森山絵凪「この愛は、異端。」の夫婦が異世界に旅行する話。

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「この愛は、異端。」の夫婦が異世界に旅行する話。
別のところで書いた内容を書き直して投稿しました。


異世界旅行でこの愛が。

 突如、空が裂けた。

 

 滅多に見ないから怪奇現象であるが、そんな怪奇現象を民衆が目撃したのは、ここ鉱山都市ドネルカザヴの城門前からおよそ10m上空である。以外に間近かつ派手なラップ音と放電とともに空のど真ん中が縦に裂けていた。見上げた民衆からすると、中は白く塗り潰されて何も伺えない。ついでに裂け目の裏側からは何も見えない。

 

 裂け目から何かの塊が飛び出してきた。別世界では大型スクーターと呼ばれる、二輪の乗り物である。小癪な事に黄金のカラーだった。男女二人を乗せたそれは、フロントを高く掲げ、上空から勢いを上げて城門に突入した。

 同時に何かが砕け散る甲高い音が響き渡った。それが都市への出入りを制限する結界であったことは、その場にいた民衆の知るところではない。

 

 スクーターはその勢いのまま驀進し、詰め所を素通りして表街道に着地、ブレーキを掛ける。簡単に止まるワケもなく、石畳の上を滑りつつ派手なブレーキ音を立てながら、強引に車体を横向きに取る。路上の民衆は慌てて脇へと次々と避けていくしかない。ゴッツイスクーターは更に滑り、進行方向から真後ろを向いたところで完全に止まった。

 路面には派手にブレーキ痕が付きまくっている。路面に多数残る馬車の車輪跡よりも黒々と目立っていた。

 

「何だァッ!?」

 

 街道脇に転げて逆さの体制で壁に寄りかかっていた男が野田サ〇ルキャラばりに狼狽しまくっている。だが真上の窓が突然開かれ、男は突き飛ばされて転がってしまった。何だ何だと若干名の連中が窓から顔を出していた。

 

 その二人乗りのスクーターに乗っているのは、前には男性、後ろには女性だった。どちらもヘルメットを着け、ライダースーツという出で立ちだ。中世ヨーロッパぽいこの界隈では悪目立ちもいいところだ。スクーターだけに両者背筋は立ったままだった。尚運転していたのは男性の方である。

 

 女性が乱暴にヘルメットを脱ぐ。長い金髪が流れ、20代前半の女性が顔を露わにした。美しい、その一言で済ませても良いかどうか迷う程美女である。眉根を寄せていても美人は美人だ。ついでにバストがでかい。

 

「バ~ア~ル~!」

 

 乱暴な運転に怒っていると言えば怒っているが、どちらかというと呆れている。

 

「済まない、ついやってしまった」

 

 同じくヘルメットを脱いだ男性は、30から40代程、黒髪で眼鏡を掛け、長身でスタイルの良い、これも美形、イケメン、美丈夫の笑顔が露わになった。一連の乱暴な運転は彼の本意ではない。ということにしておくべきかもしれない。

 

「男って運転するとウキウキしちゃうのかしら」

「うんそれはちょっと、いや結構、あるな」

 

 肩をすくめた彼女に、彼は頭を掻きつつ反省の弁を述べる。突然現れた美形のワケの判らないカップルに、周囲は騒然となった。だからといって無暗に近づいたりはしない。

 

「ねーそこの君ィ!」

 

 どっこいしょなどと口にしつつスクーターを降りた彼女が、ヘルメットを振りつつその辺に突っ立っていた男に呼びかけた。奇しくも彼は門番、案内マンである。本当は彼らのような連中を問答無用で通しちゃいけない仕事のオジサンだった。不可抗力というものだが。

 

「あ、はい?」

「食事したいんだけどー、食堂とかあるかな?」

「あぁすぐ左向かいにありますけど……いやいやその前に! 通行証!」

 

 門番は本来の仕事を思い出した。再度述べるが不可抗力である。

 

