【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 己が眷属にして夫がその脇腹を貫かれたことに気付いたエレシュキガルの顔から一気に感情が抜け落ちる。同時に恐ろしく冷酷で破滅的な冥気(オーラ)が噴き出した。

 いま彼女の前に立った者は極寒の凍て風に当てられ、瞬時に心臓が止まるだろう。それほどの冷気だ。

 

「お前――何をしたのか分かっているのかしら?」

 

 その顔を直視したイシュタルが狼狽し、冷や汗を大量に流すほどに。本質的に彼女達は同一の神性。お互いが激怒した時の危険さは嫌という程知っているのだから。

 

「無論承知しているとも。()()()()()()。君こそこの意味が分かるかい? エレシュキガル?」

 

 だが偽物は一切気に留めた様子もなく余裕綽綽で舌を回している。その顔を見てさらにエレシュキガルは顔を歪めた。

 いかに彼女が冷酷でも自らの夫にしてキーパーソンを人質に取られた事実は重かった。

 

「……エルキドゥと同じ顔でそれ以上喋るな。不愉快よ、偽物」

「いいや、僕はエルキドゥさ。この顔を忘れたかい、エレシュキガル」

 

 皮肉と嘲りに満ちた物言いを今度はエレシュキガルが鼻で笑った。

 

「戯言を言うわね。死者は生き返らない、蘇らない。それが生と死のルール。私であっても覆せない絶対の法則よ」

「ならば今ここのいる僕を何と呼ぶ。エルキドゥと同一である僕を」

「嘘つき、まがい物。さもなければ――貴様自身が、誇りを込めて名乗るがいい! 魂が籠らぬ言葉は我が侮蔑を免れぬと知れ」

 

 戯言を喝破し、奴自身の名を問い質す。女王の威に押され、顔を強張らせる偽物。

 

「……いいだろう。僕自身いい加減偽物扱いされるのに飽きたところでね」

 

 だがすぐに威圧を押し返すように声を高く張り上げ、堂々と名乗りを上げた。

 

「我が真名はキングゥ。原初の女神ティアマト神に生み出された息子にして最高傑作。天の鎖をモデルに創られた『新しい人類』のプロトタイプだ」

 

 新人類。全く想像もしていなかった言葉に一同が言葉を失う。

 だがエレシュキガルはその名を静かに吟味しているようだった。

 

「キングゥ。それがあなたの真名」

「そうだ。愚かなりし旧人類の残党、カルデアの長」

 

 オルガマリーがその名を呟けば明確にキングゥと視線が合った。そのことを少し意外に感じる。

 

(何故? 私はこの場じゃ一番()()のに……)

 

 自虐ではなく客観的な事実として訝しく思う。

 サーヴァントを人質に取られたマスターなど戦術的価値はゼロに等しい。マシュが健在な藤丸の方がよほど意識を向けるべきだったが、キングゥの意識は少なからずオルガマリーに向いているようだった。あるいはカルデアの長という地位に興味を持っているのか。

 

人類(オマエタチ)に捨てられた母の無念を晴らすために僕は生を享けた。旧人類は全て抹殺の対象だからね」

「それを聞いて私が黙って逃がすとでも?」

「逃がすさ。僕の手の中に君の愛しい彼がいることを忘れたかい?」

 

 冷厳なるエレシュキガルの宣告に嘲笑が返る。そしてエレシュキガルはその嘲りに言い返せない。

 

「感情を差し引いても君を地上に引き留めているのは彼の宝具だ。迂闊な行動はお勧めしない」

「おかしな話ね。ならば何故すぐ殺さないのかしら?」

「僕としてもここで母を冥府に封印されては困るのさ。交換条件と行こうじゃないか」

「交換条件ですって?」

「話は単純だ。母上……ティアマト神を解放しろ。そうすればこの場は見逃そう。誰の命も取らないことを約束する」

 

 そう言ってキングゥが見つめる先には冥府の雷撃で散々に痛めつけられたゴルゴーンの姿。彼女をティアマト神と呼ぶ真意は読めないが、その目的は彼女を助けることのようだ。

 

「見逃す? 見逃してくださいの間違いでしょう」

「言葉尻なんてどうでもいいさ。それで、どうする? エレシュキガル」

「…………………………………………」

 

 二人の間に長い沈黙が降りる。

 緊迫する空気にその場の全員が固唾を飲んで推移を見守る。

 

「……いいでしょう。その名と母に賭けて誓いなさい。その約束を以て此度は見逃すとしましょう」

「結構。僕も自身と母の名に賭けて誓おう」

 

 互いに誓いを立てた交渉が締結した。一瞬強烈に睨み合った両者はすぐに互いに案じる者の元へ動き出した。

 

「キ……キングゥ。我が仔よ」

 

 雷撃の檻から解放されたゴルゴーンが息も絶え絶えにキングゥへ呼びかける。傷だらけの女神へ向けてキングゥは優しく答えた。

 解き放たれた神体は急速に回復しつつあるが、流石にすぐ復讐戦に挑めるほどではないらしい。

 

「お労しや母上。どうか今はお退きください。その体は大切に扱わねばならないもの。どうかご自愛を」

「済まぬ……苦労をかける」

「何を言われますか。さあ、行ってください」

 

 ズルズルと蛇身を引きずり撤退していくゴルゴーンを複雑な目で見送る一同。

 母と子。本来ありえぬはずの関係性を語る二人だが、両者が交わす視線に籠った慈しみは本物だった。

 

「まったく、手がかかる母だ。だが子は母を選べないもの。そして母を愛することも」

 

 疎んでいるのか、喜んでいるのか。なんとも複雑な色合いを帯びた呟きがふとオルガマリーの耳に()()届いた。

 

「さて、旧人類とそれを守護する諸君。まずは僕から称賛を送りたい」

 

 薄笑いを浮かべたキングゥがパチパチと乾いた拍手を送る。もちろん全員がキングゥへ厳しい視線を向けている。

 

「エレシュキガルの慈悲に縋ろうとこちらの侵攻を退けたのは事実だ。反省し、今度こそ君達を全力で滅ぼそう」

 

 口では謙遜している風だがどこか余裕がある。今日この一戦ではボロ負けといっても過言ではないにも関わらず。それがオルガマリーには不気味だった。

 

「母の傷を癒やすのに十日といったところか。第二世代の魔獣達もそれくらいには十分育っているだろう。十日後、僕らは全力で北壁に侵攻する」

 

 それは宣言だ。

 

「北壁を打ち壊し、旧人類を一人残らず追い詰める。存分に抗い、逃げてくれ。一匹残らず探し出し、駆除しよう。もちろんそちらから攻めてくるのも歓迎だ。探し出す手間が省ける」

 

 人類絶滅を告げる戦の先触れ。

 

「覚えておけ、そして忘れるな。次に会う時がお前らの最後だ」

 

 その言葉を最後にキングゥは空を翔けた。カルデアの計測では時速五百キロを優に超える速度での飛行であっという間にその姿は視界から消え去っていく。

 

「キングゥ……」

 

 空を征く姿を見てオルガマリーがそっとその名を呼ぶ。その呟きには敵意だけではない複雑な感情が滲んでいた。

 

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