【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 戦闘は一分も経たずに終わった。流石はエルキドゥ、英雄王と肩を並べるだけはありすさまじい性能を披露し、あっという間に魔獣を屠り去ったのだ。

 

「……」

 

 かくして危機は去った、が。

 血まみれの修羅場となった森の一画で訝しげな顔をしたオルガマリーが魔獣の死骸を調べていた。

 死骸をひっくり返したり、魔術を使ってその肉体の組成を探っては首を捻っている。

 

「どうかしましたか? 見ても面白いモノではないと思いますが」

「……ねえ、エルキドゥ。こいつら、本当に魔獣なの?」

 

 オルガマリーの脳裏に浮かんだのは勝ち目のない戦いに欠片も怯まずエルキドゥへ挑んだ魔獣達だ。

 人類への憎しみすら感じさせる異様な殺気だった。

 

「流石に鋭い。いや、これまでの経験か」

 

 感心したように頷くエルキドゥは、あっさりと魔獣の正体を明かした。

 

「お察しの通り、ただの魔獣ではありません。この特異点を崩壊させるべく女神が遣わした眷属です」

「女神?」

「ええ、僕らは魔獣の女神と呼んでいます。この程度の魔獣、彼女にとっては斥候未満の雑兵に過ぎない」

「魔獣の女神……とんでもない強敵ね」

 

 顔すら知らない女神に戦慄を覚える。

 先の魔獣を見る限り個の質はかなり高い。これが雪崩を打って襲いかかってくるとなれば脅威だ。

 

「さらに彼女を倒しても残る()()()()()の女神達は黙ってはいないでしょう。人類も中々多難だ」

「三女神同盟!? 嘘、まだ二人も女神がいるの!?」

「ええ。魔獣の女神ティアマト。闘争の女神ケツァルコアトル。そして――()()()()()()()()()

「ビッグネームばかりじゃない!?」

 

 ケツァルコアトルが女神とされているのは今更なので最早ツッコミすら思いつかないオルガマリーだった。

 

「彼女達は強大です。遺憾ながら人類に勝ち目は薄い」

「そうでしょうね……私もちょっと眩暈がしてきたわ」

 

 あまりの戦力に思わずくらりと立ちくらみを起こすオルガマリー。すかさずエルキドゥが声をかける。

 

「そうかい? なら、」

「――すぐに動き出さないと間に合わないわね。一刻も早く仲間と合流したいわ。エルキドゥ、案内をお願いできる?」

 

 そして当然その程度でへこたれるようなやわなガッツをしていない。

 すぐに立ち直ってエルキドゥへ向き直るが、

 

「――――」

 

 その瞬間、エルキドゥの顔から感情の色が抜け落ちた。仮面のような無表情にオルガマリーが訝しむ。

 

「……エルキドゥ?」

「いや、なんでも。もちろん構わないよ、僕はそのために来たのだから」

 

 二呼吸分ほどエルキドゥの応答が遅れたが、すぐに元に戻る。オルガマリーもさして気にせず頷いた。

 

「丁度いい。女神の強大さを手っ取り早く体験できる場所へ向かおう」

「体験って……私としてはいますぐアーチャーと合流したいのだけど」

「この辺りは魔獣が多い。それを避けてウルクへ向かう以上はどの道遠回りになるからね。少し寄り道するだけさ」

「……そうね。安全に敵戦力を観察できるならそれも悪くないか」

 

 内心は反対寄りだったが、エルキドゥを信用してそう答える。

 実際見ると聞くでは大違いという言葉もある。結局オルガマリーは歩き出したエルキドゥの背を追った。

 

 ◇

 

 そのまま歩くことしばし。

 木々の葉が重なり合い、陽光はほとんど届かない鬱蒼とした森に不気味さを怯えつつなんとかエルキドゥに付いていくと、

 

「――着いた。この高台からなら、北壁の様子が一望できる」

 

 不意に森が開け、一気に視界が開けた。

 切り立った高台から眼下を見下ろせば、そこには万里の長城を思わせる長大な城壁があった。

 

「ものすごい城壁。まるで果てのない壁が続いているみたい」

「魔獣達が滅ぼしたバビロン市を解体し、創り上げた大城壁です。北部からの侵攻に蓋をしている、最大の激戦地」

 

 まるで津波を押し返す堤防のように切れ目なく続く大城壁にオルガマリーが感嘆の声を上げる。

 

「それに魔獣達もなんて数なの……!?」

「だが人類も負けてはいない」

 

 そして城壁が押し返す”津波”こそ、大地を埋め尽くす魔獣の軍勢。

 だが魔獣に対抗する人類も決してやられるばかりではない。

 

