【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 ウルクを囲う大城壁。ラフム撃退による一時の平安、冥界への避難によって大幅に減少したウルクの人口もあって人っ子一人いない空っぽの空間だ。

 そんな場所で人目を避けるように膝を抱え、力なく座りこむ一つの人影があった。

 

「ハハ……馬鹿みたいだな。どうして僕はこんなところにいる? 人と敵対し、母に捨てられた僕が、何故ウルクに……」

 

 空っぽな薄ら笑いを浮かべ、ポツリと呟く。

 母から捨てられ、力を失い、挙句敵だった人間達に匿われている。

 いま、キングゥに支えとなるものは何もない。その癖自分のものではない郷愁が痛いくらいに胸を締め付ける。それが自分を不要なものと攻め立てているようで一層みじめだった。

 

(いや、元からか。そもそも僕に自分(ちせい)なんて言えるモノはなかったね……)

 

 苦く笑み、自身を嘲笑う。

 誕生の瞬間からキングゥに絶え間なく語り掛ける母の嘆き。そして会いたい、会って話したいと胸を締め付ける思いがあった。だがそれはキングゥ自身のものではない。ないのだ。

 空っぽな人形、外からの刺激で動く自立式の形代。それこそがキングゥという新人類を騙った出来損ないの正体。

 

(こんなことならあの時――)

 

 悔やむ。

 母の嘆き、友への郷愁をほんの僅かな時間だけでも掻き消したキングゥだけの光。あの光を眩しいと思えた、ほんの一瞬だけの時間を抱えて機能を停止するべきだったのだ。

 そんな薄暗い後悔を抱えたまま、行き場のなくなったキングゥはただうずくまったまま長い時間が流れた。

 

「――ああ、ここにいたのね。キングゥ」

「ッ!?」

 

 内面に没頭しすぎ、呼びかけられるまで気付かなかったことに不覚と焦りながら急いで立ち上がる。そして風に吹かれて乱れる髪を手で押さえながら無防備に歩み寄ってくるオルガマリーを視界に捉えるとキングゥは険しい顔で出迎えた。

 

「……護衛も付けず僕に何の用だ」

「今更ね。あなたが私を傷つけるつもりならとっくにやってるでしょう?」

「……」

 

 図星を突かれ、沈黙する。

 正直に言おう。キングゥにはもうオルガマリーへの敵意はない。というよりこの世のほとんど全てがどうでもよかった。

 

「……なんでだ」

「……」

「なんで僕を助けた!? あそこで朽ち果ててれば……こんな、こんな思いをしなくて済んだのに――ッ!!」

 

 それでも捨てきれない思いがあり、激発する。俯き、まともに顔を見ることさえできず、ただ叫ぶ。

 母に捨てられた仔の嘆き、この世に絶望した幼子の癇癪をオルガマリーは瞑目したまま黙って受け止めた。

 そして、

 

「顔を上げなさい」

 

 ピシャリと鞭打つような厳しい声音がキングゥへかけられる。思わず仰ぎ見たそこには見たこともない程に厳しい視線でキングゥを射抜くオルガマリーがいた。

 思わずビクリと身体が硬直する程それは厳しい視線だった。

 

「え……」

「いいからこっちを見なさい、キングゥ! あなたがまだ私の敵だと言うのなら――まだその胸に(ココロ)が残っているのなら叫べ!」

 

 それは模倣だ。かつて彼女の心に火を灯した英雄を真似、(ココロ)よ伝われとありったけの思いを声にして叩きつける。利益も、理由も、意味もなかったとしても正面から自分に向き合ってくれる”誰か”がいることは時に救いとなると彼女はしている。

 彼女は英雄になんてなりたいと思ったことは一度もない。だけど自分にしかできないのなら全霊を尽くすに否やはない。いつか彼女を救ってくれた、何時だって弱者のために戦っていた英雄へ今も続く叛逆を誇るために。

 

「生まれがどうした!? 捨てられたからどうしたっていうの! ええ、そりゃキツいわよね! 私もゲ□吐きそうになった、っていうか吐いたし! 死ぬほど惨めで自己否定のループ入ったしもういっそ死にたいくらい落ち込んだけど!!」

 

 自分で自分のトラウマを抉り出して自傷しているオルガマリーだが、高まる動悸と嘔吐感、頭蓋が割れるような頭痛を堪えてこれまでの旅路全てを思い返し、言葉を紡ぐ。

 オルガマリー・アニムスフィアの人生は決して順風満帆ではない。むしろ逆、艱難辛苦に満ちている。

 父から愛されず、周囲からは拒絶され、信じた男に裏切られた。挙句の果てに生真面目な彼女の肩にかかるのは自身の一存が人類存亡を左右する重責だ。客観的に見れば不幸な才女そのものだろう。

 

 

 

「それでも私、生きててよかった!!」

 

 

 

 だとしても――世界へ向けて叫んだこの言葉は嘘じゃない。

 どんなに生まれに恵まれずとも、どんなに死にたくなっても、差し伸べられた手を取って、彼女自身の意思でみっともなく生き足搔いたからこそ()()言える現在(イマ)がある。

