス大神と同化し、もはや神としての力は無いに等しいでしょう。
それでも我らにとっては、慈母の
故に、神として存在することは出来なくとも、人として生きて欲しい。
天の照る神が愛した“人間”として。
……話が長くなりました。
あなたに頼みたいことは1つ。
「……なんでボクに?」
―――
ここは“人類文明の揺りかご”と呼ばれし地。
神と人が共に生きる地である。
我が国で再び花開いた太陽神アマテラス大神の信仰は、力を持たぬ子にとっては……。
「……ま、良いでしょう。
国を治めるのにも飽きて来た頃です。
異国の神の子にも興味がありますし」
―――ありがとうございます。
それでは、明日、天が高く昇る頃。
我が花の前に参られよ。
「花、ですか。……ってあれ、もういない。
ひっどいなあ、頼み事するだけしてすぐ消えるなんて。
けど神様なんてそんなものですよね」
これはまだ、ギルガメッシュ王が幼き頃の話である
生まれながらに約束されていた“金の玉座”と頭に戴く“金の冠”に、かの王は格別な想いは抱かなかった。“王として生まれた我は、我であり王である”という、王としての根幹は、生まれながらにして成立していたのかもしれない。
幼いながらにしてウルクを治めるギルガメッシュは、絶大なる人気を誇り民からも慕われていた。
だが決して彼は驕ることはなかった。聖人君子を絵に描いたような性格で、誰に対しても礼儀と謙虚を欠かなかったのだ。
半神であり、高位神の加護を身に授かるギルガメッシュは、夢を良く見た。
それは予知夢であったり、預言そのものであったりと、未来に起こることを暗示させるものであった。
この日の夢は、遠い異国の地の神から“賜った”ものである。
異国の神の出現に流石のギルガメッシュも驚いたが、すんなりとサクヤ姫の言葉を受け入れた。
王としての器の大きさもあるが、彼自身の興味も後押しをしたのだろう。
「なーんだ。まだこんな時間ですか。さっさと日が昇れば良いのに」
夢から目覚めたギルガメッシュは、ずっとずっと時を待ち侘びた。
おかしな話だが、何故か無性に心が躍っていたのだ。
作物の実りを、花の芽生えを楽しみにする子どものように、ずっと。
そうして太陽が最も高く昇る少し前に、彼は城を飛び出した。
「……花。……これはまた、綺麗ですね」
城を出たギルガメッシュの頬を、淡い桃色の柔らかなものが擽った。
ひらり、ひらりと散るそれは小さな小さな花びらであった。
まるでギルガメッシュを誘うように、絶えることなく舞うそれは、控えめな甘いにおいがした。
何という花だろう、とギルガメッシュは花びらを指で摘まんだ。淡い柔らかさと、品のある甘さ、さんさんと降り注ぐ陽の光のもとに舞うその姿は、優美で目を奪われる。
「……!」
そうして辿り着いた先には、大きな木があった。
小さな桃色の花をたくさんつけたその木のもとに、それはいた。
ギルガメッシュよりも少し小さな子どもであった。
しかしその額に浮かぶ赤い模様と、纏う神気が、子どもが人の子ではないことを示していた。
「……」
「……」
はらはら舞い散る花の下で出会った2人は、ただじっとお互いを見つめ合う。
1人は推し量るような、観察の眼差しで。
1人はひたすら戸惑い、疑問の眼差しで。
「え、えっと、……だ、誰?」
「迎えに来ました。だから、ボクと行きましょう」
「へ? む、迎えにって……?」
「今日から、あなたはボクの召使いです。
えへへへ、一緒に遊んでくださいね」
「あの……っ!」
花びらだらけの髪にポアっとした顔は、愛嬌がある分間が抜けて見えた。
でもそれがこの子どもには似合っている気がして、ギルガメッシュは気に入ったと笑う。
そうして、穴が開くかと思うほど子どもを観察すると、手を差し伸べた。
目を白黒させる子どもが何かを言っていたが、彼の耳には聞こえていない。
がっしりとその子どもの手を掴むと、自分の城へと戻っていった。
2人の小さな背中を見送るように、その花はぱっと散り……。
やがて1本の枯れ木となった。
―――それから時が流れた。
子どもの額にある模様は、“信仰のあるもの”や“神気を持つもの”には見えてしまうらしい。
神と共に生きる国には、当然のことに神への信仰が存在する。故にウルクの民には、子どもがどのような存在であるかを推し量ることが出来てしまうのだ。
