【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 クー・フーリン。

 キャスター霊基の彼とは特異点F、冬木で協力し合った、カルデアとも馴染み深い大英雄だ。

 

「本当にクー・フーリン、なの?」

 

 オルガマリーが震える声で問いかけたのも無理はない。

 違和感があるなどという話ではない。目の前の男はいっそ絶望的なまでにカルデアが知るクー・フーリンと違っていた。

 

「俺が誰だろうがお前らに関係があるか?」

「……関係は、あります。あなたの周りに散らばる死体の山――どう見てもただの人間のようだけど?」

 

 少年の心臓を貫いた槍を無造作に引き抜き、オルガマリーへ向けるクー・フーリン。

 カルデアが知るクー・フーリンは絶対にこんな顔をしない。無感動に、機械のように淡々と無辜の民へ殺戮を尽くすなど。

 

「下らねぇ。戦場で殺す相手に上等も下等もあるか。構えろ、殺す」

「待って! 一体あなたに何があったの、クー・フーリン!?」

 

 心情的にも、戦力的にも戦いたくない相手だ。必死で開戦を避けようと問いかけるが、新たな声の主によってあっさりと希望は断ち切られる。

 

「なに、あなた? 訳知り顔で私のクーちゃんを呼ばないでくれる? 不愉快よ」

 

 戦場に似つかわしくない、豪奢にして豪壮な戦車(チャリオット)から絶世の美女が現れる。妖艶にしてコケティッシュ、男を惑わす美女という概念が人になったとすら思える女神のような美貌だ。

 

「女王メイヴが命じるわ。見るも無惨に死になさい」

「メイヴ。まさかコナハトの女王? クー・フーリンの敵じゃない!?」

「私とクーちゃんの因縁をこれみよがしに語るなんてもっと不愉快。楽に死ねると思わないでね?」

 

 明るく朗らかな笑みは、だからこそジワリと陰惨な感情を滲ませる。

 アーチャーがメイヴの視線を遮るように一歩前へ出た。

 

「でもいいカンしてるわ。そう、このクーちゃんはクーちゃんであってクーちゃんではない」

「どういうこと!?」

「聖杯に願ったの。私のためのクーちゃんよあれと。邪悪の王たるクー・フーリンよあれと!」

 

 懐より取り出すは聖なる器、極大の魔術リソース。すなわちこの特異点を生み出した元凶。

 

「聖杯を使って彼の霊基を歪めたのね……許せない!」

 

 オルガマリーにとってもクー・フーリンは印象深い、恩のあるサーヴァントだ。聖杯を用いて恩人を歪ませた相手など敵意を抱くに十二分。

 ましてや彼女が特異点の元凶であるならばなおのことだ。

 

「へえ。面白いわ、あなた。ここまで正面から噛み付かれたのは久しぶり」

 

 片頬に手を当て、たまらないと嗜虐的な笑みを作るメイヴ。単純な殺気とは別次元の悪寒が背筋を走る。

 

「気に入ったわ。丁重に遊び殺してあげる。今すぐに」

「だとよ」

 

 メイヴの悪意に呼応して槍を構えるクー・フーリン・オルタ。

 主人に使われる武器の如き無感動な殺気をオルガマリーに叩きつけるが、

 

「必ず、あなたを倒すわ」

 

 逆に、決意の籠る言葉を返された。

 その言葉を真正面から受けたクー・フーリン・オルタは、

 

「……ハッ」

 

 笑った。気のせいかと思えるほどに微かに、少しだけ愉快そうにクー・フーリン・オルタは口角を歪めた。

 

「面白い女だ――ならいまやってみな」

「ちょっとクーちゃん!? なにその反応!? 浮気? 浮気なの!?」

「ゴチャゴチャうるせえぞメイヴ。殺す相手くらい自由に選ばせろ」

 

 食ってかかるメイヴを無感動にあしらいながら槍を構える狂戦士。

 

「ぐっ……! そこの者達、早く去れ! 危険だ!」

「あなたは?」

「余はラーマ。コサラ国の王、ラーマである! 人理の導きによりこの地へ招かれたサーヴァントだ」

 

 苦悶に顔を歪める少年の名乗りにカルデア側で驚きの声が上がった。

 

「ラーマ!? 嘘、大英雄じゃない!?」

『ラーマーヤナの主人公! 現代のインドでも人気の高い英雄だぞ!?』

『待った。そんな大物をあのクー・フーリンはほぼ無傷で倒した訳かい?』

 

 ダ・ヴィンチの指摘に今度は緊張が走った。

 

「ああ、奴は強い。恐ろしく」

「……オルガ。私が奴を引き付けます。その間にラーマ王を連れて退いてください」

 

 それはアーチャーですら例外ではない。

 

「待て! それは余の役目だ。人理の守り手よ、ここは余に任せよ」

「……オルガ、決断を」

 

 互いに殿を買って出る二人に決断を求められ、迷い、爪を噛む。天秤は極めて微妙だ。

 

「どうでもいい。まとめて殺すだけだ」

 

 そしてクー・フーリン・オルタは待たない。淡々と敵に向かうだけだ。

 が、睨み合う両者へ第三者の銃撃が割って入った。

 

「東軍を発見。撃破します」

 

 一人二人ではない。ゾロゾロと奇妙な兵が湧いて出る。

 人ではない、機械の異形。第四特異点のヘルタースケルターに似ているが、カラフルでより戦闘向けに洗練された印象だ。

 

「西軍の機械化歩兵か」

「いまいいところなのに! 鬱陶しい!」

 

 一体一体は弱いがとにかく数が多い。

 横やりの入ったメイヴ達の意識がそちらに逸れた。

 

「今だ、逃げるぞ」

「あなたは――」

 

 喧騒に紛れ近づいた男がオルガマリー達に声をかける。

 アメリカ先住民族(ネイティブアメリカン)、いわゆるインディアンそのままの姿をしたサーヴァントだ。

 

「私はジェロニモ。味方だ。君が人理の守り手であるのなら、だが」

「それなら答えはイエスよ」

「それは重畳」

 

 ニヤリと不敵に笑う男がなんとも頼もしい。サーヴァントとしての強弱とは別の人間的な器の大きさが垣間見えた。

 

「混乱に紛れ、魔術で攪乱する。はぐれないように注意しろ」

 

 男はシャーマン、つまり魔術師(キャスター)で召喚されたらしい。

 火を付けた煙草から急速に煙が噴き出し、それを媒介にした魔術が発動。一同は静かに殺気立つ戦場から離脱した。

 


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