【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
山々の向こう側へ姿を隠そうとしている夕日に照らされた真っ赤な大地をオルガマリーはゆっくりと歩く。
静謐のハサン救出へ赴くのは明日からとし、今日はここに泊めてもらう予定なのだ。
「ふう……同盟もなんとかまとまりそうね」
夕日に向かってあてどなく歩きがら独り言を呟く。近くにアーチャーはいない、霊体化もしていない。
オルガマリーにも一人になりたい時はあるのだ。
(アーチャーも用事があるって言ってたけど……どうしたのかしら?)
ともあれ危険のない村の中で散策するくらいは構うまい。
オルガマリーはしばし気が向いたままに歩き回った。
「………マシュ?」
散歩の途中、盾の少女が村で最も見晴らしのいい高台へ向かっている姿が目に入る。彼女が藤丸の傍にいないのは珍しい。
「どこへ行くのかしら」
興味を持ったオルガマリーはマシュが向かう高台へ足を向ける。魔術を嗜み、特異点の旅に鍛えられたオルガマリーの健脚は容易く高台までの道を踏破した。
そしてたどり着いた高台から下界を見下ろせば、
「――綺麗」
眼下に広がる雄大な大地は夕日に赤く染まり、力強くそびえ立っている。
一歩踏み入れば険しく貧しい苦界は、天から見下ろせば思わずオルガマリーが見とれる程に美しい。
「オルガマリー所長? どうされたのですか、こんなところに?」
オルガマリーの声に気付き、キョトンとした顔で振り向くマシュ。
「大したことじゃないわ。あなたが珍しく一人だから気になって追いかけてきたの」
「あぁ。実は先輩から少し羽を伸ばしてはどうかと言われて散歩に。今はアーラシュさんとべディヴィエールさんが先輩に付いていてくれているので」
べディヴィエール。銀の腕を持つ円卓の騎士の一人。
獅子王の非道に義憤し、キャメロットの聖伐から逃れる時からともに行動する仲間だ。彼とアーラシュがいるなら護衛の心配は無用だろう。
「そう。……綺麗な景色ね」
オルガマリーとマシュが並んで目の前の光景を見入る。
「はいっ! 外の世界はすごいですね。カルデアでは知りえなかった情報ばかりです」
「そう、よね。あなたはカルデアから出たこともないんですもの……」
純粋な喜びに微笑むマシュを見て、オルガマリーの胸にズキリと痛みが走る。
オルガマリーがマシュに抱える負い目。アニムスフィアの名を継いだ彼女が今まで目を背けていた罪が苛むのだ。
「……マシュ。ここにいるのは私とあなただけ、ね」
「? はい。そうですね。考えてみるとオルガマリー所長と二人きりというのは珍しいかもしれません!」
次に口から出す言葉に迷う。
マシュ・キリエライトはカルデアの前所長マリスビリーにより生み出された『デミ・サーヴァント計画』のための試験管ベビーだ。
その運用のために設定された稼働期間は18年程度。そして今の彼女は16歳、さらに特異点攻略の負担は彼女の寿命を急速にすり減らしており――マシュ自身、その事実を知っている。
(恨まれている、わよね)
オルガマリーが負い目を覚えるのも当然だ。
前所長の死と前後してカルデアの暗部を知ったオルガマリーは急速にメンタルを崩し、一時期はマシュから無惨な報復を受けることに怯える日々を送った。
「マシュ、あなたは……」
だがオルガマリーは決して自身が継承した罪から目を背けなかった。
だから彼女はカルデア所長としてみんなに認められていて、彼女だけがそれに気づいていない。
「――
「言いたいこと、ですか?」
きょとんとした顔で聞き返すマシュに、俯いたまま頷く。
例えオルガマリー自身に非がなくとも、自分に責任がない等と思えるはずがなかった。