よって面倒なことにならないようにと、ギルガメッシュは“特別製”の布を織らせた。
そして、『絶対に顔を見せてはいけない』という言葉と共に子どもに与えた。
子どもが布を羽織ると、微弱な神気は完全に消える。そもそも子どもの力は、半神であるギルガメッシュよりも弱かったので、抑え込むことは簡単であったのだ。
異国の女神がそうしたのか、それともただ単に憶えていないだけなのか判断は付かなかったが、子どもに記憶は残っていなかった。このことはギルガメッシュにとっては非常に都合が良かったのである。
いくら力を持っていなかろうと、太陽神の子を召使いとして迎えるなど不敬にも程がある話だが、異国の女神は“人間”として“ギルガメッシュに預けた”のだ。
つまりはウルクの民として迎え入れたことになる。ならば、子どもをどう扱おうとも、ウルクの王であるギルガメッシュの勝手である。というのが、彼の解釈であった。
***
「我が下僕よ、」
「はい、王様」
「
「お、王よ……。誠に恐れ多いのですが、」
「ほお、我に意見せんとするはこの口か」
「イタタタタっ、痛いですっ、さける、さけちゃう……!」
玉座に座し、貢ぎ物の中から適当な宝石を見繕うと下僕へと投げ渡す。
犬に餌をやるような気紛れな行動だ。
そうして、金糸で織り込まれた布を被った召使いが慌てふためく様子を見下ろす。
戯れに、その頬を掴み引っ張ると、愉快な悲鳴を上げて『やめてください』と懇願する。
召使いとして城にいれた下僕は、まあまあ良く働きはするがやはり“緩い”。
この我の御前で欠伸をするなど打ち首ものであろう?
まあ、飼い犬だと思えば愛いものであるが。
「王よ、今夜の宴は如何いたしましょう」
「……気が乗らん。我の部屋にてお前が酌をせよ」
「はい」
我に仕え、我に一身を捧げるもの。はじめは神の子を侍らすことに愉悦を感じていたが、それもすぐに消えた。コレを神と呼ぶには、あまりにも間が抜け過ぎている。
そのように腰の抜けた柔い男であるが、コレには人のみならず神をも惹き付ける何かを秘めていた。
「下僕よ。まさかあの女神の神殿へは近付いておらぬよな?」
「も、もちろんです……!
私のような人間如きが近づける場所ではありません」
「そうか、そうよな。
今後もしかと我の言葉を守るが良い」
「は、はい。王様」
我が守りを受けしこの“なりそこない”には、己を“人間”だと思い込ませた。
力を持たぬ神など、我からすれば人間に変わりはない。
しかし万が一のことを考えると、神々に近付けぬ方が良いだろう。
特にあのうっかり女神に気に入られでもしたら、我でも何が起きるかはわからんからな。
「して、何か変わりはあったか?」
「い、いいえ。王が気にされるようなことはなにも」
「ふん。……安寧とは実につまらんものよな」
我が寵愛を受けるに相応しい存在ではあったが、コレはこのまま飼っておいた方が面白い。
“記憶を失くし、行き場を失った己を手厚く保護した優しい王”に、精々その命尽き果てたとしても、我の傍に在れと命じてあるしな。その時の反応だと? もちろん、歓喜のあまり悲鳴を上げながら首を上下させておった。
「うん? 随分と情けない面をしておるな。
どれこの我自ら暇潰しに聞いてやろう。
余りある光栄に平伏して、我を称え、崇め、申してみるが良い」
「……申すまでが、長いです王様」
「フハハハハ、当然であろうこの我を誰ぞ思っておるか。
さあ我の気が変わる前に、疾く跪くが良い。でなければ……」
「あっ、はい。よろこんで!!」
星が流れるように頭を下げた下僕に、思わず笑みが零れた。
このように我が命に忠実ではあるが、その性根の脆弱が気に入らんところでもある。
その弱さに付け入ろうとする下郎が多くいたのだ。
夜遅くまで酒を飲み、夜が明けるまで言葉を交わすなど、どうして許されよう。
我を放って、そうこの我を放って……!
全員首を刎ねてやっても良かったが、もっと良い方法を思いついた。
“我に寄って来た女を不埒者らに嗾ける”と、あっという間に羽虫どもは散っていった。
あまりにも愚か過ぎて笑えもしなかったが、まあすっきりしたので良しとしよう。
「その目は……。
そうか、我とお揃いというヤツだな!
