【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
西軍最大の軍事拠点の一室。
狭くない会議室に所狭しと集った英霊たちを見てオルガマリーが呟く。
「なんとか、ここまで来たわね」
北米の大地に文字通り身一つで放り出されるアクシデントから始まった特異点攻略はいよいよ大詰めに来ていた。
広大な北米大陸に散らばった数多のサーヴァントはほぼ東西両軍に分かたれ、あとは雌雄を決するのみ。
「これも所長の人徳ですね!」
「馬鹿言わないで。私の働きなんて僅かなものよ。いえ、本当に」
「北米の大地は広すぎましたね……物理的に」
「サーヴァントの皆さんがたくさん召喚されていて良かったです。お陰で別行動も簡単に取れましたし」
「これだけサーヴァントがいてなんでライダーがいないのよ!? もう二度と徒歩で北米大陸を縦断なんてしないわ、二度とよ!」
『うーん、流石の天才も罪悪感。いや、ほんとゴメンね……』
広すぎる北米大陸を手分けして駆け回ったカルデアの面々は疲れ切った顔だ。
ここに至るまでトラブルだらけだった。
偶然遭遇したクー・フーリン・オルタからなんとか逃げ延びたところから始まり。
藤丸達(とナイチンゲール婦長)と合流。レジスタンスと知己を結び。
負傷した大英雄ラーマを癒す過程でその妻シータの再会に満たぬ再会と離別を経て。
ジェロニモ率いるサーヴァントによるメイヴ暗殺の失敗で多数の英霊を失うも。
歴代アメリカ大統領の妄執に引きずられたエジソンを(婦長の拳で)説得し、仲間に引き入れた。
エジソン陣営とレジスタンス陣営が手を組み、更にはぐれサーヴァントであるスカサハと李書文が合流。
本当に、色々とあったのだ。
だがこの面々とともに挑むならば女王メイヴが率いる東軍が相手でも勝負が成り立つ。それほどの戦力を搔き集めた。
「あとは戦力の編成だな。こりゃ手を抜けんぜ」
「軍を二つに分け、片方が敵を引き付けている間に主力が敵軍を突破し、首都にいるだろうメイヴめの首を取る。現状ではこれが最善だろう」
軍事に明るいサーヴァント達は口を揃えて現状取り得る最も勝率の高い選択肢はこれだと言う。
「なら後はどう編成を組むかだけど」
「うむ。カルデアの長よ。丁度いい、汝が決めるがいい」
腕を組んで唸るオルガマリーの方を向いてスカサハがクイと顎をしゃくり、あっさりとそう言い切る。
「な、なんで私が……」
「何故だと? 見るがいい、この顔ぶれを」
呆れたような顔と手振りで会議室の面々を示され、オルガマリーの視線が一同を巡る。
カルデアからはオルガマリーとキガル・メスラムタエア、藤丸にマシュの主従コンビがニ組。
西軍はエジソン、エレナ、カルナ。
レジスタンスとはぐれサーヴァントにロビン・フッド、ラーマ、ナイチンゲール。そしてスカサハに李書文。
「癖の強さならケルトの勇士にすら負けぬ英霊ばかりだ。この中の誰が上に立って指揮しようが角が立とう」
と、癖の強い英霊筆頭がそうのたまう。
「が、お主は例外だ。カルデアの長よ。儂とて仮にも英霊。先達として今を生きる者達へ助力することに否やはない故な」
他の面々もその意見に同意するように頷く。
「そしてだからこそお主には決断と責任を求める」
「……決断と、責任?」
「戦力の配置とはつまり誰を生かし、殺すのかということよ。とっくり悩め。その程度の時間はある」
カラカラと意地悪く片頬を歪めるスカサハに恨みがましい視線を向けるもその程度で神代から生きる女王が堪える訳もなく。
「ああ、ついでに言っておくと儂は遊軍として動くぞ。仕事があるのでな」
挙句の果てに独自行動を堂々宣言だ。自由すぎる。
「……スカサハはこう言っているけど、本当にあなた達はそれでいいの?」
反論に窮したオルガマリーが悪足掻きのように他の面々へ水を向けるも、
「俺は異存ないぜ」
「ロビン・フッド!?」
「余もだ。オルガマリーに任せる」
「ラーマも!」
「あたしも構わないわよ。あ、でもとびっきり派手なステージを用意して頂戴ね?」
「エリザまで!?」
ことごとくが肯定的な反応にオルガマリーの方が仰天した。西軍の面々も同意と頷いている。
「司令官、よろしいですか?」
