【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 ギロリと蛇の如く眼孔が縦に割れた邪眼がオルガマリーを睨みつける。

 

「不快」

 

 何か彼女のコンプレックスに触れたのか、赤黒い不吉な光が両の眼球に宿る。焦点が合わさり、視線は弾道となる。

 

「塵となり果てろ」

 

 輝く両眼からオルガマリー目掛けて禍々しい光が放たれる。最高位の魔眼、それも他者を害する類の邪視(イーヴィル・アイ)だ。人間などひと睨みで致命と化す魔の視線に、

 

「魔眼か――だが!」

「太陽の守り。厄介な」

 

 当然アーチャーも炎の結界で主人を守る。邪視の光は炎の壁に散らされ、光となって消えた。

 が、

 

「!?」

 

 北壁に立つ全員が驚愕した。

 突如として眼前に薄い石膜が現れた――否、炎が石化したのだ。

 石膜はすぐに自重によって崩れ、再び女神の姿が現れる。

 

「……全員、最警戒を。あの眼に一度睨まれれば治療は極めて困難です」

 

 魔獣の女神が持つ魔眼は神威の籠った炎すら石化した。

 ましてや脆弱なる人間如きただのひと睨みでたちまち石と化すだろう。文字通り戦いが成立しないほどに隔絶した力の差があった。兵達の中には女神が醸し出すプレッシャーに押され、既に膝を折りかけている者すらいる。

 

「百獣母神、ティアマト。ここに顕現せり。平伏せよ、人間ども」

 

 ジロリと戦場を睥睨するティアマトを名乗る女神。

 その威圧に震え、一人二人と僅かだが膝を屈する者がいる。

 

「なんと恐ろしい……そして、覚えのある魔眼か」

「レオニダス王。かの女神の素性、ご存じで?」

「然り。石化の魔眼、そして蛇身。あの者、ティアマトにあらず。しかしティアマトの神性を受け継いだのも確かなようですが」

 

 アーチャーからの問いかけに困惑しつつも頷くレオニダス王。

 王とかの女神は時代こそ違えど同じ大地に生きた者同士。そして互いの逸話を知悉する程度には両者とも著名な存在であった。

 

「かの大魔獣、複合神性ゴルゴーンと呼ぶべきか」

 

 ゴルゴーンの名を口にした途端蛇の視線がレオニダス王を絡め取る。

 

「忌まわしき名を呼ぶ者がいるな……この匂い、同郷か」

「然り、然りだ。古き女神よ。我が名はレオニダス! このバビロニアを預かる炎門の守護者なり!」

「ハ――なるほど。御身なれば我が名も知ろう。棄てられながら何一つ捨てなかった炎の王よ」

 

 得心したと頷く古き女神、ゴルゴーン。彼女もまたレオニダス王の逸話を知り、僅かなれど敬意を示した。

 

「そして――」

 

 ギロリと色のない視線が巡り、アーチャーを貫いた。

 

「我が魔眼を防ぐか。その炎に、死の気配……貴様が噂に聞く冥府の副王だな」

 

 ゴルゴーンは悠々と呟く。自らに劣らぬ神性としての格、メソポタミアに縁深き名とあって興味が惹かれたようだ。

 アーチャーもまたみなを庇うように前に進み出て堂々と名乗った。

 

「然り。我が真名はキガル・メスラムタエア。そしてあなたの敵だ、魔獣の女神よ」

「善き哉。私も我が仔らを嗾けるだけなのは飽いた。人間の悲鳴は心地よいが、それだけでは我が無聊は慰められぬのでな」

「無聊、だと?」

 

 問いかければ色濃い嘲笑が返る。人間に向けた強烈な憎しみと蔑みが籠った笑みだ。

 心底から人間が嫌いで、人間が苦しむ様を見るのが楽しい。言葉にせずともそう伝わる悪意の塊。

 

「そうだ。貴様ら人間は我が玩具。弄び、嬲り殺す遊戯の対象に過ぎんと知れ」

「……そうか。では元人間から強大なる女神へ金言を送ろう」

 

 人類へ向けたあからさまなまでの嘲弄に、アーチャーが珍しく冷ややかな声を返す。

 

「獲物を前に舌なめずりは三流の所業。()()()()()()()()()()()

 

 感謝を示すように一礼。ただし言葉にせずとも慇懃無礼な気配が動作の端々から漂っている。いっそ露骨なまでに。

 

「あるいはお礼を言うべきか。どう思われますか、マスター?」

 

 なおオルガマリーが「えっ、ここで私!?」という顔をしたが、黙ったままでいると無事両者からスルーされた。彼女はちょっぴり落ち込んだ。

 

「……主従揃って不快な輩よ。よかろう、まずは貴様らを石像にした後粉々に砕き、諸共に北壁を踏み躙ってくれる」

 

 怪しく魔眼を光らせながらその巨大な神体に魔力を漲らせる。

 まさに開戦か。北壁の全員がそう固唾を飲んだ瞬間、

 

「待ちなさい、蛇」

 

 魔力砲を大地に叩き込むド派手な轟音とともにイシュタルが待ったをかけた。周囲の視線が否応なくイシュタルに向き、彼女はその只中で堂々と腕を組み胸を張った。

 一方水を差された側が愉快なはずもなく。無粋な横槍に不快そうな視線を返すゴルゴーン。

 

「……何用だ、イシュタル。この世で最も傍迷惑な女神め」

「その不愉快な言い草は置いて上げましょう。それよりも私の獲物に手を出すつもり?」

「私の獲物? 馬鹿を言え、この北壁は最初から我が仔らの腹に収めると決めていた獲物ぞ。何を今更」

「順番程度でごちゃごちゃと器の小さい女ね」

「……後からのこのこと顔を出して横取りする女ほど下品ではない」

 

 同格の女神からの非難にもイシュタルは堂々と胸を張る。この世で最も他者を顧みない女神(オンナ)とギルガメッシュからも評されたのは伊達ではない。

 

「女神だもの。我が儘に、それでいて優雅に振舞ってこそ一流というものでしょう?」

「優雅だと? 寝言は寝てから言え」

「あんですってぇ……!」

 

 そして鼻で笑われ、あっという間に一触即発となった。

 元から相性の良くない女神達だ。このまま同士討ちを始めるのかと北壁の全員が気配を殺しつつ固唾を飲んで見守るが、

 

「……仕方がないわね。カルデアは私、北壁はそっち。どう?」

 

 イシュタルが先に折れた。通常ならばあり得ない、驚天動地の出来事だった。

 城壁のウルク兵達はもちろん、ゴルゴーンもまた驚きに目を見開く。

 

「……どうした風の吹き回しだ? このメソポタミアで最も我が儘勝手な女が」

「我が儘ゆーな! 私には私がやるべきことがある。それだけよ」

「やる()()、か……いや、よかろう。受け入れよう」

「結構」

 

 ともあれ二柱の女神による即席の協力体制は整った。

 イシュタルはマアンナの船首をアーチャーに向け、ゴルゴーンは魔眼を邪悪に光らせて北壁を睨む。

 

「では征くぞ、人類(ムシケラ)。その喉首から悲鳴を絞り出す準備はいいか?」

 

 この恐るべき脅威を知らぬ者は誰一人としていない。迎え撃つ人類もまた北壁を死地とする覚悟を固め、激戦に挑む。

 絶対魔獣戦線バビロニア、開戦――。

 

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