【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 バビロニア決戦の大舞台に魂消(たまげ)るような悲鳴が響く。

 

「ギャアアア嗚呼あぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ――――!!??」

 

 魂を引き裂かれたような純粋な痛み。神性を削ぎ取られる激痛にゴルゴーンが上げた悲鳴だ。

 冥界が投擲したマルドゥークの斧が同時刻、はるか北方で鮮血神殿を叩き割り、ゴルゴーンの神性を大幅に弱めたのだ。

 

「母上っ!? 貴様ら、一体母上に何をした!?」

「おっと、行かせませんよ?」

 

 焦りを浮かべるキングゥがゴルゴーンの元へ駆けつけようとするがすかさず行く手を塞がれる。必死にゴルゴーンの元へ向かうキングゥを巧みにブロックし、ゴルゴーンを仕留めるまでの時間を稼ぐ。

 

「鬱陶しい、消えろ!」

「余裕がないわね、キングゥ。それほどゴルゴーンが心配ですか?」

「当たり前だろう! 僕は、僕が、母を――」

 

 やがて正攻法ではこの壁を抜けないと悟ったキングゥは苛立ちに顔を歪めたまま強引に刃を押し込み、ケツァルコアトルを吹き飛ばした。

 

「僕の邪魔を――するなっ!!」

「あら?」

 

 全力駆動(フルスロットル)を超えた全力駆動(フルスロットル)躯体(カラダ)を軋ませる程の過剰出力を引き出して瞬間的にケツァルコアトルすら圧倒した。

 否、驚かせたというのが本質に近いかもしれない。鮮血神殿への攻撃で多少霊格が下がった影響もあっただろうが。

 

「……本気、だったわね。嘘偽りなく案じる心。彼もまたゴルゴーンを思っていたのね」

 

 彼と彼女は優しい嘘と皮肉に満ちた関係、だけではなかった。そういうことだろう。

 

「それはさておき私も指を咥えたままじゃいられまセーン! 戦場に情け容赦は不要! 弱った獲物は容赦なく狩るのみデース!」

 

 シビアなところはとことんシビアな闘争の女神は悪漢が裸足で逃げ出すほど凶悪な笑みを()()()と浮かべ、キングゥの背を追った。

 このバビロニア決戦の幕が下りるのも近いと感じながら。

 

 ◆

 

 複合神性ゴルゴーンの巨体がゆっくりと崩れ落ちていく。

 必死の防戦を続けていたウルク兵達が声を張り上げ、最後の気力を振り絞って今が逆襲の時だと鬨の声を上げた。

 

好機(チャンス)、ですね」

 

 その姿を見て呟くのはアナ――幼き女神メドゥーサ。形無き島の女怪ゴルゴーンに至る前、姉妹とともに仲睦まじく過ごしていた頃の姿だ。

 ゴルゴーンと同一の神性だが時間軸の異なるアナはゴルゴーンに対抗する存在としてこの特異点に呼ばれたのだ。

 

「……さようなら、お婆さん。お花、ありがとうございました。それに……ごめんなさい」

 

 一瞬だけ目を閉じ、ウルクでの暮らしを思い出す。ほんのひと時、一緒の時間を過ごした花売りの老婆から貰った言葉と、花飾りを思い出す。

 人に優しくされたい。人に優しくしたい。ウルクはそんな淡い夢が叶った街だった。

 

()()()()()()()()()()()()。ずっとそう想っていて、今も変わらない。だけど――」

 

 ゴルゴーンが犯した罪はアナの罪だ。

 少なくとも息子夫婦を魔獣により失った花売りのお婆さんと何の衒いもなく話せるほど厚顔無恥にはなれなかった。

 

「もうそれ()()じゃない。そう言えることが、申し訳ないのに嬉しいのです」

 

 だけど、それでも。

 今、戦う理由は贖罪だけではない。醜く、弱い、嘘つきの自分でもせめて優しくしてくれた人の未来を取り戻したいとアナは思う。

 