そうかそうか、実に愛い。良い、許す」
「……い、いえ、これは……その」
「フハハハハッ! 情けない顔をするでないわっ!
我は実に今機嫌が良いのだ。お前も飲め」
「えっ、い、いや私は……!」
「なんだ、
「めっ、めっそうもないです! お、王様のお酒ならいくらでも……!」
思惑通りすっかり夜遊びをやめた下僕に、毎晩の我の酌を命じた。
暫くその目は赤く腫れていたが、言葉にしなくともわかる。
我に酌を出来る己が身の冥利に涙が止まらないのだろう。
従順な犬とは、愛いものよな。
それから数日経った日であったか。
ずっと前からこの我をものにしようと喧しかった女神が、ついに暴挙に出たのだ。
『3日以内に国王のもっとも大事にしている人間を差し出さなければ、私はこの国を1日で滅ぼすであろう』
女神の通達を聞いた我の怒りは、思わず城の一角を吹き飛ばしたほどだ。
むしろそれで済んだことに感謝をして欲しい。この国のものは我のものである。
これは自然の摂理にも通じる、至極当然の理である。
それにあの女神の性格はわかりきっている。
自分が気に入ったものは殺してでも奪い取るが、自分が飽きると甚振って捨てるのだ。
それだけでも腹立たしい話だが、あろうことか……“不埒者ら”がやりおった。
「……おい、我が下僕は何処ぞ」
「ぎ、ギルガメッシュ王……。さ、さあ見ておりませ……っ、ひっ」
我が目覚める時、必ず傍に在る存在が朝から姿を見せぬのだ。
それを異変と思わぬほど腑抜けた覚えはない。
この国で我に見えぬものはない。故に、下らぬことを考えた雑種らに、“生ある資格はない”。
腹の調子がおかしくなるほど腸が煮えくり返っていたので、あの愚女神の神殿の扉をぶち破ることにした。言っておくがこれは、下僕の為に態々この我が出向いたわけではない。
ただ、腹の虫がおさまらなかっただけだ。
「きゃああっ!! ちょっと、何すんのよ!
女神の住処よ!? 訪問の礼を尽くしなさいよ!」
「ほお? 我の下僕を盗み取り、かつ我に礼を尽くせと?
―――片腹痛いわ」
「無礼者っ……!」
「まだ己の立場が分かっておらんとはな。
此処まで愚かだとは思わなんだ」
「はあ? 何ですって……!」
目に力を入れて睨み付ければ、女神は我の怒りにたじろいだ。
だが我の怒りは加速するのみ。
顔を見た途端に濁流の如く押し寄せる、怒り、憎しみを解放せんが為、腰に差した剣を抜き放つ。
女神がさっと顔色を変えたがもう遅い。傲慢な女神を切り捨てようと構えた時であった。
「お、王様……! おやめください! どうかお静まりください!」
「む。……我が下僕よ、無事であったか」
「は、はい、私は何もされておりません……!
王よ、恐れ多くも……お願いがございます」
「ふむ。まあ、お前の言葉ならば聞いてやらんでもない。
良いだろう。申してみよ」
「女神イシュタル様の、お言葉に耳をお貸しくださいませ。
そもそも私が此処にいるのも、女神様が貴方様を―――」
「……黙りなさい」
「い、イシュタル様……?」
「そうね、はじめはアンタが欲しくてやったことだけど、もうどうでも良い。
アンタみたいな傲慢で、強欲で、この世の全てが自分のものだと勘違いしている馬鹿よりも、ポアッとしてる阿保面見てた方が心安らぐわ」
「え」
「待て。……イシュタル貴様」
「豊穣を司る女神として、今後のウルクの発展をお約束いたしましょう?
