【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 エレシュキガルとオルガマリー・アニムスフィア。

 冥界の女神とカルデアの長。ともに人理の存亡を賭けた戦いでは最重要となる二人の間で()()()()()を挟みつつ始まったその会話は――、

 

「それでね、よりにもよってあそこでの返しが『何故自分は消えてないのか』よ!? 信じられる!? 信じられないわよね!」

「あぁ……分かります。私のことは気にかけてくれるのに、自分のことは後回しというか」

 

 意外と言うべきか、なんとも和やかなものだった。

 元々両者は自罰的な性格であり、攻撃性はそこまで高くない。追い込まれた時の爆発力は凄まじいが。

 エレシュキガルは現状が緊急事態と理解しているし、オルガマリーもまた自分とアーチャーの関係が()()()マスターとサーヴァントに過ぎないことが痛い程身に染みている。

 普通の会話を交わす分には彼女達の性格が近いこともあってむしろ相性がいいのだ。

 

「でしょっ!? もっと私に心配をかけないで欲しいのに。男ってみんなああなのかしら?」

「……でも結局許しちゃうんですよね。彼が無理を通すのは何時だって誰かのためだから」

「そうなのよね……。分かるわ、すごく分かる」

 

 うんうんと頷きあう二人が盛りあがっているのはやはり両者の共通する話題であるアーチャーのこと。

 最初こそ互いを牽制するような気配がそこはかとなく漏れていたものの、あっという間に理解と共感に傾き、今となってはただの女子トークに花が咲いている。

 色々と()()()()()一面を持つ二人にとってある種のスパダリであるアーチャーにも、いやアーチャーだからこそ溜まる不満があるものだ。無茶しがちな性格や、たまに無自覚で女を引っかけてくるところとか。

 

「うーん、地上の人間と話すのは久しぶりだけど結構楽しいわね。新鮮だわー」

「あ、あの……女神エレシュキガル。冥界にまで私を呼んだのは何か用事があったからなのでは?」

 

 ここまで何の実りもない女子トークしかしていない状況にオルガマリーが恐る恐る問いかけるが、

 

「だから女神は要らないわ。いま冥界の女神エレシュキガルは休業中なの。ここにいるのはただの女神(オンナ)。だからそうねえ」

 

 思案するように小首を傾げ、やがてうんと頷く。名案を思いついたとばかりの頷きにそこはかとなく嫌な予感がした。

 

「コイバナをしましょうか!」

「コ、コイバナ? ですか? 私と?」

「そうよ? あ、ここから先は乙女の秘密だから覗き見禁止で。野暮で無粋な横槍は要らないからね」

『ちょっ――』

 

 そう言ってパチリと指を鳴らすとカルデアとの通信が途切れる。ここは冥府、エレシュキガルのルールが課される世界。この程度のことは文字通り指一本、いや二本動かすだけで片付くのだ。

 

「これで思う存分話せるわね!」

 

 突然の話題転換(?)に困惑するオルガマリーだが、次の一言でそんな余裕は消し飛んだ。

 

「そう、たとえば――うちの旦那の話とか」

 

 これまでもアーチャーを話題に談笑していたはずだが、そんなことは関係ねぇとばかりの()()()()()()釘刺しだった。エレシュキガルのにこやかな笑顔の裏側に秘められた威圧が突き刺さり、思わずオルガマリーの顔が引きつる。

 

「いえ、そんな、私は……」

 

 眼を逸らしながら咄嗟に出た言葉はあながち嘘ではなかった。

 基本的にオルガマリーは魔術師とは思えないほど常識的で良識的な人格なのだ。故に――既婚者であるアーチャーへ過度に入れ込むべきでないと理性で判断していた。

 

(子どもだった私なら、もっと素直に言えたのかしらね……)

 