「あの城壁こそ絶対魔獣戦線バビロニア。四方世界を守る最後の砦、人類防衛の最前線だ」

「流石は神代の人類。魔獣の群れにも怯まないなんて!」

 

 時代を遡る程神秘は色濃くなる以上神代の人類と現代の人類は同じ種でもほとんど別物だ。

 粗末な槍と防具を手に、巨大な城壁と仲間を頼りに魔獣の軍勢と渡り合っていた。

 

「ええ、本当に大したものだ。しかし虚しいとは思わないかい、オルガマリー」

「虚しい?」

「この先彼らにどれほどの希望がある? 絶望を乗り越えた先にあるのは更なる絶望。ウルクの滅びだ」

 

 そう言い切ったエルキドゥの貌に浮かぶのはひどく冷たい無表情だ。

 

「滅びって……そうさせないために彼らは戦っているんじゃない!」

「そんな視野の狭い話じゃない。この危機を乗り越えようとウルクは人類史に定められた通り滅びを迎える。馬鹿らしいじゃないか、正しく滅びるために戦うなんて」

「それは……」

 

 口籠もり、視線を逸らすオルガマリー。

 

「……それなら何故あなたはここにいるの?」

「話を逸らしたね? 構わないけれど。さっきも言ったけど、僕がここにいるのは友人に頼まれたからさ。他に理由はない」

「そんな言い方……」

 

 まるでウルクが滅びようが関心はないと言いたげなエルキドゥに微かな違和感が生じる。

 

「先を急ごう。万が一魔獣に気取られると面倒だ」

「ちょっと、置いていかないで!」

 

 だがその違和感が育つ間もなくエルキドゥは絶対魔獣戦線に背を向けた。

 結局違和感の種は種のまま終わった。

 

 ◇

 

 再び森の中を歩く二人。

 エルキドゥの足にオルガマリーもなんとか付いていく。彼女も中々の健脚だが、エルキドゥは更に速い。とはいえ細かくオルガマリーを伺っている気配がするので気にかけてくれているのだろう。

 

「ところで僕からも一つ聞いても?」

 

 時折、遠くから動物の鳴き声が聞こえてくる中、倒木に足をかけたり根っこをよけたりしながら足場の悪い森の中を歩く。迷いそうな深い森の中をエルキドゥの導きに従い進んでいく。

 そんな中、エルキドゥから話を切り出された。

 

「もちろんいいわよ。私に答えられることならだけど」

「なら遠慮なく――()()()()()()()()()()()()?」

 

 ヒヤリ、と冷たいものが背筋を走る。

 我知らず覚えた危機感にオルガマリーは一歩後ずさった。踏みしめた落ち葉からなるガサリとした音が妙に遠く聞こえる。

 

「……何の話かしら?」

「その躯体(カラダ)。十全に扱えばさっきの魔獣程度敵じゃない。なのに今の君では宝の持ち腐れだ」

躯体(カラダ)? あなた、何を知っているの?」

 

 本気の困惑がオルガマリーの顔に浮かぶ。

 アーチャーより分け与えられた『継承躯体』の存在を彼女は知らなかった――否、忘却していたのだ。

 

「なるほど、そういうことか。愚かしい真似をする、キガル・メスラムタエアめ」

 

 そうと悟ったエルキドゥの顔に冷ややかな嘲りが浮かぶ。

 俯き気味にくつくつと笑う姿にオルガマリーは言い知れぬ禍々しさを覚えた。疑惑の種が芽吹き、確信に変わった。

 

「……あなた、エルキドゥじゃないわね」

「おかしなことを言うね。そんなことを言われるほど僕らは親しかったかな?」

 

 確かに彼の風貌や能力は伝え聞くエルキドゥのものとそっくりだ。今の今までオルガマリーは疑いもしなかった。

 だがいま口にした呼びかけが決定的だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。二人だけのあだ名――ナナシと呼ぶのよ!」

 

 エルキドゥが地上に在りし頃、アーチャーは《名も亡きガルラ霊》であり、緑の人からナナシとあだ名される存在だった。

 あんな表情でキガル・メスラムタエアの名を呼ぶはずがないのだ。

 

「なるほど、あだ名か。我ながらつまらない失敗をしてしまったな」

 

 問い詰められ、あっさりと開き直るエルキドゥを騙る誰か。

 うっすらとしたアルカイックスマイルはそのままに、驚くほど酷薄な気配が滲み出ていた。

 

「……私を騙していたのね」

「そうだよ。僕の言葉をあっさり信じてくれたからかえって驚いたものさ」

 

 色濃い嘲笑の気配を浮かべる偽物だが、オルガマリーは怒る余裕もない。むしろ王手がかけられた現状に絶望しかけていた。

 

(令呪は応えない、通信不可、逃げるのも無理……ここで終わりなの?)