その代わりソイツ、寄こしなさい。アンタにももう二度とちょっかい掛けないから」
我の前に膝を付いた下僕を、女神が引っ張り上げる。
すかさず女神とは逆の手を引っ張れば、女神の力が強くなる。
その力に抵抗するために、さらに力を込めると……。
「ちょ……!? ち、ちぎれるうううううう!!」
「うるさいっ! アタシの下僕なら堪えなさいっ」
「黙れっ!……我が下僕なら堪えてみせよ!」
「や、やっぱ息ぴった……いたあああああっ!?」
我としたことが、我を失っていたようだ。
だが一度始めた争いを引くことは、敗北を認めるのと同義である。
『いっそのこと殺して欲しい』と下僕がしくしくと泣き始めるまで、我と女神の争いは続いた。
「ま、まっぷたつにされるところだった……。
お願いですから、仲良くしてください……。
私の身が持ちません……お願いです」
「……はあ。なっさけないわねえ」
そう“出来る限り仲良くして欲しい”とほざいた下僕を睨み付けたが、身を縮めて懇願する姿があまりにも哀れであったので、怒りが呆れに変わる。
どうやらそれは女神も同様であったようだ。
何となく争っていることが下らぬことに思えて、仕方なく女神の城への出入りを許すことで、決着が付いた。この我が随分と温い判断を下したものだと、我自身を自嘲する思いだが、下僕の情けない顔を見ていると色々面倒になっただけのこと。
「わあっ!! お、王様、女神様!!
城で喧嘩しないでください……!!」
「下僕の癖に、アタシに文句付ける気!?
だいたいね、アンタがはっきりしないからこうなってんでしょうが!!」
「ヒエ」
「貴様こそ、誰の下僕に向かって口を聞いている?
我は言葉を交わすことを許した憶えは無いぞ」
「はあああ? なんでコイツと話すのにアンタの許可が必要なのよ!」
この我が恩情で許したとはいえ、我が物顔で我が下僕を扱き使う女神に何度と城が吹き飛んだことか。だがまあ、今まで無茶苦茶に暴れていた女神が、これでも随分大人しくなった。
豊穣を司る女神により、ウルクは実りの時期を迎える。
―――それが起きたのも、そんな時期のことだ。
***
そこは、ウルクに次ぐという巨大都市であった。
世界を制するのはどちらかと、人々がこぞって噂をし合ったほどにウルクと肩を並べる可能性すら秘めていた王国であった。
―――煙る硝煙が、送り火の如く空へと伸びる。
―――瓦礫の山と化した、王の城と神々の神殿に傾いた陽が差していた。
落日を迎えた王国は、盛者必衰の理を体現したものでもなく、また神々による自然災害で滅びたものでもない。つい先ほどまで、燦燦たるその姿を以てこの地帯を治めていたのだから。
「ふん、他愛もない。
この程度で我がウルクに手を出そうなどと、この我に対する侮辱と知れ。
そしてその罪は、己らの血を絶やすことで贖おうぞ。
だが―――。それでも、まだ足りん。足りんのだ」
滅びた城の裏手に聳える高き崖より、見下ろすものが在った。
それは他でもない、ギルガメッシュ王である。
ぎりりと唇を噛み締めたかの王は、その
くったりと、力無く項垂れたそれは―――命絶えし者であった。
女神イシュタルが天界まで連れ去ったそれを取り戻したギルガメッシュは、言い知れぬ胸の内を持て余していた。それは、彼にとってはじめて喪ったものであったから。
こんなことならば早く、あの不死の薬とやらを与えておくのであったと後悔するも、もう遅い。
その魂は今頃冥界へと赴いているだろう。
不思議とその心は凪いでいた。
怒りを超越した、怒りであったのかもしれない。
天界にてイシュタルからそれを奪ったギルガメッシュは、そのまま冥界へと乗り込もうとした。
しかしそれを止めたのは、女神イシュタルであった。
『……いくらアンタであっても、冥界に下ることは出来ないわ。
わかっているでしょ』
『我に不可能があるとでも?』
『あのね、アンタが変に暴れるとそれこそ冥界は完全に閉ざされてしまうの。
それだったらアンタがいっそ死んだ方が早い……って待て待て待て!