 そう、自嘲しながら思う。

 記憶を失っていた幼女形態(オルガリリィ)は良くも悪くも抑制がなく、だからこそエレシュキガルにも対抗心を持つことができていた。

 だが今のオルガマリーは使命感とともに常識や理性も復活していた。故に、今の彼女にはエレシュキガルと同じステージで張り合えない。

 

「ふーん……?」

 

 ジロリ、と睨め付けるように視線を向けたエレシュキガルだが、やがて腑に落ちたのか牽制の意を込めた空気を収めた。()()()()()()()()。色々な意味でそう思ったからだ。

 

「ん~……あのね、脅かすみたいな言い方になっちゃったけど私個人は結構あなたのことを気に入ってるの」

「え……私を、ですか?」

「ええ。だから弓兵クラスのあの人が一生あなたのそばにいるくらいなら別にうるさく言うつもりはないわ。もちろん浮気したら()()けど。主にあの人が」

 

 酷い。

 多分言葉通りの意味なんだろうなぁと冷や汗を流すオルガマリーである。エレシュキガルは神話通り情に(こわ)い女神様なのだ。

 

「そもそも悪いのはあの人だしね。たまに好みの女の子を見つけては私情全開で肩入れして惚れさせて、そのくせ手の一つも出さずに去っていくとか。我が夫ながら女の敵よね? 今まで何度私がヤキモキしたことか」

 

 ウフフと今にも闇堕ちしそうな重苦しい笑い声を溢すエレシュキガル。俯いた顔に影が落ち、長年かけて降り積もった暗黒面が滲み出ていた。

 アーチャー……キガル・メスラムタエアの名誉のため断言しておくと彼がエレシュキガルを裏切ったことは一度もない。ただ私心なく相手に尽くし、その幸せを心から願い、最後には未練なく退去し――自覚なく女心を盗んでいく()()だ。下手をすれば一生返却しないオマケ付きで。

 そこらの女たらしよりよほどタチが悪いと言えなくもない。

 

「えー……………………まあ、そうですね」

 

 これにはオルガマリーも彼を弁護できず、長い沈黙を挟みつつ確かにと頷く他ない。

 そもそも彼が好んで手を貸すのはエレシュキガルに似たタイプ、つまり人一倍寂しがり屋なのに責任感と使命感で報われない責務にも全力を尽くす人間だ。

 

「彼は、その、特定のタイプには猛毒の蜜のようなものですから」

 

 大丈夫、まだ自分は手遅れではない、と胸の内だけで自分に言い聞かせるオルガマリー。

 辛いときにはそばにいてくれて、仕事も完璧にサポートして、つまらない愚痴も全部聞いてくれて、一人でいたいときは察してそっとしてくれて、調子に乗ったら柔らかく窘めてくれて、一挙一動で自分を大切に思っていてくれていることが伝わるのにピンチの時は誰よりも頼りになるアーチャーを最高の相棒と思っている()()なのだ。

 だからセーフ、と思いつつも何故かこれまでアーチャーと交わしたやり取りを思い出してついカァ……と頬を赤くし、俯いてしまうオルガマリーだった。端的に言って自爆していた。

 

「ほんとそれよ! 一度は助けられる側の気持ちになってみなさいってお説教したんだけど……分かってくれなかったのよねぇ」

 

 一方オルガマリーの同意に肩を落として応じるエレシュキガルに苦労してるんだなぁと共感の視線を向ける。アーチャーは素でアレなのだから妻である彼女の苦労も推して知るべしだろう。

 あなたの心の穴、お埋めしますとばかりのスパダリムーブを計算ではなく素でやっている。エレシュキガルから(物理的に)雷を堕とされるのもむべなるかなだ。

 

「……っと、コホン。そういうわけだからね、貴女をどうこうするつもりは全くないわ。浮気は許さないけど(ボソッ)。だから安心して話してくれていいのよ」

 

 (だいぶ手遅れだが)威厳を示すように咳払いを一つ。同時に寛容()()()微笑みを浮かべる女神に水を向けられ、オルガマリーも重い口を開く。

 

「……本当に、分からないんです」

 

