【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。


 ベッドに横たわりながらスマホを手にソシャゲを遊んでいた男が、進めていたストーリーが一段落したことを確認するとフゥと一つ息を吐き。

 

 

「ああ、やはりエレちゃんは尊い…」

 

 

 理性を蒸発させた呟きを漏らした。

 

 

「次に生まれ変わるならメソポタミアの冥界がいいなぁ」

 

 

 そもそも冥界に生まれ変わるってなんだよ、とツッコミを入れる人間は生憎と周囲にいなかった。男の妄言はそのまま続く。

 

 

「というかこんな健気で可愛い()を云千年放置プレイ…もとい、仕事押し付けてほったらかしとか神様の倫理観どうなってんの? ああ、型月世界ならデフォルトですよね知ってた」

 

 

 返事など期待していない独り言をつぶやき続ける男。

 

 

「というか誰でもいいから手助けしようと思った奴らはいないのか。エレちゃんが欲しかったのは周囲からの承認と称賛かもしれないけど、必要だったのは助けの手だろうに」

 

 

 毎日やってくる死者の対応だけで一日が暮れ、それが延々と続くスーパーブラック勤務が描写されたイベントシーンに男は同情の念を抱いた。

 

 

「俺がメソポタミアの冥界にいたら手伝ってあげられるんだけどなぁ…なんて」

 

 

 叶わない戯言、空言と自覚しつつ苦笑を漏らす。

 

 

「死後はメソポタミア冥界行き希望…我ながら洒落になってないなぁ。なにせもうすぐ死ぬし」

 

 

 男は死病を患っていた。横たわるベッドと病室は殺風景なほど真っ白で何もなく、死を暗示させる。先ほどの妄言も、冗談交じりであってもそれなりに真剣みの入った男の本音だった。

 

 

「それにつけても エレちゃん引けぬ 悔しさよ」

 

 

 数日後、そんな辞世の句じみた妄言を遺した男はひっそりと息を引き取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒い…。とても、寒い…。凍えそうなほど、寒かった。

 

 

『………………………』

 

 

 暗い…。とても、暗い…。何も見えない位、暗かった。

 

 

『………………………』

 

 

 無い…。なにも、無い…。光も、熱も、命も、無い…。

 

 

『………………………ぁ』

 

 

 自分が誰か、今が何時か、何故ここにいるのか…。何もかもが曖昧で不確かだった。

 

 

「あ、いたいた。貴方、大丈夫? 消えかけてない?」

 

 

 声が、聞こえた。

 

 

「たまにね、正規の道から外れた荒野に落ちてくる魂がいるの。黄泉路の迷子ね、それが貴方」

 

 

 掛けられた声に意識を向ける。

 

 

「そして私こそ冥府の女主人にして貴方を所有する者。このエレシュキガルが来たからには最早貴方に自由は無い…って貴方見たこともないくらいに魂がボロボロ。っていうか消えかけ!? あわわ、大変、大変なのだわー!!」

 

 

 暗闇の中に花が一輪、ひっそりと咲いていた。

 

 

「誰か、誰かー! って冥界(ココ)に私以外いるわけないのだわー!!」

 

 

 嗚呼(ああ)…。

 

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 冗談、冗談なのだわー! ちょっと脅かしたけど、冥府(ココ)は良いところって言うか良いところにしてみせるから…ってとにかくこのままじゃ消えちゃうー!」

 

 

 壊れモノを扱うように触れたその手は少しだけ温かく、その温かさは何よりも尊く感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこまでも暗く、静かで、動く者の無いメソポタミアの冥界。日々変わらず繰り返される営みの中に珍しく喧騒に満ちた一時の嵐が訪れ、そしてつい先ほど過ぎ去ったばかりだった。

 

 

「ビックリしたのだわ…」

 

 

 地の女主人エレシュキガルは手製の槍檻(そうかん)へ保護した一つの魂を見ながら、ようやく一息を吐けた事実に安堵の息を漏らした。

 

 

「魂魄が傷だらけ…。生前の来歴がほとんど読み取れないなんて初めてだわ」

 

 

 この魂の持ち主は果たしてどれ程の道程を踏破してきたのであろうか…。冥府の支配者たるエレシュキガルは魂を扱わせれば右に出る者はいない達者。その彼女が見るところ、この魂に刻みつけられた傷は破損ではなく、摩耗だ。