受け入れよう。たとえそれが心に秘めた復讐の刃だったとしても。
(アーチャーがいなくてよかった……)
彼がいればきっと甘えてしまうから。
そう考えるところがオルガマリーの善性であり、美点であった。
「何でもいい。どんなことでも……それがどんな言葉でも、何であっても、私は受け入れます。それがカルデアの所長を継いだ私の責務だから」
「はぁ……」
懺悔に近い響きの声音にどこか戸惑った様子のマシュ。
だがすぐに戸惑い顔を華のようにほころばせ、笑いかけた。
「いいですね。実は前から所長とはちゃんとお話をしたかったんです!」
「ッ!? そ、そう……そう、よね。当然だわ」
天真爛漫に笑うマシュと覚悟を決めた表情のオルガマリーがなんとも対照的だった。
「……いいわ、話して。心の準備はできたから」
「オルガマリー所長? 顔色が悪いようですが」
「何でもないわ。どんとこいよ……ごめんなさい、やっぱりもう少しだけ待ってくれる? お腹が」
「え、あ、はい……。所長、本当に大丈夫ですか?」
急な胃痛に苦しむオルガマリーを気遣わし気に覗き込むマシュ。
この時点で計測機器越しに固唾を飲んで見守っていたカルデアの管制スタッフ達の空気からも緊張感が逃走。彼らはただ黙って二人のやり取りを見守ることにした。
そうしてオルガマリーが心の準備を済ませること数度、
「――私達はこれまで多くの特異点を巡りました」
気を取り直したマシュによって話の口火が切られる。
◇
【推奨BGM:色彩 ~雪花の盾~】
◇
「どんな場所でも多くの人々の戦いと生活があった。彼らの時代を経て
マシュが空を見上げ、釣られてオルガマリーも視線を上げる。そこには真っ赤な夕日に照らされ、鮮やかな赤色に彩られた空があった。
「赤、青、藍、水、虹……空の色彩はこんなにも鮮やかだと私は知ったのです」
マシュはかけがえのない宝物を抱きとめるように、祈るように両手を組み合わせる。
「不謹慎だと自覚していますが……私はこの旅路に感謝しています。先輩に出会えたことが、オルガマリー所長の新しい一面を知れたことが、アーチャーさんと肩を並べて戦えたことが誇らしく、嬉しい」
「マシュ……」
控えめで自信のない彼女が誇るのはみんなとともにこの旅路を歩んだこと。
そしてそれはオルガマリーも同じで、だからこそ自分を認めてくれたマシュの言葉が嬉しい。思わずジワリと熱い涙が溢れかけるのを感じる程に。
「だから所長。私は言います、何度だって言います!」
「な、なによ急に。言っておくけど泣いてないわよ!」
眦から零れ落ちそうなくらいに溜まった涙を必死で堪えるオルガマリー。なおどう考えても隠せていないのだが、マシュは素直にそうなのですねと頷いていた。
「私はオルガマリー所長と一緒に旅が出来て本当に良かったです! 所長はその、どうでしょうか?」
「なによ。そんなの、そんなの――」
自身の思いを告げる時は力一杯、オルガマリーに問いかける時は不安げな上目遣いで。どこまでも純粋無垢で嘘がないマシュの言葉だからこそ、オルガマリーの心に深く響いた。
「――私も嬉しかったに決まってるじゃない!」
遂に堪え切れず零れた涙とともにマシュに抱き着くオルガマリー。
驚くマシュの胸元に縋り付き、その温かい涙がマシュの服越しに沁みていく。
「私だってこの
誰に怒っているかも分からない勢いで泣き崩れるオルガマリーの背をマシュが優しく撫でる。
だがその優しさが今は辛い。温かい手の感触に、嗚咽がますます深まっていく。
「でもダメよ。私なんかがあなたを想ってもいいはずが――」
「私はオルガマリー所長と仲良くなれて嬉しいです。所長は違うのですか?」
罪の清算も済ませず
そう思い首を振るオルガマリーをよしよしとあやし、柔らかい語調で語り掛けるマシュ。