 問われ、答える。正直に、ありのままに。それが誠意だと思うから。

 あるいはオルガマリー自身も誰かに胸に秘めた想いを聞いてもらいたかったのかもしれない。

 

「私が彼に向けるこの思いは、本当に恋心なんて綺麗なものなんでしょうか……?」

 

 恋心と呼ぶにはあまりに儚く、形になってすらいないこの思いを。

 オルガマリーが思い出すのは、アーチャーと出会う前の自分だ。

 

「――レフ・ライノールという男がいました。カルデアの魔術師で、裏切者。でも……()()なる前の私にとっては頼りになる、心の支えだったんです」

 

 依存と言っていい程に深い信頼。自己のアイデンティティすら歪ませかねない、イビツな思い。

 今のオルガマリーはかつてレフに向けていた以上の信頼をアーチャーに寄せていると断言できる。

 だからこそこの胸に息づく想いに名を付けることができない。

 

「レフとアーチャー。私が二人に向ける感情(モノ)の違いは一体なに?」

 

 自分の中にある感情(モノ)を覗き込むのが、怖い。それもまたオルガマリーの偽らざる思いだった。

 レフが、アーチャーがどうこうではなく、オルガマリー自身の心の問題だ。それ故に難しい、結局答えを出せるのは彼女しかいないのだから。

 

「本当は()()依存して、アーチャーに縋っているだけなんじゃ……? そう思うと、この思いを確かめるのが怖いんです」

「なるほど、ね。難儀ね、あなた()

 

 スタート地点にすら立てていない彼女に微かな共感と憐憫を込めて苦笑する。

 エレシュキガルとて最初からその胸に宿る思いに自覚的でも、素直だった訳でもない。たくさんの時間を共にして、無理無茶無謀を乗り越えて、そうして起きた奇跡の果てに今の夫婦神がいるのだ。

 

「それに今は人理修復で手一杯だし、私はカルデアの所長だし……本当に忙しくて全然そんな余裕がないし」

「……まあ、気持ちは分かるわ。うん」

 

 俯いて頬を赤く染め、いじいじと両の人差し指を突き合わせて言い訳を続けるオルガマリーの破壊的ないじらしさになんとかもっともらしい顔を保って頷くエレシュキガル。

 はたから見ていれば誰がどう見ても明らかなのだが、本人だけが分かっていないらしい。

 

(あの人がここにいなくて良かったかも)

 

 いれば折檻不可避だったろう。浮気どうこうではなく女の敵として有罪(ギルティ)すぎる。

 エレシュキガルから見ても今のオルガマリーはかなりの破壊力だった。《名も亡きガルラ霊》だった頃の彼が今のいじらしさを見れば十中八九その魂魄がレーザーライトばりに七色の光線を放射し始めるに違いない。

 

「だから、私は……今のままでもいいかなって」

 

 今のまま。つまり片思いにすら辿り着かない、ぬるま湯のような安寧にもう少し浸っていたいのだと。

 

「そう……それが貴女の気持ちなら否定はしないわ。でも忘れないで。目の前の現実はいつまでも貴女の答えを待ってはくれないんだから」

 

 それは奇妙な感覚だった。歳の離れた妹に向けるような、あるいは古い鏡を見ているような。くすぐったくも、少しだけ恥ずかしい。そんな感覚。

 だからだろう。らしくもなくオルガマリーに肩入れするような物言いをしてしまったのは。

 

(やっぱり、似てるわね)

 

 冥界のガルラ霊達と。かつて絆で数多の困難を乗り越えた彼らから熱狂的な支持を受けるのも当然だ。彼らもまたその尊い輝きを”善し”と認め、冥府に集った者達なのだから。

 

(どうか、この子達が取り戻す未来に幸あれ)

 

 と、女神であるエレシュキガルは神以外の何かに祈った。祈るしか、なかった。

 その祈りが、他ならぬキガル・メスラムタエアによって砕かれることを知らずに。

 

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