 それはきっとオルガマリーだけではない。どんな人も、いやきっと人類そのものがそうなのだ。

 

「だから足掻いてよ! あなただってきっとそう思える日が来るんだから!!」

 

 オルガマリー・アニムスフィアは凡人だ。彼女に誰かを、世界を救うような器量はない。彼女は英雄ではないのだから。

 救うとは本来簡単にできるものではない。

 だから彼女にできるのは――()()()()()()ことだけ。最悪な過去を最悪なまま終らせず、せめてもの次善へ繋げる足掻きだけ。

 

「なんだ……なんなんだよ、お前は!? どうして僕に、そこまで――」

「なによ、同じ躯体(カラダ)を持つ姉弟(きょうだい)をちょっとくらい贔屓して何が悪いっての!?」

 

 確信に踏み込んだキングゥの問いへ逆ギレ気味に答える。

 そうだ。オルガマリーとキングゥ、二人を構成する躯体(カラダ)はともに《天の鎖》から分かたれ、継承されたもの。その関係性は確かに姉弟(きょうだい)とも呼べる。

 

姉弟(きょうだい)……? なんだ、それ。そんな理由で」

「そんな理由で命を懸けられるのがヒトよ? 一つ賢くなったわね、キングゥ」

 

 フフンと自信満々に()()()顔で言い切るオルガマリーに今度はキングゥが呆気にとられた顔を晒した。

 二人は確かに姉弟(きょうだい)と呼べる程に似ている。

 だがその共通点は躯体よりもむしろその辿った軌跡にこそある。ともに誰かに依存し、裏切られた果てに破滅しかけた。そしてどん底で手を差し伸べられ――選択した。

 

「……本当に、馬鹿だな。必要もない荷物をわざわざ抱え込む意味がどこにある?」

 

 悪態とは裏腹にどこか清々しく笑い、ゆっくりとオルガマリーが差し伸べた手を取る。

 まだ自分の胸は空っぽで、ひょっとしたら依存対象を母から姉へ乗り換えただけなのかもしれない。それでも――まだ終わりたくないとキングゥは思った。

 何かが見つかる()()()()()()。そんなあやふやで頼りない希望だけを頼りに、ここに一人のヒトが自らの旅路を歩き出した。

 

「知らないみたいだから教えてあげるけどね、馬鹿じゃなきゃカルデアの所長なんて貧乏くじ引く訳ないでしょ! お分かり?」

「ハハ、それはそうだ。認めるよ、僕が愚かだった。最初から……間違ってたんだな」

 

 空を仰げばそこには満天の星。視界一杯に広がる星々に比べれば地上の厄災すらちっぽけに見えた。

 自分一人で何でもできると嘯いた。それはきっと最初から最後まで自分はたった一人だと思っていたから。

 ああ、確かに人類と自分(キングゥ)は、違う。だけどキングゥが思ったよりは違わなかった。互いに手を差し出せば、手を取り合える。その程度の違いでしかなかったのだ。

 そうしてキングゥが一歩を歩んだその瞬間、

 

 (ボウ)、と。

 

 キングゥの躯体が淡く光を宿す。それはまるで英霊の霊基が魔力に還元していく――退去する時に似た光。

 

「なっ――」

「これは――そうか」

 

 驚くオルガマリーとは対照的にどこか諦めたように頷くキングゥ。

 

(待ってよ、確かに聖杯は奪われたけど。こんな、こんなの――)

 

 そうだ、キングゥは元々重傷を負っていた。ラフムに胸を貫かれ、心臓となる聖杯を奪われていた。

 平気そうに装っていたが、節々での動きは鈍く、胸元の衣とは今も破けて赤い血に濡れたまま。オルガマリーの魔術で応急処置は受けたがそれ以上の治療は彼が拒否した。

 つまり、キングゥは何時消滅してもおかしくないのだ。

 

「ダメ! 止めて、行かないで!? これからなのよ。全部、全部これから! いいじゃない!? 悪者でも、間違えても、幸せになれるって夢を見ても――」

「……いいんだよ。最後に悪くない未来(ユメ)を見れた。ああ、本当に僕には過ぎた終わりだ」

 

 儚く笑うキングゥに涙混じりでいやいやと首を振る。頑是ない子どものような仕草に苦笑し、そっとその涙を拭い去る。

 初めて正面からオルガマリーの瞳を覗き込み、屈託なく微笑む。少しだけ気恥ずかしいけれど……一度くらい、素直になってもいいと自分を許した。

 

「最後だからな、一度だけ言っておく。……ありがとう、姉さん」

 

 キングゥが語る最後を否定したくて手を伸ばす。その先にはどこか悟ったような、朗らかで柔らかい笑み。キングゥの素顔。

 そしてキングゥの躯体を包む光は最高潮となり、ついには少しずつ、少しずつ輝きを失っていく。

 やがて光が収まったそこには――、

 

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