【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
冥府。
神代のメソポタミアにあっては特異点全土に広がる巨大な地下空間である。
神秘と地続きだった神代特有の、物理的に地面を掘れば何時かは辿り着くというガバガバな世界観だからこそ成立する世界だ。
「暗い……魔術で光源を作り出しても全然先が見えない。ただの闇じゃないわね」
「冥界なので。暗闇の概念が地上よりもずっと強い世界なのです」
その冥府へ向けてオルガマリー達は薄暗く曲がりくねった一本道を下っていく。
周囲はねっとりと絡みつくような闇。アーチャーが灯り代わりに展開している攻勢端末の光がなければ一寸先も見えなかっただろう。
「それにしても生きている内に冥府へ向かうことになるなんて思ってもみなかったわ」
「ハハハ、確かに生者には縁遠い世界。しかし住めば都とも言います。良き世界であると、冥府の副王たる私が保証しましょう」
「べ、別に不満がある訳じゃないわよ! それにあなたがいるし……」
強がりと信頼が等分混じる叫びにアーチャーは苦笑する。
「惚気はそこまでにしておけ。我すら恐れる
「ひえっ……」
「ハハハ、王よ。脅かさないでください。エレシュキガル様と言えどそう直情的な真似は……うん、しないのではないかと」
「そこは断言しなさいよアーチャー! 本当にあなただけが命綱なんだからね!?」
「冥府だけにな!」
挙句の果てにギルガメッシュ王まで会話に加わり、随分と賑やかだ。一部物騒な会話もあるが。
本来死者のみが赴くべき冥府へ彼らが赴いているキッカケはほんの数時間前のこと――。
◆
時は少し遡る。北壁から二柱の女神を撃退し、戦勝に湧くウルク兵らとともに喜んだ後カルデア一行は戦況の大変化を伝えるため急ぎウルクは戻っていた。
「ゴルゴーンは手傷を負い、イシュタルは尻尾を巻いて逃げ出した。が、両者ともいずれまた向かってこような」
ジグラットの玉座に腰掛けた王がジッと目を伏せ、言葉少なに報告を吟味する。
その顔に喜びはない。冷静沈着だが喜怒哀楽を隠さないギルガメッシュ王の反応にオルガマリーは訝しんだ。
「凄まじいお力でした! 流石は女神エレシュキガル、冥界の物語でその神威を謳われた神格です!」
一方マシュが文字通り神話的な光景を見て大興奮だ。裏表なく絶賛しているが当の本神はひどく気まずげな顔だ。
ちなみにもちろん今はキャスターの宝具は切れており、彼女は冥府から鏡台越しに同席中である。
「――チッ。しくじったな、エレシュキガル。千載一遇の好機を逃したか」
「……」
「? 王よ、それはどういう――アーチャー?」
失態と呟く王に疑問の声を上げるオルガマリー。だがその肩にそっと手を置いて押し留めたアーチャーがそっと耳元に囁いた。
「――――」
「……え? アーチャー、それは本当なの?」
「……はい」
「そんな……」
愕然と目を見開くオルガマリー。
「所長?」
「…………いえ、なんでもないわ。気にしないで」
マシュの問いかけに明らかになんでもなくない沈黙を挟んでの返答。それ以上続けるべきかマシュは迷う。
「まあよい。まだ打つ手は幾らでもあるからな」
だがその空気を流すように王が決然と告げた。自然と皆の意識がギルガメッシュ王に向く。
「それよりも次の令を下す。拝聴せよ」
『はいっ』
流石のカリスマ。不安な空気は一瞬で拭われ、適度な緊張感が場に満ちた。
「藤丸とマシュ、まず貴様らは南の女神の対処を命じる。伝え聞くかの女神、恐らくは三女神同盟の中で最も完成された女神と評すべき存在よ。だからこそ、懐柔の目もあろう」
「懐柔、ですか?」
「奴とイシュタルはゴルゴーンとは違う。人類に価値を感じている。後はその綾がどんな文様を示すかよ」
分かるような分からないような言葉だが、ともかくギルガメッシュ王には勝算があるらしい。ならばと藤丸達は頷いた。
「分かりました、行きます!」
「では私達も――」
「戯け。そこの阿呆の傷があるだろう。貴様らは別行動だ」
当然オルガマリーも同行を申し出るが、あっさりと却下される。驚いてギルガメッシュ王を見るが、涼しい顔のまま撤回の言葉は出なかった。
アーチャーからも反論はない。キングゥに与えられた負傷で万全の状態とは言えなかった。
「ですが王よ!」
「所長、俺達なら大丈夫です」
「ここは私達に任せてください」
反駁するオルガマリーだが、当の二人からそっと言葉が差し挟まれる。
「俺達、ずっと所長とアーチャーに頼ってきました」
「だから今度は私達がお二人を助ける番です!」
藤丸とマシュが交互に、力強く宣言する。両手を握ってふんすと気合を入れるマシュは可愛くも頼もしい。苦笑してそれを見る藤丸の顔はいっぱしのマスターらしい落ち着きを湛えていた。
「むぅ……」
「オルガ」
「……分かってるわよ。でも心配なものは心配なの」
成長した二人を見て嬉しいやら寂しいやらで複雑な吐息を漏らすオルガマリー。
「オルガマリー所長……」
「その、どうしてもダメでしょうか?」
「ああもう、そんな棄てられた子犬みたいな目で見ないでよ! 二人の独立行動を認めます、任務に励みなさい。でも約束して。任務が失敗しても必ず生きて戻るって」
こればかりはギルガメッシュ王の怒りを受けても譲れない妥協点だ。幸い王からも異論は出なかった。
これまでの特異点でも二人と別行動することもあったが、女神を相手取るなど簡単な話ではない。心配性なオルガマリーの心に不安が湧いてくるが、
(でも、きっと大丈夫)
同時に強がりでなくそう思える。
そう思えることこそがきっとオルガマリーがこの旅路で得た本当の宝物なのかもしれない。迷いなく信じることができる
「そしてオルガマリー。貴様とそこの阿呆には我が伴として冥府への随伴を命ずる」
続いてオルガマリーへ向けても腕を組んだままやや予想外の令を下す。
「伴、ですか? それに冥府へ?」
「うむ。ここまで伸び伸びになっていた我の遊興だ。そのついでに貴様もエレシュキガルと直接顔を合わせて来い」
ゆうきょう、幽境……ゆうきょう? と首を傾げる一同に王は分かりやすく言い直した。
「羽を伸ばしに行く」
「……冥界へ???」
「うむ」
よりにもよってこのタイミングでの冥界下り。しかもそれを遊興と言い切る王に一同の目が点になった。