【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
地を揺らす振動と、耳をつんざく轟音が響く。
魔獣の女神がその巨大な蛇身を開戦の狼煙とばかりに大地に叩きつけたのだ。ただそれだけで魔獣の襲撃を幾度となく跳ね返してきたバビロニア城壁が揺れた。なんという膂力か。
「――ッ!? 全兵力を城壁内に収容せよ! ディンギルを女神に、魔獣には強弓をありったけ撃ち込め! 牛若丸殿、弁慶殿――」
総指揮官たるレオニダスは魔獣の女神を相手取るにはバビロニア城壁を殻とするしかないと判断し、城壁外で魔獣と戦っていたウルク兵に撤退を指示。
同時に同輩であるサーヴァントたちに目配せを送った。
「委細承知ッ! 奴の素っ首、刈り取って進ぜる!」
「なんと恐ろしき女怪か……これぞ死地というやつですな」
「怖じ気づいたか、坊主?」
「まさか。拙僧は武蔵坊弁慶なれば――!」
その名に背負った誇りを糧に、牛若丸と武蔵坊弁慶の主従が城壁から勢いよく飛び立つ。
女神の巨体の真正面に悠々と降り立つと構えた得物の切っ先を魔獣の女神へ突きつける。さらに戦場に轟き渡るほど堂々と名乗りを上げた。
「遮那王義経、推参なり! 魔獣の女神よ。その首、頂きに参った!」
牛若丸、すなわち源義経。平安の夜を荒らす妖魔夜行を討ち平らげし源氏の末裔にして、彼女自身が源平合戦で名を馳せた日本でもっとも有名な武将の一人である。
「確かに貴様は強いのだろう、恐ろしいのだろう。だが、戦においては我に一日の長あり!」
こと戦場の采配、それも前線指揮官としての適性ならば最上位に近い天稟の持ち主。その戦の天才が言葉で、背中で語るのだ。我らは決して負けないと。
「有り体に申し上げる――我が眼前にその首を晒した不明を呪うがいい、戦の素人が」
正面から堂々と女神に啖呵を切ってみせる英雄の背中を見た兵士達が一人、また一人と立ち上がる。折れかけた心に火が灯り、槍を持つ手に力が籠った。
屈しかけていた兵の士気が立ち直ったのだ。ほんの数言で兵の心を掴み、滾らせる手腕は流石はかの義経と称えるべき采配の妙技だった。
「百獣母体、ティアマトを前によく吠えた。愚言を連ねた咎、ハラワタを魔獣に貪られながら悔やむがいい」
「
魔獣の女神の巨大な翼が天を覆い、城壁に匹敵する巨体に悍ましい程の魔力が漲る。
彼女の怒りに呼応して無数の魔獣が咆哮を上げた。一体一体が現代の最新式戦車に匹敵する戦闘力を持つ魔獣、ティアマトの仔らだ。
「みな、行くぞ!」
『
だがウルク兵達も負けてはいない。
彼らはこの神代のメソポタミアを生き抜いた屈強な人類、その上澄み中の上澄みだ。複数人がかりならばティアマトの仔らにも引けを取らない驚異的な戦力を誇る。
(これなら魔獣の女神が相手でも十分に任せられるだろう)
それだけを認識するとアーチャーもまた己の敵へ向き直る。
「ウルクの民よ。その男から離れなさい。でなきゃ巻き込まれるわよ!」
故にアーチャーの意識は天より来たる戦女神に集中する。
一応の忠告とばかりに声を張ったイシュタルだが、その数秒後にはマアンナの船首から無数の魔力砲撃を撃ち放った。当然城壁の上にはまだウルク兵が大勢残っている。
「ちょっ!? まだ避難とか済んでないんだけど――!?」
「良くも悪くもあの方はそういうことに頓着しないので……」
「攻撃、来ます!」
「スキルで防御します。皆さんは私の後ろに――!」
慌てるカルデア一行だが、彼らもまた数多の特異点を駆け抜けた歴戦ばかり。言葉だけはわたわたと慌てつつも即座に誉れ堅き雪花の壁に隠れる。
