【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 複合神性ゴルゴーン、落魄。

 魔獣達の首魁である彼女がアナに討たれたことで、その統制が消滅。士気を取り戻した人間の勢いに押され、散り散りになって森へ逃げ込んでいく。

 戦闘能力を代償に生殖能力を奪われた彼らはやがて一代だけの徒花として散るだろう。これからも散発的な魔獣被害は続くだろうが、それはメソポタミアの民にとって日常だ。

 今度こそ我らの勝利だと、バビロニア城壁に集った人類達は勝鬨を上げた――そして遠く離れた彼方の海で、密かに海面が黒に染まっていく。

 

「……ゴルゴーンは逝ったか。少しだけ残念だよ。彼女も所詮新世界に相応しくない存在だったということか」

 

 ゴルゴーンが冥界に飲み込まれた直後、音速に近い速度で飛んできたキングゥはその最後を見届け、ポツリと呟いた。

 氷のような無表情に反比例して燃え滾るような魔力が胎動する。

 この特異点最後の敵、あるいは最大の危険因子と呼ぶべきキングゥは今密かに猛っていた。

 

「驚きだね。残念と言うほど彼女に情を移していたのかい、キングゥ?」

「情? 馬鹿な。僕にとってゴルゴーンはただ利用すべき存在だ。だけど……彼女の怒りと無念は買っていた。彼女は人類を苦しめ、すり減らすのにちょうどいい道具だったのだけどね」

 

 マーリンが煽るように問えばキングゥは鼻で笑った。心底からのものに見える嘲笑に藤丸とマシュが顔を険しくする。キングゥの物言いはあまりにもゴルゴーンを馬鹿にしていた。

 だが、

 

「――嘘」

 

 ひそりとした囁きが迷いのない鋭さをもってキングゥの欺瞞を糾弾する。

 

「オルガマリー・アニムスフィア……」

 

 声の主を捉えたキングゥがその名を呟く。

 その視線の先にはアーチャーとイシュタルを従えたオルガマリーがゆっくりと歩み寄ってくる。

 彼らの姿を見れば勝敗は明らかだろう。オルガマリーとアーチャーが勝利し、イシュタルを人類へ引き込んだのだ。

 

「フン……」

 

 磁力に惹きつけられるようにオルガマリーへ向いた視線は、すぐに隣の女神へ移り、その頬が皮肉気に歪む。

 

「おや、女神イシュタル? どうしたのです? (ヒト)は健在ですよ。三女神同盟の最後の一人として奮戦を期待したいところなのですが?」

「ムカつく顔でムカつく台詞を囀るのは止めなさい。エルキドゥ以上に腹が立つ奴ね」

「それこそこちらの台詞だ。今更裏切者だの謗る気はないけどね、プライドのない女神なんてみっともないにも程がある。見かければ踏み付けておくのが礼儀だろう?」

「あんたねえ――よっしゃ、いい度胸だわ。決めたわ、あんたは私が直々にマアンナで引きずり回してあげる」

 

 笑顔に青筋を立てて不良(ヤンキー)じみた発言を垂れ流す女神(イシュタル)。爆発寸前の火薬庫じみた気配を色濃く漂わせながら戦闘態勢を取り――その一秒後、静かな声が沸騰しつつある空気に水を差した。

 

「――女神イシュタル、この場は私に任せてくれませんか?」

 

 透徹とした視線をキングゥへ向けるオルガマリーだった。

 

「却下よ。女神を怒らせた代償を嫌と言っても払わせてやるんだから」

「お願いします。どうか」

「……ふぅん?」

 

 キレ気味なテンションのイシュタルにも怯まず、かといって冷静なわけでもない。むしろ悲しみを湛えたオルガマリーの瞳にイシュタルは興味深げに目を細めた。

 

「いいわ。言っておくけど詰まらないものを見せれば承知しないわよ?」

 

 怒りを収めた訳ではなく、ただ興味に惹かれイシュタルはマアンナを連れてフワリと空中へ飛び上がり、オルガマリーにその場を譲った。

 代わりにオルガマリーが一歩踏み出し、二人の間に奇妙な沈黙が落ちる。

 

『…………』

 

 互いが互いを見つめ合い、絡み合う視線には果たして何が映っているのか。やがてオルガマリーから口火を切った。

 

「……あなたと話したかったわ、キングゥ」

「そうかい? 僕には君と話すことなど何もない。消えろ、オルガマリー・アニムスフィア」

「この期に及んでも殺してやる、ではないのね。それは何故?」

「……言葉の綾だ。お望みなら今すぐにでもその五体を串刺しにしてあげよう。僕は今少しばかり腹が立っているからね」

 