 

 遠く遠く…それこそ遥か未来の平行世界から意志一つ、魂魄一つでこのメソポタミアの冥界へと歩み抜いたかのような摩耗。おそらくはその長い冥府の旅路に擦り切れ果て、生前の記憶などほとんど残っていまい。

 

 

「何者なのかしら?」

 

 

 何千何万年と冥府を管理した経験から見ても珍しい魂の持ち主、その正体に少しだけ思索を巡らせる。

 

 

「いえ…。何者であれ、私が支配する冥府へ魂一つで訪れた以上それは我が庇護の対象。差別なく、区別なく、他の霊魂と同じように扱うだけ」

 

 

 恐らくは彼女の管轄であるメソポタミアの外から来たであろう魂。如何なる理由を以てか分からないが、わざわざエレシュキガルが庇護する冥府へ訪れた魂。

 

 何千年と孤独に職責を果たし続けながらも少しもスレたところの無いエレシュキガルからすれば如何なる素性か大いに気になる存在だ。

 

 だが必要以上に生真面目な彼女はその芽生えた好奇心を押し殺すようにつぶやく。

 

 彼女は偉大なる冥府の女神エレシュキガル。だがその職責に反しない範囲で()()()()であっても良いのだと知らない箱入り女神であった。

 

 

『………………………………ぅ…………ん』

「あら、お目覚めかしらね」

 

 

 消失しかけた意識がハッキリとしてきたのか、槍檻から思念の欠片が漏れる。

 

 

「御機嫌よう…とは言えないかしら。何せつい先ほどまで消えかけていたのだし…。大丈夫? また消えかけたりしていない?」

 

 

 女神の威厳を出そうと気取った声をかけるもののすぐに人の良さを隠し切れない様子で魂に心配の声をかける女神(可愛い)。

 

 

『…………俺…、私?………僕…は…………?』

「無理に考えない方が良いのだわ。貴方が何の処の誰であれ、私が統べる冥府へやってきた以上我が庇護の対象。黄泉の旅路に傷ついた貴方は少しの間その槍檻に置いて様子を見ます。衣食住の面倒は見るから満足するまで好きなように私の冥府で過ごすと良いわ」

『ぅ…………ぁ……』

「静かに、休み、自分を労わりなさい。それが今貴方のすべきことよ」

 

 

 気遣いの籠った声に従ったのか、霊魂の明滅が小さく安定した状態に変わる。

 

 

「それじゃあね。もう少し見ていてあげたいけど、生憎私は忙しいのだわ。」

『貴女……は…?』

「我が神名はエレシュキガル。地の女主人にして冥府を彷徨うガルラ霊の大元締め。即ち貴方の支配者なのだわ。覚悟しておくのね、一度私の手に捕らえられた以上簡単に解放されるとは努々(ゆめゆめ)思わないように―――」

 

 

 精一杯悪ぶって間違った方向に威厳を出そうと無駄な努力を重ねる女神(尊い)だが、意識朦朧な霊魂にその声は届いていなかった。

 

 

『エレシュ、キガル……………………エレちゃん?』

「エレちゃんっ!? なんでそんなに気安い呼びかけなのだわっ!? 初対面よね、私たち!?」

 

 

 あ、でも意外と悪くないっていうか可愛い呼び名では? と内心でドキドキのエレシュキガルである。冥府で云万年も孤軍奮闘し続けた女神(ボッチ)はこういうアプローチに大変弱かった。

 

 表層意識の上っ面は気安い態度をとらないでよねっ! とばかりにツンとした態度をなんとか堅持しているが、その心の内は颶風襲来とばかりに荒れ狂っていた。

 

 これから主従として長い長い時間を共に積み重ねていく二人に、良かれ悪しかれ強烈なインパクトを刻み付けたファーストコンタクトであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冥府を管理して幾年月。ルーティンと化したエレシュキガルの日々に突然やってきた一つの霊魂。槍檻に収められ、少しの間共に過ごした彼を名残惜しみながらエレシュキガルが解放しようとしたその時、突然の申し出を彼は言い出した。

 

 

