【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

104 / 204


 

 第四特異点解決より一か月後。

 第五特異点へのレイシフト準備が整ったカルデアはその最終ブリーフィングを始めた。

 

「今度の特異点は独立戦争時の北米全土。これまでで最も広大な特異点だ」

 

 管制室の空中ホログラムに映る北アメリカ大陸の画像を見て一同が唸る。

 単純に広すぎるのだ。

 

「移動手段がネックね。ダ・ヴィンチ、対策は?」

「大急ぎで現地に持ち込める車両の開発を試みたが、今回の特異点には間に合わなかった。済まないね」

「仕方がないわ。現地のライダーあたりと協力できればいいのだけど」

 

 悔しそうな顔のダ・ヴィンチを労いつつ、口元に手を当てて思慮深げに呟くオルガマリー。

 幼女化前とは明らかに違う、デキる仕事ぶりにスタッフ達からは信頼(と同量の微笑ましさ)の視線を向けられている。

 今の彼女は名実ともにカルデアの所長として認められていた。

 

「もう一度確認しますが、本当に所長もレイシフトするんですか? 何も所長に復帰したのに現場へ向かわなくてもいいとは思うんですが」

「最大戦力のアーチャーとレイシフトできるのは私だけ。合理的結論です」

「しかしですね――」

「ロマニ、あなたね」

 

 先日からやや過保護気味なロマニがなおも抗弁しようとすると、ややキレ気味の笑顔を浮かべたオルガマリーが()()()と詰め寄りその耳を引っ張る。

 

「私が必死になって絞り出したやる気を台無しにする気?! そんなこと言われたら本当に止めちゃうわよ! いいの!? いいえ、良くないでしょうが!」

「痛っ! 所長、耳が、耳が取れちゃう!?」

「自業自得よ!」

 

 ロマニの耳に小声でクレームを入れるオルガマリーだが、近くのスタッフには普通に聞かれており、なんだかホッコリした視線を向けられていることを知らない。

 

「コホン。管制室の指揮は今まで通りロマニに任せます。基本的に私が判断を下しますが、緊急時や通信できない場合は私に諮ることなく最善の行動を取りなさい」

「……了解です。あー、耳が痛い」

「ロマニっ!?」

 

 咳払いしてシリアスな空気に切り替えようとするオルガマリーだが、答えるロマニがヒリヒリする耳を擦っているのでいまいち効果は薄かった。

 

「話はまとまったね。レイシフトはこれより二時間後に決行予定だ。各人員はそれまでに最終調整を終えて欲しい」

 

 苦笑しつつパンパンと手を叩いたダ・ヴィンチが話を締めにかかる。

 

「それと今回の特異点は特に不安定だ。予期せぬ形でレイシフトする可能性についても念頭に置いて欲しい」

 

 そんな注意喚起を最後に、最終ブリーフィングは終了した。

 

 ◇

 

 そう、事前の注意喚起はあった。心構えをする準備はあったのだ。

 

「だからってこれはないでしょうがあああああぁぁぁ――!?」

 

 ()()()()オルガマリーが半泣きで絶叫する。

 ダイブ・トゥ・スカイ。レイシフトを果たしたオルガマリーは単独で高度一万二千メートルに出現。パラシュートなしのスカイダイビングを強制されていた。

 極低酸素、マイナス50度の気温、気圧は地上の四分の一程度という極限環境に少女の肉体が悲鳴を上げる。

 

(ッ!? こ、このままじゃ――死ぬ!? カエルみたいにペシャンコになっちゃう!?)

 

 咄嗟の生存本能と躯体に刻まれた戦闘経験が魔術刻印を励起。半自動的に所有者の肉体保護を開始した。

 気圧の差で鼓膜が破れかけながらもなんとか極限環境には対応できた。

 だが一万二千メートルから地上に叩き付けられれば想像通りの結末を迎えるだろう。

 

『落ち着いてマリー!? とにかく魔術を――』

「む、無理よ、こんな状況で魔術とか無理!?」

 

 カルデアからの指示に半ば悲鳴で答える。

 カルデア所長、オルガマリー・アニムスフィア。一皮剥けてもそのメンタルはよわよわであった。

 

『なら手足を広げて落下姿勢を取るんだ! 風圧で多少は落下速度がマシになる!』

「が、頑張るわ!」

 

 手足が凍えそうな極低温をこらえて四肢を広げ、大気を全身で捉える。グルグルと目まぐるしく回転しながらの姿勢が安定し、多少は落下速度も低下した。

 

