【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
痛み、傷ついて、それでも前に進んでいくイメージの歌詞と重ね合わせてのチョイス。よき曲です。
カルデアの所長室。
執務室と応接室を兼ねるその空間は、数か月ぶりにその役割を本格稼働させていた。
「ん~」
生真面目に、丁寧に、淡々と地味な仕事をこなす、カルデア所長としての姿を取り戻したオルガマリーだ。
PCとタブレット端末、執務机に置かれた書類を矢継ぎ早にチェックして処理し、必要に応じて再提出を命じる。懇切丁寧な指摘とともに。さらに時折カリカリとメモにペンを走らせている。
「やっぱりレイシフト関連の業務にリソースを突っ込んでる分、書類処理が溜まってるわね」
「いまは重大事。彼らを責められませぬ」
「私が言いたいのは文句じゃなくて現状の改善。こういう地味な仕事は後回しにするほど響いてくるんだから」
傍らに立ち、秘書の代わりを務めるアーチャーとも連携して手際よく事務処理を続けていく。
言葉通りそこに生真面目さはあっても理不尽な怒りはない。
「人理を修復した後で国連や魔術協会のお偉方に噛みつかれるのはゴメンよ! カルデアを守るためにも手を抜けないわ」
「なるほど。それはおろそかにできませんな」
生真面目に職務を取り組む主と嬉し気に補佐する従者。どこかで見た光景であった。
そのまましばし無言で職務に励む二人。
学生上がりで曲がりなりにもカルデア所長を務めたオルガマリーの優秀さは言うに及ばず。
元々冥府の宰相として最高峰の文官適性を持ち、ここ数日オルガマリー直々にカルデア式現代教育をみっちりと受けたアーチャーは秘書としても超一流。権限さえ投げれば通常時の所長代行を任せられるレベルに達している。
溜まっていた書類は凄まじい勢いで処理されつつあった。
「ですがやや意外でした。復帰後まず取り組むのが、人理修復ではなく地味な書類仕事とは」
事務処理を続けつつ雑談を始めるアーチャー。もちろん手は抜かず、書類の出来は完璧だ。仮にも冥府の宰相、雑談に割く程度のリソースは余っている。
「現状は確認したし、放置しているつもりはないわ。今のところ特異点解決の職務はロマニ主導で上手く回っているもの。ならこのまま任せる方が効率的よ」
コーヒーカップを傾けつつ、なんでもないことのように言うオルガマリー。主の成長を感じ取り、アーチャーは密かに喜んだ。
冬木にレイシフトした直後のオルガマリーなら無理にでも自分で音頭を取り、処理しきれない業務量を抱えた果てにスタッフからの信頼を失って自爆していただろう。
「それに私のリハビリ代わりに丁度いいし……復帰後いきなり重要すぎる職務に取り組んで失敗なんて目も当てられないわよ!?」
なおいじいじと指を突き合わせながらやや情けない本音を口からお漏らしするあたりオルガはオルガだなあとホッコリするアーチャーであった。
事務処理は人理存亡の危機ゆえに後回しにされた地味な業務だ。オルガマリーが手を付け始めたからとて致命的な事態になる可能性はない。
だが
「成長しましたね、オルガ。サーヴァントとして嬉しく思います」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、私の場合はただ心配性なだけよ」
苦笑するオルガマリーだが、それこそが成長の証だ。これは見かけだけの話ではない。
将来――人理を修復した後を見据えた、縁の下の力持ちと言える地味な職務に真っ先に取り組むオルガマリー。その働きに華はないが、しっかりと地に根を張った雑草の逞しさがあった。
「失礼します。所長、お呼びとのことで出頭しました」
コンコンと所長室のドアがノックされた。
声の主はカルデアの管制スタッフの一人、シルビアだ。
「いいわよ、入って頂戴」
タブレット端末から目を上げずに、しかし柔らかい語調で入室を促すオルガマリー。
「こちら、ご要望の書類です」
「ありがとう。わざわざ悪いわね」
機密と判を押された書類を手渡しするシルビア。電子データ化できず、部外者に見せられない書類の類はどこであってもあるものだ。
「それで、わざわざ私をご指名というのは……」
魔術協会上がりのシルビアはリアリストでシビアな女性だ。オルガマリーにも厳しい視線を向けていた自覚があり、やや後ろめたい気持ちで入室したのだがその予想はあっさりと裏切られる。
「ああ、別に叱責じゃないわ。先日
「ああ」
と、頷くシルビア。
昏睡から目覚め、大人の姿を取り戻したオルガマリーが所長に復帰後早々に果たした労働改革、その準備段階についての問いだった。
「現状は問題なく。”彼ら”は優秀です。スタッフをメインに、彼らをサブに置く形なら十分機能するかと。レイシフト時に頼れないのが残念なくらいです」
