【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

136 / 204


 

 戦場から遠く離れたウルク、ジグラットの玉座に深く腰かけたギルガメッシュ王が静かに呟く。

 

「そろそろ戦端が開かれている頃か。恐らくは魔獣どもが優勢であろうな……」

 

 元より数では負けており、更に個々の質でも負けている。兵士同士の連携とバビロニア城壁の地の利でなんとか対抗していた状況だ。そこへ更に奴ら曰く第二世代が加われば戦力の優劣は誰が見ても明らかだろう。

 

「戦場が心配ですか、王よ」

「あまり腹のよじれる冗談を言うな、シドゥリ。何故我が奴らを欠片でも心配せねばならん?」

「要らないことを申しました。確かに心配は不要かと」

 

 シドゥリの問いかけを鼻で笑うギルガメッシュ王。ひねくれた王の意を酌んだ忠実なる司祭長はゆるりと淑やかに頭を下げた。

 

「ハッ! 策は授けてやったのだ。ひとまず我らに出番はない。今はただ報せを待つのみよ」

「ジャガーマン殿が運ばれていたアレですね」

「然様。()()()()()()()()。アレはケツァルコアトルを引き込んだ藤丸の手柄よな」

 

 王が語るは切り札の名。ケツァルコアトルの領域に眠っていた大きさ数十メートル、重量が都市一つに匹敵するという特大の神秘だ。

 神秘残る神代ですらデタラメとしか言えない光景を思い出したシドゥリがほうと息を吐く。なおマルドゥークの斧を運ぶもっと得体のしれないナマモノについては言及しない。流石はウルク一の賢女であった。

 

「シドゥリ、あの斧に籠る神秘はお前も理解していよう」

「はい。かつてティアマト神を討ちし主神の斧。かの太母神の神性を継ぎし女神ゴルゴーンならば致命に等しいでしょう」

 

 単純な大きさ以上の斧に籠る神秘はなんと力強く色濃いことか。西暦以降の魔術師よりもウルクの祭司長を勤めるシドゥリの方がその驚きは強かった。女神相手ですら致命傷となるに違いない。

 

「さて、冥府のガルラ霊ども。この戦の鍵を握るのは貴様らぞ」

 

 そしてマルドゥークの斧を十全に使いこなせるかは冥府にかかっていた。

 だが事情を知らないシドゥリは怪訝な顔をする。

 

「? 王よ。それは、どういう? あれを冥府の方々に引き渡していたのは知っていましたが」

「流石に目ざといな。褒めて遣わす」

「ありがたきお言葉」

 

 冥府へ息抜きと言う名の仕事をこなしにいったブラック労働王ギルガメッシュ。彼はただ遊び惚けていたのではない(遊び惚けもしたが)。

 連日の超過稼働で少しずつ負担がたまりつつあるガルラ霊達に更なる重荷を課しに行ったのだ。冥界がギルガメッシュ王への怨嗟の念で溢れたことは言うまでもないだろう。

 

「あの斧を当てる手管、奴らに任せた。この数日、奴らはその準備で一睡もする猶予はなかったであろうよ! まあ奴らは眠らんのだがな」

 

 ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべるギルガメッシュ王。

 なおそんな王自身がほとんど眠っていないし、それに付き合ってほぼ不眠不休のシドゥリは苦笑いを溢したが……すぐに顔を引き締める。恐ろしい事実に気付いたからだ。

 

「……まさかあの時点では藤丸殿が女神ケツァルコアトルを引き込むと読んでいたのですか?」

「女神を引き込んだのは予想外だが、マルドゥークの斧のことは知っていたからな。利用することは考えていた」

 

 時系列を考えれば明らかに矛盾する。それ故の問いかけだが、ギルガメッシュ王はあっさりと事情を吐いた。それでも尋常離れしたその目の鋭さは隠せていなかったが。

 

「なるほど……。ところでエレシュキガル様はもう動けぬのでは?」

「確かに奴は動かせんが眷属達ならばもう少し無理は効く。さして大きな力は振るえんが……要は使いようよ」

 

 エレシュキガル本体は最早動けない。消滅を期しての一度が精々といったところ。

 だがその眷属達は別だ。やりすぎれば厳しいが、まだ多少の無茶は効く。そしてその見極めにおいてギルガメッシュ王を上回るものはこの世にいない。なにせこの文明全てを磨り潰しても生き延び続けねばならない絶対魔獣戦線を自分と民をギリギリまで酷使して渡り切ったのだから。