「いいんだね、アナ?」

「ええ、マーリン。あなたの口車に乗って封印していた私の神性を――解放してください」

「承知した。君の逝く道が美しい花々に恵まれますように」

 

 花の魔術師マーリンが杖を一振り、振るう。幾つもの花びらが舞い散り――外套を投げ捨てたアナが手に持つ大鎌(ハルペー)に妖しい光が宿った。

 不死殺しの大鎌、ハルペー。高い再生能力を持つゴルゴーンを殺し切るだけの霊威を秘めた特攻宝具だ。

 

「アナ! マーリン!」

「お二人とも無事ですか!? ゴルゴーンが弱っています、ここはみんなで――」

「藤丸、マシュ。援護を。ゴルゴーンは、私が討ちます」

 

 二人を遮り、断固とした決意を言葉とする。

 唐突な宣言に藤丸とマシュは顔を見合わせたが……すぐに頷きあった。

 

「分かった! やろう、マシュ!」

「アナさんの援護ですね。道中の魔獣の相手はお任せください!」

「……ありがとうございます。彼女の魔眼は私の魔眼で相殺します。迷わずに、戦ってください」

 

 彼らとの縁もまた得難い絆。こんなにもまっすぐな信頼を向けられたのは、果たしてどれくらいぶりだったろうか。

 この二人ならば疑り深い自分でも背中を任せられると思うから。

 

「行きますっ!」

 

 ハルペーを手に、一直線に駆け抜ける。そのすぐ後にマシュが追随した。

 

「グルアあぁアアアァァ――――ッ!!」

 

 狂奔。

 狂ったような殺意に突き動かされた魔獣がアナへ襲い掛かるが、

 

「行きなさい、アナ。君の運命と向き合うために」

「……知ったような口を叩かないでください。ですが、ありがとう。マーリン」

 

 幾つもの花びらが舞い散り、魔獣がアナを見失う。マーリンの幻術だ。

 

「行ってください、アナさん。ここは私が!」

 

 さらにマシュが盾を構えた体当たり(シールドチャージ)で魔獣達の戦列を強引に突き破る! 魔獣の巨体が幾つも空を舞い、アナが進むために道が開けた。

 彼女もまた六つの特異点を乗り越えた戦歴の持ち主。たとえゴルゴーンの仔らが相手でもその盾の輝きが曇ることはけしてない。

 

「……魔獣達を任せます、マシュ」

「はい! どうかアナさんもお気を付けて」

 

 最後まで優しい彼女の言葉にフッと微笑(わら)い、アナは彼女が拓いた道をひた走る。

 そして崩れ落ちたゴルゴーンへ、ハルペーを構え斬りかかった!

 

「終わりにしましょう、ゴルゴーン。私達の罪を」

「があああぁぁっ! こんな、ところで――」

 

 ゴルゴーンの蛇髪が迎撃のために蠢き、アナに襲い掛かるがすぐに幾本かがハルペーに切り落とされる。

 そこでようやくゴルゴーンはアナを()()

 

「……なんだ、お前は。なんと、醜い。これほどまでに醜いモノを私は見たことがない――!!」

「最後まで見えないフリ。正面から見据えていれば少しは救いがあったかもしれないのに」

 

 ゴルゴーンの視線が吸い寄せられるようにアナへ向かう。だが同時に見ているようで見えていない。悍ましく醜い()()()としてしか認識できていない。復讐で歪んだ狂気がかつての自分を拒絶しているのだ。

 

「あなたの罪は私の罪。でもその行き場のない憎悪は、せめて私が断ち切ります」

 

 当たり前の話だ。ここは自分達のいた古きギリシャの地ならざる異邦。

 なのにそこに住んでいただけの縁もゆかりもない人々を同じ人類だからなんて理由で報復するなど――そんなの、復讐でも何でもない。

 

()()()()()の時間は終わりです、ゴルゴーン。ここで私と逝きましょう? きっとそれが私が呼ばれた意味なのですから」

「この……私に近寄るなああああぁぁぁ――!!」

 

 その巨体に力を入れて身を起こし、全てを拒絶するような凶眼から石化の呪縛を見境なしに迸らせる!

