【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
そして迎えた決戦の日。
第二世代の魔獣を加えた大群勢を率いるゴルゴーンとキングゥと、人類の守るバビロニア城壁がぶつかり合う。
「キングゥよ、お前を疑う訳ではないがあの話は本当なのだな?」
「もちろんです、母上。僕が貴女の身を危険に晒すはずがないでしょう?」
過日のように地の底を這い進むのではなく、その巨体を晒し魔獣を率いながら堂々と進軍する魔獣の女神。
エレシュキガルを相手に言い訳もない程圧倒的な敗北を喫しながらゴルゴーンが小細工なしの真っ向勝負を挑んだのはキングゥの言を容れたからだ。
「
油断ならざる伏兵は、
これこそキングゥの勝算。この特異点で最も強力な女神エレシュキガルはこの日、人類存亡を賭けた戦いに手出しできない。
「さあ、ともに行きましょう。今日こそ古き人の最後の日です」
「無論だ、信頼しているとも。我が子よ」
歪ながら強い絆で結ばれた親子は顔を見合わせて笑い、人類廃絶の決戦へ挑む。
◆
オルガマリー達が冥界から帰還し、藤丸達がケツァルコアトルを味方とする大殊勲を挙げてから。
「エレシュキガルは戦えん。それを前提に策を立てる」
いつものようにウルクの玉座で開かれた作戦会議、その一幕で初っ端から王が発した爆弾発言に全員が言葉を失う。否、女神本人と一部の者達はそうではなかったが多くの者は驚いていた。
「……は? ギルガメッシュ王、それはどういう」
「貴様らは不思議に思わなかったのか? 何故エレシュキガルはほかの女神と比べてこれほど強力なのかと」
驚きにポカンと口を開けたオルガマリーに淡々と問いかける。分かり切ったことを示すように、無機質に。
「それは……冥府の女神なのだから自身の領地ならば力を増すのは当然では?」
キャスター霊基の彼が持つ宝具がそういう代物であることは聞いていた。故に多少の違和感は流していたのだが、
「それだけではない。己がためではなく、冥府のために
そこまでは知らされていなかったカルデア一行が目を見開く。
あの大勝利は思った以上の代償が支払われていたのだと知ったが故の驚きだった。
「本来ならばウルクへの過度な肩入れも白と黒の境界線上を歩く綱渡り。ましてエレシュキガル自身が地上へ直接顕現するなど分を弁えぬにも程がある」
「過度な肩入れ? ですがこれは人類存亡を賭けた――」
「地上は地上、冥府は冥府。本来三女神どもは地上の者が始末すべき事柄なのだ――と、厳密に理屈で割り切ればそうなろう。無論我はそんな理屈は糞食らえだが」
働かざる者食うべからず。能ある者を使わぬなど害にも程があると言い切る王様。
天地の理など知ったことかと言わんばかりの、相変わらずの天上天下唯我独尊っぷりであった。
「ですがギルガメッシュ王!? エレシュキガルさんとその眷属《名も亡きガルラ霊》はかつてウルクをグガランナからその手で守ったことがあったはず! ならばどうして今回だけ――」
「微妙に状況が違う。あの時矛先を向けられたのはメソポタミア
マシュの問いかけにいい質問だと頷きながら懇切丁寧に回答する王。性格がねじくれている割に面倒見がいい王様なのだ。
抑止力。集合的無意識によって生まれた世界の最終安全装置。世界の天秤を崩す者へ極自然に、そうと悟られぬ形で干渉し、対抗存在を後押しする無形の力だ。
グガランナ襲来の際は彼女が受ける負債を肩代わりすることでその圧倒的な力を存分に振るうことができたのだ。
『ふ、ふーん。そうだったんだ……いえ、知ってましたけど?』
なお目を泳がせながらいっそ分かりやすいくらい知ったかぶりをするエレシュキガルへ全員が生暖かい視線を向けていたが、何事もなくスルーした。段々と彼女のキャラクターが理解されつつあるらしい。
「で、ですがかえって疑問です! それなら何故これまでエレシュキガルさんがウルクに手を貸していたことは見逃されていたのですか!?」