『あ』

 

 彼と彼女が揃って間抜けにハモる。地面に降り立った彼が優雅に懐へ手を入れるが、そこに目的の物の感触はなかった。慌てて全身のポケットをまさぐる。必要な物はこちらに来る前に確認した筈である。それでも目的の物がないと思い知ると、ちょっと俯き加減になり、指を額に当て一瞬考え込んだポーズを取った。次の瞬間には指を門番に向け、そっと何かを呟く。実に悪そうな表情である。この間3秒。

 

「君は通行証を確認した、いいね?」

「ハイカクニンシマシタ」

 

 そんな様相を彼女はスカシ目で眺めていた。尚通行証が彼の左太腿にあるポケットに入っているのを彼女は知っている。

 

「めんどくさくなって術かけちゃったのね」

「ハハハそんなことは」

 

 右手を掲げて彼は優雅に誤魔化した。通行証は今気付いた。

 

「ま、いーか。それよりお腹すいてるし、んー、あの赤い屋根の店行ってみない?」

「いいですねそうしましょう」

 

 彼女の指差した先には、いかにも料理の絵が描かれた看板がぶら下がった店が建っていた。絵文字で表してくれると判りやすいものだ。

 ステアリングにあるスターターを押して再始動させたスクーターに、彼は再度乗り込む。彼女も背後に乗ったことを確認すると、タイヤを派手に鳴らし旋回し終え、赤い屋根の食堂へと走り去った。

 

「何か変わった旅人だなぁ……」

 

 遠巻きに眺めていた民衆御一同は、何があったかよく判らないまま、走り去る謎の何かを目で追っていた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「あぁホラよしの、口が」

「モガ?」

 

 サラダをフォークで頬張り、酢と魚醤によるドレッシングが頬に掛かった彼女である。彼が自前のナプキンで彼女の頬を拭う光景は、傍目には夫婦と言うより親子に見えなくもない。

 そんな彼女はローストビーフに手を着けようとしていた。この世界にも牛はある様子だ。

 

 二人は無事食堂に辿り着き、仲良くランチをしたためている。ワインにサラダにローストビーフという、この地域でごく一般的な料理である。そんな彼らを、周囲の客が物珍しそうに盗み見ている。旅行者自体は珍しくないが、流石にライダースーツは目立つ。彼らが美形だからというのもある。

 

 突然、彼の背後に男が影を差した。この地域では珍しく東洋的な中年である。30代半ばで無精髭こそあるが、年相応に老けた風ではない。

 

「おいお前ら」

 

 相手を見下した態度で、実際に見下ろしているのだが、ランチとトークに勤しむ彼らを男は睨み付けた。警告抜きに男から荒々しいオーラ、この世界で言う「威圧」が全方位に放たれる。周囲の客と店員がその場に縛り付けられたように崩れてしまった。

 しかし二人は全くの無関心を貫いていた。威圧に気圧されてもいない。単に自分らに向けられたものと思わなかっただけであるが。自分たちの世界に入っている。

 

「聞け」

 

 ようやく彼らが中年男の方を向いた。二人が実にうんざりとした態度になるのは致し方ない。

 

「何よランチの邪魔しないでくれる? 忙しいんだけど」

 

 ローストビーフを相手に格闘……頬張っている彼女は本当に忙しいといえば忙しい。

 中年男には彼女の都合など知ったことではなかった。

 

「貴様は女の癖に楯突くのか?」

「今時男尊女卑? あーそういう世界か」

「礼儀がなってないな貴様死にたいか?」

 

 流石に脅迫までされては彼女の旦那たる彼が出張らない訳にはいかない。

 

「ほぉ」

 

 立ち上がった彼の背丈は男を優に超える。口元は笑っているが目は笑っていない。見下された形の男は、更に顔を上げてメンチを切った。それが効いたかどうかは語るまでもない。彼が静かに、あくまで静かに問い質す。

 

