【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 大英雄ラーマが打ち倒され、ゲイボルグの針山に沈んだ。

 狂王はそのまま地から突き出たゲイボルグの穂先を蹴り、空を舞うアーチャー達へ爪牙を突き立てんと跳躍する!

 

『二人目だ』

「!? やらせん!」

『お前の炎は微温(ヌル)いんだよ』

 

 アーチャーが放つ後先を考えない全力の火力投射。空間を覆い尽くす程の爆炎の華をただ一騎の狂獣が強引に突き破った。

 

「デタラメな!?」

『終わりだ』

「いえ、やらせません」

「ナイチンゲール!」

『今更女如きが――』

 

 ナイチンゲールの横やりを気にせず、その凶爪で強引に纏めて撫で斬ろうとするクー・フーリン・オルタだが、

 

(フン)ッ!」

 

 ()()()()

 筋力B+、看護師にあるまじき膂力で振るわれた拳が鎧越しにクー・フーリン・オルタの肉体を貫き、強引に吹き飛ばした。*1そのままゴロゴロと激烈な勢いで針山の上を転がっていく。

 

「医療に女も男も関係ありません。あなた、少々不見識では?」

『……確かにな。腑抜けたか、俺も』

 

 攻勢端末の上に着地し、キリリと引き締まった顔で言い放つナイチンゲール。本当に本職が看護師か疑いたくなる見事な身のこなしだった。

 大地に叩きつけられ、大の字で天を仰ぐクー・フーリン・オルタとは対照的である。

 

『だが二度目はねえ』

 

 が、ダメージはない。それどころか微かにあった気の緩みすら搔き消えた。

 むくりと起き上がるや否や手近にあったゲイボルグを適当に引っこ抜き、

 

『我が呪槍、一掠りすれば致命と思え』

 

 二本の腕に加え、触手すら活用して無造作な投擲を開始する!

 一本二本などという話ではない。個人技能とは信じられない規模の()()()が降った。

 

「クッ!?」

「こちらで防ぐ、攻勢端末の影へ!」

「了解しました」

 

 ナイチンゲールを狙う一本を熱線が貫き、弾き飛ばす。その隙に攻勢端末を足場に飛び石渡りじみた移動法で後方へ下がるナイチンゲール。

 そのままアーチャーは熱線による弾幕を張り、唐突に始まった射撃戦へ応じた。

 

「アーチャー、このままじゃ……」

「分かっています。しかし今は他に手がありません」

 

 射撃戦の趨勢は急速にクー・フーリン・オルタに傾いていく。

 片方は熱線を喰らっても意に介さず、片方は死棘の槍が刺されば呪いを喰らう。その差は大きすぎた。

 

『悠長だな』

「しまっ……!?」

「アーチャー!」

「司令官っ!?」

 

 この一瞬で趨勢は決した。

 手数に圧され、窮したアーチャーの隙を突いて脇腹をゲイボルグで貫き、内部から破裂した棘で瀕死の重傷を負わせる。

 さらに拳を振るうナイチンゲールを無造作に振り回したゲイボルグで地に撃墜。突き出たゲイボルグは鉄の処女(アイアン・メイデン)の如く彼女を串刺しにした。

 

「ッ! きゃあッ!?」

 

 アーチャーが最後の力を振り絞って投げ飛ばしたオルガマリーが、辛うじてゲイボルグの突き出ていない猫の額のように狭い空間に着地できたことだけが僥倖と言えた。

 だが彼女の幸運もいまや風前の灯火だ。

 

『これでようやく終わりだ。……楽しめたぜ』

 

 ゆっくりと歩を進めるクー・フーリン・オルタ。

 惜別のように、決別のようにかけられた称賛の言葉とは裏腹にオルガマリーへの歩みは止まらない。

 

『あばよ』

「ッ!?」

 

 凶爪を天へ掲げ、別れを告げる。

 今振り下ろされんとする死の恐怖に目を瞑り、ギュッと身を縮めるオルガマリー。

 

「まだです、クー・フーリン・オルタ」

 

 そこに待ったがかかった。

 串刺しになって血に塗れたナイチンゲールが今一度立ち上がる。死に瀕していようとその眼光に欠片ほども翳りはない。

 だが自身を妨げるに能わずと判断した狂王が視線を向けたのは一瞬だけ。

 

『雑魚が。黙ってそのまま突っ立ってろ、でくの坊』

()()()()()()()()

『……あ”?』

 

 だがそんなことは関係ない。どこまでも揺るがず、折れず、曲がらずに。

 不屈の信念を込めた鋼の天使がただの言葉を以て狂王の横っ面を張り倒す!