実践しようとしてるんじゃないわよ! 全く調子狂うわね。
アタシの話はちゃんと聞きなさい!』
『……なんだ。貴様の話を聞いている暇はない』
『アンタも大概ね。……アタシも人のこといえないけど。
良い? アタシはアタシの為にアイツを取り戻しにいくわ。
でももし、アタシがもし戻らなかったら……。アンタも来なさい。
“冥界の門は開かれている”筈よ』
『何故我が貴様の……。いや、この際仕方あるまい。
では我は―――下すべき裁きがあるのでな』
こうして女神イシュタルは冥界へと下り、ギルガメッシュ王は先の戦の相手であった国へと足を延ばしたのだ。イシュタルもギルガメッシュも供を連れることなく、単騎で乗り込んでいった。
その結果が、今、眼下に広がる光景である。
「……」
砂漠の乾いた風が、頬を髪を撫でて去る。
ギルガメッシュはじっと
「気が変わった。我はこれより冥界へ向かう。
だが決してお前の為ではない。我の為だ。
我は退屈と静寂を好まぬ。
それに……どうにも、待つというのは性に合わんからなあ!」
***
『
『我らは子断神。退魔の力を以て魔を払う断神の子なり』
『ここは我らが領域に在らず、顕現できるのは我らのみ』
『故に我らが力は完全に在らず。しかしその鎖を断つことは容易い』
『どうぞ我らの力、とくとご照覧あれ!』
剣の柄に上った3匹の小さなねずみが、口々にそう言った。
小さな小さな体であったが、身の丈の幾十倍もある剣を力を合わせて持ち上げる。
そして彼らが剣を一気に振り下ろすと、ぱきんという割れる音にも似たそれが響き、ふと体が軽くなる。
『みこさま、今の御身では“筆”を扱うことは出来ますまい』
『だがご安心召されよ』
『我らが子断神、小さくともアマテラス大神の一部なり』
『―――時が来るまで、我らはみこさまと共に在る』
ぴょんと跳ねたねずみ達に、俺はただ目を白黒させるだけだ。
あまりに突然のことに言葉を無くした俺は、やっと我に返る。
「い、色々聞きたいけど……。
まずその“みこさま”っていうのは……?」
『御身はアマテラス大神のもの、初代アマテラス大神の御身にあらせられる』
「アマテラス……?」
『我らが慈母アマテラス大神は、天を照らす最も尊き御子なり』
「そ、それって……。たっ、太陽神っ!?」
思わず悲鳴交じりの声が零れてしまった。
太陽神といえば、神々の中でも最高位に位置する最も尊き存在で……。
ということは、散々“犬と狼が混ざったような獣”と表現してしまったが、も、もしかしてこの体は……。太陽神のものだというのか。
「でっ、でもそんな俺は、っていうかなんで俺!?」
『御身に宿る神力は途絶え、時間と共に消滅する筈であった』
『そうして御身は完全に人となり、人として死ぬ運命にあった』
『御身の力は、アマテラス大神へと返される筈であった』
「え、ちょ、ちょっと待って……!」
―――全然意味がわからない。
俺は、そう幼い頃からギルガメッシュ王に仕えて……。
その切っ掛けとなったのは、俺が親に捨てられて彷徨っていたのを王が気紛れで拾ってくれたのだ。
まだ話が通じる頃の王との出会いを、一度たりとも忘れたことは無い。
逆を言うと、ギルガメッシュ王に会う前の記憶は一切なかった。
『しかし、運命は狂いけり』
『高位の神に触れ、高位の神の願いにより、
萎み枯れる筈であった蕾が、花開いてしまわれた』
『その力は———生と死。
対なる力は、みこさまの運命を逆転させてしまった』
『即ち、神として生き、人として死ぬこと』
『そして、みこさまは“死んだ”―――人として』
『そして、みこさまは“生き返った”―――神として』
「……死、って、……。イシュタル様を庇って、の」
思うことはあった。
周りの人間が年齢を重ねていく中で、俺はギルガメッシュ王と同様に“一向に年を取らない”のだ。
ギルガメッシュ王のように神の血が流れる人間であれば、理由は付くけれども俺は普通の人間である。なのに、何故か老いない、死なない。
そんな俺に周りの人間は、王が“不老不死の薬”を求めたのはお前の為だったのかと言った。
しかし俺には、そんな薬など口にした記憶になかった。
「で、でも、た、太陽神なんて……!」
『我らが慈母アマテラス大神の子よ』
『天界の女神と冥界の女神の力の混じったみこさまの御身はもう』
『アマテラス大神の御許に還ることは許されぬだろう』
『されど、その貴き神位に使命に変わりはあらず』
尻尾や耳を動かしながら3匹のねずみは、そう告げる。
俺はただただ唖然と口を開けるしかできない。
俺が神様で、しかも神様の中でも高位な太陽神の……子?
真っ白な頭の中では氾濫した川の如く衝撃と疑問が押し寄せて来るけれど、固まった口では一言も発することは出来なかった。
―――どおおん!!