 

「その指は鉄、その髪は檻、その囁きは甘き毒。これがわたし! 女神の抱擁(カレス・オブ・ザ・メドゥーサ)!!」

 

 視界に入れた全てを石と化す凶悪なる邪視を、全く同質の邪眼が迎え撃った。

 怪物たるメドゥーサが未来に得る石化の魔眼を宝具化した女神の抱擁(カレス・オブ・ザ・メドゥーサ)。霊気出力そのものは決して高くないアナだが、彼女は存在そのものがゴルゴーンへの特効。

 

「とうとう魔眼の使い方すら忘れてしまったのですね、ゴルゴーン。相手も見ずに、力任せで石化しようだなんて――!」

 

 ただ一人ゴルゴーンだけを見据えて一点に収束したアナの魔眼が、大魔獣が放つ拡散した石化の波動を打ち破る!

 ゴルゴーンにとってアナは視界に入れたくもない程に忌々しい対象。つまり魔眼の焦点が合わず、その効果は半減する。いかに強大なりし大魔獣ゴルゴーンでもこの差は致命的だ。

 

「こ、の……! よりにもよってこの(ゴルゴーン)を石化するだと――! 身の程を弁えぬ増上慢が!?」

 

 精々が盾にした蛇髪と右腕の一部が石になった程度。だが常に他者を石化してきたゴルゴーンが初めて同じことをやり返されたのだ。その動揺は彼女が思う以上に大きい。

 その隙に付け込み、アナが今度こそ刺し違える覚悟でハルペーを構えて絶叫する。

 

「あ、嗚呼ああああああああああああああぁぁぁ――!!」

 

 アナが喉も裂けよと裂帛の気合いを叫ぶ。

 彼女が振るう不死殺しの鎌、ハルペーはゴルゴーンの死因そのもの。物語を核に生まれたサーヴァントの霊体は当然物語の死因もまた再現する。要するにハルペーに斬られたゴルゴーンは、死ぬ。

 

「――馬鹿な。この私が、私の復讐が」

「死出の旅路には私も付き合ってあげます。だからあなたの復讐はここで終わりです」

 

 ハルペーの鎌が深々とゴルゴーンの喉首を切り裂き、不可逆の致命傷を与える。

 同時にアナの肉体がパキリ、と硬質な音を立てて()()()

 

「……未熟な私ではこれが精一杯、ですか。少しだけ悔しいです。もっと、みんなを助けたかったな」

 

 パキパキと、甲高く不吉な音はやがてアナの全身に広がり、石と化していく。

 たとえアナがゴルゴーンへの特効存在だったとしても霊気出力までもが覆る訳ではない。至近距離からの石化の魔眼は、アナの霊基にしっかりと致命傷を刻み込んでいた。

 

(そしてできるなら――)

 

 あのお婆さんに今度こそ謝って、ありがとうと言いたかった。

 だがもうそれは叶わない。

 

「あぁ、でもいい夢でした――さよなら、みんな」

 

 ゴルゴーンの巨体が崩れ落ちた衝撃で大地が陥没し、生まれた巨大な割れ目にアナとゴルゴーンが諸共に墜ちていく。

 グガランナがもたらす大地震と、冥府のガルラ霊による領土拡張による地盤劣化の弊害だった。どちらかだけならさしたる問題はないが、両方が組み合わさるとメソポタミア全土の地盤は見えない落とし穴付きの危険地帯へと変貌する。

 そして歪んだ合わせ鏡の二人は、ゆっくりと冥府の闇に飲み込まれた。

 

 バビロニア決戦、閉幕――そして最後の戦いが幕を開ける。

 

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