【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
イシュタルのヴィナス・ブラスターを《名も亡きガルラ霊》が展開した真珠色の大結界が防ぎ切った。冥府の女神エレシュキガルより賜りし不朽の加護だ。
「す……凄いです!? アレほど堅固な防御宝具を持っていたなんて! 一体どんな逸話を持つ宝具なのですか!?」
守護に強いこだわりを持ち《冥界の物語》のファンであるマシュが勢い込んで問うが、キャスターはゆっくりと首を振る。
「マシュ、それは違います。アレなる守りは我が宝具にあらず。そして全ては主の加護あってこそ」
キャスターが言う通り不朽の加護は通常ならば多少強力なだけの防御スキルに過ぎない。
だが冥府の女神エレシュキガルが現界しているこの特異点なら話は違う! 彼女からのバックアップを受けることで何十倍にも強力な効果を発揮できるのだ。
「……随分と懐かしく、腹立たしいものを見せてくれるわね。雑霊」
「覚えておられましたか。私にとってもこれを使うのは絶えて久しく。しかし存外使い方は忘れていないようで」
「その物言い、不快ね。あの時味わわされた屈辱、忘れるものですか」
「ウルクを守り通した我が誇りなれば、どうか屈辱とは言って欲しくないものですが」
其はキガル・メスラムタエア……否、《名も亡きガルラ霊》が誇りし第一宝具。
かつて
「そしてお忘れか、
「ッ!! あんた、まさか――本気!?」
「本気も本気。イシュタル様を前に手加減など愚の骨頂! 遠慮容赦なくいかせて頂く!」
そう、不朽の加護なぞ所詮はオマケ。宝具を展開した領域が一時的に冥府の領土と化す。それこそが
故に今この瞬間だけ、ここは地上の冥府。
「来たれ、偉大なる冥府の女神にして我が妻よ!
冥府においてのみと但し書きはつくが、この特異点で間違いなく最強最大たる死の女王が顕現する前触れだ。
「――
即ち、地の底に縛られるが故に絶対権限を持つエレシュキガルの地上直接顕現。かつて《名も亡きガルラ霊》がウルクを守ったあの日の再現だ。
「……久しぶりね、
百億の
「――エレシュキガルッ!?」
どこか悲しげな顔で自身を見詰めるエレシュキガルを心底腹立たしいと睨みつけるイシュタル。
天の女主人と地の女主人。どこまでも対照的な一対の女神達は、どちらも望まない形で再会を果たした。
◆
二柱の女神が互いを見つめ合う沈黙は一方の怒声によって破られた。
「エレシュキガル! お前、なんでこんな所に来ているの!? 引き篭もりは大人しく黴臭い冥府の隅っこで膝を抱えていればいいものを!」
「そういう貴女こそ何故ウルク民を巻き込んで北壁を壊そうとしているのかしら? 仮にもウルクの都市神である貴女が」
「ぐっ、それは……その」
「大方興が乗ってついその場の勢いで――なんて理由でしょ。我が妹ながら呆れるしかないのだわ」
言葉通り肩を落としため息を吐くエレシュキガル。もはや言葉もないと全身で表現しているが、今度は青筋を浮かべたイシュタルがやり返す。
「うっさい! そういうあんたこそクール気取ってるけど男に頼られて見栄っぱりで来ただけでしょうが! 冷酷な冥府の女神が聞いて呆れるわ!」
「ハァァァ――!? なにそれ知りませんけど!? 一体どこ情報ですかぁ――!?」
「分からないはずないでしょうがっ! アンタは私で、私はアンタなんだから!!」
まるで姉妹喧嘩のような。二人の間に漂う空気は敵意に満ちた刺々しいものであるにも関わらず、どこか通じ合っているようだった。
そのいつまでも続きそうなやり取りに第三者が水を差した。
バビロニア城壁に匹敵する巨体に魔力を漲らせた複合神性ゴルゴーンだ。
「何を悠長にしている、イシュタル。そやつは敵なのだろうが。貴様がやらぬのなら私が――」
「馬鹿ッ! 引っ込んでなさい、あんた程度が敵う相手じゃ――」
イシュタルの血相を変えた制止はただ魔獣の女神を憤らせるだけに終わった。
「言ってくれる。ならば我が
女神は妖しく魔眼を輝かせ、視界全てを石化させる程の最大出力で放とうとするが、
「邪魔ね、
エレシュキガルはその巨体を横目に見遣ると無造作に手を払う。まるでゴミを払うような仕草に応え、地響きが響く。
「残念だけどあなたの死後は我が冥界でも受け入れる気はないわ――千の槍檻の揺り籠で永久に眠りなさい」
ゴルゴーンを包囲するかのように大地から無数の槍檻が突き出していく。そして千の槍檻から一斉に冥府の雷撃がゴルゴーン目掛けて襲い掛かった!
「グッ、ガァァ……この程度で我が憎しみが抑え込めるとでも――!!」
バチバチと弾ける紫電にゴルゴーンの強靭な五体は耐え抜く。単純な耐久力もあるが、それ以上に圧倒的な回復力。恐らくは女神が持つ権能の類だ。
まともな手段でゴルゴーンを殺し切るのは困難だ。
「そう。なら
それを見たエレシュキガルはパチンと指を鳴らすだけで無造作に雷撃の出力を倍増させた。極めて単純な力押しが彼女の選択であり、強引に押し切れるだけの霊基出力があった。
槍檻が放つ赤雷の輝きが増し、一層強烈な電熱と痺れがゴルゴーンを襲う。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
魂消るような甲高い悲鳴。いかにゴルゴーンといえど冥府の赤雷の前には
「あ……圧倒的ね。本当に、とんでもないわ」
「……」
感嘆を通り越し、呆れたように呟くオルガマリー。邪気のない素直な言葉に返ってきたのは、しかし重い沈黙だった。
「どうしたの? 心配事?」
「いえ、なんでもありません」
その沈黙に含みを感じ、訝し気な視線を向ける。だがすぐに首を振られた。
聞きたい/言えない。そんな微妙な空気に気を取られたことが一瞬の隙となった。
「やれやれ……手間を掛けさせてくれる」
涼やかな美声、翻る緑の長髪、
「カ、ハ……っ!?」
「なにが……敵っ!?」
圧倒的有利に一瞬だけ気を抜いた隙を突き、黒衣の英霊の脇腹をたおやかな繊手が容赦なく抉っていた。血に濡れた手を振れば大地に幾つもの赤い染みが着いた。
襲撃者の正体は万態の泥として大地に潜んでいたエルキドゥの偽物。あるかなしかの隙を突いた好手であった。
「あなた、は……!?」
「この間ぶりだね、オルガマリー・アニムスフィア。元気そうで何よりだよ」
皮肉気に口元を歪めた襲撃者と至近距離で対峙する。
恐ろしい脅威。普段のオルガマリーならば腰が引けていただろう。だが信頼するサーヴァントを無残に傷つけられた怒りにかられ、この時ばかりは親の敵と睨みつけた。