「私に仕えたい?」

『はい、是非とも』

 

 

 エレシュキガルの眼前には件の霊魂。ぼやけた青白い光を発する鬼火はエレシュキガルの前に跪くように光量を抑え込みながらも時折バチバチと強い光を放っている。感情を抑制しながら強い決意を感じる声音からも熱い意気込みが垣間見えるようだった。

 

 

「なるほど、ね。正直そんな申し出を受けたのは初めてなのだわ。さて、私は冥府の管理者としてどうするべきかしら」

 

 

 と、一見冷静に魂の申し出を吟味している風のエレシュキガルであるが。

 

 

(こ、これってつまり私に初めての眷属! 部下! 家族が出来るのだわ!? だわわ!??)

 

 

 その心の内では大いにパニック状態に陥っていた。もちろん一介の魂如きからの申し出に仮にも女神たる彼女がここまで動揺しているのは理由がある。

 

 冥界にはエレシュキガルの意を代行する《善きガルラ霊》が存在するが、彼らは言うなればエレシュキガルが必要に応じて生み出した分霊である。

 

 頼れと言われた《アヌンナ諸神》はとうに神性を失い、《死者を裁く七人の裁判官》はただ法律を読み上げる自動判定粘土板。冥界の七門は予め命令しなければ門番の役割すら果たせない代物。

 

 それでも彼女は頑張った。自身の力を分けて無理やり人手を増やし、スーパーブラックなワンオペレーションを何千何万年経とうが挫けずに頑張り続けた。

 

 太陽と水がなくても育つ作物、食べる草がなくても育つ動物、肉体の無い霊魂でも安らかに暮らせる終の棲家…。長い時の間に書物を読んで知見を広げ、冥界に役立つ産物を探し続けたが成果は得られない。

 

 魂が最後に流れ着く地たる冥界を少しでも良い国にしようと頑張り続けるが冥界を取り巻く環境の改善どころか日々増え続ける死者の霊魂に対応するのが精いっぱいというのが実情である。

 

 そんな心が弱り切っている中に突然手を差し伸べられれば思わず手を取ろうとするのはごく当然の心情だろう。

 

 もちろんたかだが霊魂一つがエレシュキガルの手足たるガルラ霊に加わったところで大した働きは望めまい。だがエレシュキガルにとっては驚天動地、0が1になるが如き革命的な出来事だ。

 

 この申し出を受け容れれば彼はその瞬間から自分の眷属、()()()()()()()! になるのだ。冥府の支配者として地の底に封じられて幾星霜。その間常に孤高を貫き通した女神(ボッチ)の人恋しさは常人の計れるところではない。

 

 人恋しさにペットを迎える一人暮らしの独身女性の寂しさを数億倍に濃縮した感覚と言えば多少は近かろうか。

 

 

『エレちゃ……慈悲深きエレシュキガル様に恩を返したいのです! どうか、どうか!!』

 

 

 霊魂は不敬な発言をポロっとこぼしているが、突然の申し出に対し常ならぬ情動に襲われている女神(ポンコツ)は気が付かなかった。

 

 普通の霊魂は死後も労働に勤しむだけの意欲がある者などまずいないが、この霊魂だけはやけに意気軒昂としており元気いっぱいな様子である。死んでから本気出すどこぞの島国で生まれた戦闘民族の末裔らしいアッパー気味なテンションだった。

 

 エレシュキガルもまた表面上はクールを装っているが、内心は既に彼の手を取る方向へ天秤が傾いている。

 

 

『この冥界を、貴女の統べる世界を、地上より天空よりどんな世界よりも美しい世界へと変えたいのです!』

「あ、貴方! 素晴らしいのだわ、分かっているのだわ!! そうよ、来る日も来る日も来る日も来る日もずーっと新しくやってくる魂の対応ばっかりで私の宮殿の建設すら全然進んでなくってそろそろ心が折れそうかなーって思ってたけど!」

『……わーお』

 

 

 霊魂、思わず漏れた女神(ブラック勤務)の叫びに一瞬ガチでドン引く。

 

 