 

「かつて不毛の冥界を開拓(ひら)いた極めつけどもだ。あの程度軽くやってもらわねば困る」

 

 信頼を通り越し、当然であるとギルガメッシュ王は語る。嘘偽りなく、心の底から。

 彼らが歩んだ道程を、彼らが開いた世界をギルガメッシュ王は口にしないが高く評価している。それ故のとんでもない無茶ぶりだが、そうと知っているからこそシドゥリは苦笑いを零す。

 

「大分恨み言も吐かれておりましたよ。この争乱が終わればキッチリ費用を請求するから覚えておけと」

「恨み言と財で片が付くなら後で幾らでも聞いてやる。我とウルクが滅んでいないということだからな!」

 

 ガルラ霊を高く評価する一方で臆面もなくそう言い切れるのだから流石面の皮が厚い。まるで額が膨れ上がりすぎて関係が逆転した借金者と借金取りのようだった。

 流石は古今無双のギルガメッシュ王である。

 

 ◆

 

 ところ変わって冥府。

 冥界のガルラ霊は長き時をかけて領土の拡張を進め、メソポタミア全土へ蜘蛛の巣のようにその領土を張り巡らせた。流石にメソポタミアのどこにでもと言えるほどではないが相当な範囲をカバーしている。

 そしてここは複合神性ゴルゴーンが本拠地とする黒い杉の森、その奥地に立つ鮮血神殿に最も近い地点だ。それでも十数キロの距離が開いているが。

 

「みな、用意はいいか?」

 

 冥府の部の民、意思持つガルラ霊達が途轍もなく巨大な機構の周辺を忙しく立ち働いている。

 原始的な投石機(カタパルト)と原理の共通する機構であるが、ゴテゴテとよく分からない仕掛けが追加され、何やら怪しい気配がプンプンしていた。

 投擲に使う()()の一端にはマルドゥークの斧が括り付けられ、遠間からなら普通に見えるあたりで投石機(カタパルト)のサイズがおかしいことが分かるだろう。

 その中心で指揮を取るはガルラ霊の指揮官。特に設計と建築の分野に長けた一騎である。

 

「あんの金ぴか王め。極めつけの無茶を簡単に言ってくれる……我らは便利屋ではないのだぞ」

 

 不敬と言って差し支えない文句がガルラ霊の口からも漏れる。エレシュキガルが零すぼやきにも似たそれは平時なら斬首もの。とはいえ彼が愚痴をこぼすのも無理はない。

 

 ()()()()()()()()()

 

 ギルガメッシュ王が唐突に冥府へ現れて告げたのはそれに等しい無茶ぶりだったのだから。

 

「ま、出来ぬとは言わんが」

 

 ブラックジャガー便ことジャガーマンとケツァルコアトルスによる緊急輸送でマルドゥークの斧を冥界へ運び込み、突貫工事でこの巨大戦斧を投擲する機構を仕上げたのだ。少なからぬ数のガルラ霊を動員したが。

 もちろん普通なら都市一つ分の超重量を誇るマルドゥークの斧を投擲する工作機械など一朝一夕でできるはずもないが……メソポタミアの冥府だけはその例外だ。

 

 神代のメソポタミアにおいて冥界は間違いなく最大最強の勢力である。

 

 これはギルガメッシュ王も認める確かな事実だ。冥府全土に張り巡らせた数多の設備と一つの世界が生み出す莫大な魔力があればできないことはあまりない(ただしガルラ霊達のブラック労働と引き換えとする)。

 

「……よし、準備は整った。苦労をかけるが頼むぞ、()()()()

「■■■……」

 

 都市一つに等しい重量を投擲するために冥界が採用した動力は古式ゆかしい牛馬の力を借りるもの。ただし特別製の。

 ガルラ霊の指揮官が真っ黒でふわふわとした小動物もどきに声をかける。見た目にそぐわぬ低く、深い響きの唸り声を上げる小動物の名はグガランナマークⅡ。

 かつてネルガル神を相手取った冥陽開闢神話にて凶悪無比なる暴威を振るいし、冥界最強の大戦力である。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。