「ナ、ナイチンゲール婦長……」
怜悧にして酷烈極まりない声音の主からの呼びかけにオルガマリーは恐々と振り返る。小陸軍省、たった一人の軍隊と畏怖される婦長がオルガマリーは苦手なのだった。
ナイチンゲール自身はオルガマリーを司令官と呼びかけるあたり一応は認めているらしいが、とにかくバーサーカーらしくゴリゴリと折れずに自己主張してくるのだ。
「あなたはこの大地に蔓延る病へ怯まず取り組み、そして今重大な
「婦長……その、ありがとう」
ナイチンゲールには珍しい長広舌。そして大絶賛にオルガマリーも思わず頬が緩む。
それほどの珍事であり、オルガマリーにとって強い喜びだった。
「では早速
そして情緒も何も関係ない迅速果断な行動力もまたナイチンゲールの持ち味であった。婦長に背中を押され……というか半ば突き飛ばされ、やけくそ気味にオルガマリーは叫んだ。
「……ああもう! 分かった、分かりました。私の責任で戦力の振り分けを行います!」
「うむ、よくぞ言った」
「ただし!」
バン、と会議室の大机を叩く。
大机の上にはエジソンが手慰みに作成した東西両勢力の戦力を象った駒とアメリカ大陸の地図が載っていた。
「戦力の編成はこの場にいる全員の希望と意見を募った上で決定します。異論はありませんね?」
「ふむ? お主、儂の言葉を聞いていたか?」
「もちろん承知の上です。ですが! あなた達は私に任せると言った。つまり私に指揮権を預けた訳です。なら形式上部下であるあなた達を使うのは当然の権利と言わせてもらうわ」
傲岸不遜にすら聞こえる発言はその実強い焦りの裏返し。少しでも精神的負担から逃れるためにもこの場の面子は絶対逃がさないという執念の表れである。
「大体カルデアは学術機関であって戦闘は専門外です! 専門家に意見を聴いて何が悪いのよ! ゴチャゴチャ言わないで協力しなさい馬鹿ッッッ!」
涙目になったオルガマリーの啖呵、いややけっぱちの放言に一同は大盛り上がりだ。よく言った! と快哉を挙げている者すらいた。
開き直りに似た放言にアーチャーなどは成長したなと涙ぐんでいる。果たして誰目線でいるのやら。
「呵々! これは一本取られたな、スカサハ殿」
「なるほど、道理よな。儂を相手によく言った!」
スカサハもまた機嫌良さげに笑っているが、その理由は何もオルガマリーの啖呵が気に入っただけではない。
神代から続く教え魔の血が騒いだからである。
「つまりお主は儂に教えを乞うた訳だな。これは久しぶりに腕が鳴るというものよ」
「……え? いや、別にそこまで言った訳じゃ――」
ものすごく嫌そうな顔をしたオルガマリーが咄嗟に否定する。明らかに地雷を踏んだことに気が付いたからだった。
当然だ。クー・フーリンの師匠スカサハの指導方針は基本超の付くスパルタである。彼女に教えを仰ぐとは学ぶか死ぬかの二択に等しい。
が、時すでに遅し。
「儂に加えて古今東西の英雄が揃い踏み。うむ、貴様は幸運だぞオルガマリー。これほどの面々から教えを受ける機会はそうあるまい」
なあ、とスカサハが水を向ければ口々に返事が返ってくる。
王にして将軍、大戦士、ゲリラ、武術家に魔術師や発明家に自称アイドル等々。個性豊かな英霊ばかりが揃っている。
ある意味での四面楚歌にオルガマリーは顔を引き攣らせた。
「敵も味方も豪華絢爛、綺羅星の如くだ。これは教材としてうってつけよな」
敵方もまた強者ばかり。
戦士の母にして兵の無限供給者、女王メイヴ。
単騎最強の狂王、クー・フーリン・オルタ。
源流闘争、水魔グレンデルを撲殺した戦士の王ベオウルフ。
カルナと因縁深い授かりの英雄アルジュナ。
加えて聖杯のバックアップ。
彼らを相手に戦力を振り分けるのは一筋縄ではいかない難事だろう。
「ああ、案ずるな。一線は弁える。最後の決断はお主に任せるぞ」
「気、気遣いが方向音痴……!」
そこまでするならもうそちらで決めて欲しい。切なる願いは届かず、オルガマリーは頭痛をこらえるように額を押さえた。
「お主自身の望みだ。今さら逃がさんぞ、司令官殿?」
とても嬉しそうな、言い換えると肉食獣すら裸足で逃げだすドスの利いた笑みを浮かべるスカサハにオルガマリーは声にならない悲鳴を上げたとか上げなかったとか。