「や、やった!?」

『よし! 良い感じだ、そのまま魔術は使えるかい!?』

「……やっぱり無理! 怖い!」

 

 一呼吸ほど魔術を使えるか試したが、すぐに諦めた。理屈ではないのだ。

 

『高所からの落下は本能的な恐怖の一つだ。専門の訓練を受けてない所長にぶっつけ本番は無茶ぶりだよね!』

『語ってる場合かレオナルド!? そうだ、アーチャーは――』

『いま算出結果が出る――オルガマリー所長を基準に相対距離で約二百キロメートル。うん、間に合わないなこれは!』

『ダメじゃないか!?』

「あんたら帰ったら泣くまでとっちめてやるんだからあああああああああぁぁぁ――!?」

 

 ドップラー効果で遠く低く聞こえるオルガマリーの絶叫を置き去りにして落下は続く。

 

『とにかく気を強く持って! 高度一万メートルからの落下なら猶予時間はまだ三分はあるはずだ! その間に対策を考える!』

『あ、訂正。これまで消費した時間込みで残り二分ってところかな』

「上げて落とすなアああああぁぁッ! イジメ、イジメなの!? レイシフトにかこつけて私を合法的に亡き者にする気っ!?」

 

 悲報。オルガマリー、ついに被害妄想が入り始める。

 元々メンタルベコベコ系女子のため一度突発的なアクシデントでダウナーな方向に入るととことん弱かったのだ。

 

『オルガ、聞こえますか!? ご無事で!?』

「アーチャー! お願い、助けて、ピンチなの!?」

 

 パスを通じた呼びかけに恥も外聞もなくヘルプコールを叫ぶ。

 

『大丈夫、助かります、落ち着きさえすれば。ほら、目を瞑って。息を吸って、吐いて』

「お、落ち着く……息を吸って……吐いて」

 

 オルガマリーは落下する数十秒をとにかくアーチャーからの指示に従うことだけに没頭するその甲斐もあって多少は落ち着きを取り戻した。

 

「……だ、大丈夫。落ち着いた、わ」

『ちなみに落下まで一分を切った。アーチャー、指示を頼む』

『難しいことはなにも。令呪を切って、私を呼んでください』

「あっ!?」

 

 簡潔な指示にそれがあったと叫ぶオルガマリー。

 令呪の強制力があれば距離を隔てた場所から空間転移することも容易い。使用するのも魔術回路を励起し、強く意志を持って告げるだけ。

 

「来て、アーチャー!」

「御前に!」

 

 オルガマリーの手の甲から令呪が一画失われた直後、その傍にアーチャーが現れ、主をしっかり捕まえた。

 この世の何より頼もしい感触にオルガマリーはしっかりと抱き着いた。

 

「このまま着地までお願い!」

「委細お任せあれ!」

 

 攻勢端末を展開。手足を引っかけてゆっくりと減速しつつ着地に備える。

 下を見れば着地地点には幾つかの人影があったが、微調整すれば回避は難しくない。

 とにかく主の安全にだけ気を配り――十数秒後、地響きとともにアーチャーとオルガマリーはアメリカの大地に降り立った。

 

「も、もう二度と……二度と地上から離れないわ!」

 

 アーチャーの手から降ろされるや否や地面に両手足を付いてその確かな感触に安堵の涙を零すオルガマリー。ある種の高所恐怖症(ノン・フライング・ダッチマン)を発症してしまったらしい。

 

「オルガ。感涙しているところ申し訳ないのですが、よろしいですか? オルガ?」

「アーチャー? 私、いまちょっと取り込み中なのだけど」

「いえ、私もそうしたいところなのですが――先方が」

「先方?」

 

 アーチャーが示す方を見れば――ゾクリと背筋が泡立つ。

 凶眼。

 凍り付くような殺気の籠った視線がオルガマリーに向けられていた。慌てて立ち上がり、咄嗟に身構える。

 

「一つ答えろ。お前らは、敵か――?」

 

 虚ろで殺意に満ちた瞳、全身を彩る赤黒い刺青、腕と下半身を覆う魔獣じみた甲冑、至る所から無数の棘を生やして変質した魔の朱槍。

 オルガマリーも知る、だが似ても似つかぬ英雄がそこにいた。

 

「そんな、まさか……クー・フーリン!?」

 

 その手に握られた絶命の死槍はサーヴァントと思しき少年の心臓を貫いている。オルガマリー達は奇しくもある一つの戦いが終わった直後の戦場に乱入したのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。