 脅すように黄金の鎖が大地から無数に湧き出し、その楔の先端を向ける。オルガマリーを庇うためアーチャーが前に出るが、

 

「嘘ね」

 

 怯んだ様子もなく、オルガマリーはその()()()を一刀両断した。

 

「あなたはゴルゴーンの死に怒っているんじゃなくて――悲しんでいるんでしょう?」

 

 涙が一筋、オルガマリーの眦から零れた。まるで彼女自身がキングゥの悲しみを感じているかのように。

 その涙に何故かキングゥが動揺する。

 

「――黙れ! お前に何が分かる!?」

「分かるわ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 不可解な言葉に一部を除いてその場の全員が困惑する。だがキングゥは心当たりがあるのかまさかと目を見開いた。

 

「まさか、()()……? いや、そんな馬鹿な。ありえない!?」

 

 自分で自分の思い付きを否定するキングゥ。だがあまりに確信ありげなオルガマリーに否定が揺らぐ。

 二人の視線が再び絡み合い――オルガマリーの瞳に鏡映しの悲しみを見たキングゥが激発した。

 

「止めろ、僕の心を覗くな!」

 

 大地から無数の黄金の鎖が生み出され、オルガマリーを串刺しにせんと殺到する。だがその尽くが炎の結界に阻まれた。心が揺れ荒っぽいだけの攻撃を捌くなどアーチャーなら片手間に行える。

 

「お願い、キングゥ。話をさせて。あなただって本当は――!」

「黙れっっっ!」

 

 血を吐くような絶叫が、涙すら混じる懇願を切り捨てる。狂おしい程の怒りを込めてオルガマリーを睨みつけるキングゥ。

 

「……僕の心は母のもの! 目を閉じれば母さんの声が聞こえるのさ。その僕と今更話し合いだと? 笑わせる。母の怒りを知り、滅びの潮騒を聞け。()()()()()()()()()

 

 今更負け惜しみかとみなが訝しんだ直後、

 

 ()()()()

 

 鮮血が飛沫(しぶ)く生々しい音。

 あまりにも唐突に、前触れもなく花の魔術師が鮮血とともに崩れ落ちた。口元から喀血し、その胸元を赤く汚している。一目で分かる重傷だった。

 

「マーリン!? 一体何が……まさかキングゥ、あなたが!?」

「いや、彼ではないよ。……参ったな、見事に一杯食わされたという訳だ。騙し合いで負けたのは久しぶりだね」

 

 この期に及んで冷静な、だが敗北を悟った悔恨に滲んだ声が響く。顔を上げたマーリンがキッと強い視線でキングゥを睨みつけた。まだ終わっていないと足掻くかのように。

 

「そうさ。お前の負けだ、混血の夢魔。お前は母を……()()()()()()()()()を眠りの檻に閉じ込めた。僕に与えられた使命は母を目覚めさせること。なら話は簡単だ。生きている限り眠り続ける呪いなら、一度殺せば否応なく目覚めるだろう?」

「そのためにゴルゴーンをティアマト神と同調させた。百獣母胎(ポトニア・テローン)の権能を得る程に!」

「そのゴルゴーンを君達は殺した。見事だったよ、彼女の攻略法としてあれ以上はないだろう。……僕と母のためにご苦労だったね?」

 

 勝ち誇るキングゥを睨みつける一同。

 本物のティアマト神に、マーリンの深手。なにか尋常ではない異常が進んでいることは明らかだったが、大半の者はまだ詳細が掴めていない。

 

(ここでキングゥを倒せば……)

「止めたまえ、アーチャー君。それよりもすぐにウルクへ戻り、王様に事態を伝えてくれ。キングゥの言う通り、目覚めた災厄、『回帰』の獣が海より来たるとね」

 

 あるいは事態を止められるかとアーチャーが展開した攻勢端末に魔力を回すが、マーリンに止められる。既に退去の光が零れ落ちつつあり、一刻の猶予もないと示していた。

 

「……すまない、これは私の失態だ。この先、これまでとは比較にならない絶望が君達の前に現れるだろう。だがこの特異点全ての力を結集すればまだ抗う目はある」

 

 人に、英霊に、女神に……キングゥにすら目を向けてマーリンは語る。

 

人類(キミたち)を眺めていただけの夢魔が贈る頼りないお墨付きだが……忘れないでくれ、君達は自分自身が思うよりも強いのだと」

 

 かつて人々の祈りを束ねた代行者が一柱の大神を打ち破ったように。

 とびきりの奇跡を期待して花の魔術師は儚げな笑顔とともに魔力光に包まれ、退去した。

 

 

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