さらにウルク兵に向かう余波も可能な限りアーチャーが攻勢端末を駆使して燃やし尽くした。
一瞬後、着弾。
「……ふぅん」
派手な爆発音が戦場に響く。
バビロニア城壁がボロボロになる規模の砲撃の雨。イシュタルが容赦なく叩き込んだ暴力の数々。城壁が崩れ、瓦礫が散乱するそこに、
「小手調べを生き残る程度の実力はある訳ね。いいわ、少しだけ本気を出してあげる」
カルデアが立っていた。彼らは服装の端々が埃まみれになりながら、力強くその目を輝かせてイシュタルを睨んでいた。
その生意気な、あるいはイキのいい獲物の姿にイシュタルの頬に嗜虐的な笑みが浮かぶ。
「今度はこちらが仕掛けさせて頂く」
イシュタルの初手を凌いだアーチャーが応手として攻勢端末を動かす。アーチャーを中心に無数の攻勢端末を天空へ展開したのだ。イシュタルを囲うような位置取りで。
「天に花開け、宝石の華々。広がり、繋がり、投網と化せ!」
無数の攻勢端末がぐるぐると絶え間なく動き回るその軌道は三次元的で複雑な図形を描く。それはまるで星々の軌道図。どこまでも効率的でありながら美しく――天を翔ける獲物を決して逃がさない結界そのものだ。
さらに攻勢端末同士が炎の線で繋がり合い、空に炎の糸からなる網が張られる。女神を捕らえる網が。
「フン、しゃらくさい!」
並みのサーヴァントならば触れるや否や全身が呪詛の炎に包まれる不可避の包囲網だが、無論高位女神の分け御霊たるこのイシュタルにとっては違う。
「派手に飛ぶわよ、マアンナ!」
その大弓に女神は多大な魔力を注ぎ込み――
「そんな、アーチャーの炎が――」
「女神イシュタル、炎の網をものともせずに突き破っていきます!」
「すっげえ、綺麗だ」
「大胆不敵な力尽く。なんとも貴女らしい!」
イシュタルが天を翔ける。炎の投網など気にもかけず、堂々と。
赤と金の光に包まれたマアンナを駆り、行く手を阻む炎の投網へ自ら突っ込み、次々に突き破っていく。彼女を捕らえるための炎の投網はあっという間にズタズタとなり、もはや意味をなしていない。恐ろしく強引だが、効果的だ。
「優雅に、華麗に、大胆に! それが私、イシュタルという女神よ! 脳裏に刻み込んで忘れるな、小さき者ども!!」
豪華絢爛にしてド派手なパフォーマンスに感嘆の声が上がる。それに気をよくしたイシュタルが胸を張り、ますます調子を上げた。
さらなる魔力を滾らせる姿はさながら青天に輝く金星の如く。挙句の果てに宝具の開帳へ至る。
「ゲート、オープン」
天舟マアンナ。メソポタミア世界を駆ける神の舟であり、地球と金星を結ぶ直通ワープゲート。
イシュタルが遠慮なく魔力を注ぎ込むことで空間を抉じ開け、その裂け目から神話時代の金星宙域が顔を覗かせた。
「光栄に思いなさい? これが私の全力全霊ッ!」
遠近法を利用した置換魔術で無造作に
それはかつてイシュタルが為した天をも恐れぬ所業。神々の王でさえ恐れ、敬った霊峰エビフ山を『ただ気にくわないから』と蹂躙し、死滅させた逸話の具現化。
「打ち砕け――
其は大いなる天から大いなる地へ向けて、弾丸と化した金星を撃ち放つヴィナス・ブラスター。女神イシュタルの誇る宝具だ。
「マシュ、宝具を――」
「ダメです! 私の宝具では皆さんは守れてもこのバビロニア城壁が保ちません!?」
「それじゃ魔獣が!?」
「はい、南の人類圏に入り込んでしまいます!」
このままでは魔獣領域である北部からの侵攻に蓋をするバビロニア城壁が崩れてしまう。そうなればその後イシュタルに勝とうと人類としては敗北なのだ。
退こうが守ろうが地獄。カルデアは難しい局面に立たされた。