 

 繰り返し試すも令呪は反応すら返さない。

 間際に迫るピンチにぶわりと額から汗が噴き出て来る。心臓が不快感を伴って強く高鳴った。

 

「ああ、君の令呪は僕が妨害させてもらった。レイシフトポイントをずらしたのも僕だ」

(あ、終わった)

 

 オルガマリーは思わず天を仰いだ。

 完璧に整えられた殺し間に詰みを悟ったのだ。ここまで手筈万端に整えた偽物が最後の詰めを誤るはずもない。

 だが、

 

「――ははは、これは驚きだ。散歩していたらまさかこんな場面に出くわすとはね」

 

 緊迫した場面に()()()と軽やかな声が割って入る。

 見知らぬ第三者の出現に両者の顔に緊張が走った。

 

「誰!? ここは危ないわ、逃げて!」

「いやいや、それには及ばない。美女のピンチだ。ガラではないが、ここで見捨てては我が王に怒られてしまうからね」

「……また面倒な場面に出くわしました。あなたがぶらぶらと遊び回るからですよ、マーリン」

 

 咄嗟に危険を警告するオルガマリーを無視して現れたのは、魔術師らしき杖を持つ男にフードを深く被った小柄な少女。

 男の戯言を少女は冷たく切り捨てたが、その中に含まれた名はオルガマリーと偽物の顔を強張らせる効力があった。

 

「マーリン? ちょっと待って、あのマーリンなの!? 世界最高のキングメーカー!」

 

 魔術師マーリン。アーサー王を擁立した宮廷魔術師であり、その魔術をもって騎士王の治世を支えたという。

 間違いなくキャスタークラスの最高峰に位置するだろう超級サーヴァントだ。

 カルデアにとっては第五特異点で密かに助けの手を差し伸べられた相手だが、マーリンの魔術か記録としては一切残らず、オルガマリーも話に聞いただけの相手だ。

 

「お褒めに預かり恐悦至極。みんなの頼れる相談役、マーリンお兄さんの登場だ」

「誰がお兄さんなのですか? 夢魔の老人が。身の程を知ってはどうなのです?」

「おおっと。それは言わないお約束だよ、アナ」

 

 フワフワとした掴みどころのない微笑みを浮かべるマーリンと彼にキレキレのツッコミを入れる少女。

 奇妙な二人組にこれは天の助けかオルガマリーも判断しかねた。

 

「マーリン! 相変わらず余計な場所にばかり顔を出すな、この害虫め」

(あ、よかった。味方みたい)

 

 が、偽物が苦虫を嚙み潰したような顔をしたことでその懸念は晴れた。

 

「僕は魔術師、王の目が届かぬところこそが仕事場さ」

「戯言を。だが考えようによってはカルデアの長と厄介な夢魔の首を獲る好機か」

 

 冷たい殺意とともに右手に光刃を構え、マーリンに向ける偽物。

 ピリピリと肌が粟立つ程の圧力にオルガマリーは思わず唾を飲んだ。

 

「ははは、面白いことを言うね。エルキドゥの偽物よ」

「……何が言いたい」

「それは君が一番分かっているだろう、違うかな」

 

 空気が氷点下を超えて冷え込むが、マーリンのふわふわとした笑みは揺らがない。偽物の眦がさらに吊り上がった。

 

「……僕の前に出てきたことが運の尽きだ。ここで死ね、マーリン」

「それは怖い。しかしだね、僕にばかり気を取られていて本当にいいのかい?」

「何だ……何を企んでいる」

 

 既に戦闘態勢を取ったエルキドゥを前に杖を構えることすらせず、薄気味悪い程の余裕を見せるマーリン。その余裕の源を探るべくエルキドゥは露骨に警戒しながら周囲を見渡す。

 

「なぁに、大したことではないとも。敢えて言うなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「お前……!」

「さぁエルキドゥ。天を見上げろ、冥府の太陽が落ちてくるぞ!」

 

 その言葉に誰もが空を見上げ――悍ましいまでの熱量が籠る真っ黒な太陽を目撃する。

 

「ッ! ちぃ……!! ここで来るか、キガル・メスラムタエア!?」

 

 真なる天の鎖ですら全力で迎撃しなければ灰も残らない超熱量だ。

 大地に手をかざし、刹那の迷いもなく絞り出した全力を込めて創り出した超巨大な金の楔と鎖を太陽へ向ける。

 

「消えろ、僕の性能こそが至上だとここで証明してやる!!」

 

 そして黒き太陽と金の鎖がぶつかり合い――、

 

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