「我々が何か粗相をいたしましたかな?」

「お前らは町の結界を破って来た。悪人だな? 悪人はしっかりとシメないとな?」

 

 一応相手の言い分に一理ある。あるが、何それ知らないわよと口に物が挟まったようなというか実際にローストビーフが口に挟まった物言いになった彼女が、スカシ目で相手を睨む。ローストビーフが柔らかい割になかなか噛み切れない。

 

「それに表のスクーター、生意気だな」

「ほぉ?」

 

 男にバイクへの拘りやプライドがあっての言葉だが、彼の知ったことではない。異界に来たはずなのに自分たちの世界の機械を知っている人間がいることも特にどうでも良かった。それよりも彼は、男の右手が前方へ掲げようとしているのを見逃してはいなかった。

 

 案の定男が手を掲げたその直後、二人をターゲットとして落雷が起きた。ただそれは、店内全域に及ぶ威力である。

 

「きゃぁぁぁ!」

「うわぁー!」

 

 巻き込まれた周囲の者たちは感電し、火傷あるいは黒焦げの重体と化した。そんな惨状に何ら眉一つ動かすこともなく、男は生意気な夫婦に制裁を加えたことに満足感を覚えていた。軽い脅しのつもりだったが死んでいてもざまぁみろだ。

 

 が、肝心の二人は全くもって何も変わらなかった。不可視で半球状の何かが彼らの周囲を覆い、彼らを守りきっていた。

 

「何よもービックリしたわねぇ」

「大丈夫ですかよしの?」

「飲み込んじゃった」

 

 彼女にとっては噛みかけのローストビーフをそのまま喉に流したことの方がオオゴトだった。慌てずにこやかに、彼がワインの注がれた木製のコップを差し出す。

 一服して一旦落ち着いて、彼女が改めて周囲を見廻した。まぁぶっちゃけドン引きである。

 

「これは良くないなぁ。バアル、直しちゃって」

「承知した」

 

 彼らのたった一言二言、そして彼が手を振る、たったそれだけで周囲は一瞬にして元の姿に戻った。人もテーブルも何もかも。焦げた匂いすら一掃されていた。

 

「あ、あれ?」

 

 周囲の人らはまるで夢でも見てた気分になった。さっきまで体が焦げてのたうち回っていたと思っていたらこれである。訳の分からなさに戸惑いを隠せない。下手人の男ですら混乱していた。

 

「さて坊っちゃん、私の妻に手を出したからには……相応の罰を受けて頂きますよ? あぁ返事はいりません」

 

 ゆらりと男に向き直った彼は、口を実に悪魔のように吊り上げ、死刑宣告を告げる。

 

「拒否権はありませんから」

「……表に出ろ」

 

 男が親指を立てて出口を指差した。自分以外に強い奴は許さない。その心情を隠しもしなかった。

 

「よしの、ちょっと席を離れますがよろしいですね? 何ほんのちょっとですよ、ちょっと」

「ちゃちゃっと済ませてね。あ、おねーさーん、フルーツあるー?」

 

 一転して二人の、ちょっとお花摘みますよ的なトークに、男は更にイラつきを覚え、それは怒りと化した。その程度だとナメられているのは流石にこの男でも判る。

 

「貴様……!」

 

 その男は威圧を盛大に撒き散らし、彼を睨み返した。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「お父様がんばれー」

「そんな奴やっつけちゃえー」

 

 一転して表参道。中年男と美丈夫が対峙している。美丈夫の彼はゆらりと立ちニヤリと静かに笑い、対象的に中年男は身構えていかにも暴発寸前のように威圧的に笑顔を見せていた。

 中年男を応援しているのは、彼に世話されている孤児たち。美丈夫の見立てでは、洗脳こそされていないものの依存と不安と恐怖によってそこの男に縛られている風であった。実にどうでもいいことではあるが。

 

 そういえば相手の名を聞いていなかったと気付いた彼は、

 

「あなたの名は……あぁ聞いてもしょうがないですね」

「俺だって貴様の名前に興味がない」

 