「イシュタルだ。遺憾ながら奴の功績よ」
一方で見逃せぬ部分をオルガマリーが鋭く問うと言葉通り不本意そうな感情を滲ませ吐き捨てるように答えた。
「女神イシュタルが?」
「本来エレシュキガルとイシュタルは二つで一つの女神だ。さて、互いの半身が人類を挟みながら争っておれば天秤を量る世界は何と見る?」
その問いにカルデア一行は想像する。同一人物が二人に分かれてルールを破ったりそれを咎めたりしているように見える光景を。
「……それは。困惑、するのではないかと」
「論理破綻だ。結果としてエレシュキガルは負うべき負債から逃れていたが、先の一戦で天秤は傾いた。これ以上無茶をすればエレシュキガルの消滅は避けられぬ」
「これ以上女神エレシュキガルの助力は期待できない……と、いうことですね」
言葉通り困惑を顔に滲ませたマシュへ同意とばかりに頷く王。オルガマリーもまた沈痛な表情でそう結論を下した。
だが今の話にはいい材料もあった。少なくともそう見えた。
「……ですが、そういうことなら女神イシュタルは人類の味方ということでしょうか。それなら思ったより状況は悪くないかも――」
「いえ、あれに限ってそれは無いわね。少なくともそこまで考えてないわ」
「で、あろうよ。単に無茶をする姉神への意趣返しだったとしても我は驚かんぞ」
なおその期待は一瞬で裏切られる。誰よりもイシュタルを知る二人によって。ともに玉座で片頬に手をつきながら冷めた目とため息でイシュタルを評する王と女王であった。
「我儘勝手の唯我独尊。それがイシュタルだ。思い向くまま気の向くまま、手前勝手に動き回り、我ですら予想のできん結果に導く混沌の女神よ」
「あの、それは……褒めているのですか?」
状況的に褒めているのだろうがとてもそうは思えない発言の数々に思わずマシュが問いかける。
するとまるで酢を一気飲みしたかのような顔で怒鳴り声が返ってきた。
「耳が腐っておるのか戯け! 我があの女を褒めるなど天地がひっくり返ってもありえんわ! ただ見定めるべきところを見誤る程愚鈍にもなれぬというだけよ。ああ、我辛い。どうして我があの女の働きを評価せねばならんのか」
ひどく憂鬱が籠ったため息を吐く王に苦笑いを溢す一同。
神話レベルで因縁をつけられた女神に辛辣なのはさもありなん。とはいえはたから見ているだけでは中々共感しづらいのだ。なにせそんな経験、誰もがあるはずがないのだから。
「……結局女神イシュタルはどう対処すれば? できれば倒さない方がいいのでしょうか」
「いや、遠慮は要らん。容赦なく叩きのめせ」
「そうね。油断せず息の根を止めるくらいのつもりで丁度いいわ」
「「「「えぇ……」」」」
何の気無しの問いかけに帰ってきた殺意の高い回答。しかもおよそこの世で最もイシュタルに詳しいだろう二人からだ。
ドン引きした視線を二人に向けるが、彼らは互いの意見にうんうんと頷き合っている。
「あの女は配慮だの遠慮だのが通じる輩ではない。まず叩きのめし格付けを済ませてからでなければ話も出来ぬわ」
「そんな辺境の蛮族みたいな……」
「蛮族ならキツめに躾ければ言うことを聞くからまだ始末がいいのだわ」
「そうだな。体に教え込んでやっても三日経てば懲りずに繰り返すのがあの女だ。しかも自分に都合の悪いところだけ忘れるのだから尚更タチが悪い」
積年の恨みを感じさせる発言の数々にいやこれ全員ヤベー奴だなと認識を改めるカルデア一行。
各々尊敬に値する人物達だが、同じくらい度し難い欠点も併せ持っているのだから。
「ともあれだ。稼いだ時間でできる限りの物資をバビロニアに運び込んである。今の北壁ならば七日七晩の耐久戦だろうとこなしてやるわ。
ギルガメッシュ王が不敵に笑う。
そして切り札の働きを左右するは冬木のタイガー……もといジャガーの戦士である。
大丈夫かなぁ、と一同は思った。