【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
絶対魔獣戦線バビロニア。
古代のメソポタミアを北と南に隔てる大城壁。日夜人類の存亡を駆けた戦いが繰り広げられる最前線である。
その大城壁の上にカルデア一行はいた。絶対魔獣戦線を率いる将とともに。
「女神達、ですか……頭脳派である私でも難しい回答ですな」
不動の巌の如く人類世界を守護する彼の名はスパルタ王レオニダス。傍らには牛若丸や弁慶達も同席しているが、彼らもまたレオニダスの指揮に服している。
歴史に名高き
こと防衛戦において彼に比肩する英霊は人類史に見渡しても片手で足りよう。それこそすぐに名が挙がるのは兜輝くヘクトールくらいか。
「戦術を語るならばティアマト神は数の暴力です。無数の魔獣をけしかけ、この大城壁にも怯まず襲い掛かってくる。一方で女神そのものを見た者はおらず、警戒が必要でしょう。
イシュタル神は……さて、矛を交えたことのない私が語れることは多くありません。しかし天から絶え間なく弾幕を降らす彼女もまた個でありながらティアマト神の群勢以上の難敵でしょう」
兜の内側に神妙な表情を隠し、防衛戦の現状を語るレオニダス。
「イシュタル神と戦ったことがない? それは本当ですか?」
食い違う認識に首を捻って問いかけるが、レオニダスははっきりと頷いた。
「ええ。彼女は夜にのみ現れ、そして冥府の者達のみを狙うのです。ウルクの兵に巻き添えになった者はいても彼女に命を奪われたものはいない」
「それは……どういうことなのかな?」
「イシュタル神はエレシュキガル神と姉妹にあたります。もしかしたらその姉妹関係が影響している、のでしょうか?」
不可解な情報に一行は揃って首を捻るも答えは出ない。一行の視線はやがて答えを知っていそうな人物へ向くが本人は難しそうな顔で黙りこくっていた。
「アーチャーはどう? 確かイシュタル神とも面識はあるのよね」
「……分かりません」
期待を込めた問いに慎重に答えるアーチャー。いかにも心当たりのありそうな沈黙を挟んだ返答にオルガマリーは不満そうな顔をする。
「アーチャー? 何か気付いているなら言ってちょうだい」
「あるいは、と思うところがない訳ではありません。しかし確信はなく、下手に伝えて矛が鈍っては本末転倒。今はご容赦を」
「む……」
そう言われるとオルガマリーも返す言葉はない。精々唇を尖らせ不満をアピールするくらいだ。
イシュタル側にも事情があると言っているも同然だったが、やはり事情を知っているか知らないかで戦う姿勢に影響は出る。藤丸とマシュは特にそうだ。
そして聞く限りイシュタル神はこちらの事情に頓着してくれる程甘い相手でもない。
「それに王からもイシュタル様の相手は最後と言われています」
「そうね。それが無難かしら」
とりあえずの仮想敵はティアマト神と定め、頷きあう二人だが、そこに首を傾げた藤丸が待ったをかける。
「うーん、でもそんなに上手くいくんでしょうか」
「どういうこと? 藤丸」
「だってアーチャーは冥府のNo.2なんですよね? しかもイシュタルとも顔見知りでこのバビロニアにいる。向こうからしたら格好の獲物なんじゃないでしょうか」
『…………』
素朴な疑問に一行の間で重い沈黙が立ち込める。
全員が思ったのだ、
「で、伝令! 伝令ぃ――!! イシュタル様、襲来! ものすごい速さです!」
「本当か!? 全く見えんぞ!」
「見つけたのはバビロニアで一番で目が利く奴だ、何かが近づいているのは間違いない!」
噂をすれば影。まさにその瞬間、伝令兵の鋭い叫びがバビロニアの城壁を駆け抜ける。
時刻は真昼。聞いていた通りではあり得ない襲来だった。
ドヨドヨと動揺がウルク兵の間を走った。
「落ち着けぇ――! イシュタル神といえど我々の知恵と数ならば対抗は可能! 総員、持ち場に付け!」
『ハッ!』
レオニダスの号令に声を揃えて答えるウルク兵達。一糸乱れぬ統率とはこのことか。動揺から立ち直る速度も速い。
「流石ウルク兵ね。錬度が高いわ」
感心して呟くオルガマリーだが、レオニダスは頭を振ると近寄ってそっと耳打ちした。
「……兵達にああは言いましたが、実のところ空を翔けるイシュタル神に有効な手段は多くありません。お力添えを願いたい」
「もちろんです。……それに、本当に私達のせいかもしれませんし」
レオニダスの要請にオルガマリーが力強く頷く。こそっと付け加えたセリフがなければもっと格好がついただろう。
「イシュタル様、来ます! は、速い!?」
会話する間も一直線にバビロニア城壁に向かってくる女神イシュタル。天舟マアンナを駆る女神は流星のように空を翔け、城壁の上空でピタリと静止した。
「――見つけた」
ギン、と眼光鋭く城壁に立つ一行を見下ろすイシュタル。己の美を見せつけるかのような露出の多い艶姿は女神の残酷さと美しさをこれ以上なく兼ね備えていた。
「久しぶりね、キガル・メスラムタエア」
旧知であり、一応は義兄妹でもある。そして表向きには決して認めぬとは言え、エレシュキガルの婚姻の日に祝福の虹を降らせたこともあった。
だが今の彼女は最悪に不機嫌な時のエレシュキガルが乗り移ったかのように冷厳な威厳と決意を湛えていた。