「貴方がいるならもう大丈夫なのだわ! だって私はもう一柱(コドク)じゃあないんだから!!」

『ははーっ! その意気ですエレシュキガル様! 不肖、この《名も亡きガルラ霊》も及ばずながら精一杯助力致します! そしていずれはこの冥界を!』

「ええ、三界一番の美しく秩序の保った安らぎの大地へ変えてみせるのだわ!」

 

 

 霊魂、女神(尊可愛い)の健気な発言に一瞬で掌大回転。

 

 

『その意気ですエレシュキガル様! 素晴らしい心持ちですエレシュキガル様!』

「そうかしら? そうよね。私、頑張っているのだもの! ちょっとくらい褒められて嬉しく思ってもいいわよね!」

『もちろんでございます! エレシュキガル様はお美しい! その美貌ももちろんですが何より御心が美しゅうございます!』

「……そ、そこまで言うほどじゃあ。ほら、皆私なんかよりイシュタルの方が美しいって」

『イシュタル様は関係ございません! 美しいものは美しいと言って何が悪いのですか!?』

 

 

 そのまま太鼓持ちよろしく女神をひたすら持ち上げる霊魂。肉体があればははーっと地に頭を擦り付けていただろう。何だったら揉み手の一つもしていたかもしれない。

 

 しかし佞臣のような発言も全ては自信がなく内向的な彼の主人を上向きの気分にさせるため。霊魂からのアゲ発言にあわあわ、あたふたする姿にほっこりしているわけでは断じてないのだ!!

 

 

「あ、貴方…」

 

 

 ふと声音が落ち着いた気配に踏み込み過ぎたか、と自身の迂闊な発言に焦る霊魂だが。

 

 

「とっても良い人間()なのだわー! 私、冥界で頑張ってきて良かったのだわー!」

 

 

 女神(チョロカワイイ)はそんな霊魂の危機感にちっとも気付かず、素直に感動の叫びを上げた。これには霊魂もニッコリ&ホッコリである。

 

 

「う、うぅ…。苦節云万年冥界で頑張り続けて、ようやく私にも転機が訪れたのだわ…。初めての眷属が出来たのだからきっとこれからはどんどん良くなっていくに違いないのだわ!」

『ははーっ! 及ばずながらエレシュキガル様に私の死後を捧げまするーっ!』

「ええ、貴方は私が責任を持ってずーっとお世話してあげるのだわ! なにせ、()()、可愛い眷属、なんだから!」

 

 

 私の、の辺りに強めのイントネーションを置いてこれ以上ないほど調子に乗っている様子のエレシュキガルにエレちゃんは可愛いなぁとほんわかする霊魂だった。

 

 なお何気なくエレシュキガルが言葉にした()()()()の意味がまさに文字通りの意味であることを《名も亡きガルラ霊》はこれから先の長い長い時間をかけて実感することになる。

 

 これはそんなポンコツ可愛い女神様と彼女にとっつかまえられた色々と迂闊で一途なガルラ霊が紡ぐ物語、その序幕(プロローグ)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

《名も亡きガルラ霊》

 

 主人公。メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生を送り、死後その願望を実行に移したキチガイ。死んでから本気出す系民族の末裔。生前のことはボンヤリとしか覚えておらず、FGO関連の知識もエレちゃん関連以外はほぼ忘却している。

 

 果てしない時を孤独に過ごしたエレシュキガルが初めて得た自分だけの眷属(モノ)。なのでその存在が可愛くて堪らない。一人暮らしに寂しさを感じた独身女性がペットを溺愛する感覚を幾億倍か濃縮したそれに近い。

 

 その委員長気質故に平等に公正に扱おうとしているが、成功しきれず相当に贔屓している。具体的にいうと冥界における不朽の加護。エレシュキガルの加護ある冥界にいる限り彼を害するには上位の神格がその権能を大いに力を込めて振るう必要がある。なおあまり大きな力を振るえばエレシュキガルが即座に飛んできてプチっと潰すので冥界で彼を滅ぼすのは不可能に近い。

 

 本人的にはエレちゃんを助けてヨイショしてだわだわしている姿に内心でほっこり出来れば満足なので概ね無害な存在。だがエレシュキガルとのパイプ役として地上や天界に出張することが多く、その際に彼の身が害されれば怒り狂った冥府の女神が下手人へと恐ろしい罰を下すだろう。そういう意味では取扱注意な劇物でもある。

 

 


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