【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 一歩、前へ歩き出したオルガマリー。彼女に付き纏う暗闇が急速に晴れていく。

 

『うん、ちゃんと自分を思い出せたみたいだね』

 

 その眼前に、たおやかで中性的な美貌の彼/彼女が現れた。

 目に痛くない柔らかな純白が満ちる空間で、眼前の彼/彼女だけがくっきりと浮かび上がって見える。

 

『あなたは』

『躯体に宿る記憶の残滓。エルキドゥの欠片。君に夢を見せたのは僕だ』

『そう、なのね』

 

 今も心臓に宿る熱を掴むようにギュッと胸の前で拳を作る。

 エルキドゥの残滓が見せた旅の記憶が鮮やかに脳裏へ蘇った。きっとあの記憶こそ彼がオルガマリーに贈る最大級のエールだったのだ。

 

『……ありがとう』

 

 真っすぐに合わせた視線へ万感の思いを込めた礼に、彼/彼女はなんでもないことのように手を振った。

 

『立ち上がることを選んだのは君で、それは君の功績だ。だから、誇って欲しい』

『誇る?』

『君自身が為したことを。”彼”の主である君を。大丈夫、君は君が思う程弱くない。見てごらん』

 

 そう言って指し示すのはいつの間にか現れた巨大な鏡。

 そこに映るのは――、

 

『これは、大きくなった私……ううん、元に戻った?』

『幼年期は終わり、君は果たすべき責任を取り戻した。そういうことさ』

 

 鏡に映ったそこには、大人となったオルガマリーがいた。驚き、思わず鏡を覗き込むが違和感はなかった。

 だが違う部分もある。カルデア所長として余裕なく当たり散らしていた頃の高慢さや神経質さは消え去り、彼女本来のポジティブな生真面目さと所長時代にはなかった余裕がそこはかとなく滲んでいる。

 

『あとはここから出たいと強く願えばいい。それだけで魂と躯体を繋ぐパスが君を導いてくれる』

 

 そう助言するエルキドゥの残滓に頷く。

 

『どうか君の未来に幸いがあることを祈っているよ』

『ありがとう、さよなら!』

 

 ギュッと強く目を瞑り、彼女の居場所を強く思い浮かべる。

 するとたちまち引っ張られるように移動を始めるオルガマリー。

 

『ああ、さようなら。もう二度と会うことはない君』

 

 遠くなっていく姿を見届ける。

 未来の彼女に必要な処置を最後にやり遂げたエルキドゥの残滓はフワリと風のように笑った。その輪郭は光の粒子となって崩れ去り、その残滓はやがて心の海に溶けていく……。

 

 ◇

 

 カルデア、医務室で眠るオルガマリーが昏睡状態に陥って七日目。

 ただの昏睡ではないと診断がやや遅れたものの、その原因が魔術王の呪いであることはカルデアも突き止めていた。

 

「「……」」

 

 かといって何か手立てがある訳でもなく、医務室では地獄のような沈黙が続いていた。

 カルデアで最も生真面目な二人、ロマンとアーチャーが自責の念から時間が許す限りオルガマリーの側を離れようとしないのだ。

 

「ドクター・ロマン、アーチャー。少し休んだらどうだい? なんだったら俺が彼女を見ておくよ」

 

 非番のスタッフ達が沈黙を続ける二人に声をかけた。

 彼はダストン。宇宙線研究の物理学者だったところを前所長にスカウトされ、カルデアに勤めて15年というベテランの男性技師だ。

 

「ダストン。君は確か非番だったろう。どうしたんだい?」

「所長のお見舞いだよ。科学畑の私には何もできないだろうけどね」

「……いえ。オルガはきっと喜ぶでしょう。素直に認めないかもしれませんが」

「ははは、確かにね」

 

 苦笑を漏らすダストンは所長になる前のオルガマリーを知る数少ない一人だった。

 

「正直ね、私はミスが多くよく怒る彼女が苦手だった。だが今思えば彼女はよくやっていたよ。考えてもみてくれ、カルデアを継いだ時の彼女はただの学生だったんだ」

 

 しみじみと、後悔を滲ませて呟く。

 