 それはそうだと肩を竦めて終わった。

 

 一呼吸の後、先程の電撃と同様、中年男が手を掲げたその一瞬で決まった。美丈夫を中心に爆発的に強大な炎を吹き上げ、苦痛もないほど一瞬で彼を焼き尽くした。ただ周囲へと炎が飛び火する惨事と化した。慌てて野次馬が消火にかかる。人によっては服に燃え移り地面を転がっている。

 

 だが瞬間、炎が丸く空いたその刹那、猛スピードにて何かが中年男に向かって直進してきた。焼き尽くされた筈の美丈夫である。虚を突かれた中年男が一瞬動きを止める。

 走るのではなく飛翔とも呼ぶべきスタイルで、正面に右の貫き手を掲げる。貫き手は狙い違わず中年男の胸を貫いた。

 中年男が驚愕し吐血する。その血は彼に届く前に弾かれた。だが中年男の胸からは血が流れない。心臓を握られ、初めて中年男はこの地において恐怖を覚えた。ぞわり、という感覚が中年男を襲う。

 

「貴様は……貴様は誰だ」

「答えたところであなたに判りはしないでしょう?」

 

 堕天使ベリアルと答えたところで相手に判りはすまいと彼は思っている。何せ彼にとってここは異世界である。

 だがここで彼が、一つの事実に行き当たる。

 

「おやあなた、この世界の人間と魂の形が違いますね。……何だ、この世界の異物でしたか」

 

 他の世界から転移してこの世界を見下している中年男からすれば異世界人と違うというのは自分の心を形作る一つの事実でもある。ただ異物という呼ばれ様は気に入らなかった。

 

「ふざけるな! 俺は誰よりも神の守護を受けてるんだぞ! 他の神々をも従えてるんだぞ! 神も同然だ!」

 

 中年男の叫びに対し、心底軽蔑した表情で、彼は牙を剥き出しにしつつ中年男を正面から見やる。貫き手は外さない。彼が中年男に覆いかぶさるほどの屈んだ姿勢を取ったことで、見下ろす者見上げる者の様相と化した。

 

「要するに借り物の力でしょう?」

「……黙れ」

 

 静かに囁かれたその言葉は、中年男にとって向き合いたくない物の一つであった。何が起こっているのか判らない周囲は沈黙したままだ。

 

「でも本物には敵わない」

「グボォ!」

 

 彼が心臓を一揉みし、ゆっくりと手を胸から抜いた。血は流れず服も破れず、傷口すらなかった。

 

「ハ……ハァ!?」

 

 脱力感が中年男を襲う。肉体的な疲れとは違う、魂からの疲弊が感覚的に判った。

 

「何を、何をした……」

「いや何、あなたを元の姿に戻して差し上げました。それだけです」

 

 ゆったりと立ち上がった彼はこともなげに、いかにも軽い世間話のように語った。

 

「無力な頃のあなたにね。ここの神、あぁメルティヌスでしたっけ、彼女の加護もありませんよ?」

 

 それきり相手への興味が失せた美丈夫は、身を翻し元いた店へと足を運ぶ。再度焼き尽くそうと中年男が手を掲げるが、今度は何一つ産み出しはしなかった。横暴に振るってきたかつての超常の力は完全に失せていた。

 威圧感すらなくなった中年男ならぬその他大勢の一人でしかなくなった男に対し、野次馬は困惑し、孤児たちは無表情で男をただ眺めていた。男は必死に狼狽や焦りを見せまいと周囲に対し睨み付ける。

 

「何見てんだ人形ども!」

 

 その男の一言は、現在の男に対し周囲の者たちからが抱く印象を決定付けた。彼に怖れや尊敬を抱く必要などないと理屈でなく心で感じている。

 

「さてさて」

 

 ここに至るまで1分も掛かっていない。この先男に何が待ち受けていようと彼の知ったことではない。

 

 扉の向こうには愛する妻が待っている。

 


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