一段と大きく地面が轟いた。
大地がぱっかりと割れてしまったかのような、ものすごい轟音にはっと我を取り戻す。
そうだ、こうしてはいられない。エレさまのもとに行かなくては……!
魚のように口をぱくぱくとさせていた俺は、本来の目的を思い出すと急いで部屋を出て行った。
床に突き刺さった剣と、その上に乗る3匹のねずみを置いて。
『試練はすぐに訪れよう』
『神となった御身はまだ未熟』
『ゆめゆめご無理をなされるな』
勢い良く去って行った俺には、その3匹の言葉が聞こえることは無かった。
以下解説……?第1回目(とてもながい)
ネタバレ含むかもしれないので注意。
*初代アマテラス大神(白野威)
全盛期のアマテラス大神のこと。もふもふ。キリっとしてる。
ややこしいので初代と表記しました。
人々からの信仰MAXであった為に、つよい。ものすごくつよい。
ヤマタノオロチと死闘を繰り広げて死亡する。
*アマテラス大神
初代の生まれ変わり。もふもふ。ポアっとしてる。
人々の信仰心が薄れてしまい弱体化してしまった。
蘇ったヤマタノオロチと再び戦い、倒すことに成功する。
その後神の国へと帰るが、置き土産をしていく。
*王の下僕 / 女神の下僕(主人公)
卒業はしてないが本人曰くDTではないらしい。それってつまり……?
仲間全員に裏切られたという壮絶な過去を抱えており、未だにトラウマとして引き摺っている。だがそれを招いた原因は……。
ギルガメッシュによって拾われ召使い兼兵士として散々こき使われた挙句、天界の女主人に気に入られる。
誰一人まともに話を聞いてくれないのが悩み。
*シャマシュキガル / アマテラス大神の寵児(主人公)
アマテラス大神が残した置き土産。もふもふ。ポアっとしたヘタレ。
生まれながらにして神の力を持たなかった為に、サクヤ姫によって異国の地へと送られる。
彼を憐れんだ神々によって“神として死に、人間として生きる”ように運命づけられる。
微かに神の力は残っているものの、年々弱くなっていき、完全に消滅すればただの人間となる……予定であった。
イシュタルを庇い死亡する間際に、これでもかという程“生を司るものの神気”を注がれ、覚醒する。イメージ的にはやり過ぎた心臓マッサージ。心臓なかったけど。
これにより生者として冥界へ下りる。この時は半神半人って感じ。
同じく冥界の女主人に気に入られ眷属にさせられる。
本来神格としては主人公の方が上である為、眷属とすることは不可能であるが、冥界における絶対神はエレシュキガル他ならない。
その後ずっとずーっとエレシュキガルと冥界で暮らす内に、“死を司るものの神気”を取り込み、無意識のうちに人間として死亡する。
―――これにより、主人公の運命が逆転する。
日本の神々が望んだ『神として死に、人として生きること』から、断神が告げた『神として生き、人として死ぬこと』に変わる。こんなことになるとは、神々ですら想像していなかったに違いない。
……命名の際に名前を噛まれたり、時折名前の表記が間違っていたりしていた可哀想な神さま。ごめんね!
*木精サクヤ姫
日本のとある村の御神木の精霊で、ヤマタノオロチの邪気をも遮断する力を持っている。
ずっとアマテラス大神を守り導いて来た。
置き土産である主人公に神の力がないことを見抜き、断腸の思いで“縁のある異国”に送ることを決める。
これは、再びヤマタノオロチを倒したアマテラス大神に対する信仰が戻った為、力のない主人公がアマテラス大神を継ぐことは、彼に負担を強いるだけになるという考えと、またアマテラス大神への信仰が失われてしまうことを恐れての行動である。
【“縁ある異国”という表現は“シュメール人は日本人のルーツではないか?”という仮説より、そう表現しております。この話では、ウルクと日本が直接的ではなくとも、間接的に何かしら歴史上に関係していると仮定し進めていきますが、あまり物語には関わって来ませんので、裏設定ぐらいに思って頂ければ】
以上となります。おつかれさまでした!
とても長くなりましたが、今回は区切るよりもわかりやすいかと思いまして、全載せした次第です。何せ書いた人間が拙い為に、わかりにくいところや、辻褄が合っているのか? という部分があるかと思われます。何かあればズブリと突っ込んで下さい。
あと1話で終了予定です。