「業務に手を抜いたことはない。だけど今になって思うんだ、私は大人としてもっと早く彼女に手を差し伸べるべきじゃなかったかって」

 

 心ある大人の独白に二人の心が温かくなる。彼ら以外の味方がいる。それはきっとオルガマリーの心強い助けとなってくれるだろう。

 

「所長の座はきっと重荷だったろう。なのにカルデアは子どもになった彼女に頼りっぱなしだ。私はこのグランドオーダーが始まってようやく彼女が背負っていたものの重みを知ったよ」

 

 その重みを自覚するように瞑目し、グッと拳を握るダストン。

 

()()()()()。あんなとんでもない奴を相手に、途方もない話だよな」

 

 管制スタッフである彼もまた第四特異点で遭遇したソロモンの桁外れの脅威を知っている。だがダストンは絶望していなかった。

 

「だけどこれまでだってとんでもない奴らを相手になんとか乗り切って来たんだ。私はアーチャーや藤丸君、マシュ。それにオルガマリー所長のことを信じてる」

 

 最前線で身体を張るみなを見て感化されたカルデアスタッフ達が得た最後まで諦めないガッツ。奇跡を起こす最大の要因は、結局のところそんな誰もが持つ当たり前の資質なのかもしれない。

 

「本当に心強いよ。ありがとう、ダストン」

「ええ。万の援軍を得た思いです。どうかこれからもともにオルガを助けて頂きたく」

「はは、元気が出たならよかったよ。らしくない台詞を言った甲斐があった」

 

 ダストンが照れ臭げに頭を掻いた。

 

「ところで喉が渇いたし、コーヒーを淹れて来るよ。軽食もね。二人ともカップが空だ。どうせ最初の一杯からそのままなんだろう?」

 

 本人の言うらしくない台詞を零した照れ隠しか。空気を変えるようにそう言ってダストンは足早に医務室を出ていった。

 残された二人は顔を見合わせ、苦笑を零した。

 

「?」

 

 そんな中、ふとアーチャーが気付く。ベッドの方で何か動いたような。

 

「どうかしたかい?」

「いえ、いまなにかが……」

 

 そう言ってオルガマリーに視線を向けた瞬間に異変が起こる。オルガマリーの小さな躯体(カラダ)が一瞬、だが眩く輝いたのだ。

 

「これは――」

「オルガ!」

 

 明らかな異常に鋭く呼びかける二人。ロマンとアーチャーが見守る中で、光が収まったそこには。

 

「ん……ぅん、ん……?」

 

 パチパチと、天井のライトを眩しそうに瞬きするオルガマリーがいた。

 不可解なことに幼い少女から大人の、カルデア所長の姿へと成長した状態で。

 

「オルガ! 無事ですか!?」

「マリー、起きたのかい!? その姿は一体……」

 

 異口同音に騒ぐ二人を見ておかしそうな顔をしたのもつかの間、オルガマリーはリラックスした様子で全身で伸びをした。

 

「んん~、よし。おはよう、アーチャー。それに、ロマニも」

「あ、ああ」

「おはようございます、オルガ……元気そうですね?」

「ええ、それなりにね」

 

 二人の案じる視線に大丈夫だと示すようにベッドから降りようとするオルガマリー。

 

「え、マリー? いきなり起きちゃダメだよ。とりあえずは検査だ」

「ロマンの言う通りです。ここは安静に」

「それより二人とも、こっちに来て」

 

 チョイチョイと傍に寄るよう手招きされた二人。顔を見合わせた彼らがともかく呼ばれた通りに近づくと、

 

「えいっ」

 

 そんな可愛らしい掛け声と共にオルガマリーが二人を抱き締める。突然の出来事に驚くロマンとアーチャーの耳元に囁く。

 

「二人とも……ううん、()()()これまで私を支えてくれてありがとう」

 

 これまでに何度も助けられたことにせめてもの感謝を。

 

「これからもどうかよろしくね。私、頑張るから」

 

 そしてこれからは私こそが彼らを助けるのだと、オルガマリーは力強く微笑んだ。

 

 




 これはまごうことなき逆ハー展開。おもしれー女とか言っちゃうキャラも出るぞ!

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