「そこは止むを得ないわね。その分通常時にスタッフへかかる負担が減るよう案を考えておくわ」
「分かりました。こちらもスタッフ側で意見を取り纏めておきます」
「お願いね」
シルビアが述べる率直な意見と方針をメモを取るオルガマリー。双方優秀でありよどみなくやり取りが続く。
「正直、驚きました。いきなり20人もガルラ霊のみんなをシフトに組み込むなんてどんな魔術を使ったんですか?」
人類が滅亡したカルデアではありえない、増員という手品の種がこれだ。
元々ガルラ霊はスタッフのヘルプに付いていたが、単純なマンパワーが必要な時に臨時で声をかけるレベルに留まっていた。
「そんな魔術が使えたら良かったんだけどね」
いくら魔術師でもそんな都合のいい魔術にアテはない。
思わず苦笑するオルガマリーだった。
「彼らを臨時でカルデアの職員として雇うくらい所長権限でどうとでもなるわ。多少の機密漏洩はまあ、目を瞑ってもらうしかないけどね?」
そう言ってウィンクするオルガマリー。余裕ありげな振る舞いだが、今から人理修復後の査問会で突かれたらどうしようと手に汗を握っていることをアーチャーだけは知っている。
「どちらかと言うと二週間足らずの詰め込み教育でガルラ霊達をスタッフに混じって仕事が出来るレベルに仕上げたことが驚きです」
「元々あなたたちが基礎を教えていたじゃない? 私は最後の仕上げをしただけよ」
パーソナル・レッスン。オルガマリー直々に教鞭をとるカルデア職員講習だ。
魔術と科学双方に通じ、実技・座学ともにスパルタではあるもののその教えは懇切丁寧であり出来の悪い生徒にも根気よく対応。ただし遅刻だけは厳禁という厳しくも愛のあるレッスンである。
(どこぞのロードみたいにカルデア所長よりも教職の方が向いていたんじゃないかしら)*1
さて、どこから指摘するべきかとシルビアは思う。
当たり前のように言っているが、スタッフが総出で回している業務の基礎を一通り全て、優秀とはいえ20人もの人員に、たった一人の教師が過不足なく教え込むというのは尋常ではない。
「ですがいつの間に管制スタッフや医務官の職務まで勉強したんですか? そんな暇はなかったですよね?」
「私は所長よ? 職員の業務について最低限代理が務まる程度は知っておかなきゃ指示一つ出せないじゃない?」
むしろ訝し気に問い返すオルガマリーへ絶句するシルビア。サラリとカルデアの職務に関わるあらゆる知識を実践レベルで身に着けていることを自白したがどう考えても尋常ではない。だがオルガマリー本人は自身の異常さに自覚はないらしい。
(あ、うん。そう言えばカルデアの所長だったわね、この人)
冬木にレイシフトするまではヒステリックで余裕がない欠点ばかりが目に付いたが、冷静に考えれば無能にカルデアの所長が務まるはずがない。早々に運営が破綻してジ・エンドだ。
曲がりなりにもカルデアを運営できていた時点でその優秀さは推して知るべしだったのだ。
(私も節穴だったってことかしらね……)
優秀な魔術師として自負もあり、はっきり言ってオルガマリーを見下していた面もあったシルビアだがその鼻っ柱は盛大にへし折られた。
「それよりも」
そんなシルビアの様子に気付かず、書類に目を通しながら話を変えるオルガマリー。
「先日は微小特異点の兆しをいち早く気付いて報告を上げてくれてたみたいね。お陰で早期に解決できたとロマニもあなたのことを褒めていたわ」
「いえ、そんな。管制スタッフとして当然の務めを果たしたまでです」
鼻っ柱が折れたとはいえ自身の力量まで疑っている訳ではない。プロの自負を込めて当然であると首を振った。
「いいえ、ギリギリのスタッフで回している現状であなたのような有能なスタッフがいて本当に助かっているの」
シルビアが抱いた複雑な感情に気付くことなく、しかし真摯な言葉でわだかまりを柔らかく解きほぐしていく。
「この非常時にあなたと一緒に仕事ができる幸運を嬉しく思うわ。人理修復の暁には所長として必ずスタッフの働きに報います。現状の職務環境改善は、まあ、追々になってしまうけど」
後ろめたさを込めた苦笑いを零すオルガマリーを見たシルビアはクスリと微笑み、
「それでは遠慮なく期待させてもらいます、オルガマリー
本当の意味でオルガマリーを所長と呼んだ。
彼女とともに仕事が出来る幸運を噛み締めながら。
「う”……も、もちろんよ。任せなさい!」
安請け合いしちゃったかな、と一瞬言葉に詰まるオルガマリーへもう一度クスリと。
諸々をひっくるめた上で、シルビアはカルデアで働いている己の境遇を素直に喜んだ。
ちなみにダストンとシルビアは原作の二部序章にて立ち絵付きで登場した一般カルデア職員。ほんの一幕でしたが、印象深いキャラ達です。
なお彼らはもういない、いないんだ……。