【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
北壁の主将達を除く一行は翼竜に乗って最速でウルクへ帰還。乗り手を顧みない強行軍のお陰で三時間に満たない内にジグラットの玉座の間で緊急会議が執り行われる運びとなった。
なおこの場にはいないが北壁の主将らや冥府のエレシュキガルも遠隔通信用の鏡台を通じて参加している。
「状況は深刻だ。海沿いの集落は全滅。エリドゥは飲まれつつあり、さらにウルクにも迫っている」
メソポタミア世界ほぼ全ての戦力が集った空間の中央でギルガメッシュ王が静かに現状を告げた。
「観測所からの最後の報せによれば海一面が黒の汚泥に覆われ、空は醜悪な獣――ラフムと名付けるが――で夜と見紛う程。挙句、所員はラフムどもに
メソポタミア世界全土の地底に広がる冥界が築いた情報網は圧倒的な速度で各地の情報を収集。集積した情報をウルクの王の元へ届けられ、事態を把握する一助となっていた。
『ラフム。泥を意味するティアマト神が生み出した最初の神性だね。数もそうだが、それ以上にその所業が悍ましい……悪辣な知性ある魔獣が
幸いなのは理由は不明だがこの大半はまだ活動が鈍いということだね……それでもすぐ一万近い数がウルクへ到着するだろうが』
悲劇的ですらある現状確認に相槌を打つロマンだが、すぐに鋭い視線を王へと向けた。
『ギルガメッシュ王。マーリンの遺した言葉通り北壁で起きた全てを伝えた。今度は君の方から教えて欲しい――
「言葉通りよ。ティアマトの仔、ラフム。生命とは海より生まれれるもの。原初の海、始まりの女神ティアマトが目を覚ましたのだ。今のこれは所詮胎動に過ぎぬ。心せよ、地獄の釜が開くぞ」
ごくりと全員が息を呑む。ギルガメッシュ王が地獄と言うなら偽りなく酸鼻を極める光景が待ち受けているに違いない。
だがいち早く立ち直った星見の魔術師達が矢継ぎ早に発言を重ねる。
「ティアマト神のもっと詳しい情報はありますか? それとラフムについても」
「エリドゥに取り残された人達も心配です。俺とマシュが避難誘導に向かってもいいでしょうか」
「いえ、私とマスターだけでは人手が足りません。できればアーチャーさんや翼竜の皆さんの力をお借りしたいのですが……」
バビロン決戦すら霞むような窮地にも怯まない最新の人類。この一瞬を全力で生きる者達を見た英霊や女神がフッと
彼らは既に彼ら自身の物語を終えた者。だからこそ、今を生きる後輩達のために手を貸したくなるのだ。その仮初の命を賭して。
「藤丸とマシュ、抑えよ。まずは情報の共有からだ」
「そうね。私はまずティアマト神について知りたいわ。知っての通り私は異邦の女神なので」
主戦力の一角であるケツァルコアトルが問えば、王と女神が即座に口を開く。
「母さん……ティアマト神は文字通り全ての母よ。このメソポタミアに連なる全ては母さんから産み出されたもの」
「創世の神の一柱だ。太母の神として人類を含む数多の種族を生み出したが、かの女神は何時までもそれを止めようとしなかった。故に邪魔になった」
「それって……」
「少し頭を働かせれば分かるであろう? 無作為に新たな種族が生まれ続ける光景を。弱肉強食と言う言葉すら生温い。己の
ティアマトにとって生み出したそれらは全て愛しい自分の仔だが、一度メソポタミア世界が確立すれば新たな世界を生み出しかねない女神は邪魔者でしかない。
かくしてかの女神は世界の裏側――生命のない虚数世界へ永遠に追放された……はずだった。
「それがキングゥの策謀で復活した」
「そうだ。だが今のティアマトは地上にありし頃とは比較にならん。今の奴は獣の位階を冠した霊基で顕現しているからな」
「獣の位階?」
「人類悪、ビースト。人間の獣性から生み落とされた七つの大災害。人類の原罪が生む自業自得の
人類悪、ビースト。初めて耳にしたはずのキーワードに何故か怖気が走る。理性ではなく本能に刻まれた恐怖を直接引き起こすような……。
「ビースト……。それは悪意を以て人類を脅かす敵ということでしょうか? ゴルゴーンのような?」
「否だ。ビーストとは人類史が生み出す淀み。人間の薄暗い側面、文明が育つにつれ成長する癌細胞だ。人類なくして人類悪はなく、その打倒無くして人類に未来はない」
人類の興亡と深く絡みつく原罪こそがビーストであると語るギルガメッシュ王。
「今はただ人類史を脅かす災害とだけ覚えておけ。我ら人類が乗り越えねばならぬ罪の名よ」
すなわち。
「其は人間が置き去りにした、人類史に最も拒絶された大災害。母から離れ、楽園を去った罪から生まれた最も古い悪。七つの人類悪の一つ、『回帰』の理を持つ獣――二番目の原罪・ビーストⅡ、ティアマトである」
この特異点最後にして最大の
神と人が袂を別つ運命の時代。幼年期の終わりを迎える子供たちの物語が幕を開ける。