【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
暗闇の中、いつ果てるとも知れぬ荒野を幼い少女が必死で足を動かし駆けていく。
息は荒く、心臓は早鐘のように脈打ち、足はがくがくと震えている。
今にも倒れそうな足取りで駆ける少女を実体のない不定形の影がいくつも追い縋る。
「「「GISYAAAAAAAAAA――!!」」」
この影たちは夢というあやふやな世界に囚われたオルガマリーを仕留めるためにソロモンが適当に用意した猟犬だ。
その内の一体が鞭のように影の体を伸ばし、オルガマリーの足を捉え、転ばせた。
「キャッ!?」
倒れ込んだオルガマリーを囲うように続々と影が追いつく。
「いっ、イヤ――」
どれほど続いたかも分からない逃走で彼女は疲れ果て、魔術を使う余裕すらなかった。
「まったく――無様すぎて見ておれんわ」
刹那、わだかまる暗闇に黄金の波紋が揺らめいた。
「疾く失せろ。我が視界に醜悪なる姿を映す愚昧、死を以て償うがいい!」
黄金の波紋から顔を出した無数無量の剣・槍・槌・矢。旧く、色濃い神秘が籠るそれらを見たオルガマリーはその全てが宝具であることを看破する。
「「「GYAAAAAAAAAA――?!」」
宝具の一斉射により
(一体誰なの……?)
誰だろうが規格外であることは間違いない。
泥で汚れた頬を拭うことすら忘れ、地面に転がったまま見上げたそこには、眩い程に輝く黄金の人が立っていた。
「黄金の、王さま?」
まさに黄金、まさに王。輝かしい程の王気を纏う英雄の名は、
「然様。我こそが王、この世で唯一無二の英雄にして支配者。すなわちギルガメッシュである!」
威風堂々、傲然たる名乗りを上げる英雄王。
何故ここに、どうやってなどという些細な疑問を蹴り飛ばす圧倒的な存在感であった。
「あ、ありがとうございました。王さま」
立ち上がり、汚れを払ってオルガマリーは命の恩人にペコリと頭を下げた。
「……」
「王さま?」
が、帰って来たのはジロリとした冷ややかな視線。己の心底まで推し量られるような鋭さにオルガマリーの心にヒヤリとしたモノが宿った。
「
ただの呟きに籠った言い知れぬ重圧に思わず後ずさるオルガマリー。
しかし次の瞬間には重圧は一段軽いものへと変わる。
「心得違いをするな、娘。我は貴様を助けに来たのではない。見定めに来たのだ」
「見定め、に?」
「然様。貴様の魂を宿すその
フンと不機嫌そうに鼻を鳴らすギルガメッシュ王。
「娘、ここは貴様自身の心が作る監獄。貴様が貴様を捕らえる罪悪感の根源を絶たぬ限り逃れることは叶わぬと心得よ」
「えっ?」
「故に……あの通りだ」
クイと顎で示された先に視線を向ければ、
「ひっ……!?」
「影どもは本来誰もが持つ心の闇を魔術王が膨らませて仕立て上げた猟犬よ。故に根を断たねばあの通り幾らでも湧いてくる」
地平線の先に
影たちが近寄ろうとしないのは王の威光を恐れるが故か。
「た、助けてください王さま!」
「甘えるな。我は既に答えたはずだが?」
「!?」
見定めに来たとギルガメッシュ王は言ったのだ。ここで助けを求めるは無駄、どころか王の勘気に触れかねない。
(ならどうすれば……)
「……他者を鏡に己の根源を覗いてこい。目を背けたくなる醜悪こそ人の本質と心得よ」
「? ……あの」
「これより躯体と魂の同調を深める。後は好きにするがいい」
無数の光の雫が零れ、オルガマリーを包み込んでいく。
痛みはなく、しかし四肢の感覚が薄らいでいく。だが不思議なほど不安はなかった。
「あの、あの……ありがとうございます、王さま!」
「フン」
礼の言葉とともに消え去ったオルガマリーを見届けたギルガメッシュ王は腕を組み瞑目したまま深いため息を吐いた。
「友の縁とはいえ助け船とは我もつくづく甘くなったものよ」
たとえそれがオルガマリーの心を砕きかねない一策であっても、確かにそれは助け船に他ならなかった。
その行いが傍から見てどう映るかは別にして。
「……金ぴかぁ、アンタねぇ」
暗闇がわだかまる空間に重苦しい呼びかけが響き渡る。冥府の奥底から陰々と響くような声の主を、英雄王はよく知っていた。
一瞬後、英雄王の眼前に赤雷が落ちる。眩い程の閃光が走った一瞬後、そこにはキリリと目を怒らせた女神が立っていた。
「エレシュキガルか。こんなところで顔を合わせるとはな、伴侶の不在に暇を持て余したか? ン?」
「うるせーのだわ! うちの旦那のマスターに要らんちょっかいをかける金ぴかに抗議の雷をくれてやりにきたのよ!」
最初からキレ気味に食ってかかるエレシュキガルを鼻で笑うギルガメッシュ王。神代から変わらぬ仲の二人だった。
今回の揉め事の種はもちろん渦中の少女だ。
「ハッ! ならば最初から貴様がその手の内に華の如く守ってやればよかったのだ。まあ甘い貴様に
「……子どもが子どもらしくいたいと思って何が悪いって言うの」
「確かにな。あの小娘は子どもでいることを許されぬまま成長した哀れな幼子よ。聖杯を巡る旅路を奇貨とし、あれほど変わるとは我ですら予期せなんだ」
沁みるように深い声でギルガメッシュは言った。暴君たる彼は意外にも子どもには優しいのだ。
「だが忘れたか。包むべき時を間違えた愛を人は執着と呼ぶのだぞ?」
「……この金ぴか、痛いところを突くわね」
聞き覚えのありすぎる言葉に反論が出来ない。ぐぬぬと腹立たし気に見詰めるエレシュキガルは、やがて仕方がないと頭を振った。
「見守るしかない、か」
「既に賽は投げられたのだ。後は結果を待つのみよ」
可愛い子には旅をさせよと言うが、彼らも今を生きる人に託す以上のことは出来ないのだった。