 

「早急な治療が必要と判断しその()()を切除します。この距離ならば手元が狂うことはない」

 

 ナイチンゲールはただやられていた訳ではない。宝具の射程距離(レンジ)()()を収めるために叩き落される位置をギリギリで調整していたのだ。全身を覆う、呪傷の痛みすら鋼の決意で押し殺して。

 魔力が滾る。

 血液が沸騰する。

 ナイチンゲールの背後に巨大な“浄化の大剣”を携えし白亜の看護師像が顕現した。

 

「全ての毒あるもの、害あるものを絶ち、我が力の限り、人々の幸福を導かん――我はすべて毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲール・プレッジ)!!

 

 白亜の看護師が無尽の慈悲を込めた大剣を狂王目掛けて情け容赦なく振り下ろす!

 それは「傷病者を助ける白衣の天使」という概念。強制的に作り出される絶対安全圏。

 

『テ、メェ! まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?』

 

 宝具そのものから与えられる痛みはない。だが今のクー・フーリン・オルタにとっては致命に等しい一振りだ。

 ナイチンゲール誓詞は告げる、我はすべて毒あるもの、()()()()()()()()と。

 メリメリと癒着した肉片同士を無理やり剥がすかのような空虚な音が響く。更に恐ろしいほどの激痛がクー・フーリン・オルタとハルファスを襲った。

 

『ぐ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ――――!! なにをしている、獣よ!? このままでは我が引き剝がされ――』

「うるせぇ、向こうが一枚上手だった。それだけだ」

 

 元より聖杯で強引に結び付けていた両者を絶つ刃が振り下ろされれば、彼らに抗う術はない。

 

『馬鹿な。闘争を生み出す我が、平和を望む心によって敗れるなど……』

 

 狂獣の霊基から剥離したハルファスがひどく()()()()な姿で現れる。クー・フーリン・オルタを依り代にするため敢えて実体と霊体の狭間で朧気に顕現していたのだ。

 その不安定さ故に剥離したハルファスの霊基は急速に崩れ始める。

 

「闘争という病を撒き散らすあなたを切除します。お覚悟を」

『愚か、あまりに愚か。この世から戦いが消えることはない。この世から武器が消えることはない。あらゆる人は螺旋の如き闘争を宿命づけられている』

「だとしても、闘争で傷ついた人を癒すことは叶うのです。ならば私は癒し(たたかい)続ける。あらゆる命を踏み越えて」

『……誤謬を認める。汝は愚かではなく、狂っていたのだな』

「さようなら、ハルファス。あなたの存在はカルテに残しておきます」

 

 最後の問答を冥途の土産とし、ハルファスはナイチンゲールの慈悲深き鉄拳の一撃でその霊基を粉々に砕かれた。

 そしてクー・フーリン・オルタは、

 

「いい加減に倒れろ、狂王!」

「ハハハ! なんだ、俺の最期はお前だったか!」

 

 生きていることが不思議な負傷を抱えたまま、同じく死にかけのアーチャーと全力でただ殺し合う!

 地に突き出たゲイボルグの針山も消え去り、宝具を使う魔力もなく、ただ無骨なまでのぶつかり合いが続く。これが第五特異点最後の戦場だ。

 その天秤を傾けるのは、

 

「令呪よ、アーチャーに最後の力を!」

 

 令呪による霊基修復!

 これで死にかけから重症にまで復帰したアーチャーが一気に魔力を絞り出す。

 

「焼き尽くせ。太陽の滅びをここに!」

 

 大弓の形に展開した攻勢端末につがえた大陽の矢、現状叩きだせる最大火力を容赦なくぶちかました!

 瀕死の狂王はこの一矢を避けられない。

 クー・フーリン・オルタは迫り来る自身の終わりを目の当たりにし、

 

「……ハッ。まあいいか。お釣りがくらぁ」

 

 太陽の矢ではなく、オルガマリーに一瞥を向けた。

 最後の最期でいい女に、いい戦場に出会えた。それはクー・フーリン・オルタが納得するに足る終わりだった。

 

「あばよ、嬢ちゃん」

 

 少しだけ本来の己を取り戻したクー・フーリンは片頬を歪めたまま業火に包まれる。

 トドメを受けた霊基(カラダ)は魔力となって霧散し、オルガマリーの視界に最後の輝きを残した。

 

「さよなら、クー・フーリン……またね」

 

 今度こそ味方としての再会を望み、オルガマリーはそう呟いた。

 

*1
流石は劇場版ソロモンで唯一正面からゲーティアと殴り合った女傑である


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