【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
軽口はなく、遊びもない。
まるでエレシュキガルが乗り移ったかのような威厳と決意を醸し出す義妹にアーチャーは密かに警戒心を高めた。
「……お久しゅうございます、イシュタル様。ご壮健なようで何より」
「皮肉かしら? まあいい、私がすべきことに変わりはない。ただお前らを――倒すだけよ」
これは滅多に見られないイシュタルの本気モードだ。こうなった時の彼女に決して油断はできない。
「そして――貴方達がカルデアね。星見の魔術師、人理の守り手。ふぅん」
ジロジロと不躾に高みから一行を観察すると失望を示すように息を吐いた。
「ハ――揃いも揃って冴えない連中ね。こんな奴らに自分の命運を託すとか、ギルガメッシュもエレシュキガルも何を血迷っているのやら」
「恐れながらイシュタル様――」
「黙れ、キガル・メスラムタエア。言いたいことは色々あるけど極めつけはお前よ」
アーチャーの口出しを一蹴するゾッと総毛立つほどに冷たい声音。義弟に向ける親愛など欠片もない、敵を見る目だった。
「何故お前はエレシュキガルのもとにいない? 何故お前はそんな女に従っている?」
アーチャーに次いでオルガマリーへ極寒の視線が向けられる。
ゾクリと、本能的な怖気がオルガマリーの背筋を走った。女神の送る視線は凍てつく冬風の如くオルガマリーを貫いた。女神から向けられる露骨なまでの敵意と嫌悪に、オルガマリーの本能が一歩を下がらせた。
「人類が滅び、世界が滅ぶ。それはいいわ」
「待ってください。そんなはずが――」
「黙れ、小さき者」
女神の視座から人類の存亡をあっさりと片付けるイシュタルに、オルガマリーが反射的に食い下がるが厳冬よりも寒々しい一喝に無理やり黙らされた。
「魔術王が勝ち、お前らは負けた。お前達が打ち負かし、滅ぼしてきたもの達のように今度はお前らが滅びる。醜く、無様に、何もかもを奪い尽くされて。
まさに超越者、神の高みに立つ者としての言葉だった。ある意味公平で、残酷だ。
「ならばあなたは何のために戦っているのですか、イシュタル様」
ここに至るまでイシュタルの真意が見えない。好機と見たアーチャーが真っ向から問いかけるが
「知れたこと。私はイシュタル。最も美しく、最も欲深い金星の女神! 我が司るは美、戦乱、退廃!」
驕慢で毒々しいまでにド派手の極み。何をする時も人の視線を奪ってやまない女神が震え上がる程の
「私は私が欲することを為すのみ! 問答は終わりよ。消え失せろ、雑霊!」
己を動かすのはどこまでも我欲であると清々しいまでに言い切るイシュタルは眩しい程の金色に輝く魔力を滾らせ、宣戦を布告した。
「ッ!? 全員、警戒態勢!!」
女神の怒りに応じて加速度的に高まる魔力。それが臨界に達し、天舟マアンナからとんでもない規模の絨毯爆撃が放たれる。バビロニアの北壁をすら一撃で崩す神威の具現が雨のように降り注ぐが、
「チッ、相変わらず忌々しい光だこと」
「たとえ貴女でも義兄殿より預りし我が炎、容易く超えられると思わないで頂きたい」
イシュタルの舌打ちが示すようにアーチャーの手繰る炎の結界によって防がれる。
魔力砲撃が雨なら結界はさながら傘だろうか。イシュタル渾身の砲撃にも決して負けていない。
「たかが雑霊が増長したものね。すぐにその守りを貫いて貴様の首をエレシュキガルに送り届けてやるわ」
そうイシュタルは嘲るが、両者の霊基出力にそう大差はない。
バックアップがある分むしろイシュタルこそが不利と管制室のロマニ達は判断していたが、
「……なに? 何かおかしい?」
「所長? どうされたのですか、今はイシュタル神に集中して――」
「――全員警戒! 来るわ、途轍もなく大きな
それに気付いたのは意外にもオルガマリーだった。臆病で繊細な彼女は些細な変化にも敏感で、その鋭い感覚で微かな異変を察知してのけたのだ。
ゴゴゴゴゴ……ッ、と地響きと轟音が鳴り響く。
大地が震える。あまりにも唐突で異様な振動。頑強を極めた北壁がグラリと揺れ、屈強なウルク兵達すら動揺の声を上げた。
大地を割り砕くかのような――否、
そして、
「――者ども、騒々しい。女神の前ぞ、静粛にあれ」
重々しくも透き通るような硬質の美声が響いた一瞬後に大地が砕け、隆起した。同時に爆発的に立ち昇る粉塵が視界を覆う。だが粉塵の向こう側に蠢く巨大な気配は隠しようがない。
突き刺すような殺気、まき散らされる絶対強者の威圧に屈強なるウルク兵達の足が震えた。まさに蛇に睨まれた蛙のような有様。
「総員、何かにしがみつけぇ――!!」
レオニダスが警戒を叫んだ一瞬後に豪、と風が荒れ狂う。
翼だ。
バビロニアの城壁に立つオルガマリーからさえ見上げる程の巨躯。その背中から巨躯に相応しい大きな翼が広がり、巻き起こる風が粉塵を吹き飛ばした。その余波だけでウルク兵を吹き飛ばしかけるほどに。
「!? 蛇……鳥? ううん、綺麗な女の人!?」
マシュの盾に隠れた藤丸が飛ばした感想が正しかった。
粉塵の向こう側から現れた巨大な人影はバビロニア城壁に匹敵するほどの巨躯でありながらその顔貌はまさに傾国の美女と呼ぶべき美しさ。その背より伸びる翼は空を覆わんとする程に大きく、下半身は人のものではなく、のたくる蛇のそれ。
極めつけの異形、あるいは女神としか言いようのない、奇妙に調和した美しい怪物だった。
「なんて大きさなの――!?」
驚愕にオルガマリーが思わず叫ぶ。
その瞬間、粉塵越しに貫くような鋭い視線がオルガマリーを突き刺した。オルガマリーの零した台詞が悪い意味で彼女の琴線に触れたらしかった。
二柱目の女神、ティアマトを名乗る蛇神の登場だった。