「嬉しいわよ、嬉しいけどぉ……」
「いいのです。だって私は私の結末をとっくの昔に受け入れているのですから」
「……マシュ? あなた――」
首を振り、静かに言い切るマシュ。
驚きに思わずオルガマリーの涙が引っ込む。縋りついた胸元から見上げれば、柔らかく微笑むマシュと目が合った。
「私は恐らく遠くない内に活動限界を迎えます。ですがそれは私に限った話ではありません。
……全ての命には終わりがある。だからって私は永遠なんて欲しくない。いつかは失うからこそあたりまえの日々は美しいと知っているから」
これ以上望むことは何もなく、私が欲しい未来はいま、ここにあるのだとマシュは語った。
「さよならを告げる日まで、私はここにいたいのです。たとえその日が明日来るとしても」
「……イヤ。そんなの私はイヤよ! 贔屓でいい、職権乱用上等よ! マシュ、あなたは謹慎です! 健康になるまで休息を命じます!」
何を今更と自嘲しながら醜い私情を曝け出す。中途半端に過ぎる言葉にマシュも自分に失望しただろうなとオルガマリーは思う。
それでも構わなかった。マシュがほんの少しでも長く生きられるなら。
(もっと早く言うべきだった。もっと早く……私のせいだ、私がもっと早く勇気を出していれば!)
こんなものはただの我儘だ。
そうと知ってもオルガマリーは抑えられなかった。彼女は本質的に情が深い
「ダメです、所長。理由はお分かりですよね」
「う……うううううううううううぅぅぅぅぅぅ――――!! でも、でも……!」
涙を滲ませ、駄々っ子のように首を振るオルガマリーだって分かっている。
カルデアの戦力は何時だって足りていない。守りの要であるマシュを欠けさせるなど特異点攻略の観点から言語道断だ。
「私はいまとても嬉しいです。所長が私のことをこんなにも想ってくれる。先輩以外にもそんな人がいると知れました」
「マシュの馬鹿ぁ……! 私だけじゃない、カルデアのみんながそうよ!」
「!? ……そうですね。カルデアの皆さんは親切です。でも、だからこそ私は最後までここにいたい」
グスグスと泣き崩れるオルガマリーを強く抱き返し、微笑むマシュ。その眦から涙が一筋流れていく。
互いの腕の中にある生命の温かさが泣きたくなるくらいに愛おしい。
「短命であることは人生を悲観する理由にはなりません。すべての生命はいずれ停止するのですから。
私はただ、この旅の終わりを見届けたい。たとえ瞬きの後に消える命だったとしても、一秒でも長くこの先の未来を見ていたいのです」
この旅を通じて多くの人に出会った。多くの人から言葉を貰った。その全てをマシュは覚えている。その果てに一つの答えを得たのだ。
「だから、ね? どうか泣かないでください。私の、初めての友達」
「と、友達? マシュ、私のこと、友達って?」
「はい。……あの、ご迷惑だったでしょうか」
「迷惑な訳ないじゃないぃ……私の気も知らないで、マシュの馬鹿ぁ」
何度目か分からない涙の決壊に流石のマシュも苦笑気味だ。
互いの良いところも、悪いところもこの旅を通じて知った。
ならもう二人は友達だ。お互いに初めてできた親友だ。
「……や、約束」
「約束、ですか?」
「そうよ。みんなとさ、最後までこの旅の……旅の――」
これ以上はもう言葉にならない。
何度目かの嗚咽を堪えて下を向くオルガマリーだが、言葉にならずともキチンとマシュは受け取っていた。
「はい、所長。きっとみんなでこの旅の終わりを見ましょう。誰一人欠けず、みんなで」
その会話を最後に太陽が山々に隠れた。夜の闇が二人の側へ急速に忍び寄ってくる。
悲しいかな。無垢なる少女達が交わしたささやかな約束は――叶わない。